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第一章
5 初めての儀式
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ヒナリと賢者ベルトランとで、ベッドの端に並んで座る。
枕寄りの位置に腰を下ろしたヒナリがガチガチに固まっている横で、賢者ベルトランが少し腰を上げて花瓶に手を伸ばし、薔薇を一輪引き抜いた。
花冠を口元に寄せ、目を伏せて香りを嗅ぐ。真っ赤な薔薇がよく似合うなと、ヒナリはその整った横顔を見てしみじみと思った。
一輪の薔薇を指先でくるくるとねじるように回しながら、賢者ベルトランが語り出す。
「この部屋って普段僕が生活している場所なんだけど……儀式もここでしなければならないなんて、女神様もなかなかの試練を課してくださるものだよね。君と儀式をしたあと、ここで一人寝できる自信はないなあ。君とのことを思い出しちゃうかも」
「そ、そうですか……」
雑談で緊張を和らげようとしてくれているらしい。とはいえ心臓は一向に落ち着かなかった。その理由を白状する。
「あの、ベルトランさん。私こういうことするの初めてなんです」
言葉にした途端に落ち込んでしまう。
誰かから性的に欲された経験がないほど自分には魅力がないのに、世界中の期待を背負った大切な体に入ってしまって本当に申し訳ない。
この体に属するに全く値しない自分が、ちゃんと【聖女になる】にはどうしたらいいんだろう――。
「あ、あの、大事な儀式ですし、顔見せしたときみたいに堂々としてなきゃダメですかね?」
慌てて背筋を伸ばしてみる。
心臓は相変わらず騒がしい。胸に手を当てて深呼吸して、無理やり落ち着こうとする。
そわそわとするヒナリを見て、賢者ベルトランがくすりと笑った。
(笑うなんてひどい……!)
そんな風に思っても、その笑顔の格好よさにたちまち絆されてしまう。
(とりあえずこの顔を見ないようにしよう……)
心臓の音が耳の中に響き続けている。繰り返されるその音にヒナリが自身の緊張感を思い知らされて黙り込んでいると、視界の端で賢者ベルトランが宙を仰いだ。
「僕ら賢者が、この日をどれだけ待ちわびたことか」
顔を上げると、切実な横顔がそこにはあった。
「え、でも『女の子と遊びまくってた』って言ってませんでしたっけ」
(それなのに、聖女ひとりとセックスするのをそんなに楽しみにするものなのかな)
心の中で呟いていると、賢者ベルトランが全く悪びれる様子もなくウィンクした。
「そう、文字通り『遊びまくってた』よ。聖女様に悦んでもらうためには実践経験が必要だと思ってさ。いろんなタイプの子と遊んでみたんだ」
「そう、なんですね」
「……軽蔑した?」
「いえ、ありがたいです……」
「ありがたい?」
「はい。こういうのって、お互い未経験だと困るかなーと思うんで……」
「……。そっか」
静寂が訪れる。
経験がないと分かって失望されたかも――。
そんな不安が湧き出した瞬間。
そっと抱き寄せられた。
突然のぬくもりにますます心臓が暴れ出す。
甘すぎないハーブの香りがふわりと香る。香水を付けているのだろうか。
ハグにすら慣れていないヒナリが固まっていると、囁き声を耳に流し込まれた。
「大丈夫。全て、僕に任せて」
「っ――……!」
吐息混じりの声に肩が跳ねる。
抱き締めてくる腕の力がゆるめられていき、少しだけ離れていった顔を至近距離から見上げる。その表情は幸福感に満ちあふれていた。
「貴女の初めてのお相手を務められて光栄です、聖女ヒナリ様」
手を取り上げられて、手の甲に口付けされる。
(やっぱり王子様みたい……)
お姫様扱いにそわそわしてしまう。
ヒナリが視線を落ち着かせられずに幾度もまばたきを繰り返していると、賢者ベルトランが身を屈めて顔を覗き込んできた。
「緊張なんて、すぐに忘れさせてあげる」
口元は微笑んでいても、目は真剣そのものだった。エメラルドグリーンの輝きに胸を撃ち抜かれて、ヒナリは息を呑んだのだった。
賢者ベルトランが流れるような手付きで自身の胸元のボタンを外していき、ヒナリの目の前でシャツを脱ぎ去る。
ただ細いだけかと思いきや引き締まった体で、遊んでいたというわりに体を鍛えてあるんだなと、ヒナリは【遊んでいた】という言葉だけでだらしなさを連想してしまっていたことを申し訳なく思った。
半裸になった賢者ベルトランが、ベッドに腰掛け直してヒナリに背を向ける。
肩甲骨の上に羽模様が浮かび上がっていた。タトゥーらしきそれは、皮膚の内側から発光しているようだった。
「羽根? 光ってる? とても綺麗ですね」
「そう、聖女様の魔力に反応して光っているんだ」
「私の魔力……」
魔力を持っているのは賢者だけではないらしい。
祈りを捧げるのに聖女の魔力だけでは足りないから賢者と儀式をして魔力を注いでもらうのかなと、ヒナリは漠然と考えた。
良く似合う羽根を眺めていると、
「こっちはフェイクなんだって」
「フェイク? こんなに綺麗に光ってるのに?」
「本物は、こっち」
ヒナリの方に向き直り、ズボンの腹の部分をずり下げた。ヘソの下には潰れたハートのような紋様が輝いている。
「こっちが真の聖紋。聖域内で聖女様がそばに居るときにしか浮かび上がらないんだって。僕も見るのは初めて。それでね、本来なら聖女様にここに触ってもらうことで、僕ら賢者は勃起する、という話なんだけど……」
「えっ! あっ」
ヒナリは慌てて両手で顔を覆った。しかし指の隙間から、見ないようにしていた部分をつい見てしまう。先ほどから気になりつつも直視しないようにしていたのだが、賢者ベルトランのそこは既に勃っていた。
「説明が終わってもないのに興奮しちゃってごめんね。君を抱けるのがあまりにも嬉しくてさ」
なんだか照れくさいな、と視線を逸らして呟く賢者ベルトランの頬を染める顔は、やけに可愛らしく見えた。
振り向いた賢者ベルトランが、温かな光を湛えた瞳でヒナリの目をじっと覗き込む。
「さ、始めようか」
「はい、よろしくお願いしま……――んっ」
言葉をキスで遮られた。突然の出来事に、心拍数が一気に上がる。
賢者ベルトランがヒナリの頬を両手で包み込み、唇で唇を食む。優しくも情熱的な口付けは、君が欲しくて堪らないと饒舌に語っていた。唇だけで愛撫される度に、震えが背筋を駆け抜けていく。
不意に、親指で顎を押されて口を開かされる。次の瞬間、
「んうっ……!」
舌が滑り込んできた。その熱さに驚かされる。
無意識のうちに逃げを打つヒナリの舌は、狭い口内の中で簡単に追い付かれる。賢者ベルトランの舌先がヒナリの舌の形を確かめるように輪郭を辿り、舌の腹のざらつきを擦り合わせてくる。
その心地よさに溺れ出したのも束の間。
「んううう!」
キスにもっと溺れたいと願う一方で、息継ぎをするタイミングがさっぱり分からずヒナリは息苦しさのあまり思わず賢者ベルトランの腕をぱしぱしと叩いた。
すぐに唇が離れていく。
「――はあっ、はあっ……!」
目をぎゅっと閉じ、肩で息をする。セックスに向けて高ぶっていくためのキスを中断させてしまった――自分の情けなさに落ち込んでしまう。
顔を離した賢者ベルトランが、申し訳なさげに微笑んだ。
「ごめんね、僕ひとりで夢中になっちゃって」
「いえ、そんな! 私も夢中には、なってたんですけど……」
そう素直に言葉にすると、途端に恥ずかしくなる。
「いつ息をしたらいいか、わからなくて……」
沈む心を追うように項垂れる。するとそっと頭を撫でられた。
顔を上げれば安心させるような笑みに迎えられる。
「ヒナリ。これからたくさんキスをして、少しずつ憶えていこう?」
ひとつ、心臓が強く脈打つ。
(そっか、たくさんキス、するんだ。これから、この人と)
こんなにも美しい人が、まるで大切な恋人にするようなキスを私にしてくれる。もしかしたらやっぱりこれは、夢なのかも知れない。
でも今はまだ、夢から覚めないで欲しい――。
枕寄りの位置に腰を下ろしたヒナリがガチガチに固まっている横で、賢者ベルトランが少し腰を上げて花瓶に手を伸ばし、薔薇を一輪引き抜いた。
花冠を口元に寄せ、目を伏せて香りを嗅ぐ。真っ赤な薔薇がよく似合うなと、ヒナリはその整った横顔を見てしみじみと思った。
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「そ、そうですか……」
雑談で緊張を和らげようとしてくれているらしい。とはいえ心臓は一向に落ち着かなかった。その理由を白状する。
「あの、ベルトランさん。私こういうことするの初めてなんです」
言葉にした途端に落ち込んでしまう。
誰かから性的に欲された経験がないほど自分には魅力がないのに、世界中の期待を背負った大切な体に入ってしまって本当に申し訳ない。
この体に属するに全く値しない自分が、ちゃんと【聖女になる】にはどうしたらいいんだろう――。
「あ、あの、大事な儀式ですし、顔見せしたときみたいに堂々としてなきゃダメですかね?」
慌てて背筋を伸ばしてみる。
心臓は相変わらず騒がしい。胸に手を当てて深呼吸して、無理やり落ち着こうとする。
そわそわとするヒナリを見て、賢者ベルトランがくすりと笑った。
(笑うなんてひどい……!)
そんな風に思っても、その笑顔の格好よさにたちまち絆されてしまう。
(とりあえずこの顔を見ないようにしよう……)
心臓の音が耳の中に響き続けている。繰り返されるその音にヒナリが自身の緊張感を思い知らされて黙り込んでいると、視界の端で賢者ベルトランが宙を仰いだ。
「僕ら賢者が、この日をどれだけ待ちわびたことか」
顔を上げると、切実な横顔がそこにはあった。
「え、でも『女の子と遊びまくってた』って言ってませんでしたっけ」
(それなのに、聖女ひとりとセックスするのをそんなに楽しみにするものなのかな)
心の中で呟いていると、賢者ベルトランが全く悪びれる様子もなくウィンクした。
「そう、文字通り『遊びまくってた』よ。聖女様に悦んでもらうためには実践経験が必要だと思ってさ。いろんなタイプの子と遊んでみたんだ」
「そう、なんですね」
「……軽蔑した?」
「いえ、ありがたいです……」
「ありがたい?」
「はい。こういうのって、お互い未経験だと困るかなーと思うんで……」
「……。そっか」
静寂が訪れる。
経験がないと分かって失望されたかも――。
そんな不安が湧き出した瞬間。
そっと抱き寄せられた。
突然のぬくもりにますます心臓が暴れ出す。
甘すぎないハーブの香りがふわりと香る。香水を付けているのだろうか。
ハグにすら慣れていないヒナリが固まっていると、囁き声を耳に流し込まれた。
「大丈夫。全て、僕に任せて」
「っ――……!」
吐息混じりの声に肩が跳ねる。
抱き締めてくる腕の力がゆるめられていき、少しだけ離れていった顔を至近距離から見上げる。その表情は幸福感に満ちあふれていた。
「貴女の初めてのお相手を務められて光栄です、聖女ヒナリ様」
手を取り上げられて、手の甲に口付けされる。
(やっぱり王子様みたい……)
お姫様扱いにそわそわしてしまう。
ヒナリが視線を落ち着かせられずに幾度もまばたきを繰り返していると、賢者ベルトランが身を屈めて顔を覗き込んできた。
「緊張なんて、すぐに忘れさせてあげる」
口元は微笑んでいても、目は真剣そのものだった。エメラルドグリーンの輝きに胸を撃ち抜かれて、ヒナリは息を呑んだのだった。
賢者ベルトランが流れるような手付きで自身の胸元のボタンを外していき、ヒナリの目の前でシャツを脱ぎ去る。
ただ細いだけかと思いきや引き締まった体で、遊んでいたというわりに体を鍛えてあるんだなと、ヒナリは【遊んでいた】という言葉だけでだらしなさを連想してしまっていたことを申し訳なく思った。
半裸になった賢者ベルトランが、ベッドに腰掛け直してヒナリに背を向ける。
肩甲骨の上に羽模様が浮かび上がっていた。タトゥーらしきそれは、皮膚の内側から発光しているようだった。
「羽根? 光ってる? とても綺麗ですね」
「そう、聖女様の魔力に反応して光っているんだ」
「私の魔力……」
魔力を持っているのは賢者だけではないらしい。
祈りを捧げるのに聖女の魔力だけでは足りないから賢者と儀式をして魔力を注いでもらうのかなと、ヒナリは漠然と考えた。
良く似合う羽根を眺めていると、
「こっちはフェイクなんだって」
「フェイク? こんなに綺麗に光ってるのに?」
「本物は、こっち」
ヒナリの方に向き直り、ズボンの腹の部分をずり下げた。ヘソの下には潰れたハートのような紋様が輝いている。
「こっちが真の聖紋。聖域内で聖女様がそばに居るときにしか浮かび上がらないんだって。僕も見るのは初めて。それでね、本来なら聖女様にここに触ってもらうことで、僕ら賢者は勃起する、という話なんだけど……」
「えっ! あっ」
ヒナリは慌てて両手で顔を覆った。しかし指の隙間から、見ないようにしていた部分をつい見てしまう。先ほどから気になりつつも直視しないようにしていたのだが、賢者ベルトランのそこは既に勃っていた。
「説明が終わってもないのに興奮しちゃってごめんね。君を抱けるのがあまりにも嬉しくてさ」
なんだか照れくさいな、と視線を逸らして呟く賢者ベルトランの頬を染める顔は、やけに可愛らしく見えた。
振り向いた賢者ベルトランが、温かな光を湛えた瞳でヒナリの目をじっと覗き込む。
「さ、始めようか」
「はい、よろしくお願いしま……――んっ」
言葉をキスで遮られた。突然の出来事に、心拍数が一気に上がる。
賢者ベルトランがヒナリの頬を両手で包み込み、唇で唇を食む。優しくも情熱的な口付けは、君が欲しくて堪らないと饒舌に語っていた。唇だけで愛撫される度に、震えが背筋を駆け抜けていく。
不意に、親指で顎を押されて口を開かされる。次の瞬間、
「んうっ……!」
舌が滑り込んできた。その熱さに驚かされる。
無意識のうちに逃げを打つヒナリの舌は、狭い口内の中で簡単に追い付かれる。賢者ベルトランの舌先がヒナリの舌の形を確かめるように輪郭を辿り、舌の腹のざらつきを擦り合わせてくる。
その心地よさに溺れ出したのも束の間。
「んううう!」
キスにもっと溺れたいと願う一方で、息継ぎをするタイミングがさっぱり分からずヒナリは息苦しさのあまり思わず賢者ベルトランの腕をぱしぱしと叩いた。
すぐに唇が離れていく。
「――はあっ、はあっ……!」
目をぎゅっと閉じ、肩で息をする。セックスに向けて高ぶっていくためのキスを中断させてしまった――自分の情けなさに落ち込んでしまう。
顔を離した賢者ベルトランが、申し訳なさげに微笑んだ。
「ごめんね、僕ひとりで夢中になっちゃって」
「いえ、そんな! 私も夢中には、なってたんですけど……」
そう素直に言葉にすると、途端に恥ずかしくなる。
「いつ息をしたらいいか、わからなくて……」
沈む心を追うように項垂れる。するとそっと頭を撫でられた。
顔を上げれば安心させるような笑みに迎えられる。
「ヒナリ。これからたくさんキスをして、少しずつ憶えていこう?」
ひとつ、心臓が強く脈打つ。
(そっか、たくさんキス、するんだ。これから、この人と)
こんなにも美しい人が、まるで大切な恋人にするようなキスを私にしてくれる。もしかしたらやっぱりこれは、夢なのかも知れない。
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