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第三話 じいちゃんとの思い出
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俺はあまりの衝撃に声も出せなかった。
そのあやとりは美しかった。『亀甲縛り』という名前にある通り、亀の甲羅を連想させるような、キレイな六角形が並んでいる。
その模様にコントラストを与えている結び目も見事で、宗教画を眺めているような、荘厳な心持ちになった。
俺は呻くように言う。
「すげえ……じいちゃん、スゲェよ! どうしてこんなの作れんの!?」
「ふぉっふぉっ。なあに、昔とった杵柄というやつかの」
「よくわかんないけど、とにかくすごいや! じいちゃん、それ俺もやってみたい!」
「ほっほっほっ。蓮にはちょいと難しいかのう。だが、そのチャレンジ精神は買わねばな」
じいちゃんから毛糸の輪を渡された俺は、早速見よう見まねで指を動かしていく。
じいちゃんは朗らかに笑いつつも、教え諭すように口を開いた。
「まあそう慌てるな。まずはほうきから教えてやろう。ほれ、最初の輪っかに……」
「できた! できたよじいちゃん!!」
俺は編み上がった『亀甲縛り』をじいちゃんに見せた。
じいちゃんが作ったものより不格好だし、結び目も今にも解けてしまいそうだが、一応それらしい形にはなっている。
じいちゃんは驚きに目を瞠って言った。
「ば、馬鹿なありえん! 蓮や、どうやってそれを!?」
「どうって、今やって見せてくれたじゃん。それに、何ていうか……
ここはこう通せばいい、ここで輪を作ってって、毛糸が話しかけてきた感じがしたから」
自分でも初めての感覚だったが、俺は思ったままのことをじいちゃんに伝えた。
するとじいちゃんは愕然とした様子で、喘ぐようにポツリと呟く。
「まさか蓮……『Sの波動』を持つ者なのか……」
「え、何それ? どういうこと?」
俺は小首を傾げて問いかけるが、じいちゃんは答えてくれる代わりにスックと立ち上がり、押入れの中をごそごそと漁り始める。
じいちゃんは俺に背を向けたまま問いかけてきた。
「蓮や。じいちゃんが昔なにをしていたか知っておるか?」
「えー、知らない。前に母ちゃんに聞いたことあったけど、教えてくんなかった」
「ふっ。そうじゃろうな。ここだけの話じゃが、わしは昔、AV監督をやっておったのじゃ」
「エーブイ? 何それ? あ、でも監督はわかる。野球やサッカーと同じでしょ。教えたり指揮をとったりする人だ」
「ふむ。確かにそんな側面もあるの。
わしはAV監督として、『Sの波動』と『Mの波動』を持つ者に、持てるスキルを叩き込んできた。
全ては、異端視され、衰退するばかりと思えたSM業界を救うため……」
聞いたことのある単語を耳が拾い、俺は驚きに目を剝いた。
「スキルって、この前友達に借りた漫画に出てた! あれだよね、超能力みたいな特殊能力のこと!
漫画ではスキルを使って異世界を救ってたけど……もしかしてSM業界って、異世界のこと!?」
「特殊能力……確かに亀甲縛りなどは特殊技能のうちに入るじゃろうの。
SM業界は異世界か。ふふっ、上手いことを言いよるわい。なるほど、ノーマルな世界から見れば、SM業界は正に異世界よ」
「スゲェ! それじゃじいちゃん、勇者にスキルを教えて異世界を救ってたんだ!
そういえば漫画でも、賢者とか導師とかって言われてるキャラ出てた!
AV監督って、賢者みたいなもんなんだ!」
「う、むう。ものすごーく良く言えばそんな感じかもしれんの。賢者タイムとも関係してくるしの」
言葉を濁すじいちゃんは、やがて押入れから目当ての物を見つけ出したらしく、それを両腕に抱えて戻ってきた。
俺の目の前にどかりと置かれた物は二つ。
マネキンとロープだ。
いったい何だろうと戸惑っていると、じいちゃんは老眼鏡越しに俺の目を真っ直ぐに見つめ、静かに告げる。
「蓮。さっきのあやとりの応用じゃ。ロープでこのマネキンを亀甲縛りにしてみなさい」
「え!? そんな、無理だよ。こんな大きなもの縛れるはずないじゃん」
「いいや、できる。わしはとっくに引退したロートルじゃが、本物を見極める目はまだ曇ってはおらん。
蓮よ。お前からは『Sの波動』を感じる。しかも、十年……いいや、百年に一人の逸材とも言えるとびきりのもの。
初見で亀甲縛りをやってみせたのがその証拠じゃ」
「それってもしかして、俺がいつか異世界を救うかもしれないってこと!?」
「さてな。そこまではわしにもわからん。
しかし、わしが生涯をかけて習得し、芸術作品の如くAVに撮り続けてきたSMスキルが、いつか蓮の役に立つのではと、そんな予感がしておるのじゃよ……」
SMスキルというのがどういったものを指しているのかはわからない。
ただ、じいちゃんがここまで言ってくれている以上、その期待に応えたいという思いが胸に湧き上がってきた。
俺は目の前に置かれたロープに手を伸ばし、ぐっと掴み取る。
「……わかったよじいちゃん。俺、やってみる。これで亀甲縛りしてみるよ!!」
その台詞を聞いて、じいちゃんは穏やかな笑みを浮かべ、ウンウンと頷いたのだった――。
そのあやとりは美しかった。『亀甲縛り』という名前にある通り、亀の甲羅を連想させるような、キレイな六角形が並んでいる。
その模様にコントラストを与えている結び目も見事で、宗教画を眺めているような、荘厳な心持ちになった。
俺は呻くように言う。
「すげえ……じいちゃん、スゲェよ! どうしてこんなの作れんの!?」
「ふぉっふぉっ。なあに、昔とった杵柄というやつかの」
「よくわかんないけど、とにかくすごいや! じいちゃん、それ俺もやってみたい!」
「ほっほっほっ。蓮にはちょいと難しいかのう。だが、そのチャレンジ精神は買わねばな」
じいちゃんから毛糸の輪を渡された俺は、早速見よう見まねで指を動かしていく。
じいちゃんは朗らかに笑いつつも、教え諭すように口を開いた。
「まあそう慌てるな。まずはほうきから教えてやろう。ほれ、最初の輪っかに……」
「できた! できたよじいちゃん!!」
俺は編み上がった『亀甲縛り』をじいちゃんに見せた。
じいちゃんが作ったものより不格好だし、結び目も今にも解けてしまいそうだが、一応それらしい形にはなっている。
じいちゃんは驚きに目を瞠って言った。
「ば、馬鹿なありえん! 蓮や、どうやってそれを!?」
「どうって、今やって見せてくれたじゃん。それに、何ていうか……
ここはこう通せばいい、ここで輪を作ってって、毛糸が話しかけてきた感じがしたから」
自分でも初めての感覚だったが、俺は思ったままのことをじいちゃんに伝えた。
するとじいちゃんは愕然とした様子で、喘ぐようにポツリと呟く。
「まさか蓮……『Sの波動』を持つ者なのか……」
「え、何それ? どういうこと?」
俺は小首を傾げて問いかけるが、じいちゃんは答えてくれる代わりにスックと立ち上がり、押入れの中をごそごそと漁り始める。
じいちゃんは俺に背を向けたまま問いかけてきた。
「蓮や。じいちゃんが昔なにをしていたか知っておるか?」
「えー、知らない。前に母ちゃんに聞いたことあったけど、教えてくんなかった」
「ふっ。そうじゃろうな。ここだけの話じゃが、わしは昔、AV監督をやっておったのじゃ」
「エーブイ? 何それ? あ、でも監督はわかる。野球やサッカーと同じでしょ。教えたり指揮をとったりする人だ」
「ふむ。確かにそんな側面もあるの。
わしはAV監督として、『Sの波動』と『Mの波動』を持つ者に、持てるスキルを叩き込んできた。
全ては、異端視され、衰退するばかりと思えたSM業界を救うため……」
聞いたことのある単語を耳が拾い、俺は驚きに目を剝いた。
「スキルって、この前友達に借りた漫画に出てた! あれだよね、超能力みたいな特殊能力のこと!
漫画ではスキルを使って異世界を救ってたけど……もしかしてSM業界って、異世界のこと!?」
「特殊能力……確かに亀甲縛りなどは特殊技能のうちに入るじゃろうの。
SM業界は異世界か。ふふっ、上手いことを言いよるわい。なるほど、ノーマルな世界から見れば、SM業界は正に異世界よ」
「スゲェ! それじゃじいちゃん、勇者にスキルを教えて異世界を救ってたんだ!
そういえば漫画でも、賢者とか導師とかって言われてるキャラ出てた!
AV監督って、賢者みたいなもんなんだ!」
「う、むう。ものすごーく良く言えばそんな感じかもしれんの。賢者タイムとも関係してくるしの」
言葉を濁すじいちゃんは、やがて押入れから目当ての物を見つけ出したらしく、それを両腕に抱えて戻ってきた。
俺の目の前にどかりと置かれた物は二つ。
マネキンとロープだ。
いったい何だろうと戸惑っていると、じいちゃんは老眼鏡越しに俺の目を真っ直ぐに見つめ、静かに告げる。
「蓮。さっきのあやとりの応用じゃ。ロープでこのマネキンを亀甲縛りにしてみなさい」
「え!? そんな、無理だよ。こんな大きなもの縛れるはずないじゃん」
「いいや、できる。わしはとっくに引退したロートルじゃが、本物を見極める目はまだ曇ってはおらん。
蓮よ。お前からは『Sの波動』を感じる。しかも、十年……いいや、百年に一人の逸材とも言えるとびきりのもの。
初見で亀甲縛りをやってみせたのがその証拠じゃ」
「それってもしかして、俺がいつか異世界を救うかもしれないってこと!?」
「さてな。そこまではわしにもわからん。
しかし、わしが生涯をかけて習得し、芸術作品の如くAVに撮り続けてきたSMスキルが、いつか蓮の役に立つのではと、そんな予感がしておるのじゃよ……」
SMスキルというのがどういったものを指しているのかはわからない。
ただ、じいちゃんがここまで言ってくれている以上、その期待に応えたいという思いが胸に湧き上がってきた。
俺は目の前に置かれたロープに手を伸ばし、ぐっと掴み取る。
「……わかったよじいちゃん。俺、やってみる。これで亀甲縛りしてみるよ!!」
その台詞を聞いて、じいちゃんは穏やかな笑みを浮かべ、ウンウンと頷いたのだった――。
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