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第八章 尭天舜日

蔡北

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蔡北ツァイベイ龔駑ゴンヌは万年雪を抱いた山脈が隔てており、それが蔡北ツァイベイの国境を守っている。子連れが馬で越えられる山脈ではない。黒曜が走れる平坦な道を探らなければならない。
もちろん、蔡北ツァイベイの私軍は必ず平坦な道を守っている部隊がいるはずだ。

銀蓮インリェン銀将軍インジャンジュンの名を出せば、私を無碍に扱うはずもないという勝算があった。そして、斥候には思ったより早く出逢えた。

「助けて、龔駑ゴンヌに拐われて逃げ帰ってきたのです」
男たちの馬に目を向ける。龔駑ゴンヌの馬ではない。きっと龔駑ゴンヌの追っ手ではない。

銀蓮インリェン…?」
斥候の1人が口を開く。
「違うわ、銀蓮インリェンは逃げ出さなかったの」
斥候の男は、あの日後宮で見た小龍シャオロンに違いなかった。
「なんでだ、なんで銀蓮インリェンを連れてきてくれなかったのだ…」
私はなんと声をかけて良いか迷った。しかし、斥候などが銀蓮インリェンを助けに行けば、間違いなく返り討ちにあう。私の追っ手に殺されるに違いない。

「銀蓮は龔駑ゴンヌの先王の娘を産み、今の王の子を懐妊しているわ。馬に乗ることは無理だった。今も追っ手が来てるはず、また救い出すチャンスがきっとあるから…」
小龍シャオロンの頬がサッと赤く染まり、手が震えていた。俯いたまま、小龍シャオロンは跪く。
「失礼な質問をしました。申し訳ありません。雲貴妃ユングイフェイのご帰還は喜ばしいこと。長きに渡る苦難の日々、救助が遅れたことをお詫びいたします。命に変えても陛下の元まで護衛いたします」

私は護衛とともに、山を抜けた。あの時斥候せっこうに出会わなければ、蔡北ツァイベイまで辿り着くのは難しかっただろう。私と堯舜ヤオシュンには運があった。

時折休憩をして、堯舜ヤオシュンに乳を含ませる。泣くことは少なく、黒曜が好きみたいだ。

「小さい頃の陛下に瓜二つだ。陛下は宝をひとつではなく、ふたつ取り戻したことになる」
私の腕で眠る堯舜ヤオシュンを見て、小龍シャオロンはそう言った。
「銀蓮が龔鴑ゴンヌの王の寵をうけているなら、もはや救い出すことは無理だろう。国の存亡にかかわる」
「でも私を助ける準備をしていたのでしょう」
「そりゃあ、雲貴妃は皇帝陛下の特別だから。国をかけてでも、無事に助け出す準備を陛下はしていた。銀蓮インリェンはあきらめると俺が進言する。既に充分取り返した、あとは守り抜くだけだ」

数日の旅の果てに、関をいくつも抜けて蔡北ツァイベイの街へたどり着いた。銀家インジャのお屋敷に案内をされる。広間で待っていたのは、皇帝陛下と銀将軍インジャンジュンであろう老人だった。年老いた印象は全くなく、精悍な肉体と知的な眼差しが名将を伺わせた。

私は堯舜ヤオシュンを抱き、小龍と膝を折り、皇帝陛下に挨拶をしようとする。陛下は降りて駆け寄ってくる。

雲泪ユンレイ、よくぞ戻ってきてくれた」
そして躊躇いなく堯舜ヤオシュンを抱き上げる。
「陛下…っ」
「この子は朕の子だ」
殺さないでと言おうとした自分に気がついて、深く恥入る。皇帝陛下は奕世イースではない。

「赤子を連れて戻ってきたのは知っていた。朕の子でなくとも、お前の子は我が子として育てようと思っていた」

奕晨イーチェンは太陽のような笑顔を私に向け、私は凍てついた心が溶ける気がした。

「だが、会ってみれば朕の子ではないか。そなたには本当に驚かされるばかりだ」
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