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最終章

100 賢者たちの想い

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 ヒナリは緊張感に襲われる中、椅子から立ち上がり四人の賢者と相対した。
 もし完全浄化ができていなかったのであれば、聖女のみならず賢者まで糾弾されることになるだろう。

 矢庭に訪れた危機的状況に心が揺らぎ出す。何度も深呼吸して、不安に震える心を落ち着けようとする。

(もうみんなに頼りっきりにはならない。私が矢面に立って、非難の声からみんなを守ってあげるんだ)

 胸の内でそう固く誓ったヒナリは、賢者たちからの宣告を受け止める覚悟を決めた。


 アルトゥールがヒナリを見据え、口を開く。

「ヒナリ、お聞きください」
「……はい」
 
 固唾を呑み、次に聞かされる言葉を待つ。
 するとなぜか、四人の賢者はヒナリの目の前で一斉に膝を突いた。
 まっすぐにヒナリを見上げ、手のひらを上にして手を差し出し、声を揃える。



「ヒナリ・シノナガ様。我らと生涯を共にしてくださいませんか」



「……………………はい!?」

 あまりにも予想外の言葉に、開いた口が塞がらなくなる。

「生涯を共に? って言った? えっと……どういう意味?」
「あらら。どういう意味って」

 ベルトランが苦笑いを浮かべる。
 その隣で、クレイグが横目でアルトゥールを睨み付けた。

「ほら、貴方が『一生に一度のことだから気取った言い回しをしたい』なんて言うからですよ」
「うーむ、すまない」

 非難の眼差しを受けたアルトゥールが、気まずげに視線を落とす。
 直後、ぱん、と手が打ち鳴らされる音が響いた。

「はい、仕切り直し。今度は率直な言葉でね」

 困惑を滲ませる賢者たちを、ダリオが淡々とした口調で収める。表情を引き締め直した四人は目配せして頷き合うと、再びヒナリを見上げた。

「ヒナリ・シノナガ様。我々と結婚してください」
「はい?」

 生涯云々と言われて『もしかしたら』と思いつつも信じられなかったところに念押しされて、いよいよ今まさにプロポーズされたと理解して頭が混乱する。早鐘を打つ心臓に声が揺れる。

「け、結婚!? 結婚って言ったの今!?」
「そんなに驚くことですか? 私たちとしては、当然貴女と一生を共にするものと思っておりましたが」
「えーとえーと、ちょっと待って待って」

 ヒナリがおろおろしていると、クレイグが『仕方のない人だ』とでも言いたげな温かみのある呆れ顔をしながら立ち上がった。他の賢者たちも、求婚の姿勢を解いて次々と立ち上がり、ヒナリを取り囲む。
 何を言ったらいいか分からず、両手でこめかみを押さえてうんうんと唸る。四人を見上げて、それまで自分なりに考えていたことを必死に訴える。

「あのさ、みんなお務めが終わって自由になれるんだよ? それなのに、私と一緒に居続けるの?」

 賢者たちが一斉に頷く。四色の瞳が、真摯な輝きでヒナリを打ち貫く。


「貴女のお側に在れない生活など、耐えられません」
「二度と君に特別な名で呼んでもらえないなんて、考えられないよ」
「貴女の笑顔が私たち以外の誰かに向けられるなど、我慢なりません」
「君が他の誰かの手を取るなんて、絶対にいやだ」


 四人それぞれが思いを告げたあと、再びアルトゥールが悲壮感の滲む声で思いを吐露した。

「……貴女が我々以外の誰かに抱かれるなんて耐えられない。我々以外の誰にも貴女に触れさせたくない、決して」

 完全に予想外だった出来事に見舞われて、ヒナリがただただ唖然としていると、クレイグが眼鏡を上げ直して口元を微笑ませた。

「歴代聖女様の中に、四人の賢者と結婚された方がいらっしゃったはずです」
「居たけど……! それは、その聖女様がそれだけ魅力的だったからでしょ?」
「貴女もそうなのですよ、ヒナリ。貴女はこの五年間で、私たちの心をすっかり奪ってしまわれた」
「私が?」

 賢者たちひとりひとりの顔を見て、何度もまばたきする。

「えっと、みんなの気持ち、本当にとってもとっても嬉しいんだけど、急に結婚って言われたから頭がついていかないというか、想像が付かないというか……。ここを退去したあとは、傷心旅行するつもりだったから……」
「傷心旅行ですって!? 誰に傷付けられたのです!」
「誰かに傷付けられたってわけじゃなくて、ええと、私が自分で勝手に傷付いてるってこと、かな……?」

 クレイグの大声におずおずと答えていると、ダリオが腕組みし、顎に手を当てて小さく頷いた。

「ヒナリは以前、色々な風景を見てみたいと言っていたから君が旅をしたいという気持ちは理解できる。でもどうしてそれを、傷心旅行なんて呼ぶの?」
「それは……、まずお務めが終わってひとりになったときのことを考えたの。お務めが終わったら、みんなは聖女じゃなくなる私と一緒に居る理由がなくなって、きっとみんなそれぞれお務め期間中にはできなかったこととかやりたいこととかを始めて、それから……私以外の誰かとその、お付き合い、とか始めたりして……。そうなったらものすごく寂しいけど、私も自分のやりたいことに夢中になっていれば、悲しさとか寂しさとかを感じる暇もなくなるかなって」

 必死な説明を終えた途端、ベルトランが金髪を掻き上げて苦笑した。

「うーん、なるほど……?」

 その笑顔のまま、ダリオの方に視線をやる。

「ねえダリオ、君、気付いていたでしょう。ヒナリのオーラが見えるんだから」
「ヒナリのオーラについては誰にも言わないってヒナリと約束したから教えない」
「じゃあ私から聞くけど……どんな風に見えてたの?」
「君が許すなら話すけど。僕ら四人でヒナリを抱いた次の日から、僕らと接しているときの君のオーラが【友愛のオーラ】にすっかり変わってしまっていたんだ。それまでは愛情のオーラが必ず湧き出ていたのに。なぜだろうとずっと不安に……不思議に思っていたけれど、あの夜で君は心に区切りを付けてしまっていたんだね」
「うん、みんなとお別れする前に思い出が欲しかったの。それであんな突飛なことをお願いしちゃったんだけど……みんなにたくさん愛してもらえたから、もう思い残すことはないって思えて……」

 あの熱い夜を改めて思い出せば、顔が熱くなっていく。
 火照った頬を両手で挟んでいると、ベルトランが溜め息をつき、笑顔で肩をすくめた。

「まったく、君は発想の展開が予想外すぎて心が揺さぶられっぱなしだよ。ますます好きになっちゃうね」

 その言葉に頷いたクレイグが、温かな眼差しをヒナリに向ける。

「ですがヒナリ、貴女のそのお考えはまず前提条件が間違っています。貴女はひとりになりません。私たちがさせません。貴女は皆がそれぞれのやりたいことを始めるのだろうとおっしゃいましたが……」

 そこで言葉を区切り、四人が声を揃える。


「貴女の望む道が、我々の望む道です」


 アルトゥールが胸に手を置き、もう一方の手をヒナリに向けて差し伸べてくる。

「ヒナリ。我々から離れていきたいという思いでないのなら、どうか我々の手を取ってはくれまいか」

 差し出された大きな手が、感涙に歪んでいく。

「ありがとう、みんな。とっても嬉しいよ。でも私、旅行したいってずっと思ってて……。結婚してすぐに別居なんて始めたらおかしいでしょ? 旅は我慢しなくちゃ……」
「貴女のお心の赴くままになさってください、ヒナリ」

 自分に言い聞かせた独り言が、アルトゥールの優しい声に遮られる。

「我らと共に在ること。この世界を見て回りたいこと。貴女はどちらも叶えることができます。貴女が旅立ちたいのであれば、我らは貴女と共に、世界中のどこへだって喜んで参りましょう」

 突如として、最後の祈りの儀の直後に聞こえた女神の言葉がよみがえる。


 ――安心なさい、貴女の望み、すべて叶えてあげるから。


 たちまち心が熱くなり、涙が溢れ出す。
 頬を伝う雫を何度も拭いながら、ヒナリは賢者たちを見上げた。

「いいの? そんなわがまま言っちゃっても」

 ヒナリの視線を優しく受け止めてくれたベルトランが、慈しむような笑みを湛える。

「いいよ。君のわがままを聞いてあげたくて仕方ないんだ、僕らは。それに、君はお務めが終わったからって聖女じゃなくなるわけじゃないんだよ」
「今までみたいに祈りを捧げもしないのに? 聖女を名乗っていいの?」
「君の存在が、世界中の人の心を温かくするんだ。聖女様がこの世界に安寧をもたらしてくれたんだって、平和を実感する度に君の存在を思い、感謝すると思うよ」
「そうなのかな……」

 世界中の人たちから感謝される存在に自分がなったと思えば、途端に照れくさくなる。
 ヒナリが曖昧に微笑んでいると、眼鏡を押し上げたクレイグが肩をすくめた。

「やれやれ。そもそも完全浄化の効果は聖女様がお隠れになるまで続くのですよ? そんな神聖なる存在が聖女でなくなるだなんて、なんの冗談ですか」

 その言葉にベルトランが頷く。

「そうだね。魔力を出す出さないで言えば、出しっぱなしになるのかな?」
「あ、そっか。聖女が生きている限りは浄化の効果がずっと続くって、そういうことなのか……」


 私は聖女として長生きして、この世界の平和を一分一秒でも長く保つという役目があるんだ――!
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