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16章 ゴールデン・ロード
第734話 眠れる獅子③目的
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「ドナイ侯爵さま、侯爵さまの顔を立て、謝罪があれば収めるつもりでした。ですが、シュタイン伯は謝るどころか、悪態をつくのみ。ここまでわざわざ出向いて機会をやったのに、その思いも踏みにじられた! もう謝罪ぐらいでは許せません!」
憤るヴェルナー伯。もふさまが軽く吠えると、ヴェルナー氏はへっぴり腰になる。わたしはもふさまの背中を撫で、宥めるふりをしながら、心の中で絶賛した。
ドナイ侯は猫撫で声を出す。
「君は商売をうまくやっているようだけれど、そんな怒りっぽくて、よく成功しているねぇ」
えー、こんな考えの人が商売で成功しているの?
それはぜひ、鼻っ柱をへし折ってやりたいわね。
こっそり、わたしは思った。
「シュタイン伯、このヴェルナーはツワイシプ大陸とエレイブ大陸の南側に顔がきく男でしてね。シュタイン家の商会の未来にも役立つと思うわけですよ。それで、どうでしょう、ここは私の顔を立て、ヴェルナーに一言謝っちゃくれないかね? 今だったら、賠償は少なく済む。そして今後の縁となる。これからは南が栄える。シュタイン領にとってもそれは益となるだろう?」
はぁ?
何言ってんの、この人?
「ドナイ侯爵さまも、ウチが謝罪をするようなことをしたと、思われているのですね?」
父さまが確かめる。
「社交界デビューしたばかりの令嬢と、社会的地位もあり商売も成功しているヴェルナー氏、どちらの言うことが信頼できるかは決まっているでしょう?」
それは社会に認められているヴェルナー氏が、わたしが口答えをしたといえば、それが真実だと言っているのね。
「ヴェルナー氏の仕事のことを、少し調べさせていただきました」
父さま、すでに調べてたんだ……。
「仲介もやっていらっしゃるそうですが、店は国内に4軒お持ちとか。海外ではまだのようですね」
ヴェルナー氏は、気持ち胸を張った。
「調べなくても、聞いてくだされば教えるのに。海外では来年1号店が出ます」
「娘はユオブリアに5軒店を持っております。それからフォルガードに1軒」
「ご冗談を……女で、その年で5軒? 外国にも店を持っていると?」
眉をひそめて続ける。
「ああ、名前だけ、令嬢のものにしているんですね?」
「いいえ。娘が考え、作り上げてきた店です。未成年ではありますが、商売は成功しています」
一瞬、ふたりは言葉を繋げないでいた。
やがてドナイ侯が咳払いをする。
「商売を成功させていたとしても、まだ学生の女の子だ。どちらの言葉に重きが置かれるかは決まりきっている」
ドナイ侯の言葉に、ヴェルナー氏は勢いを取り戻した。
「ちょっと商売がうまくいったからと、生意気になったんですね」
「何をもって口答えをしただの、生意気だのおっしゃるんですか? 人の娘に」
父さまは、今にも怒りが爆発しそうなのを押さえている。
「リディア、お前は口答えをしたのかい?」
「いいえ。お断りをしただけです」
それは絶対だ。ネチネチしてそうだから、心からかかわりたくないと思ったのを覚えている。
「と、令嬢は言っているが?」
ポーズだろうけど、ドナイ侯がヴェルナー氏に確かめる。
「それが生意気だと言っているんだ!」
この人の頭の中どうなってんの? どんな短絡思考だよ。
むかっ腹はたったが、こういうとき、ムキになった方が分が悪くなるのは知っている。
「わたしは、なぜか面倒をみてくださるというのをお断りしただけです。不愉快なことも言われましたが、公けの場です。大人の方ですので、立場があると思い我慢しました。ですから、わたしはただ、お断りをしただけです」
と、にっこり笑って見せる。
「口ではなんとでも言える」
ヴェルナー氏は、わたしを睨んだ。
「末の双子のことを思わせるようなことが書いてありましたが、あれはどういった意味でしょうか?」
父さまは、手紙の内容の齟齬がないように詰めた。けれど……。
「下のご子息とご息女も才能豊かと聞いたので、ぜひお会いしたいと思っただけですよ」
そうドナイ侯はタヌキ顔でにこっと笑う。
悪事を認めるほど間抜けではなかった。
「そうですか。でしたら、お二方の目的は、娘の発言のことだけですね」
くっ、その点でしか、ふたりを言及できないのか。
「家にまでこうして押しかけてきて謝罪を要求された。それも娘の発言が口答えであり、生意気だという理由で」
ヴェルナー氏は、口元に嫌な笑みを浮かべたまま頷いた。
「そちらの主張はわかりました。では、それがヴェルナー伯の解釈と違い、娘のいう通りお断りしただけだった場合、それなりの慰謝料を請求させていただくがよろしいか?」
父さまはピシャリとした声を出した。
「慰謝料? 請求?」
ヴェルナー氏は、頭がおかしいんじゃないかというように、父さまを見た。
「ええ、謝罪は当たり前ですが、所有する全ての店で、ひと月の営業停止を要求します」
はぁ?と不愉快そうに表情が歪む。
「は? じゃあ何か、令嬢のいう通りでなかった場合、謝罪は当たり前で、そっちもひと月の営業停止をするか? いや、ここでも馬鹿にされたんだ、それだけじゃ済ませられない。賠償金も払ってもらおう」
「ヴェルナー、そこまで事を荒立てるな」
「何を仰います。謝罪で済ませようとしたのを、大きくしたのはシュタイン伯ですよ」
セイン国からの遣いかと思って警戒したけど、本当に愚かなだけなのかもしれない。
「賠償金はいくらですか?」
父さまはヴェルナー氏に金額を尋ねる。
「シュタイン伯……」
ドナイ侯が止めるためか声をかけたけど。
「そうだな、100はどうだ?」
100ギルってことはないわよね。ってことは100万ギル? 本当に頭おかしいんじゃないの?
「いいでしょう。では、そちらもお支払いくださいね。100万ギル、耳を揃えて」
ドナイ侯が咳払いをする。
「お二方の条件が揃ったはいいですが、ジャッジのしようがないでしょう」
やれやれと、ドナイ侯が口にする。
「借りてきてありますから、ご心配なく」
「借りてきた、とは何を?」
ドナイ侯が首を微かに傾けた。
「ご存知ありませんでしたか? 去年から犯罪の抑止力となるように、大きなパーティでは、会場内に録画録音の魔具をつけているんですよ。娘がありもしない婚姻話を持ちかけられましたので、近づいてきた不埒な輩を調べようと思って録画してきたものを借りてきました」
父さまはアルノルトに合図を送る。
壁に、映し出される映像。ピンポイントにわたしを撮っているわけではないから、画面の端っこではあるけれど、真っ白なドレスを着たわたしが椅子に座っているのが映っている。
おお、ロサと踊った後だね。ロサを見送り一人でいた時だ。
後ろから、ジロジロとわたしを舐めるように見ながら、ひとりの男性が近寄ってくる。ヴェルナー氏だ。声をかけられる前から、あんな見られていたんだ。
気持ち悪い!
憤るヴェルナー伯。もふさまが軽く吠えると、ヴェルナー氏はへっぴり腰になる。わたしはもふさまの背中を撫で、宥めるふりをしながら、心の中で絶賛した。
ドナイ侯は猫撫で声を出す。
「君は商売をうまくやっているようだけれど、そんな怒りっぽくて、よく成功しているねぇ」
えー、こんな考えの人が商売で成功しているの?
それはぜひ、鼻っ柱をへし折ってやりたいわね。
こっそり、わたしは思った。
「シュタイン伯、このヴェルナーはツワイシプ大陸とエレイブ大陸の南側に顔がきく男でしてね。シュタイン家の商会の未来にも役立つと思うわけですよ。それで、どうでしょう、ここは私の顔を立て、ヴェルナーに一言謝っちゃくれないかね? 今だったら、賠償は少なく済む。そして今後の縁となる。これからは南が栄える。シュタイン領にとってもそれは益となるだろう?」
はぁ?
何言ってんの、この人?
「ドナイ侯爵さまも、ウチが謝罪をするようなことをしたと、思われているのですね?」
父さまが確かめる。
「社交界デビューしたばかりの令嬢と、社会的地位もあり商売も成功しているヴェルナー氏、どちらの言うことが信頼できるかは決まっているでしょう?」
それは社会に認められているヴェルナー氏が、わたしが口答えをしたといえば、それが真実だと言っているのね。
「ヴェルナー氏の仕事のことを、少し調べさせていただきました」
父さま、すでに調べてたんだ……。
「仲介もやっていらっしゃるそうですが、店は国内に4軒お持ちとか。海外ではまだのようですね」
ヴェルナー氏は、気持ち胸を張った。
「調べなくても、聞いてくだされば教えるのに。海外では来年1号店が出ます」
「娘はユオブリアに5軒店を持っております。それからフォルガードに1軒」
「ご冗談を……女で、その年で5軒? 外国にも店を持っていると?」
眉をひそめて続ける。
「ああ、名前だけ、令嬢のものにしているんですね?」
「いいえ。娘が考え、作り上げてきた店です。未成年ではありますが、商売は成功しています」
一瞬、ふたりは言葉を繋げないでいた。
やがてドナイ侯が咳払いをする。
「商売を成功させていたとしても、まだ学生の女の子だ。どちらの言葉に重きが置かれるかは決まりきっている」
ドナイ侯の言葉に、ヴェルナー氏は勢いを取り戻した。
「ちょっと商売がうまくいったからと、生意気になったんですね」
「何をもって口答えをしただの、生意気だのおっしゃるんですか? 人の娘に」
父さまは、今にも怒りが爆発しそうなのを押さえている。
「リディア、お前は口答えをしたのかい?」
「いいえ。お断りをしただけです」
それは絶対だ。ネチネチしてそうだから、心からかかわりたくないと思ったのを覚えている。
「と、令嬢は言っているが?」
ポーズだろうけど、ドナイ侯がヴェルナー氏に確かめる。
「それが生意気だと言っているんだ!」
この人の頭の中どうなってんの? どんな短絡思考だよ。
むかっ腹はたったが、こういうとき、ムキになった方が分が悪くなるのは知っている。
「わたしは、なぜか面倒をみてくださるというのをお断りしただけです。不愉快なことも言われましたが、公けの場です。大人の方ですので、立場があると思い我慢しました。ですから、わたしはただ、お断りをしただけです」
と、にっこり笑って見せる。
「口ではなんとでも言える」
ヴェルナー氏は、わたしを睨んだ。
「末の双子のことを思わせるようなことが書いてありましたが、あれはどういった意味でしょうか?」
父さまは、手紙の内容の齟齬がないように詰めた。けれど……。
「下のご子息とご息女も才能豊かと聞いたので、ぜひお会いしたいと思っただけですよ」
そうドナイ侯はタヌキ顔でにこっと笑う。
悪事を認めるほど間抜けではなかった。
「そうですか。でしたら、お二方の目的は、娘の発言のことだけですね」
くっ、その点でしか、ふたりを言及できないのか。
「家にまでこうして押しかけてきて謝罪を要求された。それも娘の発言が口答えであり、生意気だという理由で」
ヴェルナー氏は、口元に嫌な笑みを浮かべたまま頷いた。
「そちらの主張はわかりました。では、それがヴェルナー伯の解釈と違い、娘のいう通りお断りしただけだった場合、それなりの慰謝料を請求させていただくがよろしいか?」
父さまはピシャリとした声を出した。
「慰謝料? 請求?」
ヴェルナー氏は、頭がおかしいんじゃないかというように、父さまを見た。
「ええ、謝罪は当たり前ですが、所有する全ての店で、ひと月の営業停止を要求します」
はぁ?と不愉快そうに表情が歪む。
「は? じゃあ何か、令嬢のいう通りでなかった場合、謝罪は当たり前で、そっちもひと月の営業停止をするか? いや、ここでも馬鹿にされたんだ、それだけじゃ済ませられない。賠償金も払ってもらおう」
「ヴェルナー、そこまで事を荒立てるな」
「何を仰います。謝罪で済ませようとしたのを、大きくしたのはシュタイン伯ですよ」
セイン国からの遣いかと思って警戒したけど、本当に愚かなだけなのかもしれない。
「賠償金はいくらですか?」
父さまはヴェルナー氏に金額を尋ねる。
「シュタイン伯……」
ドナイ侯が止めるためか声をかけたけど。
「そうだな、100はどうだ?」
100ギルってことはないわよね。ってことは100万ギル? 本当に頭おかしいんじゃないの?
「いいでしょう。では、そちらもお支払いくださいね。100万ギル、耳を揃えて」
ドナイ侯が咳払いをする。
「お二方の条件が揃ったはいいですが、ジャッジのしようがないでしょう」
やれやれと、ドナイ侯が口にする。
「借りてきてありますから、ご心配なく」
「借りてきた、とは何を?」
ドナイ侯が首を微かに傾けた。
「ご存知ありませんでしたか? 去年から犯罪の抑止力となるように、大きなパーティでは、会場内に録画録音の魔具をつけているんですよ。娘がありもしない婚姻話を持ちかけられましたので、近づいてきた不埒な輩を調べようと思って録画してきたものを借りてきました」
父さまはアルノルトに合図を送る。
壁に、映し出される映像。ピンポイントにわたしを撮っているわけではないから、画面の端っこではあるけれど、真っ白なドレスを着たわたしが椅子に座っているのが映っている。
おお、ロサと踊った後だね。ロサを見送り一人でいた時だ。
後ろから、ジロジロとわたしを舐めるように見ながら、ひとりの男性が近寄ってくる。ヴェルナー氏だ。声をかけられる前から、あんな見られていたんだ。
気持ち悪い!
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