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第八話 王族の別邸

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「どうした? 何か言い忘れたことでもあったか?」

 半ば寝ぼけている状態でそう問いかけると、セリスは躊躇うような間を挟んだあと、意を決したように口を開く。

「その……一緒に寝てもいい?」
「へ?」
「この家、隙間風がひどいでしょう? そこがまたいいところなんだけど、普段泊まるときは、風邪をひかないよう最低限の準備はしていたの。
 でも、今日は急なことだったから」

 そう話している間も、セリスはぶるりと身を震わせて二の腕をさする。

(……そういやロニオスは冷え症って言ってたな。親子だし似てんのかな)

 ぼんやりとそんなことを考えていると、セリスはもう我慢出来ないといった様子で、返事も待たずにベッドに潜り込んできた。

「なっ……!?」

 ここに来てようやく、男としての本能が睡魔を追いやった。
 急激に覚醒する頭がまず捉えたのは、セリスから香る石鹸のいい匂いだった。
 次いで感じる、ひんやりとした体温。それが俺の熱と混じり合い、ゆっくりと温まっていくのがわかる。

 セリスの口から吐息のような声が漏れた。

「はぁ、温かい。ごめんね、レン。急にこんな我がまま言っちゃって」
「いや、き、気にすんな。俺もその、この部屋寒いなって思ってたところだし」
「そう? ならよかった」

 そのまましばらく無言で見つめ合っていたが、セリスが不意にワンピースの襟口に手をかけ、胸元を僅かにはだけさせた。

「……レン、見て」
「えっ、ばっ、何を……!?」

 そう言いつつも、俺の視線はセリスの胸元に釘付けになった。
 亀甲縛りをした際に強調されていた、ほどよい大きさの乳房が、柔らかそうな谷間を形作っている。
 肌はむきたての卵のような艶を有しており、俺は思わずゴクリと唾を飲んだ。

「ね、すごいでしょう?」
「お、おお。すごい……キレイだ……」

 無意識のうちにこぼれ落ちたその台詞に、セリスはこくこくと頷く。

「そう。そうなの。私もさっきお風呂に入ったときに気付いて驚いちゃった。
 あんなにキツく縛られたのに、ロープの跡が全然残ってなくてキレイなものなの」
「へ?」
「やっぱりレンはすごいわ。あの縛り方も芸術的だけど、私の肌を傷めないような力加減まで完璧だもの。
 さすが女神が選んだ異世界の勇者。レンのスキルはきっと、この世界を照らす光明になるわ」
「ああ、なんだ。見せてたのってロープ跡のことか」
「? そうだけど、他に何を見て……」

 そこまで口にしたところで、ハタと気付いたらしい。セリスは慌てて胸元を覆い隠すと、耳まで真っ赤にして一喝する。

「ば、バカ! どこを見てたのよ!」
「いやロープ跡を探してただけですよ? ロープ跡ないなって見てただけですよ?」

 全力で白を切る俺をセリスはしばらく睨みつけていたが、やがてハァと溜め息を漏らす。

「……とにかく、あなたに会えてよかったわ。
 それと、一緒についてきてくれてありがとう。城から追い出されたときは少し興奮したけど、それ以上に不安が大きかったから」
「興奮もしてたのかぁ。まあドMだしなぁ」
「これから先、確かなことは何もわからないけれど、二人で頑張っていきましょう」
「そうだな。俺もこっちの世界のことは何もわからなくて不安だけど、二人で力を合わせれば何とかなるだろう」
「ええ。私とあなたなら、きっと……」

 そう言って優しく微笑んだセリスは、そのまま瞼を閉じる。
 桜色の唇が無防備に晒された、キスをせがむような格好。

(えっ……い、いいのか?)

 俺は少し躊躇ったあと、位置を微調整するように身じろぎした。
 セリスの熱くなった体温がパジャマ越しに感じ取れる。

「セリス……」

 俺は瞼を閉じながら、唇をセリスのそれへと近づけていった。
 そのまま互いの息遣いが感じられるほどの距離になり、あと数センチで触れ合うというところで。

(……うん?)

 俺は瞼を開き、セリスの息遣いに耳を澄ます。

 スゥ、スゥ、スゥ……。

 セリスは心地よさそうに寝息を立てていた。どうやら疲れ果てて寝落ちしてしまったらしい。

「まじかぁ」

 まあ確かに、今日は濃密な一日だったし、疲労困憊なのも頷ける。
 熟睡しているのなら、むしろこれはチャンスなのでは。
 そんな考えもちらりと脳裏をかすめたが、セリスが疲れ果てて寝ている要因の一つは、召喚した俺たちを無事に帰還させようと、命がけでオークに立ち向かったためでもある。

 俺は理性を総動員して、セリスに背を向けるようにし寝返りを打って目を閉じた。
 セリスの寝息が背中に感じられる。
 俺もかなり疲れていたようで、すぐさま意識がまどろみに落ちていく。

 先の見えない不安に、一睡もできなくてもおかしくない、異世界で迎える初めての夜。
 けれど。
 俺はセリスの温もりと共に、夢すら見ない穏やかな眠りについたのだった。
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