〜祇園あやかし花嫁語り〜

菰野るり

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第四章 Re.枝垂れ桜の咲く庭で

黄昏

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「私、吹雪を殺したりしない」

長い沈黙を破ったのは塔子の言葉だった。

「寝首をかかれるわけじゃないさ。愛した花嫁の寿命が尽きるとき、私も朽ちることができる。それだけのこと」

吹雪は緊張が切れたかのように、微笑んだ。

時まで操れる九尾の狐。力で圧倒できる孤高の存在が求めている最期が死だなんて。こんなに美しいままで永遠の時を生きられるのに、何故そんなことが必要なのか、よく分からなかった。

「お前にとって何が1番幸せか分からないから、今後をどうすればいいのか分からん。もう願いを全部正直に言え。暇だから、いくらでも叶えてやる」

捲したてる間、吹雪はこちらを見なかった。

「こんなに色んな事言われたら、私もわかんないよ」

「もう誰も殺さないから、それでも他の男がいいなら正直に言え」

そう言うと自嘲気味に笑った。

紅丸のことを思い出せば、やはり胸はチクンと痛む。けれど、紅丸と末永く暮らせたら幸せという願いは望めなかった。九尾の狐の怒りが怖いわけではない。吹雪の話を聞いて、しっくりきたのだ。

紅丸は好きだと言ってくれた。私はずっとさびしかったから嬉しかった。甘い菓子と食べ物を共有し沢山優しくされて好きになった。14歳の時には悔しかった吹雪の指摘だったのに、大人になった塔子にとっては至極真っ当な意見に思えた。

紅丸のこれまでの行動全てに説明がつく。紅丸は塔子自身を労ってくれたことは無いのだ。子供を産む為に必要な身体を心配してくれていただけで、天狗の繁栄のために必要な子を成す為で…

ぐるぐるとそんな事ばかりが頭で回る。

「そんなの皆おんなじじゃない。利益があるから優しくするし、好きだって言うの。吹雪だって…!花嫁は自分が死ぬ為とか、余計わけわかんないから。子孫残したい方が健全だよ…」

「そうだな、あの男たちの方が正しい。あんなに馬鹿にしていたのに、私もお前に甘いものを食わせて、好きなものを食わせて、服を好きなだけ買ってやることぐらいしか出来ない。好いた女の前では力なんて何の役にも立たない。3食昼寝付きの条件では、あの山狗とかわりない」

吹雪は困ったように笑った。

中庭に雨がパラ付いてきた。屋根がついている縁側は濡れることはないが、少し肌寒かった。

「私、お願い考えたわ」

部屋に戻ろうとする、吹雪を呼び止める。吹雪は振り返り、塔子を見つめる。


「私と死ぬ為に花嫁にしないで。こんな神域に囲おうとしないで。吹雪は私と現世で生きるの。いつか死ぬその時まで」
「ああ、そうしよう」

吹雪は晴れ晴れとした顔で頷いた。


程なくして祇園町南側に、不思議なお店が開店する。
それは、また別のお話。

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