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第十三話 フレイムソード④
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そこから先に起こったことは想像に難くない。
ブラドに贈られる方々からの称賛。
そのたびに削られていくブラドの心。
叙勲の動きでもあれば本当のことを語る機会もあったかもしれないが、箝口令の敷かれた暗殺未遂事件ということもあり、英雄譚のみが独り歩きして――
「すごく情けなかったよ。僕の剣術じゃワーウルフに傷一つ付けることもできなかったのに。
それからだよ。剣を握るのがすごく怖くなったんだ。それに、人付き合いも苦手になった。貴族社会は狭いから、あの一件をどこかで耳にしているかもしれない。何の気なく、心からの称賛を贈られたりしたらと思うと、声を掛けられるのも怖くなって……」
ブラドはそこまで語ると、ブルリと身を震わせ縮こまる。その様子から、当時の事件が未だ彼の心に暗い影を落としていることが容易に伺えた。
私は腫れ物でも触るように、優しい声音で告げる。
「そっか。そんなことがあったのね。話してくれてありがとう。箝口令を敷かれてるってことは、本当は言っちゃいけないことだったんでしょ?」
「そうだけど、外に漏れる心配はないだろうと思って。だって僕たち、生きて帰れるかわかんないしね」
「え? 何でそんなふうに思うのよ?」
「だって、二層がどんなふうになってるかなんて僕ら学生にわかるはずもないじゃない。一層に上がる道なんて知らないんでしょ?
未来の国王と王妃を危険に晒すわけにはいかないから、嘘をついたんだよね?」
そう勝手な解釈を披露したブラドは、私に対して「ありがとう」と言った。
詰るでも。
泣き喚くでもなく。
どこか諦めたような力ない笑みを浮かべて、ありがとうと宣った。
瞬間、私の中で何かがブチンと切れた。私はハァとため息を漏らすと、その場でスッと立ち上がる。
「ど、どうしたのシエザ。まだ怨霊騎士は辺りを徘徊してるし、大人しくしておかないと」
「……止めた」
「え? 止めたって、何を?」
「同情すんの、止めた」
私はそう宣言すると、ひざを抱えて蹲っているブラドの胸ぐらを掴んだ。そして間近で双眸を見詰め、鬱憤をぶつけるように言い放つ。
「そりゃ最初はさ、ヤなこと思い出させちゃったなとか、何とか元気づけてあげたいとか、そう思ったよ!
でもさ、今のは何!? ありがとうはないでしょ!」
ブラドはきっと、今のこの窮地と六年前の出来事を重ね合わせている。今回はヒーシスを無事に逃がすことができたと、ほっと安堵している。
勘定に入っていないのだ、自分と私の命が。
「そりゃ私はモブだよ。王子の命とじゃ全然釣り合わないだろうし、崩落現場で私が駄々こねてヒーシスを引き止めたりしなくて良かったって、ブラドはそう思ってんだろうけどさ! だからありがとうなんて言葉が出てくるんだろうけどさ!
お前と一緒にすんな!!」
ブラドは私の剣幕に怯え戸惑い、反論の言葉一つ出てこない。
私はさらに捲し立てる。
「私は最初から諦めてなんかないし、必ず一層に戻ってキュロットたちと再会するの! ブラドだって、本当はこういうときこそ燃える男でしょ!?
ゲームでも、魔物に襲われたヒロインを救うために、秘伝の『フレイムソード』扱えるようになるんじゃない!」
『王立学園の聖女』に登場するブラドは、序盤ではシュター伯爵家秘伝のフレイムソードが扱えず苦悩する。
そんな折、通常の剣技が通用しない魔物に襲われて窮地に立たされるのだ。
ブラドはその際、既に聖女の片鱗をうかがわせていたヒロインを逃がすため、騎士の命である剣を捨てて退却しようとする。
しかし、そんなことを許せばブラドは二度と立ち直れないのではと考えたヒロインは、自らの命をとしてその場に留まる。
聖女を死なせるわけにはいかないと奮起したブラドは覚醒し、見事フレイムソードを扱い敵を倒すのだ。
ブラドに贈られる方々からの称賛。
そのたびに削られていくブラドの心。
叙勲の動きでもあれば本当のことを語る機会もあったかもしれないが、箝口令の敷かれた暗殺未遂事件ということもあり、英雄譚のみが独り歩きして――
「すごく情けなかったよ。僕の剣術じゃワーウルフに傷一つ付けることもできなかったのに。
それからだよ。剣を握るのがすごく怖くなったんだ。それに、人付き合いも苦手になった。貴族社会は狭いから、あの一件をどこかで耳にしているかもしれない。何の気なく、心からの称賛を贈られたりしたらと思うと、声を掛けられるのも怖くなって……」
ブラドはそこまで語ると、ブルリと身を震わせ縮こまる。その様子から、当時の事件が未だ彼の心に暗い影を落としていることが容易に伺えた。
私は腫れ物でも触るように、優しい声音で告げる。
「そっか。そんなことがあったのね。話してくれてありがとう。箝口令を敷かれてるってことは、本当は言っちゃいけないことだったんでしょ?」
「そうだけど、外に漏れる心配はないだろうと思って。だって僕たち、生きて帰れるかわかんないしね」
「え? 何でそんなふうに思うのよ?」
「だって、二層がどんなふうになってるかなんて僕ら学生にわかるはずもないじゃない。一層に上がる道なんて知らないんでしょ?
未来の国王と王妃を危険に晒すわけにはいかないから、嘘をついたんだよね?」
そう勝手な解釈を披露したブラドは、私に対して「ありがとう」と言った。
詰るでも。
泣き喚くでもなく。
どこか諦めたような力ない笑みを浮かべて、ありがとうと宣った。
瞬間、私の中で何かがブチンと切れた。私はハァとため息を漏らすと、その場でスッと立ち上がる。
「ど、どうしたのシエザ。まだ怨霊騎士は辺りを徘徊してるし、大人しくしておかないと」
「……止めた」
「え? 止めたって、何を?」
「同情すんの、止めた」
私はそう宣言すると、ひざを抱えて蹲っているブラドの胸ぐらを掴んだ。そして間近で双眸を見詰め、鬱憤をぶつけるように言い放つ。
「そりゃ最初はさ、ヤなこと思い出させちゃったなとか、何とか元気づけてあげたいとか、そう思ったよ!
でもさ、今のは何!? ありがとうはないでしょ!」
ブラドはきっと、今のこの窮地と六年前の出来事を重ね合わせている。今回はヒーシスを無事に逃がすことができたと、ほっと安堵している。
勘定に入っていないのだ、自分と私の命が。
「そりゃ私はモブだよ。王子の命とじゃ全然釣り合わないだろうし、崩落現場で私が駄々こねてヒーシスを引き止めたりしなくて良かったって、ブラドはそう思ってんだろうけどさ! だからありがとうなんて言葉が出てくるんだろうけどさ!
お前と一緒にすんな!!」
ブラドは私の剣幕に怯え戸惑い、反論の言葉一つ出てこない。
私はさらに捲し立てる。
「私は最初から諦めてなんかないし、必ず一層に戻ってキュロットたちと再会するの! ブラドだって、本当はこういうときこそ燃える男でしょ!?
ゲームでも、魔物に襲われたヒロインを救うために、秘伝の『フレイムソード』扱えるようになるんじゃない!」
『王立学園の聖女』に登場するブラドは、序盤ではシュター伯爵家秘伝のフレイムソードが扱えず苦悩する。
そんな折、通常の剣技が通用しない魔物に襲われて窮地に立たされるのだ。
ブラドはその際、既に聖女の片鱗をうかがわせていたヒロインを逃がすため、騎士の命である剣を捨てて退却しようとする。
しかし、そんなことを許せばブラドは二度と立ち直れないのではと考えたヒロインは、自らの命をとしてその場に留まる。
聖女を死なせるわけにはいかないと奮起したブラドは覚醒し、見事フレイムソードを扱い敵を倒すのだ。
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