22 / 31
厩戸係のお仕事
しおりを挟む
終わり良ければ全て良し。
波乱に満ちた1日も白露に会えたことで、良い一日に上書きされた気がする。
堯舜は気分上々で月華宮に向かおうとした。たが、ひとつ気がかりなのは、「本物の翡翠のかんざし」のことだ。
「紫微宮の東側の部屋か」
絶対に彼女を正妃にしたいという気持ちは既に薄れている。ただ、小龍の話を聞いた後では、彼女が望むなら人生をめちゃくちゃにした償いはしたかった。しかし彼女が償いとして結婚をのぞんだら?
親世代の惚れた腫れたを目の当たりにした今、大恋愛などより穏やかな生活を望む。
皇帝としてではなく、このままの姿ならば彼女の人となりを見れるのではないだろうか。
「よし。厩戸係はもう一仕事と」
紫微宮の東側に差し掛かると、蕣花が扉から出てくるところであった。ようやく堯舜にも、見慣れない女が宮に増えた合点がいく。
「堯舜ではないか、ちょうどいい」
蕣花は厩戸に向かうつもりだったらしい。自然に連れ立って歩くことになる。
「やはりな」
「ん?なんだ?」
蕣花の髪には翡翠のかんざしである。まごうことない。母上の翡翠のかんざしである。
「いや、綺麗なかんざしだと思ったんだ」
「姚の人間はなんで、そんなにこのかんざしに夢中なんだ?」
聞き出すには怪しすぎる切り口だった。失敗したと思いつつ、自然に会話を続ける。
「いや、なんでこの宮に滞在しているのかと思って」
完全に失敗だ。この会話は成立していない。
蕣花は怪訝な顔をしている。だが、訝しげながらも、性根が優しいのか答えてくれた。
「皇帝の謁見を待っている」
「…」
通常の厩戸係はひれ伏すだろう。皇帝陛下の謁見を待つ、紫微宮に滞在する女性に厩戸係が馴れ馴れしく会話していいわけがない。
しかし、堯舜は正解を知らなかった。
奇しくも蕣花も正しい姚国の貴族の作法や身分制度を知らなかった。
「それにしても皇帝って人を待たせるのだな、。誰かにこんな待たされるの初めてだ」
「そんなに会いたい?」
「そりゃ、会いたくなかったらわざわざ来ない。まあ皇帝謁見なんて、知らなかったが」
「知らなくてもわざわざ遠方から翡翠のかんざしを持ってきたんだな」
堯舜は口を滑らせた。
蕣花はそれを見逃さなかった。
「やっぱり、この翡翠のかんざしは何かあるのか?厩戸係すら知ってるぐらいに」
堯舜はしまったと思いつつも、顔に出さないように答える。
「俺は母の代からずっとここに住んでいるからね、それが国宝なことぐらいは知ってる」
「あ、そんなことか」
国宝を軽く流した蕣花に堯舜の方が驚く番だった。
「このかんざしが何か知りたいってわけじゃないのか?」
「宝玉としての価値を知りたいわけじゃない。これを私に残した人が何者なのか知りたいだけだ。その人の記憶がほとんどないからな。大事な人なのに」
その言葉は堯舜の胸にズシリと重くのしかかる。
「自分が何者かわからないままじゃ、ここにいていいのか。それとも自分の居場所はどこか違う場所にあるのか前に進めない気がしてる」
「分かるよ」
「だから、ここに来た。分からないまま誰か人の思惑で嫁がされるなんて絶対嫌だから、道は自分で切り開きたいんだよ」
蕣花は一層輝いてみえた。厩戸につくと淡々としかし愛情を持って雪風の世話をし、くだらない冗談をいいあう。
正直なところ蕣花とあの熱い抱擁を交わした記憶は蘇っていないのだが、どこか懐かしい感じもして、他人と思えないシンパシーも感じた。むしろ母に似ている。
とろけるような大きな瞳と熱い吐息が断片的に思い出される。しかし、彼女の言葉は堯舜に真摯に彼女を正妃にすえることを考えさせるに充分であった。
波乱に満ちた1日も白露に会えたことで、良い一日に上書きされた気がする。
堯舜は気分上々で月華宮に向かおうとした。たが、ひとつ気がかりなのは、「本物の翡翠のかんざし」のことだ。
「紫微宮の東側の部屋か」
絶対に彼女を正妃にしたいという気持ちは既に薄れている。ただ、小龍の話を聞いた後では、彼女が望むなら人生をめちゃくちゃにした償いはしたかった。しかし彼女が償いとして結婚をのぞんだら?
親世代の惚れた腫れたを目の当たりにした今、大恋愛などより穏やかな生活を望む。
皇帝としてではなく、このままの姿ならば彼女の人となりを見れるのではないだろうか。
「よし。厩戸係はもう一仕事と」
紫微宮の東側に差し掛かると、蕣花が扉から出てくるところであった。ようやく堯舜にも、見慣れない女が宮に増えた合点がいく。
「堯舜ではないか、ちょうどいい」
蕣花は厩戸に向かうつもりだったらしい。自然に連れ立って歩くことになる。
「やはりな」
「ん?なんだ?」
蕣花の髪には翡翠のかんざしである。まごうことない。母上の翡翠のかんざしである。
「いや、綺麗なかんざしだと思ったんだ」
「姚の人間はなんで、そんなにこのかんざしに夢中なんだ?」
聞き出すには怪しすぎる切り口だった。失敗したと思いつつ、自然に会話を続ける。
「いや、なんでこの宮に滞在しているのかと思って」
完全に失敗だ。この会話は成立していない。
蕣花は怪訝な顔をしている。だが、訝しげながらも、性根が優しいのか答えてくれた。
「皇帝の謁見を待っている」
「…」
通常の厩戸係はひれ伏すだろう。皇帝陛下の謁見を待つ、紫微宮に滞在する女性に厩戸係が馴れ馴れしく会話していいわけがない。
しかし、堯舜は正解を知らなかった。
奇しくも蕣花も正しい姚国の貴族の作法や身分制度を知らなかった。
「それにしても皇帝って人を待たせるのだな、。誰かにこんな待たされるの初めてだ」
「そんなに会いたい?」
「そりゃ、会いたくなかったらわざわざ来ない。まあ皇帝謁見なんて、知らなかったが」
「知らなくてもわざわざ遠方から翡翠のかんざしを持ってきたんだな」
堯舜は口を滑らせた。
蕣花はそれを見逃さなかった。
「やっぱり、この翡翠のかんざしは何かあるのか?厩戸係すら知ってるぐらいに」
堯舜はしまったと思いつつも、顔に出さないように答える。
「俺は母の代からずっとここに住んでいるからね、それが国宝なことぐらいは知ってる」
「あ、そんなことか」
国宝を軽く流した蕣花に堯舜の方が驚く番だった。
「このかんざしが何か知りたいってわけじゃないのか?」
「宝玉としての価値を知りたいわけじゃない。これを私に残した人が何者なのか知りたいだけだ。その人の記憶がほとんどないからな。大事な人なのに」
その言葉は堯舜の胸にズシリと重くのしかかる。
「自分が何者かわからないままじゃ、ここにいていいのか。それとも自分の居場所はどこか違う場所にあるのか前に進めない気がしてる」
「分かるよ」
「だから、ここに来た。分からないまま誰か人の思惑で嫁がされるなんて絶対嫌だから、道は自分で切り開きたいんだよ」
蕣花は一層輝いてみえた。厩戸につくと淡々としかし愛情を持って雪風の世話をし、くだらない冗談をいいあう。
正直なところ蕣花とあの熱い抱擁を交わした記憶は蘇っていないのだが、どこか懐かしい感じもして、他人と思えないシンパシーも感じた。むしろ母に似ている。
とろけるような大きな瞳と熱い吐息が断片的に思い出される。しかし、彼女の言葉は堯舜に真摯に彼女を正妃にすえることを考えさせるに充分であった。
10
お気に入りに追加
68
あなたにおすすめの小説
あやかし狐の京都裏町案内人
狭間夕
キャラ文芸
「今日からわたくし玉藻薫は、人間をやめて、キツネに戻らせていただくことになりました!」京都でOLとして働いていた玉藻薫は、恋人との別れをきっかけに人間世界に別れを告げ、アヤカシ世界に舞い戻ることに。実家に戻ったものの、仕事をせずにゴロゴロ出来るわけでもなく……。薫は『アヤカシらしい仕事』を探しに、祖母が住む裏京都を訪ねることに。早速、裏町への入り口「土御門屋」を訪れた薫だが、案内人である安倍晴彦から「祖母の家は封鎖されている」と告げられて――?
忌み子と呼ばれた巫女が幸せな花嫁となる日
葉南子
キャラ文芸
第8回キャラ文芸大賞 奨励賞をいただきました!
応援ありがとうございました!
★「忌み子」と蔑まれた巫女の運命が変わる和風シンデレラストーリー★
妖が災厄をもたらしていた時代。
滅妖師《めつようし》が妖を討ち、巫女がその穢れを浄化することで、人々は平穏を保っていた──。
巫女の一族に生まれた結月は、銀色の髪の持ち主だった。
その銀髪ゆえに結月は「忌巫女」と呼ばれ、義妹や叔母、侍女たちから虐げられる日々を送る。
黒髪こそ巫女の力の象徴とされる中で、結月の銀髪は異端そのものだったからだ。
さらに幼い頃から「義妹が見合いをする日に屋敷を出ていけ」と命じられていた。
その日が訪れるまで、彼女は黙って耐え続け、何も望まない人生を受け入れていた。
そして、その見合いの日。
義妹の見合い相手は、滅妖師の名門・霧生院家の次期当主だと耳にする。
しかし自分には関係のない話だと、屋敷最後の日もいつものように淡々と過ごしていた。
そんな中、ふと一頭の蝶が結月の前に舞い降りる──。
※他サイトでも掲載しております
月華後宮伝
織部ソマリ
キャラ文芸
【10月中旬】5巻発売です!どうぞよろしくー!
◆神託により後宮に入ることになった『跳ねっ返りの薬草姫』と呼ばれている凛花。冷徹で女嫌いとの噂がある皇帝・紫曄の妃となるのは気が進まないが、ある目的のために月華宮へ行くと心に決めていた。凛花の秘めた目的とは、皇帝の寵を得ることではなく『虎に変化してしまう』という特殊すぎる体質の秘密を解き明かすこと! だが後宮入り早々、凛花は紫曄に秘密を知られてしまう。しかし同じく秘密を抱えている紫曄は、凛花に「抱き枕になれ」と予想外なことを言い出して――?
◆第14回恋愛小説大賞【中華後宮ラブ賞】受賞。ありがとうございます!
◆旧題:月華宮の虎猫の妃は眠れぬ皇帝の膝の上 ~不本意ながらモフモフ抱き枕を拝命いたします~
鬼の御宿の嫁入り狐
梅野小吹
キャラ文芸
▼2025.2月 書籍 第2巻発売中!
【第6回キャラ文芸大賞/あやかし賞 受賞作】
鬼の一族が棲まう隠れ里には、三つの尾を持つ妖狐の少女が暮らしている。
彼女──縁(より)は、腹部に火傷を負った状態で倒れているところを旅籠屋の次男・琥珀(こはく)によって助けられ、彼が縁を「自分の嫁にする」と宣言したことがきっかけで、羅刹と呼ばれる鬼の一家と共に暮らすようになった。
優しい一家に愛されてすくすくと大きくなった彼女は、天真爛漫な愛らしい乙女へと成長したものの、年頃になるにつれて共に育った琥珀や家族との種族差に疎外感を覚えるようになっていく。
「私だけ、どうして、鬼じゃないんだろう……」
劣等感を抱き、自分が鬼の家族にとって本当に必要な存在なのかと不安を覚える縁。
そんな憂いを抱える中、彼女の元に現れたのは、縁を〝花嫁〟と呼ぶ美しい妖狐の青年で……?
育ててくれた鬼の家族。
自分と同じ妖狐の一族。
腹部に残る火傷痕。
人々が語る『狐の嫁入り』──。
空の隙間から雨が降る時、小さな体に傷を宿して、鬼に嫁入りした少女の話。
大正ロマン恋物語 ~将校様とサトリな私のお試し婚~
菱沼あゆ
キャラ文芸
華族の三条家の跡取り息子、三条行正と見合い結婚することになった咲子。
だが、軍人の行正は、整いすぎた美形な上に、あまりしゃべらない。
蝋人形みたいだ……と見合いの席で怯える咲子だったが。
実は、咲子には、人の心を読めるチカラがあって――。
後宮の偽物~冷遇妃は皇宮の秘密を暴く~
山咲黒
キャラ文芸
偽物妃×偽物皇帝
大切な人のため、最強の二人が後宮で華麗に暗躍する!
「娘娘(でんか)! どうかお許しください!」
今日もまた、苑祺宮(えんきぐう)で女官の懇願の声が響いた。
苑祺宮の主人の名は、貴妃・高良嫣。皇帝の寵愛を失いながらも皇宮から畏れられる彼女には、何に代えても守りたい存在と一つの秘密があった。
守りたい存在は、息子である第二皇子啓轅だ。
そして秘密とは、本物の貴妃は既に亡くなっている、ということ。
ある時彼女は、忘れ去られた宮で一人の男に遭遇する。目を見張るほど美しい顔立ちを持ったその男は、傲慢なまでの強引さで、後宮に渦巻く陰謀の中に貴妃を引き摺り込もうとする——。
「この二年間、私は啓轅を守る盾でした」
「お前という剣を、俺が、折れて砕けて鉄屑になるまで使い倒してやろう」
3月4日まで随時に3章まで更新、それ以降は毎日8時と18時に更新します。
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
【完結】国を追われた巫女見習いは、隣国の後宮で二重に花開く
gari@七柚カリン
キャラ文芸
☆たくさんの応援、ありがとうございました!☆ 植物を慈しむ巫女見習いの凛月には、二つの秘密がある。それは、『植物の心がわかること』『見目が変化すること』。
そんな凛月は、次期巫女を侮辱した罪を着せられ国外追放されてしまう。
心機一転、紹介状を手に向かったのは隣国の都。そこで偶然知り合ったのは、高官の峰風だった。
峰風の取次ぎで紹介先の人物との対面を果たすが、提案されたのは後宮内での二つの仕事。ある時は引きこもり後宮妃(欣怡)として巫女の務めを果たし、またある時は、少年宦官(子墨)として庭園管理の仕事をする、忙しくも楽しい二重生活が始まった。
仕事中に秘密の能力を活かし活躍したことで、子墨は女嫌いの峰風の助手に抜擢される。女であること・巫女であることを隠しつつ助手の仕事に邁進するが、これがきっかけとなり、宮廷内の様々な騒動に巻き込まれていく。
※ 一話の文字数を1,000~2,000文字程度で区切っているため、話数は多くなっています。
一部、話の繋がりの関係で3,000文字前後の物もあります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる