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第五章
31 淫魔の愛情(☆)
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レヴィメウスの淹れてくれたお茶は相変わらず香り高く、口を付ける度に頬が緩んでしまう。買ってきてくれた焼き菓子はキャロットケーキで、クリームチーズでアイシングされたそれは木の実がふんだんに練り込まれていて人参の甘味と木の実の芳ばしさに心が踊る。思えばケーキを食べたのは記憶にないくらい昔で、久しぶりに口にする上等な菓子にマージェリィは上機嫌で記念日の特別なデザートを味わった。
「あー美味しかった。ごちそうさま! ありがとう、レヴィメウス」
大満足でティータイムを終える。にこにことしながらテーブルの向こうを見ると、輝く笑みを返された。
その目映さにうっとりと見入れば、レヴィメウスがおもむろに立ち上がる。
片付けを始めるのかなとその様子を眺めていると、レヴィメウスは凝った腰を叩く風な姿勢をしてテーブルを回り込み、主人のすぐ傍で立ち止まった。
意図の読めない行動を不思議に思い、見下ろしてくる黄金色の瞳をじっと見上げたその瞬間。
流れるような身のこなしで、レヴィメウスがマージェリィの前に片膝を突いた。
口元に笑みを湛えた美しい顔が低い位置から見上げてくる。
「主よ」
「どうしたの? 急に」
その問い掛けに答えることなくレヴィメウスが背後に隠していた手を前に回した。大きな手のひらには小箱が乗せられていた。
慎重な手付きで蓋が開かれる。そこには小さなダイヤモンドの嵌められた指輪が入っていた。
「……!」
様々な恋愛小説で似たようなシーンを読んだことがあったマージェリィは、その指輪の意味するところを瞬時に察することはできた。しかしあまりに予想外の出来事にただただ呆然とすることしかできない。
ぽかんと口を開けたまま何も言えずにいると、レヴィメウスが照れくさそうな笑みを浮かべた。
「主よ。我と結婚してはくれまいか。魔女は人とは生きる世界が異なるゆえ、市井の人のように婚姻を結ぶことはないと書物で学んだ。我もまた悪魔であり、召喚主や悪魔同士でさえも婚姻を結ぶ習慣はない。しかし主との従属契約だけでは我の抱くこの主への深い想いは全くもって満たされぬ。人の真似事と一蹴せず、どうか受け取って欲しい」
「……! はい……!」
顔を綻ばせた瞬間、涙が溢れ出した。
箱から指輪が外され、恭しく手が取り上げられる。レヴィメウスに拾われたマージェリィの手は、高鳴る鼓動に震えていた。
小刻みに揺れる左手の薬指に、そっと指輪が通される。
「わ、ぴったり……!」
「すまぬ、白状しよう。実は主が寝ている間に指回りを測らせてもらったのだ」
「そうなんだ、気付かなかった……」
「その際少しだけ主に触れてしまった。罰の期間の延長は当然受け入れる所存だ」
「ううん、もう接触禁止はおしまいだよ。だって私があなたに触れたいんだもの」
左手を目の前に掲げる。薬指に嵌められた指輪も、その中央に光る透明な宝石も、まるで魔法が掛けられているかのようにきらきらと輝いていた。
「とっても綺麗……!」
「主よ。我にもこの揃いの指輪を嵌めてもらえるだろうか」
「あ、うん!」
レヴィメウスがもうひとつの小箱を手渡してくる。すぐさま開くとそこにはマージェリィが嵌めている指輪よりずっと大きな指輪が入っていた。
未だ震えの収まらない手で小さな輪っかをそっと箱から外していく。
「我の指輪には、主の指輪と同じ石が内側に嵌められておるのだ」
「わ、本当だ。お揃いなんだね」
「ああ」
手にした指輪をよく見ると、確かに内側にごく小さなダイヤモンドが嵌められていた。
どきどきとしながらレヴィメウスの左手を掬い上げて、長い薬指にそっと通していく。
指輪を薬指の根本で留めた途端、レヴィメウスが腰を浮かせて自分が座っていた席の隣の椅子に手を伸ばし、小振りな花束を差し出してきた。真っ白な薔薇とその周りを取り囲む瑞々しい緑色のアイビー。それはまさに、様々な物語で読んだ結婚式に出てくるブーケそのものだった。
「ありがとう……! なんか結婚式みたいだね」
「みたい、ではないぞ主よ。我々は今まさに結婚式を挙げているのだ」
「そっか、そうだよね。とっても素敵な結婚式を用意してくれて本当にありがとう!」
ブーケを両手で抱えて白薔薇の甘い香りを胸いっぱいに吸い込む。新鮮な甘い香りが鼻腔をくすぐり心に爽やかなそよ風を吹かせる。
夢に見ることすらなかった、自分が新婦になった事実にただただ感激していると、花束を持つマージェリィの両手に熱い手のひらが添えられた。視線をもたげれば黄金色の瞳が一心に見つめてくる。
「我が主、マージェリィよ。これにて我々は婚姻を成し、夫婦となった」
「うん」
「この命尽きようとも、貴女への想いは永遠に変わらぬことを、ここに誓おう」
「うん、私も……魔女の命が尽きても変わらずあなたを愛し続けることを誓います」
想いが溢れて止まらない。
勢いよく椅子から飛び降り、ブーケを握ったまま思い切りレヴィメウスに抱きつく。すると今まさに夫となった淫魔は全体重をしっかりと受け止めてくれた。
広い肩に頭を預けて頬ずりし、心から溢れ出す想いを言葉にする。
「ありがとう、レヴィメウス。大好き。大好きだよ。ずっとずっとずーっと、一緒に居ようね」
「ああ」
感極まった声が聞こえてきた次の瞬間、顎を掬われた。
美しい黄金色の瞳は潤んでいた。マージェリィもまた、瞬く間に涙で視界が覆われていく。
そっと目を閉じ、涙の粒が頬を伝い落ちる感触を覚えつつ口付けを受け止める。
誓いのキスは、ケーキの甘い味がした。
◇◇◇◇
夫婦となって初めての共同作業は、結婚祝いのティータイムの片付けだった。
レヴィメウスがふたり分の食器を乗せたトレイを手にして台所へと向かう。マージェリィは白薔薇のブーケを胸に抱いたまま、夫となった淫魔の横にぴったりとくっついて歩いた。
台所に入った途端にふと沸いた疑問を口にする。
「レヴィメウスは旦那様になったから、もう私が命令するのはおかしいのかな?」
「まさか。従属契約は交わしたままなのだから我が主の僕であることは変わらぬ。だが婚姻を成した間柄ゆえ、命令とはいえ【我が妻のおねだり】と受け取ろう」
「あはは、なるほど」
まずはブーケを花瓶に飾り、それから台所で横並びになって雑談しながらレヴィメウスの洗ってくれた皿を受け取り、いつも以上にぴかぴかに拭いていく。必要以上に磨いた食器を一緒に食器棚に戻す。ひとりでもできることをいちいちふたりがかりでするだけでも心が弾む。
食器棚の扉を閉じたレヴィメウスが、マージェリィに振り向き笑みを浮かべる。その顔はどこか意地悪めいた表情をしていた。
「では主よ。妻となって初めてのおねだりは何だろうか」
「えへへ……」
今から口にしようとしている言葉を思えば途端に照れくさくなる。レヴィメウスは絶対に、このおねだりを叶えてくれる――。
「私の旦那様、レヴィメウス。いっぱいいっぱいえっちしよ?」
「ああ、もちろんだ我が妻よ……!」
感激に瞳を輝かせたレヴィメウスがぎゅっとマージェリィに抱きついてくる。腰に回した腕に幾度も力を込め直し、髪に頬ずりしながら感嘆の息をこぼす。
「今宵は……新婚初夜だな」
「あはは、そんな言葉まで調べたんだ?」
「ああ。朝まで離してやらぬがそれでも良いか?」
腕の力を緩めたレヴィメウスが主人を見下ろし口の端を吊り上げる。
そんな得意気な笑みを浮かべる顔にマージェリィは手を差し伸べると、夫の頬をそっと撫でつつ唇を尖らせてみせた。
「朝までしか……してくれないの?」
「ふ。そのように焚き付けて大丈夫なのか?」
「もちろんだよ。ずーっと我慢させちゃった分、あなたの奥様の魔力、いっぱい味わってね?」
「ああ、存分にいただくとしよう」
ほとんど同時に目を伏せ、どちらからともなく唇を合わせる。触れ合わせるだけのキスは次第に深くなっていき、行為直前にするような舌をねっとりと絡ませ合う官能的な口付けが始まる。
マージェリィが濃厚な甘さのキスに没頭しかけた矢先、唇が離れていった。ふたりの間に唾液の糸が渡り、ふつりと切れた。
離れていく顔を視線で追いかける。すると照れくさそうな笑みがそこにはあった。
「いかんな……。ここで始めてしまいそうになる」
「あはは、私ももうここでもいいやってちょっと思っちゃった」
「夫婦となって初めて契りを交わすのだから、寝台で存分にまぐわうとしよう。ここで致してしまえば、今後ここで水仕事をする度に主との記念すべき性交を思い出す羽目になる」
「そうだね、うっかりお皿とか落としちゃったりして?」
「うむ、主のなまめかしい声すら幻聴で聞こえてくるやも知れぬ。そうなればいくら皿があっても足りぬぞ」
「お皿が割れちゃっても仕方ないけど、レヴィメウスが怪我しちゃうのはイヤだな。ね、私の旦那様。ベッドに行こ?」
両手をいっぱいに伸ばして微笑みかける。
するとレヴィメウスは満面の笑みを浮かべながら、マージェリィの膝裏をさらってお姫様抱っこをしてくれたのだった。
◇◇◇◇
たっぷりと用意した潤滑剤を使い、難なくレヴィメウスの巨大な高ぶりを飲み込んでいく。
「あっ……、はああっ……! レヴィメウス、きもちい……」
シーツの上に独りでに身が舞う。ベッドの軋む音が鳴る。
張り詰めた欲望の化身がゆっくりと押し込まれていき、ずるずると半分ほど抜き出され、また根元まで突き込まれる。一度往復するごとに脳まで痺れるような深い快楽が全身を駆け抜けて、爪先から頭の先までを満たしていく。
しばらくぶりに味わうその感覚は、結婚初夜であるせいかことさら心地よく感じた。
レヴィメウスに体の内側を丹念に擦り上げられる度に上擦った声が洩れる。抑えきれない声を部屋中に響かせていると、汗の雫の伝う端整な顔が笑顔になった。
「ああ、主よ、我が妻よ。夫となった我を存分に味わうがよい」
「うん、あなたも、奥様になった私のこと……たくさん味わってね?」
微笑み合い、再び愛欲を絡ませ合う動きが始まる。
レヴィメウスは魔力補給が久しぶりとなるのにがっついては来なかった。
マージェリィのひとつひとつの反応を慈しむように、優しく中を掻き混ぜてくる。
下腹を内側から突き、その刺激に充分に溺れきったところで今度は一番奥をとんとんと小突いてくる。全身がとろける感覚に襲われて、マージェリィはレヴィメウスの逞しい体に必死に抱き付いた。
レヴィメウスの背中は汗だくで、縋りつかせていた手が滑り落ちてしまった。
その手はすぐに拾い上げられた。目を伏せたレヴィメウスが手の甲に唇を落とし、続けて夫婦の誓いの証――結婚指輪に口付ける。
マージェリィも顔の横に置かれていたレヴィメウスの左手を取り上げると、汗ばむ手のひらにキスして、続けて指輪に何度も唇を押し当てた。
「レヴィメウス、私の旦那様。大好き。大好きって言葉じゃ足りないくらい、ずっとずっと好きだよ」
途端に笑顔になったレヴィメウスがゆっくりと覆い被さってきた。耳に唇を押し当て、吐息混じりの低い声を流し込んでくる。
「ああ……。我が主、そして我が妻よ。愛している……永遠に」
色情の孕んだ低音が腹の底にまでぞくりと痺れを走らせる。甘い刺激がたまらずマージェリィはシーツの上で小さく体を跳ねさせたのだった。
体を深く重ねたまま初夜を終え、外で鳥がさえずりだしても放してもらえなかった。
マージェリィもまた、夥しい快楽を与えられ続けて朦朧としながらもレヴィメウスを求め続けて――もう幾度目かも分からぬ絶頂を迎える中、意識を失った。
次に気付いたときには、寝室は一面赤く染まっていた。もう夕方を迎えているらしい。
頭の下に敷かれている逞しい腕をそっとさする。レヴィメウスはすっかり寝入っているようで、規則正しい呼吸を繰り返すばかりだった。これまではこうしてじゃれつけばすぐに目を開いてくれるものだったが今は目覚める気配はない。きっとすっかり満足して深い眠りに就いているのだろう。
(大好きなレヴィメウスと結婚できるなんて、思ってもみなかったな)
幸せを噛み締めながら、美しい横顔を遠慮なく見つめる。
そうしてしばらく感激に浸るうちに睡魔が忍び寄ってきた。レヴィメウスの腕の中でまどろみながら、厚い胸板に手を置き、胸の内で願い事を唱える。
こんな幸せな日が、いつまでもいつまでも続きますように――。
レヴィメウスのぬくもりに浸る中、マージェリィは再び瞼を下ろしたのだった。
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