上 下
44 / 102
第二章

44 賢者たちの情報共有

しおりを挟む
 ミュリエルが、ワゴンの上に並ぶ食材を使ってヒナリの昼食を作り上げていく。
 横半分に切った丸いパンにバターを塗り、野菜とスモークサーモンを乗せる。慣れた手付きであっという間にオープンサンドを完成させると、ヒナリの前にその皿をそっと差し出してきた。

「ヒナリ様、お待たせ致しました。どうぞお召し上がりください」
「ありがとう、ミュリエル。いただきます」

 さくさくとしたパンとしっとりとしたサーモン、そして新鮮な野菜とを同時に頬張る。疲れた体にサーモンの塩味と野菜の水分が染み込んでくるような気がした。

(はー美味しい……)

 視線を前方に固定させたまま、もぐもぐと食べ進めていく。二等分したパンの片方を食べ終えたところでレイチェルが話し掛けてきた。

「ヒナリ様。私、思うのですが。ヒナリ様がそこまで御身を削らなくとも祈りの儀はおこなえるわけですよね」
「んー。そうだね」
「賢者の皆様は、もっとヒナリ様のお体を労るべきだと思うんです。ヒナリ様がお許しくださるのであれば、ミュリエルと私とで、儀式の時間が長時間に及ばぬよう賢者様がたにご進言申し上げたく存じます」

 向きになったようなレイチェルの口調に本気度が伝わってくる。そこでようやく頭がはっきりとしてきたヒナリは背筋を伸ばすと、真剣な眼差しを向けてくるメイドたちに微笑んでみせた。

「ふたりとも心配してくれてありがとう。でもね、賢者のみんなは二十年以上も賢者として苦労してきたんだから、みんなの気の済むまで付き合ってあげたいと思うんだよね。これまでのみんなの苦労がそれで少しでも報われるなら、私、頑張れるよ。順調に行けばお務めは五年で終わるわけだし。賢者のみんなの二十数年に比べたら、ずっと短いでしょ」
「それは、おっしゃる通りではございますが……」

 レイチェルが言葉を濁す。
 その隣でミュリエルが表情を引き締めた。

「ヒナリ様のお考えに敬服致します。聖女様付き侍女として、これからも身骨を砕き、ヒナリ様の御身をお支えする所存です」

 それを聞いたレイチェルが、はっとした顔になり、

「わたくしも同様です。ヒナリ様、差し出口を叩いてしまい誠に申し訳ございませんでした」

 と言って深々と頭を下げた。

「ううん、ふたりともたくさん気遣ってくれてありがとう。偉そうなことを言っちゃったけど、もし本当に『どうしてもこれ以上は無理!』ってなっちゃったときは、私と一緒に賢者のみんなにお願いしに行ってもらえるかな」
「はい、もちろんですヒナリ様」
「必ずお役に立てるかと思います。私、しゃべりだけは達者だと周りからよく言われておりますので」

 冷静なミュリエルに続いて、レイチェルが声を弾ませる。

「あはは、『しゃべりだけは』なんて、そんなことないでしょ。でも頼りにしてます」
「はい、その際はお任せください!」


 ふたりのメイドの優しさが、疲れた体に安らぎを与えてくれる。ヒナリは心の中で何度もミュリエルとレイチェルに感謝しつつ、自室での昼食を楽しんだのだった。


    ◇◇◆◇◇


 お腹を満たしたヒナリが居間へ行くと、四人の賢者が何やら話し合っていた。
 ベルトランとダリオが、腕組みしたり顎に手を当てたりして真剣な表情を浮かべている。

「ちょっと、いやだいぶ背徳的だとは思うけど。もしそれをしてもらえるとなったら誘惑には抗えないだろうな……」
「一生懸命頑張る姿は、きっととてもいじらしいだろうね」
「ええ、それはもう!」

 誇らしげに頷いたクレイグは得意げな顔をしていた。心なしか肌がつやつやしているようにも見える。
 続いてアルトゥールが深刻な面持ちで呟く。

「その際、口の中に放ってもヒナリは許してくれるだろうか……」
「――!」

 その発言内容で、何について話しているかをヒナリは察してしまった。

「ちょっとみんな! なんでそのことを知ってるの!?」
「私が話しました」

 事も無げに答えるクレイグに、ヒナリは思わず声を張り上げた。

「なんでしゃべっちゃうの!? そんなの恥ずかしすぎるよ!」

 憤りに任せてソファーに八つ当たりするように腰を下ろすと、ベルトランが困った風な笑みを浮かべた。

「そうだよね、ごめんねヒナリ。でもこれには事情があってさ」
「なに事情って!」
「話は四代前の聖女様の時代に遡るんだけど」
「えっ?」

 唐突な切り出しに面食らったヒナリは、勢いを削がれてしまった。
 真面目な顔をしたベルトランが、昔語りを始める。

「四代前の聖女様は、完全浄化のあと、四人の賢者のうちのひとりと結婚なさったんだ」
「……!」

(そんなこと思い付きもしなかったけど、そういう可能性もあるのか……)

 急な話題にどきどきし始めたヒナリは少しだけうつむくと、こっそりと賢者たちの様子を窺った。しかし全員ヒナリを見ていて、ことごとく視線がぶつかってしまい、慌てて顔を伏せる。

「四代前の聖女様と結婚されたのは、当時平民だった我がカスティル家のご先祖様なのですよ」

 そう補足してくるクレイグは、どこか誇らしげだった。
 その言葉に「そうだったね」と頷いたベルトランが話を続ける。

「他の三人の賢者様がたもまた聖女様を愛していて、想いを諦めきれず、独身を貫いた」
「あら、そうなんだ……」

(それはちょっとかわいそうかも)

 失恋する形となった賢者たちが、いかに聖女を慕っていたかが伝わってくる。

「それで、聖女様ご自身そして聖女様の御心を射止めた賢者は、ご結婚される際に他の三人の賢者に罪悪感を抱いたそうなんだけど……想いは止められないよね」
「まあ、そうだね」
「他の三人も自分たちを気にすることはないと言って、愛し合うふたりを祝福したんだけど」
「うん」
「後世の賢者たちが同じ目に遭うのはかわいそうだってことで、賢者たち四人で話し合い、聖女様と仲を深める機会は等しく得られるようにと『聖女様との儀式の内容を全て共有しよう』っていう決まりを作ったんだ。だからそれに従って、僕らも四人で情報共有してるんだよ」
「うーーーん。なるほど……?」

 その情報を共有することと、聖女との仲を深めることとがどう繋がるのだろう――。

 疑問を抱くと同時に、重大な懸念が湧いてくる。

(儀式の最中の私の行動が他の三人にも筒抜けになってるなんて。儀式の最中に余裕なんてないのに、そのことを気にしながら行動するなんて私にできるかな……)

 と心の中で独り言を繰り広げていると、ベルトランが顔を覗き込んできた。

「ヒナリはこの決まりを嫌だと思う?」
「うーん。まあ、あんまり嬉しくはないかな。恥ずかしいし」

(それに、儀式中に変なこと口走ってるかも知れないもの)

 その可能性に気付いてしまえば、かっと顔が熱くなる。
 ヒナリが恥じらいに固まっていると、ベルトランが心を解きほぐすような微笑みを浮かべた。

「ヒナリが儀式の最中に何を言ったかまでは、誰にも明かさないから。許して、ね?」

 その言葉に、他の三人もしきりに頷く。

(なんでそれを気にしてるって分かったんだろ?)

 ヒナリは小さく首を捻ってから、少しだけ頷いてみせた。

「……わかった。四代前の賢者様がたのご遺志に従います」




 四人の賢者は、一応納得した様子のヒナリを見てほとんど同じ言葉を思い浮かべていた。

「(発言内容の一言一句までは共有しないけど、ヒナリに何をしたらどんな反応をしてくれたかは事細かに共有してるんだよなあ……)」

 それぞれ頭の中に、儀式の際のヒナリの姿を描き出す。普段は清楚な聖女が艶めかしく身悶える光景に、うっすら微笑んでしまう。

(でもここまで教え合ってると言ったら、きっとものすごく恥ずかしがって素直に自分をさらけ出してくれなくなるかも知れないし)

 四人は互いに目配せすると、『このことはヒナリには黙っておこう』と意志統一したのだった。




 ヒナリが黙り込んだ賢者たちを見ると、なぜか誰もが仄かに笑みを浮かべているように見えた。

(みんな笑ってる? どうしたんだろ)

 四人の様子にヒナリがきょとんとしていると、ダリオが膝に肘を突いて身を乗り出してきた。赤い瞳が熱を帯びる。

「ヒナリ、話を戻すけど」
「あ、うん」
「君がクレイグにしたことを、僕らにもしてもらうことってできないかな。すぐ次の儀式でという話でなくて、近い将来そうしてもらえたら、僕らはとても嬉しく思う」
「――!」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

転生したら、6人の最強旦那様に溺愛されてます!?~6人の愛が重すぎて困ってます!~

恋愛
ある日、女子高生だった白川凛(しらかわりん) は学校の帰り道、バイトに遅刻しそうになったのでスピードを上げすぎ、そのまま階段から落ちて死亡した。 しかし、目が覚めるとそこは異世界だった!? (もしかして、私、転生してる!!?) そして、なんと凛が転生した世界は女性が少なく、一妻多夫制だった!!! そんな世界に転生した凛と、将来の旦那様は一体誰!?

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

美幼女に転生したら地獄のような逆ハーレム状態になりました

市森 唯
恋愛
極々普通の学生だった私は……目が覚めたら美幼女になっていました。 私は侯爵令嬢らしく多分異世界転生してるし、そして何故か婚約者が2人?! しかも婚約者達との関係も最悪で…… まぁ転生しちゃったのでなんとか上手く生きていけるよう頑張ります!

【完結】ペンギンの着ぐるみ姿で召喚されたら、可愛いもの好きな氷の王子様に溺愛されてます。

櫻野くるみ
恋愛
笠原由美は、総務部で働くごく普通の会社員だった。 ある日、会社のゆるキャラ、ペンギンのペンタンの着ぐるみが納品され、たまたま小柄な由美が試着したタイミングで棚が倒れ、下敷きになってしまう。 気付けば豪華な広間。 着飾る人々の中、ペンタンの着ぐるみ姿の由美。 どうやら、ペンギンの着ぐるみを着たまま、異世界に召喚されてしまったらしい。 え?この状況って、シュール過ぎない? 戸惑う由美だが、更に自分が王子の結婚相手として召喚されたことを知る。 現れた王子はイケメンだったが、冷たい雰囲気で、氷の王子様と呼ばれているらしい。 そんな怖そうな人の相手なんて無理!と思う由美だったが、王子はペンタンを着ている由美を見るなりメロメロになり!? 実は可愛いものに目がない王子様に溺愛されてしまうお話です。 完結しました。

ヤンデレ騎士団の光の聖女ですが、彼らの心の闇は照らせますか?〜メリバエンド確定の乙女ゲーに転生したので全力でスキル上げて生存目指します〜

たかつじ楓*LINEマンガ連載中!
恋愛
攻略キャラが二人ともヤンデレな乙女ーゲームに転生してしまったルナ。 「……お前も俺を捨てるのか? 行かないでくれ……」 黒騎士ヴィクターは、孤児で修道院で育ち、その修道院も魔族に滅ぼされた過去を持つ闇ヤンデレ。 「ほんと君は危機感ないんだから。閉じ込めておかなきゃ駄目かな?」 大魔導師リロイは、魔法学園主席の天才だが、自分の作った毒薬が事件に使われてしまい、責任を問われ投獄された暗黒微笑ヤンデレである。 ゲームの結末は、黒騎士ヴィクターと魔導師リロイどちらと結ばれても、戦争に負け命を落とすか心中するか。 メリーバッドエンドでエモいと思っていたが、どっちと結ばれても死んでしまう自分の運命に焦るルナ。 唯一生き残る方法はただ一つ。 二人の好感度をMAXにした上で自分のステータスをMAXにする、『大戦争を勝ちに導く光の聖女』として君臨する、激ムズのトゥルーエンドのみ。 ヤンデレだらけのメリバ乙女ゲーで生存するために奔走する!? ヤンデレ溺愛三角関係ラブストーリー! ※短編です!好評でしたら長編も書きますので応援お願いします♫

【書籍化確定、完結】私だけが知らない

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
書籍化確定です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ 目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/12/26……書籍化確定、公表 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

処理中です...