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第一章 枝垂れ桜の庭で
天狗の紅丸
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「スマン!」
不躾な男の声に私は現実へと引き戻される。
「天狗の里待望の花嫁にテンション上りすぎて、つい飛んで帰った。高いとこ苦手なんか?びっくりさせたか?」
屈託ない笑顔を浮かべる青年の綺麗な栗色の瞳が目の前にあった。
目覚めた私は黒い翼を持つ男に抱きかかえられたまま、辺りを見渡す。普通のマンションのリビングルームにいるみたいだ。塔子を抱きかかえる青年は流暢な京ことばでしゃべるが日本人どころか人間ではないのは確実だ。
(天狗…?天狗の里って聞こえた)
粗野で大雑把な印象とは裏腹に、自称天狗は塔子を壊れ物を扱うかのように丁寧にソファへおろす。
「泣かせてもうたな、怖がらせてホンマすまん」
塔子は流れる涙に言われて初めて気付く。夢に見た勝つ春の涙だと、思った。
しかし泣かせたと勘違いした青年はどうしたらいいか困っているみたいだ。
(悪い人では無さそう)
塔子の涙にあたふたする様子は人柄の良さを感じさせた。
(天狗さんのお家は鞍馬の山の中ではなく、京都市内ではレアな高層マンションにあるんだな)
あまりにも有り得ない事が起きると、人は理解できることだけしか見なくなるのだろうか。窓から見える高さや景色を眺め、御所の西あたりだなと塔子は冷静に分析した。よく分からないけど危険な感じはしない。そんな気さくで話しかけやすい雰囲気を目の前の天狗は纏っていた。
「あなたはだれ…ですか?」
緊張しながらも、勇気を出して話しかけてみる。
「俺は雲ヶ畑の天狗で隠里紅葉丸、…まあ周りの奴らには紅丸って呼ばれるかな。好きに呼んでええよ…夫婦になるわけやし…」
言いながら照れて少しずつ赤くなる紅丸に、私までちょっと恥ずかしくなる。
「あの、私いきなりこんなとこ連れてこられた理由とかの説明が欲しいんですけど、夫婦ってどうゆうことですか」
「せやな。何から話せばええんやろ。鞍馬の大天狗の紫苑が麻雀で俺に負けた分がぎょーさん溜まっとって。取立てに行ったら借金のかわりとして塔子ちゃんをくれてん」
「ちょっと待ってください。鞍馬の大天狗の紫苑なんて知らない人の借金のかわりに私とか意味がわかんないです!」
紅丸は困ったような顔で少し考えて、言いにくそうに口を開く。
「塔子ちゃんの母親が昔呪いをかける時の対価に、お腹の子を鞍馬の大天狗に差し出したんよ」
さっきの夢の断片が脳裏を掠めた。
「でも生まれたのは女の子やったし、ほら、鞍馬の大天狗は男の子しか興味ないさかい、放置してたらしいんやけど。天狗の里は贄も来んくて、人口減って困っとるやろ?人間の女の子あげるし借金は勘弁してってくれたんよ。分かってくれるか?」
天狗は目を逸らしながら捲し立てた。受け入れがたいが、道理は通っている。
「うん、なんとなくわかった」
塔子は理解できるという意味で答えた。
その返答を聞いた紅丸は眩しい笑顔を浮かべる。
「ほな早速子作りしようや。10人も産んだら300年は安泰やし、1年に1人産めば10年の辛抱やろ。子は里山でほおっておいても育つ。塔子ちゃんはその後は解放するから好きに暮らしてもええし、俺が死ぬまで面倒みるんでもええ。金が余るほどの暮らしはさせれると思うし、赤子産んでもらうわけやから滋養がつく旨いもんも食わせるし」
ニコニコする紅丸は戸惑う私を寝室に運び、ロココ調のベッドに放り投げるなり覆い被さってきた。
(すぐ身に危険が及ぶやつだ、これ。やばいやつ)
「待って!」
「なんでや!?」
待てをされた犬みたいな目を紅丸は塔子に向ける。必死だ。そりゃ一族の存亡を左右する問題をかかえていたら真剣にもなるだろう。理解はできないが、理解はできる。
これは切り札になるのか分からないけど、言うしかない!
「私まだ生理がきていないから、子作りできないです!」
「なんやて!?」
紅丸の憔悴は哀れなほどだった。部屋の隅に体育座りになって「子供に手をかけようとしたんか…恥…」とボソボソ呟いている。部屋を見渡すと、何というか紅丸の趣味とは思えない可愛らしいものに溢れていた。
(もしかして私の為に準備してくれたのかもしれない。やっぱりいい人っぽいなあ)
誘拐されている時点でいい人とは言い難いのだが、塔子は憎めない紅丸に悪い印象は抱いていなかった。
(生理がきていたら、襲われていただろうし。これからこのまま10年監禁される可能性は消えていなから安心はできないな)
その時リビングからガラスが割れる音がした。
不躾な男の声に私は現実へと引き戻される。
「天狗の里待望の花嫁にテンション上りすぎて、つい飛んで帰った。高いとこ苦手なんか?びっくりさせたか?」
屈託ない笑顔を浮かべる青年の綺麗な栗色の瞳が目の前にあった。
目覚めた私は黒い翼を持つ男に抱きかかえられたまま、辺りを見渡す。普通のマンションのリビングルームにいるみたいだ。塔子を抱きかかえる青年は流暢な京ことばでしゃべるが日本人どころか人間ではないのは確実だ。
(天狗…?天狗の里って聞こえた)
粗野で大雑把な印象とは裏腹に、自称天狗は塔子を壊れ物を扱うかのように丁寧にソファへおろす。
「泣かせてもうたな、怖がらせてホンマすまん」
塔子は流れる涙に言われて初めて気付く。夢に見た勝つ春の涙だと、思った。
しかし泣かせたと勘違いした青年はどうしたらいいか困っているみたいだ。
(悪い人では無さそう)
塔子の涙にあたふたする様子は人柄の良さを感じさせた。
(天狗さんのお家は鞍馬の山の中ではなく、京都市内ではレアな高層マンションにあるんだな)
あまりにも有り得ない事が起きると、人は理解できることだけしか見なくなるのだろうか。窓から見える高さや景色を眺め、御所の西あたりだなと塔子は冷静に分析した。よく分からないけど危険な感じはしない。そんな気さくで話しかけやすい雰囲気を目の前の天狗は纏っていた。
「あなたはだれ…ですか?」
緊張しながらも、勇気を出して話しかけてみる。
「俺は雲ヶ畑の天狗で隠里紅葉丸、…まあ周りの奴らには紅丸って呼ばれるかな。好きに呼んでええよ…夫婦になるわけやし…」
言いながら照れて少しずつ赤くなる紅丸に、私までちょっと恥ずかしくなる。
「あの、私いきなりこんなとこ連れてこられた理由とかの説明が欲しいんですけど、夫婦ってどうゆうことですか」
「せやな。何から話せばええんやろ。鞍馬の大天狗の紫苑が麻雀で俺に負けた分がぎょーさん溜まっとって。取立てに行ったら借金のかわりとして塔子ちゃんをくれてん」
「ちょっと待ってください。鞍馬の大天狗の紫苑なんて知らない人の借金のかわりに私とか意味がわかんないです!」
紅丸は困ったような顔で少し考えて、言いにくそうに口を開く。
「塔子ちゃんの母親が昔呪いをかける時の対価に、お腹の子を鞍馬の大天狗に差し出したんよ」
さっきの夢の断片が脳裏を掠めた。
「でも生まれたのは女の子やったし、ほら、鞍馬の大天狗は男の子しか興味ないさかい、放置してたらしいんやけど。天狗の里は贄も来んくて、人口減って困っとるやろ?人間の女の子あげるし借金は勘弁してってくれたんよ。分かってくれるか?」
天狗は目を逸らしながら捲し立てた。受け入れがたいが、道理は通っている。
「うん、なんとなくわかった」
塔子は理解できるという意味で答えた。
その返答を聞いた紅丸は眩しい笑顔を浮かべる。
「ほな早速子作りしようや。10人も産んだら300年は安泰やし、1年に1人産めば10年の辛抱やろ。子は里山でほおっておいても育つ。塔子ちゃんはその後は解放するから好きに暮らしてもええし、俺が死ぬまで面倒みるんでもええ。金が余るほどの暮らしはさせれると思うし、赤子産んでもらうわけやから滋養がつく旨いもんも食わせるし」
ニコニコする紅丸は戸惑う私を寝室に運び、ロココ調のベッドに放り投げるなり覆い被さってきた。
(すぐ身に危険が及ぶやつだ、これ。やばいやつ)
「待って!」
「なんでや!?」
待てをされた犬みたいな目を紅丸は塔子に向ける。必死だ。そりゃ一族の存亡を左右する問題をかかえていたら真剣にもなるだろう。理解はできないが、理解はできる。
これは切り札になるのか分からないけど、言うしかない!
「私まだ生理がきていないから、子作りできないです!」
「なんやて!?」
紅丸の憔悴は哀れなほどだった。部屋の隅に体育座りになって「子供に手をかけようとしたんか…恥…」とボソボソ呟いている。部屋を見渡すと、何というか紅丸の趣味とは思えない可愛らしいものに溢れていた。
(もしかして私の為に準備してくれたのかもしれない。やっぱりいい人っぽいなあ)
誘拐されている時点でいい人とは言い難いのだが、塔子は憎めない紅丸に悪い印象は抱いていなかった。
(生理がきていたら、襲われていただろうし。これからこのまま10年監禁される可能性は消えていなから安心はできないな)
その時リビングからガラスが割れる音がした。
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