正しい悪役令嬢の育て方

犬野派閥

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第二話 ローリント伯爵家の面々③

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 ボイドが手にしようとしていたグラスを掴みそこね、ワインがテーブルクロスに赤い染みを広げていった。
 マーレーは口に運んでいたカットメロンを落とすが、そのことに気付いてもいない風だ。

(な、なに!? 私、変なこと言った!?)

 私は先程の自分の台詞を頭の中で反芻はんすうするが、別に失言があったとも思えない。
 わけがわからず当惑していると、しばらくしてボイドがはたと我に返り、もごもごともった声で言った。

「う、うむ。頑張りなさい」

 ボイドはそのままスープに口をつける。だが、その口から漏れるのはスープを啜る音ではなく、どう聞いても嗚咽だ。

「ふ、ふぐうぅ。り、料理長。今日のスープはやけに塩辛いなぁ……」
「いやお父様、それ涙の塩分じゃないですか!? 何で号泣してるの!?」
「ううぅ。あなたの言う通りね。料理長、今日のメロンはしょっぱいわ。減給ものだわ……」
「お母様、それ料理長のせいにしたら可哀相でしょ! メロンですよ!? 切っただけのメロンですよ!? しょっぱいのは涙のせいなんで減給しないであげて!」

 そのとき、部屋の片隅にいた、小太りのコックコートの男性が崩れ落ちるようにして膝をついた。
 私が側にいるアルエにちらりと視線をやると、彼女は即座に耳打ちしてくる。

「コック長のオロンさんです」

 オロンは唇を小刻みに震わせると、喘ぐように呟く。

「嘘だ……シエザお嬢様が、わたくしを庇う発言を……」

 オロンはその場でブワッと涙を溢れさせ、人目もはばからずむせび泣く。
 穏やかだったはずの朝食風景が、一瞬にして地獄絵図と化した。周りの使用人たちもオロオロと狼狽えるばかりで、事態は一向に収拾しそうにない。

 シエザの日頃の言動が関係していそうだが、彼女の日常まではゲーム内で描かれていない。フォローしようがない私はやがて、

「ええと……そろそろ学園に向かわないと。それでは行ってきます」

 そう告げて、逃げるようにしてその場を後にした。
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