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第一章

2 可憐な聖女の姿

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「なに、これ、苦しっ……」

 心臓に鋭い痛みが走る。胸を押さえてテーブルに突っ伏す。

 ――痛い、苦しい……!
 独り暮らしの部屋では、痛みを訴える相手は居ない。

 それが雛莉が見知らぬ世界で目覚める前の、最後の記憶だった――。


    ◇◇◆◇◇


『我々賢者とセックスしていただきます』――赤髪の騎士らしき人は、確かにそう言った。
 耳を疑いたくなるようなことを言われて、雛莉は動揺のあまり涙が出てきた。

「急にそんなこと言われても……!」

 見る間に視界が歪んでいく。自分の口から出たはずの声も、よくよく聞けば全く別人の声だった。肩に掛かる髪は長く、銀色に変わっている。

 雛莉が涙目で見上げた途端、賢者と名乗った騎士風の男性がしゅん……と音が聞こえてきそうなほどに、あからさまにしょげ返った。頼もしげだった青年の困惑顔は、狼狽したこちらが申し訳なくなるほどに心情を素直に表していた。

「君、もう交代」

 赤髪の賢者の後ろに立っていた王子様(仮)が強引に肩を引き、場所を入れ替わって膝を突く。

「怖がらせてしまってごめんね、ヒナリ」

 王子様風の青年が、一糸まとわぬ体を辛うじて隠すヒナリの手を取り上げて、手の甲にキスする。
 いきなり名前を呼び捨てにされて面食らってしまう。しかしその見た目通りの艶やかな声で名を呼ばれると、なぜか嫌悪感は湧いてこなかった。

「詳しい説明はあとでさせてもらうね。まずは服を着ようか」

 背中に手を添えられたかと思えば膝裏をすくわれて、あっという間に抱き上げられる。

「わわっ……」

 王子様にお姫様抱っこをしてもらうなんて夢見たのは子供の頃だっただろうか。それが叶う瞬間に、自分が別人の裸姿であるとは思いも寄らなかった。

 王子様(仮)の腕の上で、辺りを見回してみる。広大な空間は、壁際に石柱が等間隔に並んでいて天井を支えている。どうやら神殿らしい。広間の中央、先ほどまでヒナリが座っていた床には虹色の魔方陣が輝いていた。



 扉も窓もない部屋に連れ込まれる。電灯もないのになぜか明るい空間で、上を見上げると天井そのものが発光しているようだった。
 室内を見回している間に、豪華な装飾の施された姿見の前に立たせられる。

「これが、私、なの……? そんなまさか……」

 鏡に映る女性は、恐ろしいほどの美貌の持ち主だった。
 目は見開かなくても大きく、紫色の瞳は天井から降り注ぐ光を反射して、きらきらと輝いている。
 肌は白く、腰まである銀髪は艶やかで健康そうに見える。
 胸はかなり大きく、フィットするブラジャーを探すのに苦労しそうなサイズ感だった。
 腰ははっきりと括れている。
 そして張りのある尻と太もも。
 男を魅了するために生まれてきたと言われても納得してしまうくらい、聖女の体は全体的に細くとも肉感的な体つきをしていた。

 ヒナリが自分とは思えない見目麗しさの自分に見蕩れて呆然と立ち尽くしていると、いつの間にかメイド服姿の女性ふたりに挟まれていた。
 まずはショーツを穿かされて腰の脇で紐を結われ、およそ聖女らしからぬ紐パンに驚く間にレースのストラップレスブラジャーを着けられる。レース模様の隙間から乳首が透けて見えて、中途半端に隠された性的な部分がかえっていやらしさを感じさせる。
 セクシーランジェリーの上から露出の少ないローブを羽織らされる。前開きで隠しボタンのデザインのそれは、シルクを思わせる風合いで、肌触りがとても良い。
 腰まである銀髪をふたりがかりで恭しく梳かされて、仕上げに足裏を拭かれてヒールの低い靴を履かされれば、たちまち鏡の中に聖女と呼ばれるに相応しい女性が出来上がった。

 ふと重大な疑問が浮かんでくる。

「この体の元の持ち主は、一体どこへ行っちゃったんでしょう?」

 ふたりのメイドのうち、より若い方の子が鏡越しに微笑む。

「聖女様は元より肉体のみ、別世界より来訪される魂を受け入れる器として、二十年間お育ちになって参りました」

 もうひとりの笑顔のメイドが言葉を継ぐ。

「そこへ貴女様……ヒナリ様の魂が宿り、この世界の聖女となったのです」
「そ、そうなんだ。私が二十歳の体に……」

 突如として十歳若返ったことを呑気に喜んでいいのだろうか――。そんな疑問が浮かんでくる。まばたきをすれば、鏡の中の美女が長い睫毛を上下させる。

「なお、お務めが完了するまでは、聖女様の御体は老化することなく、御年は二十歳のままで止まっております」
「それはすごいね……不思議……」

 若返ったのみならず、この若さがしばらく保たれるなんて――。
 自分とは思えない瑞々しさの自分をまじまじと見ていると、金髪の王子様(仮)に手を取り上げられた。

「では行こうか、ヒナリ」

 促されて、おもむろに部屋を出て歩き出す。

「どこへ行くんですか?」

「聖女様の御神体に魂が入ったことを示すために、国民の皆へ顔見せするんだよ。大勢の人が、君の降臨を待ち侘びていたんだ」
「顔見せって、私、何をしたらいいんでしょう」
「国民の皆を眺め渡すだけで充分。でもできれば手を振ったり笑顔を見せてあげるとより一層喜ぶと思うよ」

 その助言から、王族のパレードの光景を思い浮かべてみる。上品な微笑み、そしてお手振り。
 誰かと一対一であれば接客経験を活かしてある程度なら堂々とできそうなところだったが、大勢の前でとなると、何の練習もなしにいきなりそれをできるとは到底思えなかった。

「君が転生してきたばかりで戸惑っているということは誰もが知っているから、できる範囲でやってみて。君がどう振る舞おうが、僕ら賢者が誰にも文句は言わせないから」

 非の打ち所のないイケメンから自分に向けて発せられる頼もしい言葉に、素直に嬉しさが込み上げてくる。

「わかりました、やってみます!」

 そう言って四人に笑顔を向けた途端。

 全員が目を見開き、一斉に足を止めた。

「……?」

 その不思議な反応に、小首を傾げながら王子様(仮)に助けを求める。金髪の賢者は楽しげにウィンクを返してきた。

「君があまりにも可愛すぎて、みんな驚いちゃってるね」

 ふふっと笑い声を洩らして、からかうような視線を他の賢者たちに向ける。

 赤髪の騎士もとい賢者が「まったくその通りだ」と言ってうんうんと頷く。随分と素直な性格らしい。
 一方で、青髪の魔導師風の賢者はぷいっと顔を背けて眼鏡を上げ直している。
 淡緑髪の少年っぽい賢者は、呆けたような眼差しでヒナリをじっと見つめていた。


 神殿らしき建物内から外に出る。その瞬間、わあっと大歓声に包まれた。快晴の空の下、幅広の階段の下に広がる広場は見渡す限りの人々で埋め尽くされていて、皆ヒナリの方を見上げてきていた。
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