子持ち宮女の後宮日記

菰野るり

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空転する歯車

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後宮では着々と準備が進められ、豪族や名家を招いた宴も催されることとなった。

蕣花シュンホワが馬の世話するから、堯舜ヤオシュン厩戸へ立ち寄り、顔を見る。もう厩戸係の衣装ではなく。黄色い絹を纏ったまま。

「ここ残ると決心してくれたからには蕣花シュンホワの入宮には全て不足なく整えるように、朕が命を下した」
龔鴑ゴンヌの王女私を置いてもらえてありがたい」
蕣花シュンホワの来歴も含め用意しよう。君の母方のお爺さんにもうすぐ会えるはずだ」
銀蕣花ギンシュンホワとして貴妃グイフェイの地位に入ってもらえれば、後宮の安定も早かろうとの判断だった。

しかし龔鴑ゴンヌの王は宮内にまだ滞在しているのだろうか。馬がいないところをみれば、既に立ち去ったかもしれない。

じつは雲泪ユンレイ堯舜ヤオシュンはあれから会っていない。牡丹坊ムーダンファンを訪ねて、奕世イースを再び会いたくなかった。

しかし、士族を招いた宴や今後の方針を伝えるのは重要事項である。後宮牡丹坊に、間男を今後も出入りさせるわけにもいかぬ。話し合いに行かねばなるまい。

決めるが早いか、前触れの宦官も出さず、自ら向かう。母の醜態など2度とみたくはないが、他の者にみせるわけにはもっといかない。

宦官が扉を開け、「皇上」の訪れを甲高い声でつげ、堯舜ヤオシュン牡丹坊ムーダンファンに足を踏み入れる。

宦官の告げる声、黄色い絹が視線に入った瞬間に良く訓練された宮女は跪き、首を垂れる。ほぼ反射的に。皇帝からの許可が降りるまで直視などもってのほかなのだ。

「頭を上げよ。母上に会いに来た」

宮女たちは顔を見合わせ困惑しながら、答える。

「皇太后娘娘はこちらにはおられません」

見慣れない。新顔の宮女たちだなと堯舜ヤオシュン牡丹坊ムーダンファンに違和感を覚えた。様変わりしている。男の趣味か?と一層苦々しく口を歪める。

「待たせてもらう。して、母はどこに行った」

「皇太后娘娘はこちらからお引っ越しなさっております」

「母が引っ越し!?初耳だぞ。では、ここには誰がいるのだ」

堯舜ヤオシュンは奥の部屋にすすんでくる。

寝室では白露バイルーが、皇帝陛下のおなりを告げる宦官の声に驚き、恐れ慄いていた。

堯舜ヤオシュン白露バイルーに気がついた瞬間、しまったと思うが早いか「跪け」と言った。

慌てて、白露バイルーは跪き頭を垂れる。
堯舜ヤオシュンは自分の厩戸係の変装がうまくいっているなら、白露バイルーが皇帝だということに気付いていないかもしれないと思った。

「直視していいと誰が言った、お前は首を垂れていろ」
白露バイルーに命じる堯舜ヤオシュンはチクンの胸が痛んだ気がした。

新米の宮女たちは、白露バイルーへの扱いを見て少し悦にはいった顔をした。皇太后の命をうけ、白露バイルーの世話をしている宮女たちは、同じ宮女の身分なのに皇太后の後ろ盾で牡丹坊ムーダンファンまで与えられ、今後皇帝陛下に寵をうけるかもしれない白露バイルーが少し面白くなかったからである。

「お前は知っているか、母の行き先を」

白露バイルーに平頭を許さぬまま、皇帝陛下は尋ねた。他の宮女は全て跪かず立っているのに、自分だけ許されぬ白露バイルーは理由が分からず、困惑しながら答える。

「皇太后娘娘は馬で遠駆けに出かけられたと聞いております」
「ひとりでか」
「奴婢には恐れ多く、答えられません」

馬で遠駆けなどとは、厩戸に龔鴑ゴンヌの馬がなかったわけはなるほどである、思えば黒耀もいなかった。こんな時にのんきに逢引きしているかと思うと余計に堯舜ヤオシュン腹ただしく感じ、虫の居所が悪かった。

白露バイルーも、今まで接してきた堯舜ヤオシュンと皇帝陛下とのあまりの落差に、ショックをうけた。

こんなに怖くて、どうして今後後宮で暮らせよう。
雲泪ユンレイ様は任せてとおっしゃって飛飛フェイフェイ花花ホワホワも、後宮落ち着くまでは安全のためにと説得されて、預けたところである。

「して、引っ越しとは?」
「部屋を譲る…とのことで」
「そして牡丹坊ムーダンファンは空室か」

皇帝陛下は探りかねた。白露バイルーが自分を助けた掃除婦の母と皇太后を既に同一人物と認識して、宮女として仕えているか否か。

しかし、自分に頭を下げつづけている白露バイルーをみるに、何も気づいていないのではないかと思った。

皇帝陛下はモヤモヤした。白露バイルーを後宮につれてきたのは、確かに自分だが今後も母の遊びで白露バイルーや子供達は魑魅魍魎の巣に住まうことになるのだろうか。

白露バイルーにバレないように苦心する必要などどこにあるのだろう。跪き小さく肩を震わせる白露バイルーを眺めると、心が痛み、どこか子供達と一生楽しく過ごせるだけの金を与え、どこか自由な場所に離してあげたいと思った。平頭を許すわけには行かないが、その肩を撫でなくなり、近づく。白露バイルーがビクッと怯えるのが分かり、手を引っ込める。しかし下げる頭には翡翠のかんざしが見えた。

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