プラス的 異世界の過ごし方

seo

文字の大きさ
上 下
741 / 799
16章 ゴールデン・ロード

第741話 悪夢の落とし物

しおりを挟む
 え?
 名前を呼ばれた気がした。 
 もふさま?

『リディア、我はここにいる!』

 光に包まれて、わたしの目の前に、もふさまが降り立つ。
 本物?
 わたしは恐る恐る手を伸ばし、もふさまに触れた。
 あったかい、気がした。本物だ。本物のもふさまだ。

「もふさま、無事だったのね」

 よかった!

「貴様、どうやってここに入った?」

 少女が怒りの声を上げる。

『我は聖獣。リディアの友だ。リディアが我を望めば、いつでも共にある』

 もふさま!

「いかに聖獣といえども、ここは私の内なるフィールド。招き入れていない者など、取るに値しない」

 もふさまが唸る。

「お前など呼んでいない」

 少女が片手をあげた。
 もふさまが苦しそうに唸る。

「もふさま!」

 もふさまに抱きつく。

「やめて! もふさまを攻撃しないで!」

 ローレライは手を下ろした。
 こんな場面でも、わたしに攻撃はしないのね。そこに何か意味がある?

「わたしの魔力が気にいったの?」

 ハウスさんにも、海の主人さまにも、聖樹さまにも心地いいと言われたことがある。もふもふ軍団にもだ。

「そうだ。お前が魔力をこれからも供給するというなら、こっちの聖獣は助けてやろう」

『リディア、お前の体は元の場所で眠ったような状態だ。我はこやつの中に閉じ込められたお前の魂を助けるために、中に入ってきた。我の魂を、無理矢理、介入させているだけ。ゆえに、この魔物を内側から倒すことはできない。お前はなんとかして外に』

 もふさまがグフっと唸って、苦しそうに地面に頭をつける。
 わたしはキッとローレライを睨みつけた。
 ありがとう、もふさま、そういうことか。
 ここはまだローレライの内側なのね、わたしも精神体なんだ。

「わかったわ。好きなだけ、わたしの魔力をあげる。だからもふさまを攻撃しないで」

『リディア、だめだ、魔力がなくなれば、人族は滅してしまう』

「それでも、わたしのために、もふさまが傷つくよりマシよ」

 にやっとローレライは笑った。

「ミニーの顔で、そんな嫌な笑い方をしないで」

 魔物は素直に姿を変える。今度はピドリナを模している。

「またわたしの記憶から人の姿を形どっているのね? ねぇ、あなたの本当の姿を見せて」

「そんなことをする必要はない」

 さっきからこっそりこのフィールドに対して魔法を使っているのだけれど、発動しなかった。ローレライの言うとおり、ここはローレライの内側のフィールドで、わたしに力はないのだろう。だから、あちらも焦って攻撃などしないし、わたしたちを自由にさせている。でも。

「あなた、わたしの魔力が欲しいんでしょ? でも死んでしまうと魔力は得られないんじゃない?」

 それが推測したことだ。ローレライは屍からは養分を取れないのだ。だから生かしたまま夢を見させて、閉じ込め、魔力を奪う。それが彼女の戦い方。

「だったら、なんだというんだ?」

 わたしは収納ポケットからナイフを呼び出して、それを自分の首につきつけた。精神体だから思ったこと何でも具現化すると思ったけど、そう都合よくはいかなかった。では、と、試しに収納ポケットを思い浮かべたら、物を出すことができた。意識に根付いていることだからかな?

「な、何をしている?」

「あなたは本来の姿を見せるだけでいいの。そうしたらわたしの魔力を好きなだけあげる。でも見せてくれないのなら、わたしは命を断つ」

 命を断つっていうのは、ポーズだけど。
 ローレライは息を呑んだ。もふさまもだ。

「なぜ、私の姿を見たいのだ?」

「戦いって命をかけるのよ? 全てを曝け出すってことだわ。全力で、相手と対峙すること。敬意を持って戦うのが道理だと思う。わたしの魔力が欲しいなら、あなたも曝け出すべきよ。わたしの記憶ばかりをさらってないで」

 彼女はピドリナに似た〝風貌〟を模したまま、固まっている。

「見せれば魔力が手に入り、見せなければ、わたしは養分となり得ないだけ。あなたが選んでいいわ」

 彼女は迷っている。
 自分でやっていながら、首へと向けたナイフは気持ちのいいものではないけれど、この魔物が純真であるからこその作戦だと、こそっと思う。

 魔使いさんが空っぽダンジョンをミラーダンジョンにした時から、人の出入りはなかっただろう。だから、外部からの魔力を得るのは久しぶり。それに人というものを〝記憶〟の中でしか知らない。
 そりゃそうだ。敵が部屋にやってきたら、歌声で眠らせ、自分の中のフィールドに呼び込んだのだろうから。そして甘い夢を見させて魔力を奪う。甘い夢、その記憶の中の〝人〟しか知らないのだ。多面性のある気持ちが揺れ動くのが〝人〟と分かっていないのだ。
 ローレライの〝物語〟を知る。これがこの階をクリアする鍵のはず。
 だから揺すぶる。彼女を知るために。

「お前のために偽った姿でいてやるのだ」

「わたしのため?」

「私の姿は醜悪だ」

 そのセリフには苦い思いが込められていた。
 わたしは思い出した。この階はアンデッドたちが巣食う階。
 ローレライも、アンデッドだったんだ。地に還れなかった哀しい魔物。
 還れない現実……。

「あなたが夢に閉じ込めるのは、それが幸せだと思うからなのね。あなたにとって現実は、閉じ込められるよりもっと辛いことなのね」

 これがきっと、ローレライのストーリーだ。

「だ、黙れ!」

 ピドリナの容姿の彼女の、白目の部分が真っ赤に染まり、目自体も大きくなっていく。
 料理を作るのに適した滑らかな手が、緑色のボコボコの皮膚に。

「黙れ、黙れ! お前はただ魔力を寄こすだけでいいんだ!」

 怒りを孕んだ大きな声。
 下半身が魚。やっぱり人魚だったんだ、生きている時は。
 所々鱗が剥がれ、中の肉は腐り、そして骨まで見えているところもある。
 顔も腐ってずれ落ちているところもある。
 固まっていたり、ごそっと抜け落ちている、長い深緑色の髪。
 所々にあるのは真珠の飾りだった欠片?
 生きている時は、とても美しく、そして装いも綺麗にしていたんじゃないかと思う。装飾品が残骸となっているのも、余計に哀しかった。
 人魚のアンデッド。

「本当の姿を見せてくれたから、わたしの魔力を好きなだけあげるわ」

『リディア!』

「大丈夫よ、もふさま。わたしの魔力はいっぱいあるから」

 魔力の放出って難しい。
 あ。そうだ、音と共に魔力を放出しよう。
 わたしは歌う。歌詞は覚えてないから、メロディーを。
 このフィールドを作った日本人、いっぱい要素を詰め込んだね。
 ローレライというこの曲も。本人に歌わせるなんて。
 皮肉が効いているのか、知らなかったのか。

「なぜ、お前がそのまほうを……」

 魔法?
 キラキラとアンデッドローレライが光を纏った。
 あ、錆びたような色合いの体が、色鮮やかになっていく。
 落ち窪んだところが盛り上がってきて、滑らかな肌になる。
 鱗が綺麗に塞がって、緑色の長い髪。そこには壮絶に美しい人魚がいた。
 額にも髪にも、首にも真珠と宝石がキラキラと輝く。
 いつの間にか、目の前には湖が広がっていて、人魚は呼ばれたように後ろを振り返る。そして水の中に飛び込み、驚きの早さで湖を泳ぎまくる。
 こちらのことなんか忘れてしまったかのようだ。

 人魚を見遣りながら、もふさまが言った。

『リディアよ、どうして無茶をした?』

「無茶なんかしてないよ。ただ現実が悪夢だなんて、それは辛いだろうと思ったから、わたしの魔力で少しでもましになればいいと思っただけ」

 もふさまはわたしから湖に視線を戻した。

 ローレライにはやっぱりストーリーが潜んでいた。そりゃ、彼女が満たされれば、この階はクリアとなるはずって打算もあったけど。彼女が辛くなくなればいいのにと思ったのも本当だ。

 わたしの手の中にドロップ品が現れた。
 拾ったとか、そんなんじゃない。本当にわたしの手の中に飛び込んできたのだ。
 小さな、小さな箱には名前があった〝hope〟。
 わたしは思わず笑ってしまった。この階を作った人、ごちゃ混ぜにしすぎ! パンドラの箱まで混ざってるよ。

 光が差し込んできた。
 瞬きをすると、目の前まで美しい湖が広がっていた。
 大きな何かが遠くの水上で跳ねた。人魚だ。髪を長く伸ばし、下半身が魚の尾と同じの……。はっきりした景色だったのに、視界がぼやけてくる。
 ああ、……ローレライの現実という悪夢は終わったんだ。
 ぼんやりと、わたしはそう思った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

記憶を失くして転生しました…転生先は悪役令嬢?

ねこママ
恋愛
「いいかげんにしないかっ!」 バシッ!! わたくしは咄嗟に、フリード様の腕に抱き付くメリンダ様を引き離さなければと手を伸ばしてしまい…頬を叩かれてバランスを崩し倒れこみ、壁に頭を強く打ち付け意識を失いました。 目が覚めると知らない部屋、豪華な寝台に…近付いてくるのはメイド? 何故髪が緑なの? 最後の記憶は私に向かって来る車のライト…交通事故? ここは何処? 家族? 友人? 誰も思い出せない…… 前世を思い出したセレンディアだが、事故の衝撃で記憶を失くしていた…… 前世の自分を含む人物の記憶だけが消えているようです。 転生した先の記憶すら全く無く、頭に浮かぶものと違い過ぎる世界観に戸惑っていると……?

【完結】婚約破棄されたので、引き継ぎをいたしましょうか?

碧桜 汐香
恋愛
第一王子に婚約破棄された公爵令嬢は、事前に引き継ぎの準備を進めていた。 まっすぐ領地に帰るために、その場で引き継ぎを始めることに。 様々な調査結果を暴露され、婚約破棄に関わった人たちは阿鼻叫喚へ。 第二王子?いりませんわ。 第一王子?もっといりませんわ。 第一王子を慕っていたのに婚約破棄された少女を演じる、彼女の本音は? 彼女の存在意義とは? 別サイト様にも掲載しております

【完結・短編】婚約破棄された悪役令嬢は、隣国でもふもふの息子と旦那様を手に入れる

未知香
恋愛
 フィリーナは、婚約者の護衛に突き飛ばされここが前世の乙女ゲームの世界であることに気が付いた。  ……そして、今まさに断罪されている悪役令嬢だった。  婚約者は憎しみを込めた目でフィリーナを見て、婚約破棄を告げた。  ヒロインであろう彼女は、おびえるように婚約者の腕に顔をくっつけて、勝ち誇ったように唇をゆがめた。  ……ああ、はめられた。  断罪された悪役令嬢が、婚約破棄され嫁がされた獣人の国で、可愛い息子に気に入られ、素敵な旦那様と家族みなで幸せになる話です。

ハイエルフの幼女に転生しました。

レイ♪♪
ファンタジー
ネグレクトで、死んでしまったレイカは 神様に転生させてもらって新しい世界で たくさんの人や植物や精霊や獣に愛されていく 死んで、ハイエルフに転生した幼女の話し。 ゆっくり書いて行きます。 感想も待っています。 はげみになります。

私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?

新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。 ※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!

タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から「破壊神」と怖れられています。

渡里あずま
ファンタジー
出来損ないの聖女・アガタ。 しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。 「それなら、今までの報酬を払って貰えますか?」 ※※※ 虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。 ※重複投稿作品※ 表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。

ぬいぐるみばかり作っていたら実家を追い出された件〜だけど作ったぬいぐるみが意志を持ったので何も不自由してません〜

望月かれん
ファンタジー
 中流貴族シーラ・カロンは、ある日勘当された。理由はぬいぐるみ作りしかしないから。 戸惑いながらも少量の荷物と作りかけのぬいぐるみ1つを持って家を出たシーラは1番近い町を目指すが、その日のうちに辿り着けず野宿をすることに。 暇だったので、ぬいぐるみを完成させようと意気込み、ついに夜更けに完成させる。  疲れから眠りこけていると聞き慣れない低い声。 なんと、ぬいぐるみが喋っていた。 しかもぬいぐるみには帰りたい場所があるようで……。     天真爛漫娘✕ワケアリぬいぐるみのドタバタ冒険ファンタジー。  ※この作品は小説家になろう・ノベルアップ+にも掲載しています。

平民として生まれた男、努力でスキルと魔法が使える様になる。〜イージーな世界に生まれ変わった。

モンド
ファンタジー
1人の男が異世界に転生した。 日本に住んでいた頃の記憶を持ったまま、男は前世でサラリーマンとして長年働いてきた経験から。 今度生まれ変われるなら、自由に旅をしながら生きてみたいと思い描いていたのだ。 そんな彼が、15歳の成人の儀式の際に過去の記憶を思い出して旅立つことにした。 特に使命や野心のない男は、好きなように生きることにした。

処理中です...