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第二話 勇者の条件
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そんな釈然としない思いに心奪われていたその時。洞窟の一角で悲鳴が上がった。
「どうしたの!?」
セリスの鋭い問いかけと共に、俺は悲鳴の聞こえた方へと視線をやった。
洞窟の暗がりに、子供の背丈ほどしかない小柄なシルエットがいくつか見えた。そのシルエットは見る間に数を増やし、群れを成してこちらに向かってくる。
魔法陣の光によって浮かび上がったその姿は何とも醜悪だった。尖った耳に潰れたような歪な鼻。緑色の肌を晒し、手には棍棒を握りしめた小人。
ゲームなどでよく目にする、ゴブリンと呼ばれるモンスターだ。
「馬鹿な、ここは聖地の一つだぞ! 結界が破られたというのか!?」
騎士の一人が戸惑いも露わにそんなことを口にした。
(やっぱりあれってゴブリンかよ。そんな化け物がいるってことは、ここは本当に異世界……?)
ゴブリンの出現に場が騒然となった。
俺もどうすればいいかわからず、その場で立ち尽くしてしまう。
するとセリスが、凛と澄んだ声で告げた。
「狼狽えないで! 数が多いとはいえ、相手はたかがゴブリン! 日頃の鍛錬の成果を見せなさい! 大盾、構え!!」
浮足立っていた騎士たちがセリスの叱責にすぐさま反応する。
「姫さまの仰る通りだ! これ以上ゴブリンたちを侵入させるな!」
「オオッ!!」
騎士たちが大盾を一斉に構え、ゴブリンの群れを押し止める強固な壁を形成した。
ゴブリンたちは棍棒で殴りかかってくるが、大盾と鎧によって、その攻撃はことごとく跳ね返される。
「おぉ、すげぇ!」
俺は傍らに立つセリスの横顔を窺った。
この窮地にあって、誰よりも冷静かつ果断な姿を見せて皆を率いるその姿は、まるで歴史に名を刻む英雄を思わせる。
(セリスの叱責一つで膠着状態にもっていけた。次の一手はどう打つんだ?)
俺はセリスの一挙手一投足に注意を払う。
だが、その後のセリスは騎士の奮戦を見守るのみで、指揮をとるような様子は見られなかった。
騎士たちも号令がないためか、ひたすらゴブリンたちの攻撃を耐え忍んでいる。
痺れを切らせた俺は、セリスに問いかけた。
「なあ、これからどうするんだ? 一点突破するとか、何か反撃に出るんだろ?」
「反撃? ゴブリンたちを痛めつけるということ?」
「ああ、そうだよ。とことん痛い目に遭わせないと」
俺のその言葉を聞いたセリスは考え込むように押し黙った。
やがて彼女は、理解し難いとばかりに眉をひそめて告げる。
「あなたいったい何を言っているの? なぜゴブリンにそんなご褒美を与えなきゃいけないのかしら」
「それこっちの台詞でなに言ってんの? ご褒美ってなに?」
おれが軽い混乱に陥っている間にも、ゴブリンたちの攻撃は続いている。
騎士たちもさすがに無傷ではいられず、鮮血が飛ぶのも見て取れた。
このままではマズイと感じた俺は、魔法陣を囲っている魔道士の肩を掴むと、勢い込んで言う。
「あんた、魔道士なら魔法とか使えるんだろ!?
乱戦だから攻撃魔法は無理かもしれないけど、聖なる光でゴブリンの目を眩ませるとか、何かできねえの!?」
すると魔道士は、セリスと同様に怪訝な顔を浮かべ、こう答えた。
「目を眩ませるって……それって目隠しプレイってことですよね?
わたしがする分にはいいんですけど、ゴブリンにさせるっていうのはちょっと。違うかなって」
「何が違うの!? というか目隠しプレイの話なんかしてたっけ!?」
さっきから会話が全く噛み合わない。
俺が軽くパニックに陥っていると、セリスが説明のため口を開いた。
「あなたが戸惑うのも無理はないわ。他の世界から見れば、このエンアポスは少し異質らしいから」
「異質って、どういう風に?」
「エンアポスに住む人類は、異世界にいる他の人類よりも被虐性欲が強い傾向にあるらしいの」
「何だよそれ。難しい言葉使われてもよくわかんねえって」
「そうね。簡潔に一言で述べるなら……人類みなドM」
「人類みなドM!? 何そのパワーワード!」
そんな馬鹿げた話、あるはずがない。
そう思いつつも、俺は騎士たちの様子をじっくりと観察してみた。
歯を食いしばってゴブリンたちの猛攻を防いでいると思われた騎士たちだったが、その顔には明らかな喜色が浮かんでおり、呼吸も息が上がっているというより、興奮しているようにハァハァと弾んでいる。
俺は視覚だけでなく、聴覚にも集中してみた。すると打撃音に紛れ、騎士たちの声が漏れ聞こえてくる。
「もっと……もっとぶって!」
「おい、そっち攻撃激しそうだな。ちょっと代わってくれよ」
「いいのか? そこポジション的には、攻撃が来そうで来ない、焦らしプレイの位置だぞ?」
「……確かに!」
見なきゃよかったなー。
聞きたくなかったなー。
「どうしたの!?」
セリスの鋭い問いかけと共に、俺は悲鳴の聞こえた方へと視線をやった。
洞窟の暗がりに、子供の背丈ほどしかない小柄なシルエットがいくつか見えた。そのシルエットは見る間に数を増やし、群れを成してこちらに向かってくる。
魔法陣の光によって浮かび上がったその姿は何とも醜悪だった。尖った耳に潰れたような歪な鼻。緑色の肌を晒し、手には棍棒を握りしめた小人。
ゲームなどでよく目にする、ゴブリンと呼ばれるモンスターだ。
「馬鹿な、ここは聖地の一つだぞ! 結界が破られたというのか!?」
騎士の一人が戸惑いも露わにそんなことを口にした。
(やっぱりあれってゴブリンかよ。そんな化け物がいるってことは、ここは本当に異世界……?)
ゴブリンの出現に場が騒然となった。
俺もどうすればいいかわからず、その場で立ち尽くしてしまう。
するとセリスが、凛と澄んだ声で告げた。
「狼狽えないで! 数が多いとはいえ、相手はたかがゴブリン! 日頃の鍛錬の成果を見せなさい! 大盾、構え!!」
浮足立っていた騎士たちがセリスの叱責にすぐさま反応する。
「姫さまの仰る通りだ! これ以上ゴブリンたちを侵入させるな!」
「オオッ!!」
騎士たちが大盾を一斉に構え、ゴブリンの群れを押し止める強固な壁を形成した。
ゴブリンたちは棍棒で殴りかかってくるが、大盾と鎧によって、その攻撃はことごとく跳ね返される。
「おぉ、すげぇ!」
俺は傍らに立つセリスの横顔を窺った。
この窮地にあって、誰よりも冷静かつ果断な姿を見せて皆を率いるその姿は、まるで歴史に名を刻む英雄を思わせる。
(セリスの叱責一つで膠着状態にもっていけた。次の一手はどう打つんだ?)
俺はセリスの一挙手一投足に注意を払う。
だが、その後のセリスは騎士の奮戦を見守るのみで、指揮をとるような様子は見られなかった。
騎士たちも号令がないためか、ひたすらゴブリンたちの攻撃を耐え忍んでいる。
痺れを切らせた俺は、セリスに問いかけた。
「なあ、これからどうするんだ? 一点突破するとか、何か反撃に出るんだろ?」
「反撃? ゴブリンたちを痛めつけるということ?」
「ああ、そうだよ。とことん痛い目に遭わせないと」
俺のその言葉を聞いたセリスは考え込むように押し黙った。
やがて彼女は、理解し難いとばかりに眉をひそめて告げる。
「あなたいったい何を言っているの? なぜゴブリンにそんなご褒美を与えなきゃいけないのかしら」
「それこっちの台詞でなに言ってんの? ご褒美ってなに?」
おれが軽い混乱に陥っている間にも、ゴブリンたちの攻撃は続いている。
騎士たちもさすがに無傷ではいられず、鮮血が飛ぶのも見て取れた。
このままではマズイと感じた俺は、魔法陣を囲っている魔道士の肩を掴むと、勢い込んで言う。
「あんた、魔道士なら魔法とか使えるんだろ!?
乱戦だから攻撃魔法は無理かもしれないけど、聖なる光でゴブリンの目を眩ませるとか、何かできねえの!?」
すると魔道士は、セリスと同様に怪訝な顔を浮かべ、こう答えた。
「目を眩ませるって……それって目隠しプレイってことですよね?
わたしがする分にはいいんですけど、ゴブリンにさせるっていうのはちょっと。違うかなって」
「何が違うの!? というか目隠しプレイの話なんかしてたっけ!?」
さっきから会話が全く噛み合わない。
俺が軽くパニックに陥っていると、セリスが説明のため口を開いた。
「あなたが戸惑うのも無理はないわ。他の世界から見れば、このエンアポスは少し異質らしいから」
「異質って、どういう風に?」
「エンアポスに住む人類は、異世界にいる他の人類よりも被虐性欲が強い傾向にあるらしいの」
「何だよそれ。難しい言葉使われてもよくわかんねえって」
「そうね。簡潔に一言で述べるなら……人類みなドM」
「人類みなドM!? 何そのパワーワード!」
そんな馬鹿げた話、あるはずがない。
そう思いつつも、俺は騎士たちの様子をじっくりと観察してみた。
歯を食いしばってゴブリンたちの猛攻を防いでいると思われた騎士たちだったが、その顔には明らかな喜色が浮かんでおり、呼吸も息が上がっているというより、興奮しているようにハァハァと弾んでいる。
俺は視覚だけでなく、聴覚にも集中してみた。すると打撃音に紛れ、騎士たちの声が漏れ聞こえてくる。
「もっと……もっとぶって!」
「おい、そっち攻撃激しそうだな。ちょっと代わってくれよ」
「いいのか? そこポジション的には、攻撃が来そうで来ない、焦らしプレイの位置だぞ?」
「……確かに!」
見なきゃよかったなー。
聞きたくなかったなー。
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