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16章 ゴールデン・ロード
第748話 もふさまの悪夢⑦心を守って
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「聖霊王さまはその時、どうしていたの?」
『どうしていたとは?』
「だって、自分の子供が、大切な大地に悪さする瘴気になっちゃったんでしょ? それも嫁は浮気をしていて。嫁の寝坊で」
『何か怒っておるか?』
「いや、全然?」
もふさまは顔を上げて遠くを見た。
『聖なる方はただ哀しんでおられたそうだ。大地の護りとなるはずだった我が子が瘴気になってしまったことを。
そうして内に籠り、ある日外に出て見れば、何千年も経っていた。神は地上には降りていないが、聖なる方は神は感情のままに行動することを知っていた。人族が神の思考から外れたことをした時は、滅せられるだろうと思った。だから地上におり、神や瘴気から守るための聖域を作った。そして獣に力を与え、護り手を作った。そう聞いている』
何千年も籠もっている内に、神は人に信じられ、聖なる方は忘れられていったのね。不条理に感じるが、もふさまたちはそういうところは何も思ってなさそうだ。
そんなふうに優しいから、人族に騙されて辛い思いをしちゃうんだよ。
でもそんな優しいもふさまだから、わたしと知り合ってくれたわけでもあるわけだけど。
『ただ、そうやって聖域を作ったことで、人族の貧富に差がでた。神の作った神域(神殿)ではそんなことは起こらなかったから、神々が怒ったという。人の争いごとを作るのはいつも聖なる者だと。
瘴気に落ちた精霊は聖霊王の子であることからも、神側は喧嘩腰だった。祝福をしなかった女神側は罰を受けていたから、罰を受けていない聖霊王は口を閉ざした』
そうやって、さらに神側と聖なる者側が疎遠になっていき、地上でも神は神殿で支持され、聖霊は忘れられていったのね。
「もふさま、いくつもの疑問が解けたよ、ありがとう」
わたしが言うと、もふさまはにやっと笑った。
『力のない弱き者が、我を助けようとしているというのが面白い。少しの礼にでもなったのなら、よかった』
助けてくれたのはもふさまが先なのに……。
もふさまがピクッとする。
あ、あの子だ。
『弱き者よ』
「なぁに?」
『我はあの桃色の娘といると、お前のことを忘れてしまう』
「もふさま、気づいていたの?」
『お前から夢だと言われてから考えた。それで気づいたのだ。我が弱き者のことが見えなくなるのは、〝記憶〟だからなのだろう』
もふさまがわたしを見る。
『だが、弱き者よ、心配するな。我は聖獣。辛い現実も向き合うことを約束しよう。お前と話をして、我はお前と会える日が楽しみとなった。人型のお前と会いたい。お前と話したい。お前と過ごしていきたい。
それが過去の我と、今の我が違うところだ。
我はお前に会いたくなった。だから心配するな。お前と会うために、我は現実に負けはしない。
それより、お前こそ、我の夢に閉じ込められるなよ。しっかりと距離をとっておけ、できれば早めに抜け出せ』
もふさまは笑った。
『弱き者、リディアよ、また会おうぞ』
もふさまは尻尾を揺らして、ピンクの髪の女の子へと向かって歩いて行った。
もふさま……。
ピンクの子はもうすぐもふさまと会えなくなるかもしれないと、切なげに微笑んだ。もふさまがどうしてだと尋ねれば、自分は売られるからだと言った。もふさまがどこかに運んでやると言えば、自分がいかなければ妹が売られてしまうからそれはできないのだと、涙を堪えている。
もふさまがなんとか売られない方法はないのかと聞けば、一つだけ方法があると言った。そして夜に家まで来てくれと。
わたしはどうやってピンクの子の家まで行こうかと思ったが、そんなことを気にする必要はなく、場面展開が起こって、すぐに夜になり、ピンクの子の家の前のようだった。
もふさまの尻尾に掴まり、背中によじ登った。
ピンクの子の頬が腫れている。
茶色い布切れを肩に巻きつけていて、何もかもが痛ましかった。
それをどうしたのだと、もふさまが憤る。
彼女はもふさまからの恵みを売ったお金で買ったショールは、売られた先で取られるだけだと妹に取られたと言った。頬は行きたくないと言えば父親から頬を打たれたと。
もふさまは怒りを露わにしたけれど、彼女はそれをいなして、庭へをもふさまを誘った。そして、ひとり置き去りにする。
ガシャンとすごい音がして、檻に閉じ込められていた。
もふさまは檻に触れると、力が抜けたように座り込んだ。
向こうから現れた娘の父親らしき人と、ピンクの子。檻を見て、愕然とした表情だ。
「お父さま、なんてことを。主人さまとお話をされるだけと言ったではありませんか!」
「これが森の主人か」
娘の父親であるらしい男は、恐々とこちらを見ている。
「お父さま、おやめください。主人さまをどうなさるおつもりです?」
「王に献上するに決まっているだろう? お前は向こうに行っていろ」
男は娘の背中を蹴った。けっこう本気だ。これは信じるだろうなと思えた。
「主人さま、ごめんなさい」
ピンクの子は目にいっぱい涙を溜めていた。父親に引きずられるようにして退場だ。
ピンクの子がいないから、わたしが見えるかと思ったけれど、どんなに話しかけても、もふさまに声が届かなかった。
そのうち夜も更けてきた。いよいよ時が迫っている。
もふさまに声が届かないのはわかっていたけれど、わたしはもふさまに話しかけていた。
「ねぇ、もふさま。わたしね、もふさまにもう一度辛い思いをしてほしくなかったの。だからその場面に行き着く前に目を覚まして欲しかった。でも、もふさまは500年前のもふさまじゃないものね。わたしはもふさまを信じるよ。辛いのは辛くてもきっと乗り越えられる。一緒にいるから。乗り越えようね。そうしたら、もう怯えなくて済むんだものね。
もふさま、……でもどうしても辛かったら人を嫌っていいよ。もふさまの心を壊さないでね。だけど、またわたしと出会ってね」
願いが多すぎだと思いながら、わたしはもふさまの毛並みを撫で続けた。
『どうしていたとは?』
「だって、自分の子供が、大切な大地に悪さする瘴気になっちゃったんでしょ? それも嫁は浮気をしていて。嫁の寝坊で」
『何か怒っておるか?』
「いや、全然?」
もふさまは顔を上げて遠くを見た。
『聖なる方はただ哀しんでおられたそうだ。大地の護りとなるはずだった我が子が瘴気になってしまったことを。
そうして内に籠り、ある日外に出て見れば、何千年も経っていた。神は地上には降りていないが、聖なる方は神は感情のままに行動することを知っていた。人族が神の思考から外れたことをした時は、滅せられるだろうと思った。だから地上におり、神や瘴気から守るための聖域を作った。そして獣に力を与え、護り手を作った。そう聞いている』
何千年も籠もっている内に、神は人に信じられ、聖なる方は忘れられていったのね。不条理に感じるが、もふさまたちはそういうところは何も思ってなさそうだ。
そんなふうに優しいから、人族に騙されて辛い思いをしちゃうんだよ。
でもそんな優しいもふさまだから、わたしと知り合ってくれたわけでもあるわけだけど。
『ただ、そうやって聖域を作ったことで、人族の貧富に差がでた。神の作った神域(神殿)ではそんなことは起こらなかったから、神々が怒ったという。人の争いごとを作るのはいつも聖なる者だと。
瘴気に落ちた精霊は聖霊王の子であることからも、神側は喧嘩腰だった。祝福をしなかった女神側は罰を受けていたから、罰を受けていない聖霊王は口を閉ざした』
そうやって、さらに神側と聖なる者側が疎遠になっていき、地上でも神は神殿で支持され、聖霊は忘れられていったのね。
「もふさま、いくつもの疑問が解けたよ、ありがとう」
わたしが言うと、もふさまはにやっと笑った。
『力のない弱き者が、我を助けようとしているというのが面白い。少しの礼にでもなったのなら、よかった』
助けてくれたのはもふさまが先なのに……。
もふさまがピクッとする。
あ、あの子だ。
『弱き者よ』
「なぁに?」
『我はあの桃色の娘といると、お前のことを忘れてしまう』
「もふさま、気づいていたの?」
『お前から夢だと言われてから考えた。それで気づいたのだ。我が弱き者のことが見えなくなるのは、〝記憶〟だからなのだろう』
もふさまがわたしを見る。
『だが、弱き者よ、心配するな。我は聖獣。辛い現実も向き合うことを約束しよう。お前と話をして、我はお前と会える日が楽しみとなった。人型のお前と会いたい。お前と話したい。お前と過ごしていきたい。
それが過去の我と、今の我が違うところだ。
我はお前に会いたくなった。だから心配するな。お前と会うために、我は現実に負けはしない。
それより、お前こそ、我の夢に閉じ込められるなよ。しっかりと距離をとっておけ、できれば早めに抜け出せ』
もふさまは笑った。
『弱き者、リディアよ、また会おうぞ』
もふさまは尻尾を揺らして、ピンクの髪の女の子へと向かって歩いて行った。
もふさま……。
ピンクの子はもうすぐもふさまと会えなくなるかもしれないと、切なげに微笑んだ。もふさまがどうしてだと尋ねれば、自分は売られるからだと言った。もふさまがどこかに運んでやると言えば、自分がいかなければ妹が売られてしまうからそれはできないのだと、涙を堪えている。
もふさまがなんとか売られない方法はないのかと聞けば、一つだけ方法があると言った。そして夜に家まで来てくれと。
わたしはどうやってピンクの子の家まで行こうかと思ったが、そんなことを気にする必要はなく、場面展開が起こって、すぐに夜になり、ピンクの子の家の前のようだった。
もふさまの尻尾に掴まり、背中によじ登った。
ピンクの子の頬が腫れている。
茶色い布切れを肩に巻きつけていて、何もかもが痛ましかった。
それをどうしたのだと、もふさまが憤る。
彼女はもふさまからの恵みを売ったお金で買ったショールは、売られた先で取られるだけだと妹に取られたと言った。頬は行きたくないと言えば父親から頬を打たれたと。
もふさまは怒りを露わにしたけれど、彼女はそれをいなして、庭へをもふさまを誘った。そして、ひとり置き去りにする。
ガシャンとすごい音がして、檻に閉じ込められていた。
もふさまは檻に触れると、力が抜けたように座り込んだ。
向こうから現れた娘の父親らしき人と、ピンクの子。檻を見て、愕然とした表情だ。
「お父さま、なんてことを。主人さまとお話をされるだけと言ったではありませんか!」
「これが森の主人か」
娘の父親であるらしい男は、恐々とこちらを見ている。
「お父さま、おやめください。主人さまをどうなさるおつもりです?」
「王に献上するに決まっているだろう? お前は向こうに行っていろ」
男は娘の背中を蹴った。けっこう本気だ。これは信じるだろうなと思えた。
「主人さま、ごめんなさい」
ピンクの子は目にいっぱい涙を溜めていた。父親に引きずられるようにして退場だ。
ピンクの子がいないから、わたしが見えるかと思ったけれど、どんなに話しかけても、もふさまに声が届かなかった。
そのうち夜も更けてきた。いよいよ時が迫っている。
もふさまに声が届かないのはわかっていたけれど、わたしはもふさまに話しかけていた。
「ねぇ、もふさま。わたしね、もふさまにもう一度辛い思いをしてほしくなかったの。だからその場面に行き着く前に目を覚まして欲しかった。でも、もふさまは500年前のもふさまじゃないものね。わたしはもふさまを信じるよ。辛いのは辛くてもきっと乗り越えられる。一緒にいるから。乗り越えようね。そうしたら、もう怯えなくて済むんだものね。
もふさま、……でもどうしても辛かったら人を嫌っていいよ。もふさまの心を壊さないでね。だけど、またわたしと出会ってね」
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