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第二章

34 聖女への糾弾

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「みんな、聖女様にご挨拶したくて待ってるから戻ろうね~」

 抱き上げた幼子に笑顔でそう言い含めたベルトランが、ゆっくりと階段を下りていく。
 その広い肩越しに、小さな手が懸命にお別れの合図を送ってくる。

「ばいばい! せいじょしゃま、おつとめがんばえ~」

 ヒナリは満面の笑みで手を振り返した。
 と同時に――いたいけな子供に『お務めを頑張れ』と言われて心が痛む。少なくとも儀式に関してだけは、純真無垢な子供に応援してもらえるようなことをしているわけではない。
 複雑な気分に陥ってしまったヒナリは腕を下ろすと、膝の上に置いた手をぎゅっと握り締めたのだった。



 次はクレイグの家族が出てくるかと思いきや、ダリオの家族が歩み出てきた。賢者の年齢順に挨拶していくものかとヒナリは思っていたが、どうやらそうではないらしい。
 ダリオの父親が、ヒナリをまっすぐに見て朗らかな笑みを浮かべる。

「聖女ヒナリ様。改めまして、わたくしはレンツ・アウレンティと申します。我々アウレンティ家一同、聖女ヒナリ様の御心をお支えすることを誓います」
「先の視察の際は、大変世話になりました。あなた方の、引き続いての献身を期待します」

 偉そうな口調での返辞を言いきった直後、ダリオのふたりの姉が穏やかな笑顔でヒナリを見守っていることに気付いた。実の姉のような優しい眼差しに、心温まる思いがした。
 ダリオの父もまた、爽やかな笑顔で言葉を継ぐ。

「また是非とも我が家に遊びにいらしてください、聖女ヒナリ様」
「ええ、是非」



 最後にクレイグの家族が並び立つ。
 涼やかな表情をした女性が、一家を代表して挨拶を始めた。

「わたくしはニーアム・カスティルと申します。我々カスティル家一同、聖女ヒナリ様のお力になれるよう努めて参ります」
「あなた方の助力を期待します」

 カスティル家の当主はクレイグの母親のようだった。眼鏡を掛けた知的な面立ちがクレイグとよく似ている。
 その隣にクレイグの父親、そして反対側の隣にはクレイグの弟が居た。クレイグと双子らしく、眼鏡を掛けていないクレイグと言って差し支えないほどによく似ていた。
 とはいえクレイグと同じ顔立ちなのに、口元を微笑ませたその表情はいかにも人当たりが良さそうに見える。

(クレイグと弟さんが話したら、どんな感じになるんだろう)

 正反対な印象の双子に、俄然興味が湧いてしまった。



 予定されていた全員の挨拶が終わり、ヒナリはほっと安堵の息をついた。
 返辞は間違わずに言えた。あとは退場するだけ――ヒナリが立ち上がろうとした矢先。


「お待ちください聖女ヒナリ様!」


 掠れた叫び声が広間に響き渡る。
 声のした方向へ、人々が一斉に振り返る。
 そこにはひとりの男が立ち上がっていて――非難めいた目付きでヒナリを睨み付けていたのだった。



 聖女の間から退場しようとしたヒナリを呼び止めたのは、痩せぎすの中年男だった。聖騎士が身構える様子を見て一瞬怯えた表情を見せるも、すぐに表情を引き締め直して広間の隅々まで声を響かせる。

「聖女ヒナリ様、未だ浄化が為されていない地域があることについてはどうお考えですか。貴女様の祈りは本当に女神様に届いたのでしょうか?」

(どういうこと? 浄化はできてると思ったのに)

 祈りを捧げた直後に見た聖騎士の鎧の輝き、そして何より、ダリオに連れて行ってもらった鉱山で目にした魔獣の弱体化。
 ダリオの領地では浄化ができていても、他の場所では浄化が不完全だったのだろうか――そう思い至った瞬間。
 心臓が強く脈打ち視界が暗くなった。呼吸が乱れ、冷や汗が滲み出す。もし椅子から立ち上がっていたとしたら、足元がふらついていたかも知れない。

「(ヒナリ、うつむかないで)」

 全ての音が遠くなった耳に、ベルトランの温かな声だけが流れ込んでくる。

「(何も恐れる必要はない。まっすぐ前を向いて余裕を見せるんだ。あの人の目をじっと見つめるだけで大丈夫。やってごらん)」

 ヒナリは深く息を吸い込み若干の落ち着きを取り戻すと、たった今言われた通りに男を見据えた。

「……っ!?」

 中年の男が目を剥く。視線がさまよい出す。
 私にはいつだって賢者が寄り添ってくれている――余裕を見せるべく口元を微笑ませると、男はおずおずと顔を逸らしていった。



 ざわめきに包まれた広間に、突如としてダリオの凛とした声が響いた。

「貴公の問いに、聖女ヒナリ様に代わり私、賢者ダリオ・アウレンティがお答えします」

 ダリオがゆっくりと階段を下りていき、手を差し出すと、その手の上に聖騎士のひとりから布包みが手渡された。
 包みが解かれると、中から緑がかった黒い石が現れた。ダリオが手のひらの上のそれを左から右へと宙に滑らせて、人々の目を引く。

「これは浄化が未だ為されていないと報告を上げてきた鉱山のひとつ、スヴィラ領で産出した魔鉱石です。この独特の色合いでスヴィラの物とお分かりいただけるかと存じますが……私の魔眼で見たところ、余剰魔力は発生していません」

 ダリオが男に視線を返せば、それまで怯んだ様子だった中年男がやけに自信ありげな表情に変わる。
 男は通路を進んで壇下までやって来ると、ダリオに歩み寄ろうとした。
 聖騎士が立ちはだかった前で、手に持っていた小箱を差し出す。

「それでは賢者ダリオ様。こちらの魔力測定器で測ってみましょう」

 男の差し出した小箱の上に、ダリオが怪訝な顔をしながら魔鉱石を乗せる。すると、測定器に表示されていたゼロの数字が変化した。

「!?」

 ダリオが目を見開く。
 その反応に、男が口の端を吊り上げた。

「偉大なるアウレンティ家一族の魔眼が如何なるものであるかは大勢の人々の知るところではございます。しかし結果はこの通り。お言葉ではございますが賢者ダリオ・アウレンティ様。貴殿は賢者であらせられるから、聖女様を庇っているだけである、とお見受けします」
「違う!」

 とはいえ個人の目にしか見えないものを証明する手立てはない。ダリオの家族を見ると、父親と姉たちが悔しげに顔を歪めていた。

 男から石を奪い返したダリオが言葉に窮していると、

「お待ち下さい」

 一人の青年が現れた。ヒナリと国王に向かって流れるような動きで一礼する。

「賢者クレイグ・カスティルが弟、魔道具師グレッグ・カスティルが推参いたします」

 自信に満ちあふれた堂々たる声が、皆を惹き付ける。
 その挨拶の間だけ仄かに笑みを浮かべていた青年は、つと無表情に変わると、異議を唱えてきた男を鋭く睨み付けた。

「やれやれ。我がカスティル家が発明した魔力測定器に改造を施すなど。……万死に値する」
「改造などできるものか! これは国から支給されたものをそのまま使っているだけだ!」

 男が唾を飛ばしながら言い返した。
 クレイグの弟は聞く耳持たぬと言わんばかりの白けた目付きをすると、懐から横長の小箱を取り出した。
 恭しい手付きでそれを開き、中から手持ち眼鏡を取り出す。
 少し腕を伸ばしてそれを掲げ、空いた方の手で指し示した。

「こちらは私が発明した魔道具です。この眼鏡を通せばアウレンティ家一族のみが持つ魔眼と同様の光景を見ることができます。陛下、こちらでどなたかのオーラを……そうですね、皆様を代表して聖女ヒナリ様のお姿をご覧いただけますでしょうか。その性能がご確認いただけるかと存じます」

 国王が立ち上がり、グレッグ・カスティルから眼鏡を受けとると、『失礼』とヒナリに断ってからそれを目の前にかざした。
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