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第二章
47 聖女を酔わす甘美なる調べ(☆)
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完全に予想外のタイミングでキスされたヒナリは、ダリオを見つめたまま固まってしまった。
そんなヒナリを見て、ダリオが満面の笑みを浮かべる。
「疲れは回復したみたいだね。君が元気になって、本当に良かった」
「うん。たくさん心配してくれてありがとう、ダリオ」
同じ高さにある目を見つめて、ヒナリもまた心の底から微笑んでみせたのだった。
寝室に招き入れられた途端、ベッド脇のテーブルに花が飾られているのが目に付いた。
ヒナリがピンク色の薔薇を眺める隣で、ダリオが説明を始める。
「ベルトランとクレイグがヒナリのために花を飾っていると聞いてさ。気が利かなくてごめん」
「そんな、謝らないで」
アルトゥールと同じことを言うダリオに、ヒナリはついにこにことしてしまった。
(本当に、四人で色々な情報を共有しているんだなあ)
まるで実の兄弟のような仲の良さを微笑ましく思いながら、ベッドの端に腰を下ろす。すると窓際のソファーに何かが置かれているのを発見した。
「あら? あれは……」
すぐに立ち上がり、ソファーに歩み寄る。
見覚えのあるそれは、バイオリンケースだった。
「ねえダリオ、これってバイオリンだよね?」
「そう。君、これを知っているの?」
「前世にも同じ楽器があったから。見せてもらってもいい?」
「もちろん」
ダリオがケースをテーブルの上に移し、慣れた手付きで留め具を外して蓋を開く。
そこにはヒナリの知っているものと同じ楽器が鎮座していた。表面に塗られたニスの輝きが美しい。
「綺麗だね。形も一緒だ」
「そうなんだ。弾いてみせようか」
「いいの?」
突然の申し出に嬉しくなったヒナリは笑顔になると、賢者のリサイタルの特等席に――ふたりがこれから肌を合わせる場所となる、ベッドの端に着席したのだった。
ダリオはヒナリが腰を下ろしたのを確認すると、バイオリンと弓とを手に持ち、軽く調弦をしてから、たったひとりの観客に向かってお辞儀した。たちまち拍手で迎えられる。
バイオリンを構えて、静寂の訪れを待つ。
拍手を止めたヒナリの期待に満ちあふれた視線を浴びる中、深く息を吸い込み、弦に乗せた弓を滑らせ始める。
自らの奏でる旋律の向こうから、ヒナリの感激した声が聞こえてきた。
ダリオは実家に引きこもっている間、ずっとバイオリンの練習をしてきた――聖女に聴かせるためだけに。
とはいえ『演奏を聴いてくれ』と自分から押し付けるつもりはなかった。寝室のソファーにバイオリンケースを置いておき、ヒナリが興味を持ってくれたらあるいはそのチャンスが訪れるかも知れない、その程度の淡い期待をもって、楽器を用意しておいたのだった。
とうとう聖女に自分の演奏を聴かせる機会が訪れて、胸が高鳴る。
お気に入りの曲を奏でながら、ダリオは一瞬だけ観客の方を見た。大きな紫色の瞳が目映い光を放っている。その煌めきは、この世に存在するどの宝石よりも美しいと、心の底から思った。
――ヒナリ、愛しい人。
――僕の音色で酔わせてあげる。
ダリオの奏でる音色のあまりの流麗さに、ヒナリはうっとりと聞き入っていた。
(なんて上手なんだろう……!)
前世で音楽を聴く習慣はなかったが、淀みなく情感たっぷりに奏でられる旋律は、プロの演奏そのものだった。
素敵な演奏を聴かせてもらえてありがたいなと思ううちに、体のあちこちに奇妙な痺れが走った。
(あれ? なんだろ、この感覚)
ヒナリの体を包み込む優しい音色が、全身を撫で上げていく。
「んっ……」
そのくすぐったさに思わず声が出てしまい、咄嗟に口を押さえる。
甘い刺激は止まらない。膝裏、内腿、脇腹、そして背中から首筋を、羽のような柔らかい何かが丁寧になぞっていく。
「んう、んんっ……」
必死に声を飲み込みつつ、こっそりダリオを見る。ダリオはヒナリの異変に気付いておらず、目を伏せて音の世界に入り込んでいた。
(邪魔しちゃダメだって。でもどうしてこんな、くすぐったいような、気持ちいいような……不思議な感覚が走るんだろう)
ダリオが弦の上に弓を躍らせて、細かい旋律を奏で始める。途端にヒナリの体に走る刺激も変化し、いよいよ核心に迫ってくる。
実態のない誰かの指先のような何かが胸の先端を細かく弾き回し、閉じた足の間にまで潜り込み、花弁をやんわりと撫で回す。
「ん! んんっ……!」
はっきりとした快感に襲われて、ヒナリはびくびくと膝を跳ねさせた。ダリオはまだ気付いていない。
「んんっ、くうっ……!」
口を抑えて、もう片方の手で自らを抱き締めて反応をどうにか抑え込もうとする。
しかしそれは無駄な抵抗だった。ヒナリの全身を弄り倒す音色はいつの間にか体内にまで入り込んでいて、内壁をずん、と強く押し上げてきた。
「ひうっ!」
強烈な刺激に下腹部が脈打つ。まるでセックスの最中のような快感に襲われて、ひとり身悶え涙を流す。身体中の弱点を同時に刺激されて、絶頂の瞬間が迫ってくる。
ダリオが最後の一音を奏でたその瞬間。
「んんーっ!」
びくんびくんと全身が脈打ち、頭が真っ白になった。
「はあっ、はあっ……。な、んで、こんな……」
次に気付いたときにはヒナリはベッドに倒れ込んでいた。
横倒しになった視界の中央で、演奏を終えたダリオがバイオリンをケースにしまっている。
(ちゃんと聴いてあげられなくて、申し訳ないことしちゃったな……)
体に響く余韻に吐息を乱していると、ダリオがくるりと振り向いた。
「――!」
その赤い瞳を見た瞬間、ヒナリはぐっと息を呑んだ。なぜならダリオの双眸が欲望を滾らせていたからである。
「ごめんヒナリ、説明は後でするから、今は――」
足早にベッドに歩み寄ってきたダリオがガウンを脱ぎ捨て寝間着もじれったそうに急いで脱ぎ去り、まだ息を弾ませているヒナリに覆い被さった。
全裸になったダリオにガウンを剥ぎ取られて、ショーツの紐が解かれていく。
秘所が暴かれた途端、ダリオが目を細めて感嘆の息をついた。
「ああヒナリ、こんなに濡らして……!」
「言わないで……!」
「僕の演奏を聴いただけで達してしまったの? なんていやらしい体だろうね」
ショーツを傍らに落としたダリオが、欲望にぎらつく目でヒナリを見下ろし口の端を吊り上げる。
ヒナリはその喰らい付くような眼差しを睨み返すと唇を尖らせた。
「ねえ、オーラで見えてたんじゃないの? 私が感じてるって」
「ごめん、全部見えてた。物凄い量のオーラだったから。でも感じるのを我慢している君があまりにいじらしくて、ずっと見ていたくなってしまった」
そう言いながらダリオはヒナリの膝裏をつかんで足を広げると、硬く勃ち上がった芯の切っ先を蜜壺の入り口に押し当てた。
「今度は、僕自身で感じさせてあげる、――!」
「ああっ!」
先端が体内に潜り込んだ次の瞬間にはダリオの欲望の化身は全てヒナリの体内に収まっていた。それほどまでに、愛液が溢れてきていたらしい。
ダリオは前後に腰を揺らして滑らかな抜き差しを繰り返しながら、満面の笑みを浮かべた。
「ああ、もう、こんなに熱くなって……! そんなに気持ちよかったんだね」
「……っ」
ヒナリはめいっぱい顔を逸らして声を噛み殺した。直接触れられてもいない状態で感じまくってしまったことが悔しくて、今は素直に悦びを表したくなかったのだった。
そんなヒナリの反応を見て微笑んだダリオが、あくまで優しく体内を捏ね回す。
「ねえヒナリ。僕の奏でる音色に酔わされるのと、僕にこうされるのと、どっちが好き?」
与えられる快楽は、ゆるやかでいて鮮烈だった。もっと欲しいと両手をいっぱいに伸ばし、ダリオの細い腰をつかんで懸命に引き寄せる。
「ダリオと繋がってる方が、ずっと気持ちいい……!」
「――!」
次の瞬間、穏やかだった動きが突然激しくなった。
「あっ! ああっ! あうっ!」
肌の打ち合う音を派手に鳴らしながら、ダリオの芯が繰り返し叩き込まれる。
「そうだね、僕もっ、こうして直接君を苛める方が、気持ちよくて、嬉しいな……!」
鋭い切っ先でヒナリの体内を貪りつつ、汗の滴る顔を微笑ませる。
「ヒナリ、さっきは君だけを感じさせてしまったけど、今度は一緒に気持ちよくなろう?」
「うん、でも……」
「なんだい?」
その声色と同じくらい、攻め立てる動きが優しくなる。くちゅくちゅと、ふたりの体の絡み合う音が鳴っている。
「……もう、感じてる私のオーラを見ても、笑わないでくれる?」
「うん、約束する。笑うだなんて、君を傷付ける真似をしてしまって本当にごめん」
「ううん、いいよ。ねえダリオ、私、ダリオに夢中になってもいい?」
「もちろん」
笑顔のまま覆い被さってきたダリオが、ヒナリの胸の先端を口に含み、舌で転がす。
胸と体の奥とを同時に刺激されて、ヒナリはあまりの心地よさに思わずダリオの頭を抱き込んだ。
ダリオがヒナリの胸の尖りを口に含んだまま、甘い声で囁く。
「ヒナリ、たくさん僕を感じてみせて」
「うん。ダリオ、たくさんあなたを感じさせて」
その後は睦言を交わすこともなく――ふたりで静かに、時には激しく水音を奏でながら、ただひたすらに互いの欲望を絡み合わせ続けたのだった。
◇◇◆◇◇
ヒナリはダリオとの儀式を終えたあと、湯浴みの支度を終えていたメイドたちにしばらく待ってもらうことにした。
ガウンだけを羽織った格好でダリオと並んで寝そべって、先ほど後回しにされた説明に耳を傾ける。
「さっきの現象は、僕の魔力がバイオリンの音に乗ってしまったことによって起きた現象なんだと思う」
ダリオの魔力に全身をまさぐられていたと分かり、かっと顔が熱くなる。
「僕ら賢者の持つ魔力って、僕ら自身ではコントロールできないんだ。だから楽器の音に乗ってしまうなんて知らなかったし、ましてや音にこもった魔力で君を絶頂に導いてしまうなんて、思いも寄らなかった」
「うん……」
その瞬間を思い出したヒナリは、全身が熱くなるのを感じた。
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