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第一章

11 賢者アルトゥールの動揺

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 ミュリエルが、ヒナリの耳たぶの後ろに香油を付けつつ説明を始める。

「儀式についての真実を存じ上げているのは邸宅に勤める者全員、聖騎士団の十名、大神官様と四名の神官様がた、そして王族がたの中では国王陛下おひとりのみです」
「あ、そうだったんだ。でも……みんなを疑うわけじゃないんだけど、情報漏洩の危険性はないのかな」
「御心配には及びません。【口外しようとした者には例外なく死がもたらされる】との言い伝えがありますので」

(何それ怖っ……!)

 途端に聖女の存在が邪悪なもののように思えてくる。
 ヒナリが驚きに顔を引きつらせていると、今度はレイチェルが話し出した。手のひらに一滴の香油を揉み込みヒナリの髪を優しく撫でながらも表情を引き締める。

「古い記録ではございますが、儀式の秘密を知るためにわざわざ神官という立場にまで昇りつめ、ついに真実を知り、いざ神殿外で叫ぼうと口を開いた途端に卒倒し、帰らぬ人となったという方も居るそうです。それを女神ポリアンテス様の呪いなどと揶揄する者もおりますが、わたくしは必要な措置だと存じております。儀式の内容が知れ渡れば世の混乱は必須。さすれば秘匿すべしと定められたるは必然。聖女様の祈りの恩恵を受けておきながら、秘匿している事柄を不遜にも暴こうだなんて、恩知らずにもほどがあります」

(まあ、そういう解釈もあるのか……)

 少なくとも前世の常識が通用しない世界であることを、改めて思い知らされる。ヒナリはそれ以上、聖女や儀式について考えるのをやめることにした。


「ところで下着とかローブとか、どれもサイズがぴったりなのはどうしてだろう?」

 ミュリエルが、ヒナリの唇に薄いピンク色の口紅をブラシで塗りつつ即答する。

「賢者様がたは、ヒナリ様が御降臨されるまで、聖域内で一糸まとわぬお姿で横たわる聖女様の御神体を、月に一度ご覧になっておりました。御神体の成長を見守るためです。ベルトラン様は、サイズを測らずともお体をご覧になっただけでサイズが分かったのではないでしょうか。女性にお詳しくていらっしゃるので」
「なるほど」

 自らショップに出掛けたのか、それとも通販カタログのようなものが存在するのか、浮き浮きと下着を選ぶベルトランを想像して思わず笑ってしまう。

(どれもセクシーすぎるけど、おしゃれだし可愛いし何よりこの体に似合うし。ありがたく着させてもらおうっと)

 ヒナリは前世では着ようとも思わなかったセクシーな下着を身にまとい、高揚感を覚えたのだった。


    ◇◇◆◇◇


 アルトゥールは初めての儀式に際し、自身の高鳴る鼓動に呼吸を乱していた。これほどまでに緊張したのは十四年前、女神より儀式の内容――聖女とセックスすること――を告げられた直後に聖女の御神体を拝覧したとき以来だろう。

 ベッドに並んで座る聖女ヒナリの腰帯をほどき、震える手でガウンを脱がしていく。

 聖女ヒナリは生地の透けた下着をまとっていた。上半身は胸の谷間の下から二つに割れている下着で、小さなへそがあらわになっている。
 下半身は、ほとんど紐でしかないように見えるショーツを穿いていた。
 凄まじい色気にごくりと息を呑む。ふわりと香る香油の甘さに酔わされていく。

 大きな胸を注視すれば、薄布越しに桃色の乳首が透けて見える。柔らかな生地を内から持ち上げる胸の先が、つんと尖っている様子がよく分かる。
 そこを舌で転がす瞬間を想像すれば、喉が鳴る。

 聖女の御神体なら今までに幾度となく拝覧してきた。見慣れているはずのこの体は、動いているとまるで印象が違う。
 少し身じろぎするだけで薄布に覆われた豊かな胸が揺れ、それに触れたときの柔らかさを想像させる。

 禁欲生活を開始してから十四年。ついに、ついに聖女様を抱くことができる――!



 アルトゥールが心の中で叫んだ直後に異変は起きた。聖女ヒナリが紫色の大きな目をさらに見開く。

「わ、アルトゥールさん、大変……!」
「え?」

 鼻の奥から液体が垂れてくる感触。

「っ!」

 慌てて口を押さえる。手のひらに液体が触れる。鼻血が垂れてきたのだった。

「申し訳ない! お見苦しいところを……」
「いえ、とにかく押さえないと。どうしたらいいかな」

 聖女ヒナリがきょろきょろと辺りを見回す。アルトゥールは空いた方の手をかざしてその挙動を制すると、ベッドサイドテーブルの上に置かれた箱からティッシュペーパーを数枚引き出して、素早く鼻を押さえた。




 ヒナリの隣で、賢者アルトゥールが視線を落とす。

「大変失礼しました……」
「いえ、お気にならさず」

 ヒナリがそう答えても、賢者アルトゥールはあからさまにしょげた顔をするばかりだった。鼻を押さえたティッシュペーパーに、じわじわと赤い染みが広がっていく。

(この世界ってティッシュも存在するんだね……まあ便利だからありがたいけど)

 つい文明レベルが気になり出すも、目の前で項垂れる賢者を放っておいてはまずい、そう思ったヒナリはガウンをまとった賢者アルトゥールの広い背中をしっかりとさすった。

「大丈夫ですよ、アルトゥールさん。まずは血が止まるまでゆっくり待ちましょう」
「ありがとうございます……」

 前世のヒナリより恐らく年下であろう青年の、しょんぼりとする姿にいじらしさを感じてしまう。いっそ頭を撫でたい気持ちになっていると、賢者アルトゥールがティッシュペーパーの陰で溜め息を吐き出した。

「こんなはずではなかったのに……。なんと情けないことか」

 弱々しい呟きをこぼす。

 賢者アルトゥールは長年聖女ひとすじだったと侍女に聞かされた。きっと彼なりに、理想の流れを思い描いていたのだろう。
 できる限りその理想に近付けてあげたい――ヒナリは強く、そう思わずにはいられなかった。


 小さく丸めたティッシュペーパーを鼻に詰め込んだ賢者アルトゥールが、鼻声で語り出す。

「聖女様の御神体は、先代聖女様が身罷られた十年後に赤子のお姿で降誕され、その後、当代で最後に生まれた賢者、すなわちダリオの誕生と共に成長が始まりました」

 唐突な話題にヒナリは驚いた。しかしこの世界について勉強させてもらういい機会だと思い、黙って耳を傾けることにした。

「私は十四歳のときに女神様より神託を授かり、賢者が聖女様と性交することを知らされたのですが……。その直後、聖女様の御神体を拝覧した際のことです」

 賢者アルトゥールが苦しげに顔をしかめる。

「当時、聖女様の御身はわずか八歳。その幼き御姿を拝謁し、私はっ……、私は儀式の光景を真っ先に思い巡らせ、こともあろうにまだ御子であらせられる聖女様に性的興奮を覚えてしまったのです……!」

 苦々しげにそう吐き出して、頭を抱え込んだ。
 確かに、子供の体を見て興奮するのは異常事態であるとは言える。

「でも、それは仕方ないことだったのではありませんか? あなたも十四歳という若さだったのでしょう?」

 その年齢で『将来この女の子とセックスするのですよ』と女児を見せられ、冷静で居られる少年はそうそう居ないのではなかろうか。
 そのとき見せられた体が少女であっても大人の女性であったとしても、確実に起こるであろう未来を想像してしまっては、生理反応を抑えるのは難しそうに思える。

「お優しいお言葉、痛み入ります……!」

 賢者アルトゥールがヒナリの方に向き直り、深々と頭を下げた。
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