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第五章

79 最悪の再会(■)

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※残酷表現(強姦)、嘔吐描写があります

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 のんびりとした日々が続いたある日の午後のこと。

 コートをまとったヒナリが真冬の空気の冷たさに肩を縮こまらせつつ、聖騎士団長ヘルッタを伴って図書館から邸宅に戻ると、レイチェルが邸宅の外にまで呼びに来た。

「ヒナリ様、王城より緊急招集だそうです」
「緊急招集? そういうのがあるの?」

 ヒナリが首を傾げると、レイチェルが白い息をしきりに吐き出しつつ書簡を差し出してきた。そこにはヒナリ宛に『ただちに王城に来るように』といった旨のことが書かれていた。王家の紋章も添えられているものの、具体的な理由は書かれていない。

 高圧的な印象を受けるその文面に、そこはかとなく違和感を覚える。
 以前、聖女の方が国王陛下より立場は上であると教えられたような――。

 並び立つ聖騎士団長ヘルッタも、それが不審なものであるかどうか判断が付きかねている様子だった。


 既に迎えの馬車が到着しているとのことで、レイチェルに馬車まで案内される。その馬車にも確かに王家の紋章が飾られていた。
 馬車の扉の前にはローブをまとった男が待機していた。いかにも王家の召し使いといった上等そうなローブのフードを目深に被っていて、表情が窺えない。
 男が馬車の扉に手を掛けた、次の瞬間。

「――ヒナリ! 乗っちゃダメだ! そいつ、オーラの色がおかしい!」

 叫び声に振り向くと、ダリオが必死な形相でヒナリたちの方に駆け寄ってきていた。
 初めて見るその表情に、いよいよ異変を感じたのも束の間。
 突然馬車の扉が開き、中からローブをまとった男が五人飛び出してきてきた。

「何者だっ!」

 鋭い声を響かせたヘルッタが素早く剣を振るうも一振で薙ぎ倒せたのは三人までだった。剣を構えた残りふたりの男がヘルッタを挟撃し、ヒナリから距離を取らせようと追い込んでいく。
 邸宅の敷地内で起きていることとは信じがたい出来事にヒナリがその場に凍り付いていると、馬車の中からさらにもうひとりの男が現れた。腕を強く引かれて瞬く間に馬車に引き込まれる。

「ヒナリ!」

 馬車に辿り着いたダリオが息を切らしながら乗り込んでくる。

「ヒナリを離せ!」

 ダリオが殴り掛かるも、男は狭い馬車の中で身を屈めてその攻撃を易々とかわす。
 その勢いのまま車を降りると、室内に何かを投げ込んでから乱暴に扉を閉じた。


 外から叫び声が聞こえる中、馬のいななきと共に馬車が走り出す。
 ヒナリは突然の出来事に戸惑いながらも目の前で膝を突くダリオの背に手を添えた。

「ダリオ、大丈夫!?」
「ヒナリっ……煙を吸ってはダメ、だ……」

 そう言い残して、ダリオが座席に縋りつくようにして倒れ込む。
 直後、鼻先に甘い匂いを感じた。投げ込まれた小さな容器が煙を漂わせ始めていたのだった。

「なに、これ、……」

 瞬く間に意識が遠のいていく。

(せめて換気しないと……!)

 扉に手を伸ばし掛けたところで、ヒナリも意識を失ったのだった。




「……ヒナリ、ヒナリ、起きて」

 間近から呼び掛けられる声に、ヒナリは目を覚ました。
 重たく感じるまぶたを押し開くと、ダリオが顔を覗き込んできていた。

「ダリオ、大丈夫……?」
「ああ。君は? どこか痛いところはない?」
「うん、たぶん、大丈夫」

 そう答えて身じろぎした瞬間。
 後ろ手に手首をしばられていることに気が付いた。一気に意識が覚醒する。
 必死に身をよじらせて、絨毯の敷かれた床の上に起き上がる。
 ぐるりと辺りを見回す。そこはどこかの屋敷の一室のようだった。スタンドライトが室内を照らしているものの、窓はカーテンが閉じられていて外の様子が窺えず、時間の経過が把握できない。


 危機的な状況にただただ不安を抱くことしかできずにいると、扉の向こうからヒールの音が聞こえてきた。途端にダリオがびくりと肩を跳ねさせる。
 ゆっくりと、扉が開かれる。そこには毒薬で染めたような暗い紫色のドレスを着た令嬢が立っていた。そのすぐ後ろには、体の大きな男がついてきている。
 令嬢が黒い扇子で口元を隠し、アイラインで囲った目を三日月型に細めた。

「ご無沙汰しておりますわ、ダリオ・アウレンティ様」
「……」

 令嬢の視線を追ってヒナリが振り向くと、すっかり青ざめた絶望的な面持ちがそこにはあった。その表情に胸を痛めながらも再び正面に顔を戻し、眼前に立つ令嬢を見上げる。
 視線がぶつかった途端、令嬢が目を見開いた。その目は血走っている。

「聖女様。わたくし、シュネインゼル辺境伯が三女、ウレリギッテ・シュネインゼルと申します。お目に掛かれて大変光栄に存じますわ」

 顎を上げ、およそ光栄とは思っていない蔑みの眼差しで見下ろしてくる。
 隣に座り込んだダリオが、傍目にもはっきりと震え出す。その反応を見てヒナリは確信した。


 この人、ダリオを犯した人のひとりだ――!


「うっ……おえっ」

 突然ダリオが嘔吐した。背中側で拘束された両手で宙を掻きながら、床に額を付けるような姿勢でわずかに吐瀉物を吐き出す。

「ダリオ!」

 すぐに嘔吐は治まったものの、肩で息をするダリオは顔面蒼白になっていた。
 令嬢はそんなダリオの反応に興味を示さず得意げに話し出した。

「当初は聖女様だけをこちらにお招きして、聖女様と引き換えにダリオ様を手に入れる予定でしたのに。ダリオ様ってば聖女様についていらして、つくづく不運なお方ですこと」

 呼吸の乱れたダリオを見下ろして、口の端を吊り上げる。
 ウレリギッテは扇子を手のひらに叩き付けて閉じると、ヒナリを顎で指した。

「さ、やっておしまいなさい」

 その命令を合図に、気色悪い笑みを浮かべた男がゆっくりとヒナリに近付いてくる。

「やめろ! ヒナリに近寄るな!」

 ダリオが素早く立ち上がり、男の前に立ちはだかった。
 その様子を見たウレリギッテが鼻で笑う。

「あらぁ? 無抵抗だった頃よりかは遥かに気概をお見せいただけるようになったのですねえ、ダリオ様?」

 また開いた扇子で口元を隠し、楽しげに目を細める。

「学園で戯れていた頃が懐かしいですわねえ? 学園生活のよき思い出ですわ。わたくし、貴方のそのとってもお美しいお顔が屈辱に歪む瞬間が大好きでしたのよ? 絶頂を迎えるときにだけ見せてくださる、最っ高にそそるお顔が」
「っ……!」
「ダリオ様を愛する皆様をわたくしが斡旋して差し上げましたけれども、ダリオ様ってばどなたも孕ませてくださらなくて、本当に残念でしたわ」
「全て……君が手引きしたことだったのか……!」
「幾人もの女性を傷物にして、罪なお方ですこと」

 広げた扇子の陰で、高らかに笑い出す。

「うっ……げほっ」

 再び屈み込んだダリオが嘔吐した。幾度かその動きを繰り返したあと、歯を食いしばって堪えようとする。

「あらあら大変。聖女様? 賢者様が大変なことになっておりますわよ?」

 ウルレギッテが扇子をひと扇ぎして、満足げに息を吐く。

「ダリオ様、貴方にトラウマを刻めたようで何よりですわ」

 と言ってまた扇子で口元を隠し、耳障りな声で高笑いした。



(ダリオ……!)

 ヒナリはすぐにでもダリオに駆け寄りたかった。しかし迫りくる男から後ずさりしている現状では、寄り添ってあげることすら叶わなかったのだった。



「ふへへ、聖女様あ……!」

 歪んだ笑顔の男が、息を荒らげながらヒナリに迫ってくる。

「聖女様あ……! ははっ、こ、こんな、綺麗な人、犯せるなんて、最高、だっ……!」

 壁際まで追い詰められたヒナリは、男を刺激しないようにじわじわと壁沿いに横移動して距離を取ろうとした。しかしいくら広い部屋であるとはいえ、そんな時間稼ぎは部屋の角に辿り着くまでしか持たないのは明白だった。
 よろよろとヒナリに近付いてくる男は、よく見ると目の焦点が合っていなかった。



 顎を上げたウレリギッテが、追い詰められゆく聖女の様子を下目で見る。

「あらあら、いい眺めですこと」

 膝を突いたままのダリオはウレリギッテを睨み付けたあと、すぐさま上体を捻って男に振り向くと、鋭い叫び声を部屋中に響かせた。

「ヒナリに触るな!」
「お黙りなさいな、ダリオ様」

 ウレリギッテが閉じた扇子をダリオの頬に添え、正面に向き直らせる。
 そのまま輪郭を辿り、顎をすくって上向かせる。

「貴方とは後程ゆっくり遊んで差し上げますから。貴方とは、どれだけまぐわっても先の心配がございませんものね? お好きなだけわたくしの中で達してくださってもよろしくてよ?」
「……!」
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