戦士ティブの興奮

えすくん

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戦士ティブの興奮

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「センシティブ! センシティブ! センシティブ!!!」

 暗闇の中。
 光るモニター。
 散らかった部屋に、野生のイラストレーターが一匹。
 描くのは、ありえないくらいにセンシティブなイラスト。

「ぐふふぅ。我ながら、傑作だな。早速SNSにあげて、みんなと共有しy」
「断罪━━━━っ!!!!!」
「ぎゃああああ」

 いやらしい企みはあまりに呆気なく打ち砕かれた。
 一人の少年が、変態の頭にガベルを振り下ろしたのだ。
 殺人……?

「はっ! 私は一体何を……?」

 いや、変態は生きていた。

「おお、なんてセンシティブなイラストだ! こんなもの今すぐ削除しなきゃ! 今までSNSにあげていたセンシティブなイラストもすべて削除しよう! 私はとんでもない変態だった!」

 心を入れかえたイラストレーターに微笑みながら、少年はこっそり部屋を出た。
 そして、翼をはためかせた。
 空を飛ぶ。
 彼は天使。
 名はティブ。

     *     *     *

「ティブ先輩!!!」

 天界を泳ぐように飛ぶティブ。
 近づきながら呼びかけて来るのは、後輩の、

「シンセ! 久しぶりだな!」

 ティブは後輩の服装を見つめ、にっこり。

「お前、表現戦士になったんだな!」
「ティブ先輩に憧れてますからぁ」

 後輩のはにかみ。
 ティブは直視できなくて、赤面しつつ、頭をかいて誤魔化した。

「ところで……」

 シンセは制服の裾をつかみ、

「丈が短くないですか、これぇ?」
「大丈夫。表現戦士に長年従事した俺の経験が告げてる。一向にセンシティブじゃない」
「本当ですかぁ……?」
「本当だぜ。そんなことより、見ろよ」

 1.ティブ 討伐数759
 2.ナエガ 討伐数532
 3.ハビコ 討伐数345
 4.ルヨ  討伐数343
 5.ノナカ 討伐数234

 掲示されたランキング。
 それは今年の討伐成績。
 表現戦士として、何人の変態絵師を改心させたか。
 エリートの中でも、群を抜いて好成績なのが、

「この俺だぜ!」
「すごいですぅ、ティブ先輩!」
「お前は俺を超えろよ」
「えっ……。そんなの無理じゃないですかぁ? ぼくなんかじゃ、せいぜいクビにならないように頑張るのが精一杯で……」
「バカ!」

 ティブはシンセをぎろっと睨む。

「やるなら一番を目指せ! それだけが表現戦士にできる恩返しだぜ。俺だって、ナエガ先輩にお世話になったんだ」
「そして、ナエガ先輩を超えることで恩返しをしたってことですかぁ?」
「そうさ! ……でも、最近ナエガ先輩のこと見かけねぇんだよな。お前、何か知ってるか?」
「ぼくも見かけないですぅ」

     *     *     *

 人間世界は腐っていた。
 敬虔な心は失われ、思いやりは消え失せ、正義は踏みにじられた。
 唯一の捌け口はセンシティブ。
 かわいいキャラクターのあられもない姿にのみ、人間は悦びを感じていた。

「反吐が出るぜ!」

 今日も今日とて、ティブはガベルで変態絵師を殴打しまくった。
 ティブの成績が向上するとともに、人間界は確実に浄化されていった。
 絵師は人の心を取り戻し、過去のセンシティブイラストを全削除。
 そして、自由と平和と愛を謳う作品製作に取り組んだ。

「今度の同人即売会には、世界中で進む環境破壊の現状を伝えるレポートを出そう」
「ふーん。そんなイベントがあるのか」
「周りはセンシティブな本ばかりだろうけど、浮いても気にせず、完売を目指すぞ!」
「じゃあ、そのイベントに出る予定のやつらを片っ端から叩けばよさそうだな」

 かくして、ティブは世界各地の絵師を巡回することになった。
 時にガベルで頭を殴り良心を取り戻させ、時に原稿を手伝い入稿に間に合わせ、作画資料がなければ出張してまで撮影してやり、コミュ障のSNS運用をサポートするついでに告知も行なってやり、イベント会場ではトラブルの発生を未然に防ぎ、健全化したイベントをマスコミに取り上げてもらえるように取り計らった。

 そして、ティブは神絵師になった。

     *     *     *

「イラストレーターとしての才能は言うまでもないが、発信力や人脈、更には顔立ちまで素晴らしい」

 界隈でティブの存在を知らない者はいなくなった。

「それって、天使のコスプレですか?」
「悪魔のコスプレなんぞセンシティブだからな!」

 n回目となるイベント参加の日。
 どのような客にも丁寧に対応するティブの姿があった。
 既刊、新刊ともに瞬く間に完売。
 知り合いへの挨拶回りを済ませ、ファンとの撮影に快く応じた。

 撤収作業をしてる最中のことだった。

「ティブ先輩、何やってるんですかぁ!!?」
「シンセ、すまんな。完売だ。後日、ネット販売もする予定だから━━」
「そんなこと聞いてないですぅ!!」

 シンセはティブが絵師として活動していることを問いただした。

「だって、表現戦士としての任務はどうしたんですかぁ?!」
「転職したぜ。こっちの方が天職だと思ってな」
「だけど、ナエガ先輩への恩返しはどうなるんですかぁ? いまだに行方不明だけど、筋は通すべきだとおもいますぅ」
「ナエガ先輩なら、ほら」

 ティブが指差したところには、

「ナエガ先輩!!?」

 ティブと同じく全品完売。
 手ぶらで撤収作業をする者。
 それはまさしく表現戦士ナエガであった。

 額に汗をかくティブ。
 声と拳を震わせながら、

「俺が神絵師だと? ふん。ナエガ先輩こそ、その称号に相応しいぜ。俺なんて……ひよっこさ!」

 ここへ至るまでは一本道ではなかった。
 ティブなりに様々な壁にぶつかり、血反吐を吐き、努力をした。
 自分の絵に自信が持てず、筆を折ろうと思ったこともあった。

「そんな時に俺を指導してくれたのがナエガ先輩だった」
「天界に生存報告しておきますねぇ」
「もちろん、この恩は、先輩を超えることで返そうと思ってる。何事も、やるからにゃ一番を目指さねえとな」
「絶句ですぅ……」

     *     *     *

 その日の夜。
 マンションの一室にうごめく二つの影があった。

「では、早速……」
「うむ。始めよう」

 慣れた様子で、執筆を開始。
 黙々と。
 しかし、興奮の吐息を激しく漏らしながら。

「うひょひょひょひょひょ」
「いやらしい絵を描くのは堪らんなぁ」
「御用ですぅーーーーーっ!!!!」

 秘密の部屋は侵された。
 センシティブの匂いを嗅ぎ付けた天使によって。

「表現戦士シンセ参上! 変態どもを改心させてやりm……ええええぇえぇ!?」

 シンセがガベルで殴打するのを躊躇したのも無理のないことで、

「ティブ先輩とナエガ先輩じゃないですかぁ!!」

 まさか天使が掟を破るとは。

「ご、誤解だぜ! 俺達はセンシティブな絵なんて描いちゃいない! ですよね、ナエガ先輩!」
「うむ。ティブくんの言う通りだ。我々にやましいところなどない!」

 それにしては慌てっぷりが尋常ではない。
 さりげなくモニターを背中で隠す素振りなど、とても怪しい。

「何を描いてたんですかぁ? センシティブじゃないなら、見せられますよねぇ??」
「うぅ……」

 後輩と目を合わせれない二人の天使。
 だが、やがて覚悟を決めて、

「わかったぜ。ほらよ」
「どれどれ。……って、これセンシティブじゃないですかぁ!!!!」

 ガベルを握り直すシンセ。

「バカ野郎! よく見ろ! これはBLだ!」

 言われて見れば、その通り。
 モニターには、乱れに乱れる男と男。

「関係ないですぅ。センシティブはセンシティブですぅ」
「わーっ。やめっ……。ナエガ先輩! 説明してやってください!」
「うむ……」

 天使ナエガは居住まいを正し、

「BLとは純愛である。そこに破廉恥はなく、ただ真善美あるのみ。わかったかい。シンセくん、よければ作画資料を作るために、ティブくんと絡んでくれないか?」
「断罪ーーーっ!!!」
「うぎゃああ」

 ナエガはPCを破壊した。
 青ざめるティブ。

「何やってるんですか、ナエガ先輩!!」
「私は間違っていた。こんなセンシティブなものを世に出してはならない」
「やめろー!」

 ティブは必死に抵抗した。
 シンセは落ち着き払って、

「ナエガ先輩ぃ。ティブ先輩を押さえてくださいぃ」
「はい」
「シンセ、てめーっ!」

 もはやシンセに迷いはなかった。
 その瞳には軽蔑が宿っていた。

     *     *     *

 それから数日が経った。
 尊敬する先輩が落ちぶれていたことへのショック。
 ようやく立ち直れそうなシンセであった。

「バカな先輩達ですねぇ……」

 表現戦士としての仕事を終え、ガベルをペンに持ち変えた。

「百合ならセンシティブにならないのにぃ」

 背後に忍び寄る影には気づいていなかった。

     *     おしまい     *
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