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16章 ゴールデン・ロード
第728話 異世界物語
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「こちらからの条件は3つあります」
ふたりは愛想よく相槌を打つ。
「ひとつは、トワレ書房の代表でもあるトワレを、編集者として育てて欲しいのです」
こちらでは女性の進出はまだまだ難しい。
小さいといってもハンテー出版は、きちんとした下地のある会社だ。
ここでのノウハウをトワレが身につけることができれば、女性に寄せた本が花開くことが少しでも多くなる。
彼らは顔を合わせる。
「こちらとしてはいいですが、もう何冊も本を出されていますよね?」
今更、知っていることになるのにいいのかと尋ねられる。
「私は独自の方法で本を出してきました。新聞社のご用聞きをやらせていただいたところの見よう見真似です」
新聞社でずっとバイトをしていたものの、女性であるトワレにはご用聞きより難しい仕事はさせてもらえなかったという。一緒にバイトに入った同期がどんどん他の仕事を任され、後輩にも抜かされていく。
みんな同情はしても女性だから仕方ないと納得していた。
トワレは本を作る工程を一生懸命覚え、見ていた。
そしてこれぞと思う本を出版させてきた。作家が本を出すには面倒な作業を請負った。資金がそうあるわけでないので、少ない部数となり、それがまたコストが高くなる。負の連鎖と思えるところもあった。
わたしが資金を投資する方法もあるけれど、その投資先でわたしの本を出していたら、家内制手工業みたいになってしまう。貴族のお嬢さまが自分の本を出すために、出版社を乗っ取ったような。
そうなるのは嫌だった。
「ほう、それでここまでやれるのは、逆にすごいですよ」
感心されて、トワレは少し表情を和らげた。
お金の力でもなく、貴族の権威でもなく、物語を楽しんで欲しかった。楽しみながら、女性も男性と同じように暮らせる雰囲気を感じて欲しかった。差別はなくならなくても、差別をなくそうとしている気持ちに触れて欲しかった。
ずっと感じてきた。貴族と平民の壁。男性と女性の壁。第1王子殿下のことがあってから強く思うようになった。
差別はなくす方がいいと、わたしは思っているのだと。
差別といっても、社会的貢献度に対するもの、だけどね。
身体的な違いがあるのだから、全てを同じにできるとは思っていない。でも〝考え〟を持つ人族なのだから、助け合うことで補えることがあると思うんだ。
ただ、わたしが差別をなくそうと声高に叫んでも、それは誰にも響かない。だってわたしは貴族で、みんなから守られて安全なところにいるから、そんなことが言えるんだもの。
だからって、ひとり平民になったとしても、平民の言葉なんて、ますます誰にも届かなくなる。
だからわたしは、物語を書くことにした。民主制で女性軽視をなくそうとしている世界。というか、女性だからって見下すのはおかしいと言える世界。そんな世界だって、願えば作っていけることを感じて欲しいと思う。
それは見下されたことを悲しく思ったことのある人の胸に灯り、いつしか種はまかれていくだろう。わたしが生きているうちは変わらないかもしれないけど、いずれ、きっと誰かがわたしの思いを繋いでくれると思う。
「それから、作者名は今のままで、わたしが書いていることは秘密にしてください。もうひとつは、トワレ書房でもこれからも異世界物語を売り続けてもいいですか? 部数は今までと同じぐらいです」
ふたりは顔を見合わせている。コストダウンできるハンテー出版の方が、安くできるだろうから、買う人はそっちを買うだろう。だから市場争いにはならないはず。
「え、それだけですか?」
「はい」
「なるほど、トワレ書房の未来を守りつつ、力をつけさせる、ということですね」
「わたしはできるだけたくさんの方に、読んでもらえたらと思っています。トワレ書房は良い出版物を出していますが、規模は小さいです。ですから、ハンテー出版で〝異世界物語〟を売っていただけるなら、市場も拡大しますし、わたしはありがたく思います」
トワレを育てたい、それだけじゃないよと言っておく。
最初にわたしの本を出してもらうことになったとき、トワレともそのことを話し合っているし、トワレがこの出版社ならと思うところが話を持ち込んできたらと、話はしてあったからね。
トワレも切実に編集&本の制作を学びたがっていたから。
あんまり大手だと、やっぱり女性ってのが壁になってくる。個人ではそう考えていることでなくても、会社の方針みたいなところで女性軽視は根付いている。個人に根付いているから、って根底ではあるんだけどね。みんな自分がそうだとは気づいていないから、個人的に関係を築きあげれば、女性でも尊重されたりするんだけど。本当のところは、過去から受け継がれてきた思いで根強く残っているのだ。
わたしは小さい頃、目標を掲げた。
わたしは大物になると。言葉通りの大物という意味ではない。
いないと困る人って定義。
小さいわたし、よく言った!
わたしはそうなりたいと思っている。
何者になれなくてもいい。
でもわたしがいなくちゃ困ると、誰かに駄々をこねて欲しいと思っている。
お菓子、カフェ、化粧品、そして物語でわたしは存在をアピールする。
物語に、過去からの決めつけで軽視されることのない世界の夢を紛れ込ませて。
ひと月後、異世界物語は今までトワレ書房から発刊されていた5巻を順次発売していった。なんとイラストまでついたから、グッと見栄えもよくなり、貴族のお嬢さんなんかにも買ってもらえるようになった。シンプルなトワレのものを好む人もいた。高いけどそちらを買ってくれる人も。
でも一番は両方買う人が多かったようだ。どちらも良さがあるという。
人が異世界物語のことを話しているのを聞くとこっぱずかしさがある。でも概ねいい感じに受け止められていて、嬉しい。恋物語では派閥があり、誰とくっつくかにみんな踊らされている。
ふっ、それはわたしだけが知っていると、ニヒルにほくそ笑むのが、わたしの密かな楽しみだ。
ふたりは愛想よく相槌を打つ。
「ひとつは、トワレ書房の代表でもあるトワレを、編集者として育てて欲しいのです」
こちらでは女性の進出はまだまだ難しい。
小さいといってもハンテー出版は、きちんとした下地のある会社だ。
ここでのノウハウをトワレが身につけることができれば、女性に寄せた本が花開くことが少しでも多くなる。
彼らは顔を合わせる。
「こちらとしてはいいですが、もう何冊も本を出されていますよね?」
今更、知っていることになるのにいいのかと尋ねられる。
「私は独自の方法で本を出してきました。新聞社のご用聞きをやらせていただいたところの見よう見真似です」
新聞社でずっとバイトをしていたものの、女性であるトワレにはご用聞きより難しい仕事はさせてもらえなかったという。一緒にバイトに入った同期がどんどん他の仕事を任され、後輩にも抜かされていく。
みんな同情はしても女性だから仕方ないと納得していた。
トワレは本を作る工程を一生懸命覚え、見ていた。
そしてこれぞと思う本を出版させてきた。作家が本を出すには面倒な作業を請負った。資金がそうあるわけでないので、少ない部数となり、それがまたコストが高くなる。負の連鎖と思えるところもあった。
わたしが資金を投資する方法もあるけれど、その投資先でわたしの本を出していたら、家内制手工業みたいになってしまう。貴族のお嬢さまが自分の本を出すために、出版社を乗っ取ったような。
そうなるのは嫌だった。
「ほう、それでここまでやれるのは、逆にすごいですよ」
感心されて、トワレは少し表情を和らげた。
お金の力でもなく、貴族の権威でもなく、物語を楽しんで欲しかった。楽しみながら、女性も男性と同じように暮らせる雰囲気を感じて欲しかった。差別はなくならなくても、差別をなくそうとしている気持ちに触れて欲しかった。
ずっと感じてきた。貴族と平民の壁。男性と女性の壁。第1王子殿下のことがあってから強く思うようになった。
差別はなくす方がいいと、わたしは思っているのだと。
差別といっても、社会的貢献度に対するもの、だけどね。
身体的な違いがあるのだから、全てを同じにできるとは思っていない。でも〝考え〟を持つ人族なのだから、助け合うことで補えることがあると思うんだ。
ただ、わたしが差別をなくそうと声高に叫んでも、それは誰にも響かない。だってわたしは貴族で、みんなから守られて安全なところにいるから、そんなことが言えるんだもの。
だからって、ひとり平民になったとしても、平民の言葉なんて、ますます誰にも届かなくなる。
だからわたしは、物語を書くことにした。民主制で女性軽視をなくそうとしている世界。というか、女性だからって見下すのはおかしいと言える世界。そんな世界だって、願えば作っていけることを感じて欲しいと思う。
それは見下されたことを悲しく思ったことのある人の胸に灯り、いつしか種はまかれていくだろう。わたしが生きているうちは変わらないかもしれないけど、いずれ、きっと誰かがわたしの思いを繋いでくれると思う。
「それから、作者名は今のままで、わたしが書いていることは秘密にしてください。もうひとつは、トワレ書房でもこれからも異世界物語を売り続けてもいいですか? 部数は今までと同じぐらいです」
ふたりは顔を見合わせている。コストダウンできるハンテー出版の方が、安くできるだろうから、買う人はそっちを買うだろう。だから市場争いにはならないはず。
「え、それだけですか?」
「はい」
「なるほど、トワレ書房の未来を守りつつ、力をつけさせる、ということですね」
「わたしはできるだけたくさんの方に、読んでもらえたらと思っています。トワレ書房は良い出版物を出していますが、規模は小さいです。ですから、ハンテー出版で〝異世界物語〟を売っていただけるなら、市場も拡大しますし、わたしはありがたく思います」
トワレを育てたい、それだけじゃないよと言っておく。
最初にわたしの本を出してもらうことになったとき、トワレともそのことを話し合っているし、トワレがこの出版社ならと思うところが話を持ち込んできたらと、話はしてあったからね。
トワレも切実に編集&本の制作を学びたがっていたから。
あんまり大手だと、やっぱり女性ってのが壁になってくる。個人ではそう考えていることでなくても、会社の方針みたいなところで女性軽視は根付いている。個人に根付いているから、って根底ではあるんだけどね。みんな自分がそうだとは気づいていないから、個人的に関係を築きあげれば、女性でも尊重されたりするんだけど。本当のところは、過去から受け継がれてきた思いで根強く残っているのだ。
わたしは小さい頃、目標を掲げた。
わたしは大物になると。言葉通りの大物という意味ではない。
いないと困る人って定義。
小さいわたし、よく言った!
わたしはそうなりたいと思っている。
何者になれなくてもいい。
でもわたしがいなくちゃ困ると、誰かに駄々をこねて欲しいと思っている。
お菓子、カフェ、化粧品、そして物語でわたしは存在をアピールする。
物語に、過去からの決めつけで軽視されることのない世界の夢を紛れ込ませて。
ひと月後、異世界物語は今までトワレ書房から発刊されていた5巻を順次発売していった。なんとイラストまでついたから、グッと見栄えもよくなり、貴族のお嬢さんなんかにも買ってもらえるようになった。シンプルなトワレのものを好む人もいた。高いけどそちらを買ってくれる人も。
でも一番は両方買う人が多かったようだ。どちらも良さがあるという。
人が異世界物語のことを話しているのを聞くとこっぱずかしさがある。でも概ねいい感じに受け止められていて、嬉しい。恋物語では派閥があり、誰とくっつくかにみんな踊らされている。
ふっ、それはわたしだけが知っていると、ニヒルにほくそ笑むのが、わたしの密かな楽しみだ。
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