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第四章

69 賢者とのダンス

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 雪のちらつく中、馬車で神殿から王城へと移動する。
 ヒナリはきらびやかに着飾った人々につい見とれてしまいつつ、賢者たちと共に貴賓室へと移動し、パーティーの開始を待った。


 いよいよ舞踏会が始まり、案内係の人に呼ばれて四人の賢者と共に巨大な扉の前に立つ。

「聖女ヒナリ様、賢者アルトゥール・ツェアフェルト様、賢者ベルトラン・オークレール様、賢者クレイグ・カスティル様、賢者ダリオ・アウレンティ様がご入場されます」

 扉が開かれて、大きな拍手で迎えられる。
 大勢の人に見守られながらの入場は祈りの儀で慣れていたものの、拍手の音の圧がものすごく、気後れしてしまった。

(堂々としてないと……!)

 ヒナリが視線を落とし気味に歩いていると、後ろからくすりと笑う声が聞こえてきた。

「(ヒナリ、緊張しすぎ)」
「(我々がついているから、気負わずとも大丈夫だ)」

 ベルトランとアルトゥールに小声で話し掛けられて、少しだけ気持ちが軽くなる。

(そうだよ、賢者のみんなが一緒に居てくれるんだから、固くなることなんてない。ちゃんと聖女らしく堂々としていよう)

 ヒナリは胸を張り、まっすぐ前を見据えると、人々の視線を浴びる中で聖女らしく堂々と歩を進めたのだった。


 主催の国王陛下への挨拶を終えて、いよいよ賢者四人とのダンスが始まる。

 まずアルトゥールと手を取り合い、ホールの中央へと歩み出る。
 心臓はずっと騒がしかったものの、アルトゥールにぎゅっと手を握られればその頼もしさに心強さを覚えれば、少しだけ落ち着きを取り戻す。ヒナリは優しい賢者に向かって顔を綻ばせた。
 向かい合い、膝を曲げてお辞儀をし、再び手を繋ぎ合わせる。
 楽団が優雅な曲を奏で始め、ついにダンスが始まった。


 動き始めた途端に次々とステップが自然と出てきて、体が覚えているとはこういうことかと実感させられる。
 踊り始めてから少し経つと、アルトゥールが話し始めた。

「いつも従姉に『動きがぎこちない』と注意されてばかりだったので、従姉に王都まで来てもらい、念入りに練習して参りました」
「そうなんだ。いつの間に……ありがとう」

 アルトゥールの真面目さに感心させられる。

「今まではぎこちなかったの? 練習中、そんな風に思ったことなかったけど」
「きびきびとした勢いのある動作は得意なのですが、こう……流れに身を巻かせる風な動きは、いまいちしっくり来なくて」
「でも、例えば騎士の方同士で手合わせをしてるときに、相手の勢いを利用して、くるっと回って剣を叩き付ける、みたいなことしてる人って居ない?」

 合同競技会で見た光景を思い出す。聖騎士団長のヘルッタも、大柄な男性騎士相手にそんな風にして立ち回っていた。
 途端にアルトゥールがはっとした表情に変わる。

「ええ、居ますね……!」

 ラピスラズリ色の瞳がきらきらと輝き出した。

「ああ、ヒナリ……!」

 感激した声で呼び掛けられた、次の瞬間。

「わわっ!?」

 突然視界が高くなった。
 途端に『おおっ』と周りから歓声が上がる。
 抱き上げられるタイミングでないにもかかわらず高く掲げられてしまい、その予定外の動きに動揺させられる。
 そのままくるくると回されて、周りの景色が鮮やかに流れていく。

「あはは、目が回る~」

 つい笑い声を上げてしまったところでそっと下ろされて、再び元の流れに戻る。
 目を見合わせたアルトゥールは、目映い笑みを湛えていた。

「今まで舞踏の動作を剣技で例えて考えたことはありませんでした。ヒナリのその柔軟な発想は実に素晴らしい……!」
「アルトゥールはいつも大げさだよ~」
「貴女は本当に素敵な人だ。尊敬してやまない」

 大したことは言っていないのに大いに褒め称えられて、そのまっすぐな賞賛にくすぐったさを覚える。

「ありがとう、アルトゥール」

 いつの間にか曲の終わりが近付いてきていて、人前での初めてのダンスはあっという間に終了したのだった。



 続いてベルトランがヒナリの前に歩み出てくる。髪を後ろでまとめ、顔の横に髪を垂らしたヘアスタイルが色っぽくて、ヒナリは無意識にベルトランの顔に見蕩れてしまった。

 曲が始まる。腰をしっかりと支えられ、繋いだ手に導かれて、音楽に身を任せる。
 ヒナリがまるでお姫様にでもなった気分でうっとりとしていると、ベルトランがふわりと笑みを浮かべた。

「今日の舞踏会、君と踊れるのをとても楽しみにしていたよ」
「練習で散々踊ったのに?」
「僕らの聖女様がこんなにも麗しく愛らしいって、皆に見せつけるチャンスだからね」
「見せつけるだなんて、そんな……」

 途端に周りで見守る人々を意識してしまい、恥ずかしさに顔をうつむかせる。

「下を向かないで。僕を見て」
「は、はい」

 素早く顔を上げる。するとベルトランの顔が間近にあり、そのあまりの格好よさを直視できず、弾かれたように視線を逸らしてしまった。

「どうして目を逸らすのさ」
「だって、ベルトランって……」
「ん?」
「王子様みたいなんだもん!」
「えっ?」
「初めて見たときからずっとそう思ってたの。かっこよすぎてまともに見てられないよ~」

 ヒナリがこの世界に降臨したときは、ベルトランはシャツを着崩したラフな格好をしていた。そのときでさえ『王子様なのかな』と思っていたというのに、今日は燕尾服に色気のあるヘアスタイルと、王子様度が爆上がりしている。

「ふうん……? そうなんだ」

 含みのある声にヒナリが目を上げると、意地悪めいた笑みが待ち構えていた。
 直後、腰を支えられて大きく仰け反る姿勢にさせられる。
 真上から顔を覗き込んでくるその角度は、儀式のときの眺めに似ていた。たちまち心臓が激しく騒ぎ出す。
 エメラルドグリーンの眼光に、囁き声が乗せられる。

「君は……儀式の最中は潤んだ瞳で僕のことを必死に見上げてくるのに、今は見てくれないんだね」
「びゃっ」

 動揺して変な声を上げてしまった瞬間、ぐっと腰を引かれて起き上がらせられた。

「今その話はしないで……!」

 ステップが吹き飛んでしまい、よろけそうになる。しかし力強く腰を支えられて、どうにか元の流れに戻る。
 その後はほとんどベルトランと目を合わせられず、ダンスの終了を迎えたのだった。



 次に、クレイグが歩み出てくる。
 前の二曲と比べてややゆったりとした曲が始まり、音に合わせて足の動きを揃える。
 クレイグは今日は髪を撫で付けてあり、いつもと違う髪型のせいで、一段と知的に見えた。

「クレイグ、今日のヘアスタイルとっても素敵だね!」
「ありがとうございます。落ち着かないですね、こういうのは」

 話しながらも滑らかにステップを踏んでいく。

「踊れるかどうか疑っちゃってごめんなさい。本当に上手なのね。クレイグって研究一筋だと思ってたから、体を動かすのは苦手かと思ってたよ」
「確かに私は研究一筋ではありますが、それなりに体は鍛えてありますよ。……貴女を悦ばせるためにね」
「――!」

 思いも寄らない言葉に息を呑む。確かに儀式のときに見た体は、デスクワークをしている人にしてはやけに引き締まっているように見えた。
 驚いて逸らしてしまった視線をおずおずと持ち上げる。
 すると、眼鏡越しに見える金色の瞳が熱を帯びていることに気付いた。その熱に当てられて、たちまち顔に火が点く。
 力強い眼差しを直視できずにヒナリが目を泳がせていると、ふとクレイグが表情をゆるめた。

「普段は私が振り回されてばかりな気がしますが、たまにはいいでしょう?」

 と言って得意気な笑みを浮かべる。

「うう……お手柔らかにね」

 そんなに振り回していたかな?と今までのやり取りを思い出すうちに、ふと初めて出会ったときのことを思い出した。

「ね、クレイグって、初めはすごく冷たかったよね」
「ああ、あれは……」

 軽く息を吐き出してから、話を切り出してくる。

「私たち賢者は幼い頃からずっと、聖女様の器たる御神体の成長を見守り続けてきたわけですが……」
「うん」
「そのお姿を見て、始めはただただ神々しさを感じるばかりでした。それがいざ魂が宿ってみれば、涙を浮かべたり目映い笑みを浮かべたり、くるくると表情を変える飾らない乙女ときた。さあこれからこの女性と儀式を行いなさいなどと言われて、動揺せずにいられると思いますか?」
「うーん。でもベルトランやダリオは動揺してなかったように見えたけど」
「彼らは特殊なんです! 否、異常なんです!」

 と顔を赤くして、抑えた声を荒らげる。
 今もまさに動揺してるなと思ったヒナリは、思わずにこにことしてしまった。

「そっかあ、クレイグ動揺してたんだ。私と一緒で」
「そうです、貴女と一緒で」
「あはは、そしたら仕方ないね」

 つと、クレイグが神妙な面持ちに変わる。

「数々の失礼な態度、すみませんでした」
「謝らないで。初めから怒ってないよ」
「はあ……まったく貴女は……」
「ん?」
「いえ、何でも」

 軽く首を振ったクレイグが、またその瞳に熱を帯びさせる。
 今度はその眼差しを受け止めたまま、クレイグとのダンスを楽しんだのだった。



 四番手のダリオがヒナリの前に立つ。
 華やかな曲が奏でられ始める。ふたりで音に合わせて動き出した。

「ダリオはダンスはお姉様たちとも練習してたの?」
「そう、子供の頃からね」
「バイオリンも?」
「うん。姉さまたちがヴィオラとチェロで、僕がバイオリン」
「わ、そうなんだ」

 姉弟で生き生きと楽器を奏でる様子を想像すれば、思わず顔が綻んでしまう。

「いつか聴きにおいで」
「うん、是非!」

 笑顔で頷いてみせると、ダリオもまた笑みを返してきた。

「ダリオのお姉様たち、朗らかで優しくて大好きよ。お元気にされてるかな」
「うん。ヒナリ、僕の実家に帰ったときのことは憶えている?」
「もちろん。あのときは、私を不安にさせないようにたくさん気遣ってくれて、本当にありがとう」
「どういたしまして」

 それきり黙り込み、しばらくダンスに集中する。
 不意にダリオが、吐息混じりの熱っぽい声で語り掛けてきた。

「あのとき姉さまがたに着付けられていた君も美しかったけれど、今日は一段と美しい」

 顔を上げれば、まっすぐに見つめられていることに気付く。その燃えるような赤い瞳の熱さに、ヒナリは思わず目を逸らしてしまった。

「あ、ありがとう……」

 うつむけば、耳元に唇を寄せられる。

「その美しいドレスを脱がせるのは……僕でありたい」
「ほあ!?」

 とんでもないことを言われて変な声が出てしまい、咄嗟に口を噤む。
 顔の熱さに頭がくらくらしてくる。そんなヒナリにダリオが低い声で畳み掛けてくる。

「次の儀式、帰ったらすぐに始めてもいいかな。待ち切れないよ」

 口元は微笑んでいても、その眼差しは真剣そのものだった。
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