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第二話 勇者の条件

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 既に送還の儀とやらは始まっているらしい。周囲に魔道士たちの詠唱がこだまし、魔法陣が再び強烈な光を帯び始める。

 異変はほどなくしてやってきた。全身が光輝に包まれ、感覚が朧になっていく。
 すると、近くにいたサラリーマンのおじさんが、光の泡と化して忽然と姿を消した。モヒカン男と同様に、日本へと送り返されたのだろう。
 さらには派手なお姉さんが消え、他の召喚されてきた人々もそれに続く。

 このまま魔法陣に留まれば日本に帰れる。
 それは確信できたのだが、心を繋ぎ止めるものがあった。俺はその原因であるセリスへと視線を馳せる。

 セリスは健闘していた。オークにダメージこそ与えていないものの、華麗なステップで相手を翻弄している。
 騎士たちはセリスの援護とばかりにゴブリンの群れを押し止め、魔道士たちも危機のなか踏みとどまり、必死に呪文の詠唱を続ける。

(……このまま見捨てていいのか? 俺にも何かできることはないのかよ)

 そんな逡巡を抱いた、まさにその時だった。
 岩のくぼみに足を取られたらしく、セリスが不意にバランスを崩して地面に倒れた。
 オークはその隙を見逃さず、両の拳を握りしめると、セリスめがけて振り下ろす。

 身体が反射的に動いた。セリスとは距離が開いているし、今さら飛び出したところで何ができるということもない。
 それがわかっていても尚、俺は咄嗟に魔法陣を踏み越え、セリスの方へと手を伸ばした。

 彼女を助けたい。
 ただその一心で。

 瞬間、俺の眼前に女神オカミ・サーンが立ちはだかった。
 いったい何のつもりか知らないが、今はそれどころじゃない。
 そう思ってセリスの姿を目で追うが、まるで時間が引き伸ばされているように、オークの必殺の一撃は未だセリスの頭上にあった。

 状況が飲み込めずにいる俺に向かい、オカミ・サーンが鋭く呼びかけてくる。

「コンノ!」
「いやちがいますけど!? 板前さんじゃないですけど!?」

 モヒカン男がされたように、ビンタでも食らうのだろうか。
 身構える俺だったが、オカミ・サーンは不意にふっと表情を和らげ、穏やかな口調でこう続ける。

「コンノ。そこに、LOVEが、あるんやなぁ……」
「へ?」

 呆気に取られていると、オカミ・サーンは急に歌声を披露し始める。

「ラ、ラ、ラ、LOVEがぁ~。一番くらい~♪」
「そこは一番でいいんじゃね!? CMでは断言してたよ!」
「ア~、イ~、フ~、げふんげふん!」

 何か濁した!
 やっぱ権利上問題あったりするのか濁した!!

「ご利用は計画的に」

 言いたいことを言い終えたのか、女神は眩い光となってその姿を消した。
 刹那、俺の頭の中で声が響く。

〈おめでとうございます。女神オカミ・サーンの審査が通り、お客様に勇者としてのスキルが貸与されます〉
「えっ、何だ!? あんた誰!?」
〈わたくしは女神の振るう奇跡の一端、お客様のサポート役でございます。
 わたくしのことは『相談窓口』とでもお呼びください〉
「天の声とかでいいじゃん! 使われてる単語がちょいちょい消費者金融なんだよ!」
〈それでは早速ですが、お客様に今回貸与されるスキルについてご説明させていただきます。
 お客様がご利用いただけますのは、このエンアポスにおいて唯一無二のユニークスキル、通称『SMスキル』です〉
「い……っ!」

 名称を聞いただけで「いらねえ!」と叫びかけた俺だったが、ぐっと言葉を飲み込んだ。
 セリスは今まさに絶体絶命の危機に瀕しているのだ。スキルか何か知らないが、それを使うことで彼女を救える可能性が出てくるかもしれない。

 相談窓口がほぅと、感嘆するように言った。

〈さすが女神が認めた勇者です。このふざけたスキル名を聞いても嫌な顔一つせず、むしろ物欲しげな目を向けてくるとは!〉
「クソが! いいから説明を続けろ!」
〈このスキルはお客様がそれまで使用してきたSM道具を具現化することができます。
 それらのSM道具には補助効果が付与されており、お客様の冒険をサポートしてくれること間違いなし!〉
「とりあえずふざけたスキルだってことはわかった。だけど、俺はSM道具を使ったことなんて……」

 そこまで口にしたところで、ふと思い当たる節があり、俺は押し黙る。
 相談窓口は全てお見通しだとばかりに、得意げに言った。

〈お客様ももうおわかりですね。お客様はきっと、誰よりもこのスキルを上手く扱うことができます。
 さあ。まずはあちらの少女を救うために必要な力を思い浮かべるのです〉

 そうだ。どんなスキルだろうと、背に腹は代えられない。セリスを救わなければ。

 いま彼女を救うために必要な力。それを求めた際に脳裏を過ぎったのは、ある日のじいちゃんとの思い出だった――。
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