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第八章 尭天舜日

最後

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冬になればまた氷に閉ざされる。短い夏が終わる前に逃げたい。

決行まで長い準備期間は取れなさそうだった。9月の終わりを私は目標に定めた。堯舜ヤオシュンまだ歩けはしないが、活発で掴まり立ちや這って動くこともできる。長旅になっても大丈夫だろう。あとは蔡北ツァイベイを目指すか、北峰ベイフォンを目指すかだが、私は決めていた。

蔡北ツァイベイだ。

私の故郷を目指すことは予想されやすい。それに銀将軍インジャンジュンの治める蔡北ツァイベイ奕世イースには攻めにくいだろうと思った。きっと銀蓮インリェンが嫌がってくれるはずだ。
私は狩の練習にいくと言い、早朝のうちに出かける。北峰ベイフォン側へ向かったと思わせて、蔡北ツァイベイへ向かう。胸元に堯舜ヤオシュンを縛り付けてある。

この日のために奕世イースの馬を夏の間じゅう可愛がって慣らさせている。馬たちを繋ぐ紐は切れ込みを入れておいたから、しばらくすれば馬が逃げ出すはずだ。

「お願い、ゆうことを聞いて」

私は荒々しい奕世イースの馬を必死で走らせる。
正直先につけた距離をいかにして埋めさせずに、私が国境を超えられるかにかかっている。正直言って私と息子が、騎馬民族の精鋭部隊に勝てるわけがない。だから気づかれていないうちに、距離を開いておきたい。

昨日の最後に会った奕世イースを思い出す。久しぶりに抱きついて口づけをした、やっぱり好きで愛おしかった。大きな手が暖かくて、目が優しく私を見つめていて、余計に悲しくなった。

なぜ私を裏切ったのか最後まで聞けなかった。理由を聞いてなんになると言うのだろう。

親子3人で育んでゆきたかった。暖かく小さな家庭で良かった。奕世イースさえいたら、私たち2人を守ってくれたら。

ただそれで良かったのに。

私は涙を流しながら、馬を走らせる。馬が悲鳴をあげている。少し休ませるしかない。

私は馬をとめ、平たいパンを齧り、堯舜ヤオシュンに乳を含ませる。奕世イースの馬だ。私は急に街に着いても馬を売るのが嫌になった。彼が私と馬にのり、笑いあった頃を思い出したからだ。彼に恋した初夏だ。

そして今、私は同じ馬に息子と乗り帰ろうとしている。

「黒曜!ゆっくりでもいいから進むわよ」
奕世イースのように私はタテガミを撫でる。黒曜は私の想いに答えてくれる。

私は追っ手が来ないことを祈りながら、ただただ馬を走らせた。
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