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16章 ゴールデン・ロード
第735話 眠れる獅子④逃げる大きな魚
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「リディア・シュタイン嬢ですね。こんな可愛らしい方だったとは、私は幸運ですね」
映像の中のヴェルナー氏が言った。
おお、声も拾っとる。
会場内にはダンスミュージックが流れているのに、個別の会話も聞き取っているなんてすごいなー。
わたしはきょとんとした表情だ。
仕方なさそうに立ち上がり、
「確かにわたしはリディア・シュタインですが、お会いしたことがありましたでしょうか?」
と首を微かに傾げた。
「これは失礼した。私がモーリッツ・ヴェルナーです」
ヴェルナー氏は胸に手を当て、白い歯を見せて笑っている。
だんまりのわたしに、ヴェルナー氏は頭をかく。
「あなたの夫になる者です」
わたしの咳払い。
「何かの間違いではないでしょうか?」
「ドナイ侯爵さまから、話を通しているって言われましたよ?」
わたしは一瞬、考えるような表情をする。
「昨日偶然お会いした時に、そんな戯言をおっしゃっていましたが、兄がきちんとお断りしました」
わたしの言葉に被せるようにして、ヴェルナー氏は言った。
「王子殿下とも伝手があるのですね。いろんな噂はあったし、婚約は破棄されているし、お顔も……でも聞いていたのとは全然違いますね、とても愛らしい。あなたのことは私が面倒をみましょう」
「結構です」
タイミングのせいか、その言葉はよく響いて聞こえた。
「おやおや、意地をはらなくても。シュタイン家でも真ん中の落ちこぼれの君を、みんな心配しているとか。婚約をすれば、ご家族も安心されると思うよ?」
「たとえ結婚できなくても、自分の力で道を切り開いて行きますので、お気遣いなく」
「あー、そういうところねぇー」
映像のヴェルナー氏が天井を仰いでいる。
「女の子に何ができるっていうんだ? まぁ、君は何もできなくていい。家にいて好きにしていればいいよ。金はあるからな。シュタイン家の親戚や、王族と仲がいいなら、こうしてパーティーに出席して顔を繋いでくれれば、君の責務は終わり。あとは何をしていてもいい。悪くない提案だろ?」
言いながら自分の言葉に酔っている感じがする。自分は女性に優しい、いい伴侶となるとでも思って、酔いしれているように。
「女で加護持ちなんて、とんだ宝の持ち腐れだ。男ならそれだけで、さぞ出世できただろうに。私は優しいから奥方を閉じ込めたりしない。公式行事だけ参加してくれれば恋愛だって好きにしていい。私たちは年齢が離れすぎているからな。もちろん私に愛して欲しいというなら、思ったより君は可愛いから問題ない」
隣の父さまが歯軋りする。
もふさまもいつでも動けるように前のめりになっているので、わたしは膝の上へと抱き上げた。
映像のわたしはにっこりと笑う。
「お断り、しましたので」
わたしが歩き出そうとしたからか、その手をヴェルナー氏が掴む。
「これはちょっと教育が必要かなー。私は寛大だけど、生意気な態度を取られるのが一番嫌いなんだ」
「離してください」
そこで、映像が止められた。
「さて、どう見ても娘はお断りしていただけで、口答えも生意気なことも言っていませんが?」
ヴェルナー氏の顔色が悪くなった。
「ヴェルナー、君は令嬢に爵位を馬鹿にされたと言ってなかったか? 話が違うようだが……」
ドナイ侯が厳しい目でヴェルナー氏に目を遣る。
ドナイ侯はそう聞いていたのかな? 本当に? いや、怪しい。
どっちにしても、ヴェルナー氏のいうことを鵜呑みにして、ウチに来たのは紛れもない事実。
「こ、この後ですよ。ドナイ侯爵さまがシュタイン嬢との婚姻の話は通してあるとおっしゃるから、話しかけたのです。それなのに、男が次から次へと湧いて出て、最後にはバイエルン侯の婚姻を受けました。侯爵ではないからと私は馬鹿にされたんです!」
そういう思考回路だったってことにしたいのね。
「では、最後まで見ましょう」
アルノルトに視線をやった父さまだったが、ドナイ侯がそれを止めた。
「いや、結構。ヴェルナーは遠縁にあたりましてね、商売も真っ当にして成功しているというから目をかけたのですが、人選を間違えたようです。
こんなに気位だけ高い、浅はかな者だとは思っておりませんでした。
ヴェルナーのいうことを信じた私も同罪です。
令嬢とシュタイン伯にはご迷惑をかけ、不愉快な思いをさせ申し訳ありませんでした。
ヴェルナーには全ての店のひと月の営業停止、それから賠償金の100万Gを、私が責任を持って払わせます」
「ドナイ侯爵さま……」
愕然として名前を呟くヴェルナー氏に頭を下げさせる。
「君もまず、謝罪なさい」
「そんな、あんまりです!」
「君が言い出したことだ。口から出た言葉に責任を持ちなさい!」
一喝する。
権力を振りかざそうとする人は、権力に弱い。
あんなに粋がっていたのに、強く言われると……いや、ドナイ候を怖がっている?
「しゅ、シュタイン伯爵、並びにご令嬢、この度のことを謝罪いたします。申し訳ありませんでした」
「シュタイン伯、ご令嬢、申し訳ありませんでした」
ドナイ侯も頭を下げた。
「謝罪を受け取りました」
父さまがいうと、ふたりは頭をあげた。
証拠を出されたらどうしようもないとも思うけど、あまりにあっけなさすぎて、不気味な気がした。
「では、私たちはお暇いたします」
若干プリプリして、ドナイ侯はヴェルナー氏を促した。
そうしてウチから引き上げていった。
タヌキに化かされたみたいだ。
「エリンとノエルは、ドナイ侯たちのしたことじゃないの?」
「いや。ドナイ侯はとんだタヌキだ」
父さまが腕を組んで腹立たしそうに言った。
え、どういうこと?
「ヴェルナー伯が思ったより使えないと見限って、作戦を変更したんだろう」
「え、仲間割れ?」
「いや、ヴェルナー伯はただのドナイ侯のコマとして使われたのだろう。だが小者とわかって、早々に手を打った。伯爵家ごときに謝り、すぐに引き上げた。エリンたちも解放されるだろう」
と言ったところにアラ兄から伝達魔法が届く。モロール近くの小屋でエリンとノエルを発見。ふたりは眠らされているけれど、別状はない。ふたりを拉致した者は逃げたようだ、と。
よかったと胸を撫で下ろす。
わたしとは反対に父さまの冷気が増した。
「リディー、ドナイ侯はこれからお前に、直接仕掛けてくるかもしれない」
「ドナイ侯が?」
「セイン国と繋がりがあるのかを調べたかったが、そこまでたどり着かなかった。リディア、くれぐれも気をつけるんだよ。彼らは悪意なく調べるという名目でお前に近づく。だからお前は悪意を汲み取れない。そんなふうにお前の加護の力を試されるかもしれない」
「父さま……、わたし待つのは嫌だわ」
これじゃあ、領地に遊びにいくのも規制されそうだ。
「嫌と言っても……」
「ドナイ侯も商売に明るいみたいな口ぶりだったよね? どこでセインと繋がったのかな? 先にそこを潰そう」
「潰そうって、リディー……」
「わたしは、わたしの家族と領地と店を攻撃してくる者に、情けなんかかけないわ」
父さまは微かに笑う。
「……計画したら、報告するように。それからエリンとノエルには罰を与えるから、あのふたりは仲間に入れないこと」
「……わかった」
わたしはエリンとノエルが叱られるのは仕方ないと思ったので頷いた。
映像の中のヴェルナー氏が言った。
おお、声も拾っとる。
会場内にはダンスミュージックが流れているのに、個別の会話も聞き取っているなんてすごいなー。
わたしはきょとんとした表情だ。
仕方なさそうに立ち上がり、
「確かにわたしはリディア・シュタインですが、お会いしたことがありましたでしょうか?」
と首を微かに傾げた。
「これは失礼した。私がモーリッツ・ヴェルナーです」
ヴェルナー氏は胸に手を当て、白い歯を見せて笑っている。
だんまりのわたしに、ヴェルナー氏は頭をかく。
「あなたの夫になる者です」
わたしの咳払い。
「何かの間違いではないでしょうか?」
「ドナイ侯爵さまから、話を通しているって言われましたよ?」
わたしは一瞬、考えるような表情をする。
「昨日偶然お会いした時に、そんな戯言をおっしゃっていましたが、兄がきちんとお断りしました」
わたしの言葉に被せるようにして、ヴェルナー氏は言った。
「王子殿下とも伝手があるのですね。いろんな噂はあったし、婚約は破棄されているし、お顔も……でも聞いていたのとは全然違いますね、とても愛らしい。あなたのことは私が面倒をみましょう」
「結構です」
タイミングのせいか、その言葉はよく響いて聞こえた。
「おやおや、意地をはらなくても。シュタイン家でも真ん中の落ちこぼれの君を、みんな心配しているとか。婚約をすれば、ご家族も安心されると思うよ?」
「たとえ結婚できなくても、自分の力で道を切り開いて行きますので、お気遣いなく」
「あー、そういうところねぇー」
映像のヴェルナー氏が天井を仰いでいる。
「女の子に何ができるっていうんだ? まぁ、君は何もできなくていい。家にいて好きにしていればいいよ。金はあるからな。シュタイン家の親戚や、王族と仲がいいなら、こうしてパーティーに出席して顔を繋いでくれれば、君の責務は終わり。あとは何をしていてもいい。悪くない提案だろ?」
言いながら自分の言葉に酔っている感じがする。自分は女性に優しい、いい伴侶となるとでも思って、酔いしれているように。
「女で加護持ちなんて、とんだ宝の持ち腐れだ。男ならそれだけで、さぞ出世できただろうに。私は優しいから奥方を閉じ込めたりしない。公式行事だけ参加してくれれば恋愛だって好きにしていい。私たちは年齢が離れすぎているからな。もちろん私に愛して欲しいというなら、思ったより君は可愛いから問題ない」
隣の父さまが歯軋りする。
もふさまもいつでも動けるように前のめりになっているので、わたしは膝の上へと抱き上げた。
映像のわたしはにっこりと笑う。
「お断り、しましたので」
わたしが歩き出そうとしたからか、その手をヴェルナー氏が掴む。
「これはちょっと教育が必要かなー。私は寛大だけど、生意気な態度を取られるのが一番嫌いなんだ」
「離してください」
そこで、映像が止められた。
「さて、どう見ても娘はお断りしていただけで、口答えも生意気なことも言っていませんが?」
ヴェルナー氏の顔色が悪くなった。
「ヴェルナー、君は令嬢に爵位を馬鹿にされたと言ってなかったか? 話が違うようだが……」
ドナイ侯が厳しい目でヴェルナー氏に目を遣る。
ドナイ侯はそう聞いていたのかな? 本当に? いや、怪しい。
どっちにしても、ヴェルナー氏のいうことを鵜呑みにして、ウチに来たのは紛れもない事実。
「こ、この後ですよ。ドナイ侯爵さまがシュタイン嬢との婚姻の話は通してあるとおっしゃるから、話しかけたのです。それなのに、男が次から次へと湧いて出て、最後にはバイエルン侯の婚姻を受けました。侯爵ではないからと私は馬鹿にされたんです!」
そういう思考回路だったってことにしたいのね。
「では、最後まで見ましょう」
アルノルトに視線をやった父さまだったが、ドナイ侯がそれを止めた。
「いや、結構。ヴェルナーは遠縁にあたりましてね、商売も真っ当にして成功しているというから目をかけたのですが、人選を間違えたようです。
こんなに気位だけ高い、浅はかな者だとは思っておりませんでした。
ヴェルナーのいうことを信じた私も同罪です。
令嬢とシュタイン伯にはご迷惑をかけ、不愉快な思いをさせ申し訳ありませんでした。
ヴェルナーには全ての店のひと月の営業停止、それから賠償金の100万Gを、私が責任を持って払わせます」
「ドナイ侯爵さま……」
愕然として名前を呟くヴェルナー氏に頭を下げさせる。
「君もまず、謝罪なさい」
「そんな、あんまりです!」
「君が言い出したことだ。口から出た言葉に責任を持ちなさい!」
一喝する。
権力を振りかざそうとする人は、権力に弱い。
あんなに粋がっていたのに、強く言われると……いや、ドナイ候を怖がっている?
「しゅ、シュタイン伯爵、並びにご令嬢、この度のことを謝罪いたします。申し訳ありませんでした」
「シュタイン伯、ご令嬢、申し訳ありませんでした」
ドナイ侯も頭を下げた。
「謝罪を受け取りました」
父さまがいうと、ふたりは頭をあげた。
証拠を出されたらどうしようもないとも思うけど、あまりにあっけなさすぎて、不気味な気がした。
「では、私たちはお暇いたします」
若干プリプリして、ドナイ侯はヴェルナー氏を促した。
そうしてウチから引き上げていった。
タヌキに化かされたみたいだ。
「エリンとノエルは、ドナイ侯たちのしたことじゃないの?」
「いや。ドナイ侯はとんだタヌキだ」
父さまが腕を組んで腹立たしそうに言った。
え、どういうこと?
「ヴェルナー伯が思ったより使えないと見限って、作戦を変更したんだろう」
「え、仲間割れ?」
「いや、ヴェルナー伯はただのドナイ侯のコマとして使われたのだろう。だが小者とわかって、早々に手を打った。伯爵家ごときに謝り、すぐに引き上げた。エリンたちも解放されるだろう」
と言ったところにアラ兄から伝達魔法が届く。モロール近くの小屋でエリンとノエルを発見。ふたりは眠らされているけれど、別状はない。ふたりを拉致した者は逃げたようだ、と。
よかったと胸を撫で下ろす。
わたしとは反対に父さまの冷気が増した。
「リディー、ドナイ侯はこれからお前に、直接仕掛けてくるかもしれない」
「ドナイ侯が?」
「セイン国と繋がりがあるのかを調べたかったが、そこまでたどり着かなかった。リディア、くれぐれも気をつけるんだよ。彼らは悪意なく調べるという名目でお前に近づく。だからお前は悪意を汲み取れない。そんなふうにお前の加護の力を試されるかもしれない」
「父さま……、わたし待つのは嫌だわ」
これじゃあ、領地に遊びにいくのも規制されそうだ。
「嫌と言っても……」
「ドナイ侯も商売に明るいみたいな口ぶりだったよね? どこでセインと繋がったのかな? 先にそこを潰そう」
「潰そうって、リディー……」
「わたしは、わたしの家族と領地と店を攻撃してくる者に、情けなんかかけないわ」
父さまは微かに笑う。
「……計画したら、報告するように。それからエリンとノエルには罰を与えるから、あのふたりは仲間に入れないこと」
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