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第二章

27 一度目の祈りを終えて

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 ベッドの上のヒナリは目は閉じたまま、眉根を寄せて息を荒らげている。
 首筋に浮かぶ汗をミュリエルが丁寧に拭いていき、額の濡れタオルを交換する。
 アルトゥールはその様子を痛ましげな表情で見つめたあと、ダリオに振り向いた。

「すまないダリオ。ヒナリが回復されていない今、さらに追い討ちを掛けるような真似は得策ではないと思う」
「……わかった。多数決には従う」

 ダリオは顔から不満を消すと、ヒナリが横たわるベッドから離れてソファーに座り込んだ。


    ◇◇◆◇◇


「ん……」

 ヒナリが目を覚ますと、四人の賢者が心配そうな面持ちで顔を覗き込んできていた。各人と目が合うなり、皆の表情が一斉に和らぐ。

「ヒナリ、おはよう」
「おは、よう……」

 ベルトランに挨拶を返そうとしたものの、声がうまく出せなかった。

「えっと、私……」
「貴女は高熱を出して四日間眠っていたのですよ。魔力放出が原因の発熱のため、解熱剤を使えなかったのです。よく頑張りましたね、ヒナリ」

 クレイグがそう申し訳なさげに説明したあと、安心させるような笑みを浮かべた。
 意識が覚醒するにつれ、普段の寝起きのようなすっきりとした感覚を覚える。

「んん~よく寝たあ……」

 ベルトランに背を支えられて起き上がり、大きく伸びをした。体がぎしぎしとした感じがして、四日間横たわりっぱなしでいたことを実感する。
 ヒナリは賢者たちを見回すと、今一番気になることを真っ先に尋ねた。

「浄化ってできてるんだよね?」
「……」

 沈黙が返ってくる。

(浄化、できてないのかな? 私の祈りが足りなかった?)

 不安を覚えかけた矢先、つと笑顔に変わったベルトランがヒナリの手をぎゅっと握ってきた。

「もちろんだよ、ヒナリ。浄化はできているから安心して。世界中の人たちのために頑張ってくれて、本当にありがとう」

 握った手を片方拾い上げて、手の甲に恭しく口付けする。

(わわっ……)

 突然のお姫様扱いに熱がぶり返した感覚に陥っていると、再びベルトランがヒナリの手を握って子供がじゃれつくように軽く上下に振った。

「そうだヒナリ、一度どこかの鉱山を見に行ってみるかい? 鉱山に湧く魔獣が弱っているところを実際に見れば、君の祈りの効果が実感できると思うんだ」
「どうして鉱山なの?」
「浄化って、魔獣を弱体化させることが主な目的ではなくて、魔鉱石という石から余分な魔力を洗い流すことを指すんだ」
「そうだったんだ」

 なるほどそれで【大地から不浄なものが溶け出して霧散していくイメージ】を思い浮かべさせられたんだなと納得させられる。
 祈りの儀の前は頭に詰め込まなければならない手順がいくつもあったため、その点については省略して教えてくれたのだろう。
 賢者たちの気遣いにヒナリが胸の内で感謝していると、ダリオが話し掛けてきた。

「ねえヒナリ、僕、実家に帰ろうと思っていてね。母が少し体調を崩したらしくて。浄化の効果が現れている今のうちに見舞いに帰りたいんだ。ついでにうちの領の鉱山の様子も確認してこようと思っているんだけど、君も一緒にどうかな」
「ダリオがお母様のお見舞いに帰るのはもちろん大賛成だけど。私まで便乗して、呑気にお出掛けなんてしてしまっていいのかな」

 ベルトランが、手いたずらをやめてヒナリの指に指を絡めてくる。

「もちろんだよ。ヒナリは大仕事を終えたあとなんだから、この邸宅中のみんなが、神殿の人たちも、世界中の人たちだってきっと、君にはゆっくり休んで欲しいと願っているよ。君はこの世界に降臨して以来、まだ神殿から出たことがないでしょう? 浄化直後の今なら安全に移動できるから、安心して出掛けておいで」
「わかった、そうさせてもらうね。でもみんなは? 里帰りとかするの?」

 ダリオ以外の賢者たちを見上げると、アルトゥールが軽く首を振った。

「私は騎士団本部へ出向かねばならぬので、実家へ帰る時間は取れそうにないな。気にせずゆっくりしてきてくれ、ヒナリ」

 クレイグがそれに続く。

「私も研究所での仕事があるので遠出はできませんね」

 続けてベルトランが残念そうに肩をすくめた。

「できることなら僕も君についていきたいけど、色々やることがあるからお出掛けは難しいかな。しばらく君に会えなくなるのは寂しいけど、仕方ないね」

 と言ってすぐに表情を和らげると、ヒナリに向かってウィンクした。

「毎日君を想って過ごすよ。君も旅の途中、時々でいいから僕ら賢者に想いを馳せてくれるとうれしいな」
「う、うん。わかった」

 こうしてヒナリはダリオの里帰りに同行することとなったのだった。


    ◇◇◆◇◇


 明くる日の早朝、ダリオ以外の賢者と邸宅中の人たちに見送られて馬車は出発した。すぐ後ろから、馬に乗った聖騎士団の騎士がふたりついてくる。

 ダリオが窓のカーテンを念入りに閉めたあと、ヒナリに振り向く。

「外を見たいだろうけど、王都を出ないうちはカーテンを開くのは我慢して。君が姿を見せると街の人がはしゃいで馬車を追い掛けようとしてしまうから」
「うん、わかった」

 初めて乗る馬車はふたりで乗るには充分に広く快適だった。ある程度の揺れは覚悟していたものの、前世の乗り物で例えるなら新型の新幹線と同じくらい、移動の揺れが感じられなかった。

「随分乗り心地がいいんだね」
「この馬車は王族が使っているものと同じくらい高級だから。シートに魔鉱石の粉末が織り込まれていて、一日中座っていても疲れを感じないんだ」
「一日中!? すごい性能だね」

 魔鉱石というものの便利さに、驚かずにはいられない。
 快適なシートに深く体を沈めつつ、カーテンの隙間からほんの少しだけ見える外の様子に注目する。
 流れる景色は自動車ほどは速くはないようだったが、それでも動物に引かせているわりにはだいぶ速度が出ているような気がした。

「この馬車、結構スピードが速かったりする?」
「魔鉱石の練り込まれた蹄鉄で、馬の筋力と持久力がアップしているんだ。だから普通の馬車馬より速く、長時間走れる。確か速度は……三十キロ以上出せるんだったかな」
「え。キロって言った?」
「うん」
「キロメートルってこと?」
「そう」
「前世と単位が一緒だ……」
「へえ、そうなんだ?」

 ダリオが目を丸くする。

「ヒナリ、君はきっとこの世界へ来るべくして来たんじゃないかな。戸惑うことが少しでも減るように、共通点があるこの世界へ」
「そういうことなのかな……」

 この世界で今まで過ごしてきて、前世と同じ日用品等を見かけはしたものの、正直なところ前世との共通項を見つけたところで、安心感どころか作り物の世界を見るかのような不信感めいた気持ちが湧いてくるばかりだった。

(まあでも、あの女神様が『そこら辺は地球を参考にしてみたのよ~』なんて言ってこの世界のいろんな要素を創り出したとしたら、納得できなくもない、かな)

 逆に地球上に展開される世界を創った神が居たとして、地球以外の世界で生み出されたものを参考にしているかもしれない。

(うーん。頭がこんがらってきた)

 女神が言外に匂わせていたように、人間ごときが考えていいことではないのかも知れない。
 頭が熱くなってきたヒナリは、それ以上この世界と前世との似通っている点について考えるのをやめることにした。

    ◇◇◆◇◇

 一時間と経たないうちに王都を出て、ついに外の景色が解禁となる。
 カーテンを開けた瞬間、広大な緑の丘が窓の外に広がった。
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