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第五話 王太子殿下③
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私は戸惑いつつもヒーシスの横顔をそっと盗み見る。
乙女ゲームの主要キャラだけあって、ため息が出るほどの美貌だ。何より、ブラドやルフォートのように、ゲームと別人というわけでもなく、優しく落ち着いた雰囲気が好ましい。
ヒーシスが微笑をたたえながら呟く。
「美しい薔薇だ。きっと君の心が反映されているのだろう」
「ええと……“そ、そんなことはありません。薔薇を見て抱く感想は人それぞれです。この薔薇を美しいと感じたのなら、それはご自身の心が澄んでいるのだと思います”」
この場をそつなく乗り切るため、私はヒロインの台詞を諳んじていった。言葉遣いが良い子ちゃん過ぎて蕁麻疹が出そうだったが、これなら好印象を与えることも可能だろう。
ようやく緊張も解けてきたとき、私は目の端に黄色い蝶の羽ばたきを捉えた。しかしヒーシスは流れるような銀髪が死角となって、まだ小さな来訪者に気付けていない様子だ。
(よし。蝶を可愛がる純粋な少女っていう好印象も与えとくか)
平穏無事な第二の人生を送るため、権力者にはなるべくすり寄っとかないと。
そう考えた私は、ここにきてようやくアドリブを入れる。
「あ、見てくださいヒーシス殿下。そこに可愛い蝶が……」
「イヤン虫!」
瞬間、全てが凍りついた。私が作り上げた氷の薔薇が、まるで伏線だったかのように時の止まった空間に妙にマッチしている。
私は恐る恐る声がしたであろう方向―ーヒーシスを見やった。
ヒーシスは何事もなかったように涼しい顔をしているが、額に微かな汗が滲んでいるようにも見える。
蝶を指さそうとしていた私の人差し指に、その蝶が羽を休めるために止まった。私はしばし考えたあと、確認のため、指先をヒーシスへと近付ける。
すると、
「やんっ、怖い!」
ヒーシスが顔を背け、しなを作るようにして身体を反らした。
私はその場に崩れ落ちる。
……オネエやないかい!
王子オネエになっとるやないかい!!
(メインキャラが揃いも揃って別人格って、いったいどういうこと!? 私が転生したゲーム、『王子学園の聖女』で合ってるわよね!?)
私が混乱から立ち直れないでいると、一足先に我に返ったらしいヒーシスが、気を取り直すようにコホンと空咳を挟んだ。
ヒーシスは決まりが悪そうに目を泳がせながら言う。
「その……驚かせて済まない。少し意外な面を見せてしまったかな?」
今のが「少し」だと!?
……とは思ったものの、心の声を素直に出すわけにもいかない。なんたって相手は王族。ここはフォローを入れて貸しを作っておくのが得策だ。
即座にそう判断した私は、再びヒロインの男たらし能力をフル活用させてもらうことにする。
乙女ゲームの主要キャラだけあって、ため息が出るほどの美貌だ。何より、ブラドやルフォートのように、ゲームと別人というわけでもなく、優しく落ち着いた雰囲気が好ましい。
ヒーシスが微笑をたたえながら呟く。
「美しい薔薇だ。きっと君の心が反映されているのだろう」
「ええと……“そ、そんなことはありません。薔薇を見て抱く感想は人それぞれです。この薔薇を美しいと感じたのなら、それはご自身の心が澄んでいるのだと思います”」
この場をそつなく乗り切るため、私はヒロインの台詞を諳んじていった。言葉遣いが良い子ちゃん過ぎて蕁麻疹が出そうだったが、これなら好印象を与えることも可能だろう。
ようやく緊張も解けてきたとき、私は目の端に黄色い蝶の羽ばたきを捉えた。しかしヒーシスは流れるような銀髪が死角となって、まだ小さな来訪者に気付けていない様子だ。
(よし。蝶を可愛がる純粋な少女っていう好印象も与えとくか)
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そう考えた私は、ここにきてようやくアドリブを入れる。
「あ、見てくださいヒーシス殿下。そこに可愛い蝶が……」
「イヤン虫!」
瞬間、全てが凍りついた。私が作り上げた氷の薔薇が、まるで伏線だったかのように時の止まった空間に妙にマッチしている。
私は恐る恐る声がしたであろう方向―ーヒーシスを見やった。
ヒーシスは何事もなかったように涼しい顔をしているが、額に微かな汗が滲んでいるようにも見える。
蝶を指さそうとしていた私の人差し指に、その蝶が羽を休めるために止まった。私はしばし考えたあと、確認のため、指先をヒーシスへと近付ける。
すると、
「やんっ、怖い!」
ヒーシスが顔を背け、しなを作るようにして身体を反らした。
私はその場に崩れ落ちる。
……オネエやないかい!
王子オネエになっとるやないかい!!
(メインキャラが揃いも揃って別人格って、いったいどういうこと!? 私が転生したゲーム、『王子学園の聖女』で合ってるわよね!?)
私が混乱から立ち直れないでいると、一足先に我に返ったらしいヒーシスが、気を取り直すようにコホンと空咳を挟んだ。
ヒーシスは決まりが悪そうに目を泳がせながら言う。
「その……驚かせて済まない。少し意外な面を見せてしまったかな?」
今のが「少し」だと!?
……とは思ったものの、心の声を素直に出すわけにもいかない。なんたって相手は王族。ここはフォローを入れて貸しを作っておくのが得策だ。
即座にそう判断した私は、再びヒロインの男たらし能力をフル活用させてもらうことにする。
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