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16章 ゴールデン・ロード

第747話 もふさまの悪夢⑥禁忌の神話

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『どうやって?』

 え?

『お前は嘘をついていないと思うが、夢と言われてもよくわからん。
 くわえて、目を覚ますとは、どうするとできるものなのだ?』

 えーーーーーーー。
 た、確かに。こ、困った。

「あ」

『なんだ?』

「刺激を与えるといいんじゃないかな。もふさま、叩いてみてもいい?」

 もふさまはなぜか怪訝な顔をする。

『お前が我を叩くのか?』

「うん!」

『よし、やってみろ』

 わたしはもふさまの足を〝えいっ!〟と叩いた。

『何かしたのか?』

 うっ。

「もう少し、強くするよ」

 そう宣言して、もふさまにお尻を向ける。
 そして尻尾を勢いよく振った。
 どうだ?
 もふさまは変わりない目でわたしを見ていた。

『もっと力を入れて叩けないのか?』

 聖獣のもふさまと一般トカゲのわたしじゃ、力の差がありすぎる。
 わたしのペシっは全然刺激にならないようだ。

『……お前は我が夢に閉じ込められていると言ったな。閉じ込められるということは、何か突破口を開かなければ、開放されないのではないか?』

 もふさまの言うことは尤もだ。

『そんな顔をするでない。我は聖獣ぞ。自分の面倒ぐらい自分でみられる』

「もふさまがすごいことは知ってるよ。でも……」

『お前は、あの娘の何かで、我が深く傷つくというのだな?』

 もふさまはなぜか静かに笑った。

『なぁ、弱き者よ、リディアといったか? お前の言うようにここが夢の中で、我が閉じこもった空間だというなら、傷つくまで我は目覚めない気がする』

「そこをなんとかして……」

『お前もわかっているだろう? 現実が悪夢、か。その状態にならないと、夢からは覚めないだろう』

「ダメだよ、気合入れて、起きようとしてみよう。起きられるかもしれないよ?」

『弱き者にここまで心配されるとは。これはまた容赦のない現実らしいな』

 もふさまはそう軽やかに笑う。笑い事なんかじゃ全然ないのに。

『我と弱き者はいつ出会うのだ?』

「500年は後……」

『そうか……。どうやって会うのだ?』

「わたしがもふさまの聖域に迷い込んじゃったの。そこから仲良くなって、もふさまといつも一緒だった。もふさまはわたしをいっぱい助けてくれた!」

 わたしはもふさまに尋ねられるまま、もふさまとの冒険話を語った。
 もふさまは笑ったり、唸ったりしながら、わたしの話を聞いてくれる。
 人族が聖域を作ろうとしている辺りになると、もふさまは笑った。

『神と聖なる方が歩み寄ることは、もう決してない。それなのに、おかしなことを考えるのだな、人族というのは』

「え? 聖霊王が地上に降りたところが聖域になるんでしょ? 神さまは関係ないんじゃないの?」

 反射的に尋ねてからわたしは慌てた。

「あ、ごめん。それ人族が聞いちゃいけないことじゃない? つい聞き返しちゃったの」

 もふさまはチラッとわたしに目を走らせる。

『……夢の中でトカゲに話したことが罪にはなるまい』

 あ。もふさまは教えてくれようとしている。
 普通だったら人族には伝えてはいけないことを。

『聖霊王が地上に降りないのは、創造主に禁じられたからだけではない』

「そうなんだ? 創造主からは禁じられているけれど、聖霊を増やせる〝女王〟がいれば、子を成しに降りてくるって伝えられてたみたいだけど」

『そうだったらよいと、人族が願ったのだろう。確かに幾度か聖霊王は地上に降り立ち、聖霊を増やしたからな。けれど弊害もあった』

「弊害?」

 もふさまが頷く。

『世界の成り立ちは知っているか?』

「創世記と呼ばれるものは知ってる」

『生まれるずっと前のことだから、我も伝え聞いたことだ。大陸を割るまでの仲違いになり、創造主より神も聖霊も地上に降りることを禁止された。一気に険悪になったが、その関係性で困る者がいた。ひと柱の女神だ。
 その女神は聖霊王に恋していたそうだ。人族の恋人を亡くして気落ちしていた聖霊王に寄り添い、ふたりは愛を育んだ。そして神力と聖力を宿した神聖力を持つものを産み、それは〝精霊〟と名づけられた。ふたりの愛子は地上に降りたつことを許された。神も聖なる者たちも、今までのことを水に流して、お互いに地上を見守ろうとされたそうだ』

 そんなことがあったなんて。
 少しだけ、聖霊王は気が多すぎなじゃないかと思ったけど、そこは内緒だ。

『ところが〝精霊〟たちを地上に送る輝かしい儀式の日、祝福を贈る女神13柱のうちのひと柱が遅刻をした。それも〝精霊〟を産んだ女神だった』

 わたしの喉が鳴る。

『光、闇、火、水、風、地、時、空、鉱、氷、知、星、悠。13体の〝精霊〟が地上におりるはずだったが、最後の悠は女神が遅れてきて祝福しなかったために、地上に降りた途端〝瘴気〟へと変わってしまった』

 !

『瘴気は負の感情で膨らむもの。そして生き物の生気を滅していくもの。神も聖なる者たちも創造主も怒りを露わにした。こんな原因を作った女神たちに罰を与えた。原因となった女神以外は連帯責任で封印された』

 連帯責任……。

『原因となった女神は名前を剥奪され、永久に瘴気と向き合っていく罰を与えられた』

 封印された女神たちより、永遠に瘴気と向き合うこちらの方が辛い罰なんだ……。

『その時の原因である男神は男根を切り落とされ、疫病を背負う者として時の河を流されているそうだ』

 へ?
 変な顔をしたのがわかったのか、もふさまが説明してくれる。

『ああ、理由を言ってなかったな。女神は寝坊して遅刻したのだが、それは男神とまぐわっていたからだそうだ』

「ア、ソウナンダ」

 ……聖霊王との子供を産んですぐに男神と?
 それも子供が旅立つ日の前日に?……。
 へー、お盛んというか、自由奔放というか……。
 人には分かり得ない価値観なのだろう。

『原罪の女神は蔓延る瘴気を少なくするために、瘴気を身体に蓄えることのできる獣を創り出した。それが魔物だ。魔物が死んだ時に、中にある瘴気も滅する。だから女神は魔物を送り出す時に祝福を贈る。自分の創り出した身勝手な、死ぬ時に喜ばれる魔物に、せめてもの意を込めて』

 魔物は疎まれるのに、女神さまだけが祝福してくれたと、アオたちは喜んでいた。それがそんな理由だったなんて。

『負の感情で瘴気は膨れ上がる。魔物だけでは対処できないことがある。その時に力を与えられるのが〝聖女〟だ』

 ……これが禁じられた神話かもなと思う。
 だってこれ、神さまが大地に瘴気の元を送ったってことだものね。
 それなのにそれは秘匿され、神殿で今も人は神を敬っている。
 聖霊王は人の記憶にないに等しいのに。
 
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