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第一章

17 大神官との対話

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 聖女の話を聞きたいという大神官の言葉に、ヒナリは大神官が訪ねてきた理由に気が付いた。

(そうか、私が女神様にお会いしたと言ったから、誰かが大神官様を呼んでくれたんだ)

 賢者かそれとも邸宅内の誰かか――判断の速さと仕事の速さに感心してしまう。
 ヒナリは居住まいを正すと、先程賢者に聞いてもらった話を簡潔に伝えた。

「女神様とお会いして、私がこの世界に来たのは特別な理由がなかったと……そう伺いまして」
「ふむ、ふむ……」

 大神官が、豊かな顎髭に手をやり大きく頷く。

「確かにそれは……女神教の教義とは異なりますな」
「はい……」

 聖女に相応しくないと糾弾されるだろうか――大神官の次の言葉に身構えると、ベルトランが背中に手を添えてきた。
 そのぬくもりに励まされる中、深呼吸して大神官の処断を待つ。

「女神ポリアンテス様が左様に宣ったとて、その事実が【貴女様が聖女に相応しいか否か】の判断理由には到底なり得ませぬ。重圧をお掛けする物言いになってはしまいますが、貴女様のこれからの聖女としての振る舞いによって、周囲に判断されていくことかと存じます」
「はい」

 一度だけ、はっきりと頷いてみせる。
 大神官は顎髭をひと撫ですると、ヒナリを見て目元を微笑ませた。

「歴代聖女様がたも、御降臨直後はご自身の在り様に悩まれたと聞きます。しかし御歴々の聖女様がたは、見事に完全浄化を成し遂げてみせてくださった。逆説的ではございますが、女神様が特段意識せずとも適任である魂が自然と選ばれる、それこそが女神ポリアンテス様の偉大さの賜物であると、私は理解します」

 ヒナリは何度も頷いて、大神官の言葉を胸に刻み込んだ。

「神殿内の図書館に、歴代聖女様の記録がございます。今後のヒナリ様の指針になるかと存じますので、是非見に行かれてみてはいかがですかな?」
「はい! 行ってみます! ありがとうございます!」

 背筋を伸ばして発した声は、思いの外大きくなってしまった。
 大神官が、ヒナリを見てにこやかに頷く。
 しばらくその仕草を繰り返していたものの、ふと視線を外して何かを考え込む目付きをした。

「それにしても……」

 顎髭に触れていた手を膝の上に下ろす。

「ヒナリ様は、『女神様にお会いしたい』と賢者にお頼み申したのでしょうか?」
「え? いえ、どなたにも頼んではいませんが……」
「ふむ……」

 片眉を上げ、再び顎に手をやる。
 しばらくその姿勢で静止したあと、拳を口元に持っていき、ごほん、と大きな咳払いを部屋中に響かせた。

「聖女様が女神様とお会いするには、儀式にて賢者が聖女様に魔力を捧げる瞬間を、少なくとも他のひとり以上の賢者が見守る必要があるのですよ」
「――!?」

 信じられないことを言われてヒナリは一瞬思考停止した。

「み、みまっ!? みまもっ……見られてたの!? 誰に!?」

 衝撃的な事実に全身が燃え上がり汗が噴き出す。その直後、

「あ」

 と男女の声が重なった。ベルトランとミュリエル、そしてレイチェルだった。
 ミュリエルが自身の反応の説明を始める。

「今朝方アルトゥール様のお部屋をお訪ねし、ヒナリ様にお声がけした際のことなのですが……」

(え、そんなことしてたっけ?)

 ヒナリは記憶を辿ってみたものの、アルトゥールを受け入れるのに必死だったときのことは何も憶えていなかった。考えても仕方ないのですぐにミュリエルの声に意識を戻す。

「……朝になってもお続けになっていてヒナリ様がお辛そうにされていたので、儀式の最中に我々召し使いがお声がけして良いものか、ベルトラン様にお尋ねしたのです」

 ずっとソファーの後ろに立っていたアルトゥールが「すまない……」と小声をこぼす。
 ベルトランもまた申し訳なさげな顔をして、隣に並ぶヒナリに小さく頭を下げた。

「ごめんねヒナリ、そのときに僕が儀式の様子を確認させてもらったんだ。だから条件が満たされて、女神様とお会いできてしまったんだね」
「そうなんだ……」
「それで、儀式の完了条件は満たされているから声を掛けても大丈夫って、ふたりに教えてあげたんだ」

 ベルトランの説明を受けて、ミュリエルとレイチェルは両手を体の前で重ねると、

「差し出がましい真似をしてしまい、本当に申し訳ございませんでした」

 ふたり揃って頭を下げた。

「ううん! 心配してくれてありがとう、ミュリエル、レイチェル」


 ヒナリが正面に視線を戻すと、大神官がヒナリのすぐ隣に真剣な眼差しを向けていた。

「賢者ベルトラン様」
「はい、大神官様」

 ベルトランが、ヒナリの背に添えていた手を自身の膝の上に置いて背筋を伸ばす。

「女神ポリアンテス様にお目にかかる貴重な機会を、聖女ヒナリ様に断りもなく作り出されるのは感心しませぬな。ヒナリ様の御心を惑わせる振る舞いはお控えなされよ」
「はい、反省してます」

 ベルトランは目を伏せると、深々と頭を下げたのだった。



 去りゆく大神官の後ろ姿を見送る。

(わざわざ来てもらっちゃって、申し訳ないことしたな)

 扉が閉じる音を聞きながら、ヒナリがひとり恐縮していると、

「ベルトラン様」

 レイチェルがやや鋭さを感じさせる口調でベルトランに呼び掛けた。

 怒っている風なメイドの態度が気になって視線をやると、レイチェルは口元を微笑ませてはいたが目が笑っていなかった。

「先ほどのお話ですが。様子を窺う……という程度ではなかったように思いますが」
「そうだっけ?」

 ベルトランが歯を見せて笑う。

「レイチェル、どういうこと?」

 表情を改めたレイチェルはヒナリの方をちらと見たあと、再びベルトランに視線を戻した。

「私の記憶が確かであれば、ベルトラン様にアルトゥール様の寝室へと様子を見に行っていただいた際、十分以上戻られなかったように思うのですが」
「十分!?」

 衝撃的な事実をメイドから聞かされて、思わず声が裏返る。そんなヒナリの隣でベルトランが額に手を当てて天井を仰いだ。

「あー、言っちゃダメだよレイチェル……」
「どさくさに紛れて貴方は……! 何と不埒な真似を……!」

 顔を赤くしたクレイグが声を荒らげる。

「参ったな……」

 背後に立つアルトゥールが困惑気味に呟いた途端、ベルトランが背もたれに肘を置いて振り向きアルトゥールに向かってウィンクした。

「あ、大丈夫だよアルトゥール、君の姿は一切目に入れてないから。ヒナリだけに注目してたからね」
「良くないよ~!」

 改めて儀式を見ていたことを強調されれば羞恥に体が火照り出す。

「ごめんねヒナリ、ベッドの上で乱れる君があまりにも可愛くて色っぽくて、目が離せなくなっちゃってさ。次の僕との儀式はしばらく先になるし、見ておきたいな~って思って」
「見ておきたいからって見るものではないでしょ!」

 ヒナリは両手で顔を覆って首を振ると、指の隙間からベルトランを睨み付けた。

「もう見ちゃダメですからね!」
「分かりました」

 真剣な声で答えたベルトランはそっとヒナリの手を取り上げると、体温を染み込ませるように両手で包み込んだ。

「でもまたいつか君が女神様にお会いしたくなったときは、儀式を見守る大役は僕にやらせて欲しいな」
「恥ずかしいからもう女神様には会いに行きません!」

 手を振り払うほどの冷たい態度は取れず、ヒナリは思い切り顔を背けるだけで憤りを表現した。


 ベルトランはヒナリの手を包む手を下ろして今度は指を絡めると、アルトゥールに半身を振り向かせた。

「そもそもアルトゥールがヒナリを解放してあげれば僕が見に行くこともなかったんだよ。君、とっくに儀式が終わってるのにヒナリを抱き続けるのは感心しないな」
「う、うむ。本当にすまない……」
「え? 終わってるってどういうこと?」
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