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第十六話 高笑い④
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キュロットの口を塞ごうにも、いま自分の両耳を守っている手を離せば、即座に昏倒してしまう可能性すら感じた。
いったいどうすべきかと、進退きわまっていたその時。
「ララ~♪」
唐突に澄み渡るような歌声が聴こえてきた。
キュロットの高笑いが皆の不安を掻き立てる雷鳴ならば。
その歌声は雷雲が晴れたあとに架かる、全てを浄化する虹の光。
ハッとなって歌声の主を見やれば、歌っているのはルフォートである。ルフォートはキュロットの高笑いの隙間を縫うようにして、透明な歌声を織り込む。
誰もが息を呑み、ルフォートの歌に聞き惚れた。彼の美声はキュロットの高笑いを単なるノイズと化し、皆の意識の外へと押しやっていく。
私はルフォートの歌に聞き入りながら、漠然と思考した。
(あぁ。そういえばルフォートって、風の精霊シルフをも虜にした美声の持ち主っていう設定だったわね)
『王立学園の聖女』に出てくるルフォートは引っ込み思案な性格のため、人前で歌うことはせず、精霊相手に歌声を披露するだけだった。
しかしある日、ヒロインがその美声を耳にし、ルフォートに声をかける。
最初こそ警戒していたルフォートだったが、ヒロインに庶民の間で流行っている歌を教えてもらったことをきっかけに、二人は徐々に打ち解けていくのだ。
ルフォートの澄明な歌声が響く。
食堂に居合わせた者が皆、ルフォートの歌声に酔いしれ、うっとりと聞き入った。
キュロットも例外ではなく、いつしか高笑いも止んでいる。
それを確かめたらしく、ルフォートがやがて歌い終えた。
食堂に余韻を確かめるような静寂が一瞬だけ落ち、次の瞬間、割れんばかりの歓声と拍手の渦が巻き起こる。
ルフォートはその喝采の只中で、優雅に一礼してみせた。キザな仕草だったが、美少年のため絵になる。
私は立ち上がると、熱に浮かされているようなフラフラとした足取りでルフォートの元に歩み寄った。
「うん? どうしたんだいハニー。もしかしてオレの美声に酔って、皆の前で公開告白でも――」
ルフォートの言葉を遮る形で、私は彼の手をキュッと握りしめた。潤んだ瞳でルフォートの翡翠色の瞳をひたと見据える。
オオッ!? というざわめきが起こった。
キュロットたちから悲鳴にも似た声が上がる。
しかし私はそんなことには気を留めず、胸の奥底から湧き上がってきた衝動のまま、ルフォートに訴えた。
「ルフォート、お願いがあるの。キュロットに音程のとり方を教えてちょうだい!」
色めき立っていた食堂の空気が一気にしぼみ、生徒たちが興味を失ったように食事に意識を戻していく。
腰を浮かし、私とルフォートの間に割り込むような動きを見せていたブラドとヒーシスも、脱力したように再び席についた。
キュロットだけが、
「……音程? 何のことですの?」
と、不思議そうに小首をかしげている。
ルフォートは目をぱちくりさせて私を見返したあと、くくっと笑み崩れた。
「何を言い出すのかと思えば、そんなことか。かわいいお嬢さんの頼みは無下にできないな。もちろんOKだよ」
「ほんと? ありがとうルフォート!」
いったいどうすべきかと、進退きわまっていたその時。
「ララ~♪」
唐突に澄み渡るような歌声が聴こえてきた。
キュロットの高笑いが皆の不安を掻き立てる雷鳴ならば。
その歌声は雷雲が晴れたあとに架かる、全てを浄化する虹の光。
ハッとなって歌声の主を見やれば、歌っているのはルフォートである。ルフォートはキュロットの高笑いの隙間を縫うようにして、透明な歌声を織り込む。
誰もが息を呑み、ルフォートの歌に聞き惚れた。彼の美声はキュロットの高笑いを単なるノイズと化し、皆の意識の外へと押しやっていく。
私はルフォートの歌に聞き入りながら、漠然と思考した。
(あぁ。そういえばルフォートって、風の精霊シルフをも虜にした美声の持ち主っていう設定だったわね)
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しかしある日、ヒロインがその美声を耳にし、ルフォートに声をかける。
最初こそ警戒していたルフォートだったが、ヒロインに庶民の間で流行っている歌を教えてもらったことをきっかけに、二人は徐々に打ち解けていくのだ。
ルフォートの澄明な歌声が響く。
食堂に居合わせた者が皆、ルフォートの歌声に酔いしれ、うっとりと聞き入った。
キュロットも例外ではなく、いつしか高笑いも止んでいる。
それを確かめたらしく、ルフォートがやがて歌い終えた。
食堂に余韻を確かめるような静寂が一瞬だけ落ち、次の瞬間、割れんばかりの歓声と拍手の渦が巻き起こる。
ルフォートはその喝采の只中で、優雅に一礼してみせた。キザな仕草だったが、美少年のため絵になる。
私は立ち上がると、熱に浮かされているようなフラフラとした足取りでルフォートの元に歩み寄った。
「うん? どうしたんだいハニー。もしかしてオレの美声に酔って、皆の前で公開告白でも――」
ルフォートの言葉を遮る形で、私は彼の手をキュッと握りしめた。潤んだ瞳でルフォートの翡翠色の瞳をひたと見据える。
オオッ!? というざわめきが起こった。
キュロットたちから悲鳴にも似た声が上がる。
しかし私はそんなことには気を留めず、胸の奥底から湧き上がってきた衝動のまま、ルフォートに訴えた。
「ルフォート、お願いがあるの。キュロットに音程のとり方を教えてちょうだい!」
色めき立っていた食堂の空気が一気にしぼみ、生徒たちが興味を失ったように食事に意識を戻していく。
腰を浮かし、私とルフォートの間に割り込むような動きを見せていたブラドとヒーシスも、脱力したように再び席についた。
キュロットだけが、
「……音程? 何のことですの?」
と、不思議そうに小首をかしげている。
ルフォートは目をぱちくりさせて私を見返したあと、くくっと笑み崩れた。
「何を言い出すのかと思えば、そんなことか。かわいいお嬢さんの頼みは無下にできないな。もちろんOKだよ」
「ほんと? ありがとうルフォート!」
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