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第五章
88 真の聖女(■)
しおりを挟む※残酷表現があります(欠損/欠損する瞬間の描写はありません)
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世界で唯一自分だけが浄化をおこなえる、その事実こそ、ヒナリが自身を聖女であると信じられるよすがだった。
私は本物の聖女ではないのかも知れない――ヒナリがいよいよ倒れ込みそうになった矢先、ベルトランに腰を支えられた。
「この世界の聖女はヒナリ、君だけなのは確かだよ。僕ら賢者は皆、降臨する瞬間の君を見守っていたんだから。辺境領に現れた聖女は、明らかに偽物だ。この聖女の真偽を突き詰める前に、まず本当に魔獣が消せたのか、それが本当であればどんな手段を講じたのかという点から追及していって、まやかしであることを証明できればこんな騒動なんてすぐに収められるはずだよ」
そう断言するベルトランに続いて、アルトゥールが厳しい面持ちで呟く。
「辺境伯がいよいよ決戦を仕掛けてきたか。自分の仕業だと隠しもしなくなった」
しかし、賢者たちを始めとする神殿側から闇を暴いていく時間は与えられなかった――この数時間後に王城から召喚状が届いたからである――聖女ヒナリ及び賢者四名、急ぎ参内せよ、と。
◇◇◆◇◇
王城へと着くなり、近衛騎士団に囲まれて国王の御前へと連行される。
『聖女ヒナリに対して不敬である』とアルトゥールが一喝しても、近衛騎士は一様に機械じみた挙動をするばかりで誰ひとりとして元王国騎士団長の言葉に反応を見せなかった。
謁見の間には、目深にフードを被ったローブ姿の男たちが数名、そしてその中心にはひとりの女性が立ち尽くしていた。顔立ちは端整であるものの、完全に表情が抜け落ちていて人形のようにも見えてくる。
ヒナリの背後でアルトゥールが悔しげに呟いた。
「(シュネインゼル辺境領から王都へは五日以上掛かるというのに……。辺境伯め、彼らを王都へと発たせた上で、王城への到着に合わせて報道させたのか。周到な……!)」
男の中のひとりが、手に持ったロッドを掲げてヒナリを指し示す。
「聖女ヒナリは紛い物です! 紛い物であるからこそ、浄化に五年もの時間を掛けているのです。我らが真の聖女が、聖なる祈りでただちに魔獣を消してご覧に入れましょう!」
その宣言に続けて近衛騎士たちが堅牢な檻を謁見の間に運び込んでくる。王直属の騎士が彼らに荷担するかのような光景を目にして、ヒナリたち神殿側の味方がこの場には誰ひとりとして居ないであろうことを予感させられる。
魔獣の入った檻の到着に合わせて女性が一歩前に踏み出でる。その目には全く生気がなく、挙動もまるで操り人形のように不自然だった。とはいえその不審さを訴えたところでヒナリたちの言葉を受け入れてくれる者は居ない。
女性は祈りの形に手を組み合わせると、弱々しい声をこぼした。
「――エトゥンフィラオス・エァミプレリー・アンクタ・エス」
祈りの言葉は発音がおかしく、偽物であることはヒナリと賢者には瞬時に判断が付いた。
聖女の体から光が放たれることもない。
しかし――。
檻の中の魔獣は、瞬く間にその身が崩壊し、塵となって消えていった。
「これにより、我らが聖女が本物であることが今ここに証明されました! さあ、今こそ偽の聖女に断罪を!」
男の中のひとりがロッドを振りかざし、床に垂直に突き立てた、その瞬間。
広間全体が光に包まれた。
賢者たちが素早くヒナリの前に立ち、その謎の光から庇おうとする。
光が収まっても、何も起こらなかった。
男の意図を計り兼ね、ヒナリたちが何も言えずにいる中、国王の声が響き渡った。
「――聖女ヒナリと四人の賢者を捕らえよ!」
「陛下、何をおっしゃいますか、わたくしたちは――」
アルトゥールはそう言い掛けてすぐに口を噤んだ。言葉を尽くして訴えても通じないであろうことは明白だった――なぜなら国王の目もまた偽物の聖女同様、一切の生気が宿っていなかったからである。
◇◇◆◇◇
ヒナリは近衛騎士たちの手によって賢者たちから引き離され、王城の外れにある森へと連行された。
森の中には一本の塔が建っていた。
その古びた石造りの塔の階段を、前後を近衛騎士に固められた状態で上らされていく。
最上段に辿り着いた途端、痛んだ木製の扉が開かれ、薄汚れた部屋にヒナリは乱暴に投げ込まれた。
「痛たた……」
石の床に体を打ち付けたヒナリは、心が沈まぬようわざとおどけた口調で独り言をこぼした。
以前誘拐されたときのように手は拘束されていない。どうせ逃げ出せやしないだろうと思われているのだろう。
汚れた窓ガラス越しに外を見る。塔の下には近衛騎士が幾人か立っていて、周囲を警戒していた。
「みんなはどうしてるかな……」
別れる直前に見た四人の賢者の姿を思い出す。賢者たちは、今まで一度として見たことのない厳しい表情をしながらも抵抗する素振りは見せず、大勢の近衛騎士にいずこかへと連行されていった。
窓際に置かれていた簡素な椅子に座り、外を眺める。
一面に広がる森の先に王城が見える。
(みんなはどこに連れて行かれたんだろう)
せめて、四人がばらばらに引き離されていませんように――。
室内へと視線を戻す。
ヒナリが腰掛けている木製の椅子以外には、天井からぶら下がる室内灯しかなかった。見慣れぬ殺風景な空間が、不安を増幅させていく。
(ダメダメ、弱気になっちゃ)
手のひらで思い切り両の頬を叩いて挟み込み、その痛みで自らを奮い起こす。
この世界の聖女はヒナリ、君だけなのは確かだよ――。
ベルトランが掛けてくれた言葉を思い出す。
(何が起きても私はちゃんと、聖女らしく在ろう)
これから何が起こるか全く想像も付かない。危機的状況の中に於いて、今までずっと頼りにしてきた賢者たちは傍に居ない。
彼らなしで、私は本当に聖女らしくいられるのかな――。ともすればたちまち揺れ出す心を必死に抑え込み続けた。
夕方になり、突如として扉が叩かれ『飯だ』という近衛騎士の無感情な声と共に、トレイが床に直置きされた。
そこにはパンがひとつ乗った皿とコップ一杯の水が用意されていた。
(完全に囚人扱いじゃない)
とはいえ用意されただけまだましなのかなと、トレイを持ち上げて窓際に歩み寄り、食べ物の乗ったそれを床に置いておくのは嫌だったので、椅子の上に置く。
不安感からか、空腹は感じていなかった。
(みんなもこんな感じの食事を与えられたりしてるのかな)
彼らが罪人のような扱いを受けているところを想像するだけで心が痛む。
もしも、クレイグに恩赦が与えられたときのような奇跡を再び起こせるならば、すぐにでも彼らを救い出してあげたい――。ヒナリはそんな御伽噺じみた願いしか抱けない自身の無力さに、失望を禁じ得なかった。
日の暮れた空を見上げる。
空に浮かぶ月は、右側が少し欠け始めていた。
ヒナリは邸宅の自室からも時折月を見上げたことがあったが、この世界の月は前世とは違う模様をしていた。六輪の花を思わせるその模様では、およそ【ウサギが餅を突く様子】には見えようもない。
窓辺に立ち、月を見上げていると、突如として扉が開け放たれた。
「あっけないものだな、偽聖女よ」
「あなたは……!」
部屋に踏み込んできたのは、舞踏会のときにヒナリに嫌みを浴びせてきた中年男――シュネインゼル辺境伯だった。
醜く太った体では高い塔の長い階段はきつかったのか、赤ら顔をし、汗をだらだらと流している。
辺境伯の後ろにはローブ姿の老人が立っていた。レイチェルと共に空間転移させられた際に見た魔術師だった。前回は指を落とした痛みに耐えている様子だったが、今回は包帯に覆われた片目を押さえ、肩で息をしている。自らの眼球を媒介に、何かしらの禁術を発動させたのだろう。
さらにその後ろには青年が立っていた。いかにも貴族らしい上等そうな衣服を着ているものの、頬はこけていて、血色が悪く、若者らしい覇気が一切ない。そしてどことなく辺境伯に似ているようにも見えた。
ヒナリは動揺なぞしていないと示すべく、無表情を保ちつつ、背筋を伸ばして辺境伯を見据えた。
「賢者たちは無事なのでしょうね」
「王城の地下牢に四人まとめて押し込んである。あとで利用するからな」
「利用ですって? どういう意味です」
「そのままの意味だ。賢者どもの命を媒介に、禁術を発動させるのだ」
「なんですって……!?」
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