30 / 41
第八章 尭天舜日
蔡北
しおりを挟む
蔡北と龔駑は万年雪を抱いた山脈が隔てており、それが蔡北の国境を守っている。子連れが馬で越えられる山脈ではない。黒曜が走れる平坦な道を探らなければならない。
もちろん、蔡北の私軍は必ず平坦な道を守っている部隊がいるはずだ。
銀蓮と銀将軍の名を出せば、私を無碍に扱うはずもないという勝算があった。そして、斥候には思ったより早く出逢えた。
「助けて、龔駑に拐われて逃げ帰ってきたのです」
男たちの馬に目を向ける。龔駑の馬ではない。きっと龔駑の追っ手ではない。
「銀蓮…?」
斥候の1人が口を開く。
「違うわ、銀蓮は逃げ出さなかったの」
斥候の男は、あの日後宮で見た小龍に違いなかった。
「なんでだ、なんで銀蓮を連れてきてくれなかったのだ…」
私はなんと声をかけて良いか迷った。しかし、斥候などが銀蓮を助けに行けば、間違いなく返り討ちにあう。私の追っ手に殺されるに違いない。
「銀蓮は龔駑の先王の娘を産み、今の王の子を懐妊しているわ。馬に乗ることは無理だった。今も追っ手が来てるはず、また救い出すチャンスがきっとあるから…」
小龍の頬がサッと赤く染まり、手が震えていた。俯いたまま、小龍は跪く。
「失礼な質問をしました。申し訳ありません。雲貴妃のご帰還は喜ばしいこと。長きに渡る苦難の日々、救助が遅れたことをお詫びいたします。命に変えても陛下の元まで護衛いたします」
私は護衛とともに、山を抜けた。あの時斥候に出会わなければ、蔡北まで辿り着くのは難しかっただろう。私と堯舜には運があった。
時折休憩をして、堯舜に乳を含ませる。泣くことは少なく、黒曜が好きみたいだ。
「小さい頃の陛下に瓜二つだ。陛下は宝をひとつではなく、ふたつ取り戻したことになる」
私の腕で眠る堯舜を見て、小龍はそう言った。
「銀蓮が龔鴑の王の寵をうけているなら、もはや救い出すことは無理だろう。国の存亡にかかわる」
「でも私を助ける準備をしていたのでしょう」
「そりゃあ、雲貴妃は皇帝陛下の特別だから。国をかけてでも、無事に助け出す準備を陛下はしていた。銀蓮はあきらめると俺が進言する。既に充分取り返した、あとは守り抜くだけだ」
数日の旅の果てに、関をいくつも抜けて蔡北の街へたどり着いた。銀家のお屋敷に案内をされる。広間で待っていたのは、皇帝陛下と銀将軍であろう老人だった。年老いた印象は全くなく、精悍な肉体と知的な眼差しが名将を伺わせた。
私は堯舜を抱き、小龍と膝を折り、皇帝陛下に挨拶をしようとする。陛下は降りて駆け寄ってくる。
「雲泪、よくぞ戻ってきてくれた」
そして躊躇いなく堯舜を抱き上げる。
「陛下…っ」
「この子は朕の子だ」
殺さないでと言おうとした自分に気がついて、深く恥入る。皇帝陛下は奕世ではない。
「赤子を連れて戻ってきたのは知っていた。朕の子でなくとも、お前の子は我が子として育てようと思っていた」
奕晨は太陽のような笑顔を私に向け、私は凍てついた心が溶ける気がした。
「だが、会ってみれば朕の子ではないか。そなたには本当に驚かされるばかりだ」
もちろん、蔡北の私軍は必ず平坦な道を守っている部隊がいるはずだ。
銀蓮と銀将軍の名を出せば、私を無碍に扱うはずもないという勝算があった。そして、斥候には思ったより早く出逢えた。
「助けて、龔駑に拐われて逃げ帰ってきたのです」
男たちの馬に目を向ける。龔駑の馬ではない。きっと龔駑の追っ手ではない。
「銀蓮…?」
斥候の1人が口を開く。
「違うわ、銀蓮は逃げ出さなかったの」
斥候の男は、あの日後宮で見た小龍に違いなかった。
「なんでだ、なんで銀蓮を連れてきてくれなかったのだ…」
私はなんと声をかけて良いか迷った。しかし、斥候などが銀蓮を助けに行けば、間違いなく返り討ちにあう。私の追っ手に殺されるに違いない。
「銀蓮は龔駑の先王の娘を産み、今の王の子を懐妊しているわ。馬に乗ることは無理だった。今も追っ手が来てるはず、また救い出すチャンスがきっとあるから…」
小龍の頬がサッと赤く染まり、手が震えていた。俯いたまま、小龍は跪く。
「失礼な質問をしました。申し訳ありません。雲貴妃のご帰還は喜ばしいこと。長きに渡る苦難の日々、救助が遅れたことをお詫びいたします。命に変えても陛下の元まで護衛いたします」
私は護衛とともに、山を抜けた。あの時斥候に出会わなければ、蔡北まで辿り着くのは難しかっただろう。私と堯舜には運があった。
時折休憩をして、堯舜に乳を含ませる。泣くことは少なく、黒曜が好きみたいだ。
「小さい頃の陛下に瓜二つだ。陛下は宝をひとつではなく、ふたつ取り戻したことになる」
私の腕で眠る堯舜を見て、小龍はそう言った。
「銀蓮が龔鴑の王の寵をうけているなら、もはや救い出すことは無理だろう。国の存亡にかかわる」
「でも私を助ける準備をしていたのでしょう」
「そりゃあ、雲貴妃は皇帝陛下の特別だから。国をかけてでも、無事に助け出す準備を陛下はしていた。銀蓮はあきらめると俺が進言する。既に充分取り返した、あとは守り抜くだけだ」
数日の旅の果てに、関をいくつも抜けて蔡北の街へたどり着いた。銀家のお屋敷に案内をされる。広間で待っていたのは、皇帝陛下と銀将軍であろう老人だった。年老いた印象は全くなく、精悍な肉体と知的な眼差しが名将を伺わせた。
私は堯舜を抱き、小龍と膝を折り、皇帝陛下に挨拶をしようとする。陛下は降りて駆け寄ってくる。
「雲泪、よくぞ戻ってきてくれた」
そして躊躇いなく堯舜を抱き上げる。
「陛下…っ」
「この子は朕の子だ」
殺さないでと言おうとした自分に気がついて、深く恥入る。皇帝陛下は奕世ではない。
「赤子を連れて戻ってきたのは知っていた。朕の子でなくとも、お前の子は我が子として育てようと思っていた」
奕晨は太陽のような笑顔を私に向け、私は凍てついた心が溶ける気がした。
「だが、会ってみれば朕の子ではないか。そなたには本当に驚かされるばかりだ」
4
お気に入りに追加
187
あなたにおすすめの小説
皇太后(おかあ)様におまかせ!〜皇帝陛下の純愛探し〜
菰野るり
キャラ文芸
皇帝陛下はお年頃。
まわりは縁談を持ってくるが、どんな美人にもなびかない。
なんでも、3年前に一度だけ出逢った忘れられない女性がいるのだとか。手がかりはなし。そんな中、皇太后は自ら街に出て息子の嫁探しをすることに!
この物語の皇太后の名は雲泪(ユンレイ)、皇帝の名は堯舜(ヤオシュン)です。つまり【後宮物語〜身代わり宮女は皇帝陛下に溺愛されます⁉︎〜】の続編です。しかし、こちらから読んでも楽しめます‼︎どちらから読んでも違う感覚で楽しめる⁉︎こちらはポジティブなラブコメです。
キャンプに行ったら異世界転移しましたが、最速で保護されました。
新条 カイ
恋愛
週末の休みを利用してキャンプ場に来た。一歩振り返ったら、周りの環境がガラッと変わって山の中に。車もキャンプ場の施設もないってなに!?クマ出現するし!?と、どうなることかと思いきや、最速でイケメンに保護されました、
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
後宮の棘
香月みまり
キャラ文芸
蔑ろにされ婚期をのがした25歳皇女がついに輿入り!相手は敵国の禁軍将軍。冷めた姫vs堅物男のチグハグな夫婦は帝国内の騒乱に巻き込まれていく。
☆完結しました☆
スピンオフ「孤児が皇后陛下と呼ばれるまで」の進捗と合わせて番外編を不定期に公開していきます。
第13回ファンタジー大賞特別賞受賞!
ありがとうございました!!
男子高校生だった俺は異世界で幼児になり 訳あり筋肉ムキムキ集団に保護されました。
カヨワイさつき
ファンタジー
高校3年生の神野千明(かみの ちあき)。
今年のメインイベントは受験、
あとはたのしみにしている北海道への修学旅行。
だがそんな彼は飛行機が苦手だった。
電車バスはもちろん、ひどい乗り物酔いをするのだった。今回も飛行機で乗り物酔いをおこしトイレにこもっていたら、いつのまにか気を失った?そして、ちがう場所にいた?!
あれ?身の危険?!でも、夢の中だよな?
急死に一生?と思ったら、筋肉ムキムキのワイルドなイケメンに拾われたチアキ。
さらに、何かがおかしいと思ったら3歳児になっていた?!
変なレアスキルや神具、
八百万(やおよろず)の神の加護。
レアチート盛りだくさん?!
半ばあたりシリアス
後半ざまぁ。
訳あり幼児と訳あり集団たちとの物語。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
北海道、アイヌ語、かっこ良さげな名前
お腹がすいた時に食べたい食べ物など
思いついた名前とかをもじり、
なんとか、名前決めてます。
***
お名前使用してもいいよ💕っていう
心優しい方、教えて下さい🥺
悪役には使わないようにします、たぶん。
ちょっとオネェだったり、
アレ…だったりする程度です😁
すでに、使用オッケーしてくださった心優しい
皆様ありがとうございます😘
読んでくださる方や応援してくださる全てに
めっちゃ感謝を込めて💕
ありがとうございます💞
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
後宮の偽物~冷遇妃は皇宮の秘密を暴く~
山咲黒
キャラ文芸
偽物妃×偽物皇帝
大切な人のため、最強の二人が後宮で華麗に暗躍する!
「娘娘(でんか)! どうかお許しください!」
今日もまた、苑祺宮(えんきぐう)で女官の懇願の声が響いた。
苑祺宮の主人の名は、貴妃・高良嫣。皇帝の寵愛を失いながらも皇宮から畏れられる彼女には、何に代えても守りたい存在と一つの秘密があった。
守りたい存在は、息子である第二皇子啓轅だ。
そして秘密とは、本物の貴妃は既に亡くなっている、ということ。
ある時彼女は、忘れ去られた宮で一人の男に遭遇する。目を見張るほど美しい顔立ちを持ったその男は、傲慢なまでの強引さで、後宮に渦巻く陰謀の中に貴妃を引き摺り込もうとする——。
「この二年間、私は啓轅を守る盾でした」
「お前という剣を、俺が、折れて砕けて鉄屑になるまで使い倒してやろう」
3月4日まで随時に3章まで更新、それ以降は毎日8時と18時に更新します。
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる