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第二章

35 仲の悪い双子

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 魔道具師グレッグ・カスティルが、魔道具のレンズ越しに聖女を眺め出した国王を見ながら、自信に満ちあふれた表情で朗々たる声を響かせる。

「いかがでしょう。聖女ヒナリ様の御身の周りにオーラがご覧いただけますね?」
「うむ、魔眼とはこのように見えるものなのだな。光の粒が聖女ヒナリ様の御身から立ち上って……実に美しい……」

 国王の呟きに、グレッグ・カスティルが満足げに頷いた。

「陛下、賢者ダリオ様。聖女ヒナリ様の現在のオーラは何色に見えますか? その眼鏡が魔眼と同等の性能を持つことを証明するために、お二方同時にお答えください。さあ、どうぞ」

 グレッグが手を差し出して合図を出すと、ダリオと国王が目配せし、同時に口を開いた。

「灰色、だろうか」
「灰色です。……戸惑いを感じている色だ」

 最後だけは小声で呟いたダリオと国王の回答が一致し、見守る人々が『おお……』と感嘆の声を上げる。

「その眼鏡の性能がご理解いただけたところで、賢者ダリオ様のお持ちになった、先ほど測定器が反応したそちらのスヴィラ領産の魔鉱石をご覧いただきましょう。余剰魔力は石の周りに黒色のもやとなって見えるといいます。そうですよね、賢者ダリオ様」
「ああ」

 ダリオが頷き、国王に向かって魔鉱石を差し出す。

「……全く何も見えぬな」
「ええ、その通りです陛下。余剰魔力を放出していない、これこそすなわち【聖女ヒナリ様の浄化が成功した】確固たる証拠です。この結果をもって、そちらの測定器は改造品であると断定されました」

 人々が顔を見合わせる。ざわめきが大きくなる。

「急を要する事態と拝察し、微力ながらお力添えをさせていただきました。差し出がましい真似をお許しください」

 グレッグ・カスティルが、またヒナリと国王に向かって深々とお辞儀した。


 国王が、広間に鋭い声を響かせる。

「――その者を捕らえろ!」


 ふたりの聖騎士に羽交い締めにされた男が『こんなはずでは……!』と動揺しきった声で喚き立て、藻掻いて抵抗を見せる。
 その声が遠ざかっていき、男が扉の向こうに消えた瞬間。

「良かった……!」

 ヒナリは激しく脈打つ胸を抑えると、詰めていた息を吐き出した。途方もない安堵感に涙が滲む。
 すると隣に居たベルトランが、軽く身を屈めて耳打ちしてきた。

「ヒナリ。泣くのは後でね。隙を見せちゃいけないよ」
「は、はい」

 素早くまばたきをして涙を抑えこみ、背筋を正す。自分には後ろ暗いところなど一切ないのだと宣言する代わりに、口元を微笑ませて人々をゆっくりと眺め渡した。疑いの眼差しが、ひとりまたひとりと和らいでいく。

 ヒナリは落ち着いた表情を保ちつつ今度こそ立ち上がると、まだ騒がしい鼓動に気付かないふりをしながら広間を後にしたのだった。


    ◇◇◆◇◇


「ヒナリ、どうかお許しください!」

 貴賓室でヒナリが腰を落ち着けた途端、向かいに座ったアルトゥールがテーブルに打ち付けそうな勢いで頭を下げた。

「ごめんね、ヒナリ」
「本当に申し訳ございません。まさか聖女反対派が直接貴女に揺さぶりを掛けようとするとは……」

 ヒナリの両側に座るベルトランもクレイグも、沈痛な面持ちに変わる。
 顔を上げたアルトゥールが、心苦しげな表情で弁解を始める。

「実は、貴女に心配を掛けまいと、余計な気を回して魔力濃度がゼロになっていないなどと主張する地域があることを貴女に伝えなかったのだ。下手に隠した結果、貴女を余計に不安にさせてしまった。本当に申し訳ない。今後は一切貴女に隠し事をしないと誓います」
「そんなに気に病まないで。私を気遣ってくれたのはありがたいし、私が知らない方がいいってケースもきっとあるでしょう? 私に伝えるべきかどうかは、今後もみなさんにお任せします」

 事前に知らされたところで、いきなり人前で問い詰められるなど予想できなかったことだろう。
 ヒナリが笑みを浮かべてみせても、アルトゥールの硬い表情は変わらなかった。

「聖女ヒナリ様の、寛大な御心に感謝致します」
「そんな、大げさだよ」


 一連のやり取りの間、一人掛けのソファーに座ったダリオはずっとふて腐れたような顔をしていた。
 その表情の意味を、ベルトランが説明する。

「ダリオだけは反対していたんだよね。『ヒナリだけをけ者にする風な扱いはどうかと思う』って」

 そう聞かされて、ヒナリは今さらながらにこれまでのダリオの行動の意味に気が付いた。

「だからダリオは鉱山を視察したあと、ずっとお出かけしてたの?」

 あの日は朝から鉱山に出掛けたにもかかわらず、ダリオが戻ったのは夕食の直前だった。
 組んだ足に手を置いたダリオが小さく頷く。

「そう。聖騎士と共に現地の王国騎士団と連携して、スヴィラ領の魔鉱石を極秘裏に入手してきたんだ」
「そうだったんだ。ダリオ、さっきは私を庇おうとしてくれて本当にありがとう」
「いや……。君の役に立てなくて申し訳ない」

 赤い瞳が陰りを見せる。
 ヒナリは身を乗り出すと、ダリオの顔を覗き込んで声を張り上げた。

「そんなことない! あの場に出ていくなんて、勇気がなきゃできないよ。とても心強かった。本当にありがとう、ダリオ」
「……」

 ダリオはヒナリと視線を合わせてくれず、何も答えなかった。


    ◇◇◆◇◇


 祈りの儀と、御礼の儀と。一山越えてほっとしたヒナリが邸宅に戻り、賢者たちと共に居間で茶を飲んでいると、執事のライズボローが現れた。

「ヒナリ様。グレッグ・カスティル様が到着されました」

 先程の騒ぎで助け船を出してくれたクレイグの弟、魔道具師グレッグ・カスティル。
 直接御礼を言いたくて、ヒナリは恩人を邸宅に招待したいと希望したのだった。


 応接室では、クレイグそっくりの青年が分厚い本を読んでいた。眼鏡を掛けていないクレイグと言って差し支えないほどによく似ている。
 ハードカバーの本を閉じた青年が音もなく立ち上がり、優雅に一礼する。
 ヒナリが向かい側に腰掛けると、爽やかな印象の青年は胸に手を当てて再び深々と頭を下げた。
 クレイグに似た顔を、ヒナリはまっすぐに見つめた。面立ちは良く似ているものの、気難しそうな顔付きのクレイグとは違って自然な笑顔がいかにも社交的な印象を受ける。

「聖女ヒナリ様。改めまして、私は魔道具師グレッグ・カスティルと申します。この度は拝顔の栄に浴し、恐悦至極に存じます」
「グレッグ・カスティル様。先ほどは私をお救いくださいまして、本当にありがとうございました」

 ヒナリが大恩人に微笑みかけると、グレッグ・カスティルが目を見開いた。

「とんでもないことでございます! 我々民草こそ聖女ヒナリ様にいくら御礼申し上げても申し足りないほどに救われております。先代聖女様がお隠れになり四十年、久方ぶりの魔獣の弱体化に世界各地で喜びの声が……」
「いつまでぐだぐだとしゃべっておる」

 ヒナリの背後に立つクレイグが、突如として始まった口上を語気鋭く遮った。

「だいたい貴様、いつの間にあんな魔道具を作っていたのだ」
「あんたには関係ないだろ」
「だから数年前からアウレンティ家に通っていたのか。魔眼研究のために」
「あんたに話すことはないよ」

 矢庭に漂い出した険悪な雰囲気に、ヒナリは面食らってしまった。少しだけ振り向いて周りに助けを求めると、ベルトランが身を屈めて、ヒナリの耳元で小さく呆れ声をこぼした。

「カスティル家の双子は仲が悪いことで有名でね」

 といって苦笑した。
 双子の言い合いは続いている。
 ヒナリは背筋を伸ばして大きく息を吸うと、双子を制すべく、わざと大きめの声を出した。

「ダリオはグレッグさんのこと知ってた?」
「もちろん。僕も魔道具作りに協力してたし」

 ダリオの即答に、クレイグが勢いよく振り返る。

「なぜそれを私に言わない!」

 ダリオが白けた目付きをして肩をすくめる。

「君、弟さんの話にそんなに興味あった?」
「くっ……!」

 ダリオに軽くいなされて、クレイグが悔しげに歯を食いしばる。しかしすぐにまた弟に向き直ると早口を浴びせ掛けた。

「貴様、アウレンティ家に通う口実に『ダリオの二番目の姉君狙い』などと吹かしおって!」
「あんたに勘繰られたくなかったんだよ。そもそもあの魔道具は使う機会がない方がいいって思っていたくらいだからね。まさか役立つ機会がこんなに早く来るなんて思ってもみなかった」

 ダリオが腕組みし、顎を上げてクレイグを眺める。

「弟さんの真意に気付かない君もどうかと思うけど。カスティル家の双子は女より研究第一だって、貴族の女性たちは皆知ってるよ?」
「愚弟の意図など私の知ったことではない!」

 クレイグはその足音で怒りをあらわにしつつ、応接室を出て行った。
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