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16章 ゴールデン・ロード
第723話 若君の野心①非道な国
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父さまとの約束通り、王都の家に呼び出し、ノエルに頼んでガインとお付きひとりだけ、領地の外れの家に連れてきてもらった。
客間には、わたしともふさま、それからガインとお付きの人だけにしてもらう。
ハンナがお茶を持ってきてくれて、ドアから出ていくと、ガインがあたりに目をやりながら言った。
「ここは凄いところだ。普通の家に見えるけれど、何重にも見張られている気がする。あんなことを伝えた後で、話し合いの場を持たれるとはと訝しんだけど、これなら納得だ。ここで君は安全なわけだね」
わたしはそれには答えなかった。
「……話し合いを承諾くださり、感謝します」
「本当に君は面白い。予想してなかった展開だよ」
お付きのひとりは赤髪の方だった。若君の後ろで立ったままだ。一応座るようには勧めたんだけど。
「それで? 俺と婚約する気になった?」
「いえ、それはあり得ません」
「酷いな」
「すみません。でも、嘘は言いたくありませんので」
「……じゃあ、なぜ?」
「新生ガゴチにわたしが必要とは、わたしに何ができるんですか?」
ガインは目をパチクリとした。
「なぜ、知りたがる? 知ってどうする?」
「婚姻を結ぶのは無理ですが、納得できて手伝ってもいいと思えるようなことなら、協力もやぶさかではないです」
ガインがわたしを見つめる。
「本気で言ってるのか?」
「冗談を言うために、呼び出したとでも?」
「あんたは怖くないのか? 俺はガゴチの直系だぞ? あの非道なことをして国を広げていった、蔑められる国だ。君にだって以前の俺とは思うなと進言したのに」
「……聞いただけですが、わたしもガゴチの行いをいいとは思えていません。けれど、国が成り立つまでに、どこでも大なり小なり非道なことが行われていることも知っています。ユオブリアもそうでした。初めて知った時は愕然としましたが」
「リディア嬢は決めつけないんだな」
「以前、過去からの戒めがある人を縛り、とても哀しい思いをしたのを見てきました」
みんな見知ったことは子孫に残そうとする。それは自分の子供たちに、少しでも佳く生きて欲しいから。
シュタイン領でも村を助けてくれた戒めがあった。土地神さまが怒ったら森の土を撒けと後世に伝えてくれていた。そのおかげで、領地の土地はとても早く生き返らせることができた。
いつだって発端はそんな優しい思いだったのではないかと思う。同じことで困らないように。でもそれは、いつどこで、どんなふうに刻まれていくかは誰にも予想ができない。
アイラのお父さんのマルティンおじさんが、アイラに幸せの量が決まっていると言ったのも、今ある幸せを受け入れろと言いたかったんだと思う。それがアイラには違う意味になって浸透していった。
王になった者の第一子は狂う。多分、魔力量が桁違いに生まれてくる人が多かったんじゃないかとわたしは思う。器と魔力量が合わないのだと。それで精神か身体が病むのだと。その統計結果は、人々に恐怖を植え付けるだけだった。
第一子は狂うのだと、それだけが心に残っていった。
狂うのなら初めから対処を。みんな自分と大切な人を守るために、誰かを糾弾した。それがこの場合、第1王子殿下だった。
彼は恐れられ、同時に見下され、生きていても、死んでいる者のように扱われた。
あんなことを企てたのが、それだけが理由ではないだろうけど、その環境が、人々の思い込みが、そしてそれを許してきた人たち、逆にそのことに見ぬふりをしてかかわろうとしなかった人たち、それから全く無関心な人たち。
そのすべての影響を受け、形作られて、あんなことが起こったのだと思う。
過去にあったこと。それを踏まえて自分がどこに属したいのか、それぞれの人が選ぶべきだ。
わたしは向き合いたい。向き合って、自分がどうするかは自分で決めたい。それによって何が起こったとしても、自分で決めたことなら納得できるから。
だからガインの真意を知りたい。わたしに何を求めているのかを知りたい。
「ガゴチは傭兵が集まってできた国。だから、強さが全て。親父やジジイが未だ幅をきかせている理由だ。ジジイは、神聖国にとりつかれている。神聖国としてガゴチを生まれ変わらせる気でいる。腹の中でどう思ってるのかわからないけど、7割の人がそれに賛同してる」
わたしは次に続く言葉を待った。
「神聖国には聖なる女王が必要だ。君はその条件に当てはまる。だから婚姻を結び、俺の代の国としたいんだ」
ガインがなぜ女王なんたらを知ってるの? シュシュ族しか知らないことのはずなのに。驚きを隠して尋ねてみる。
「神聖国にはどうして女王が必要なの?」
「君は、聖女候補と間違われて神聖国跡地に誘拐されたんだったね?」
わたしは頷く。
「その時、聖女の力が必要で、聖女に証を輝かせるって言ってたわ。聖女と女王は違うの?」
すっとぼけて情報を引き出そうと試みる。
「神聖国ってなんだか知ってる?」
「聖女さまの末裔が作った国だっけ?」
「まぁ、そうなんだけど。神聖国はエレイブ大陸の中で唯一、聖域を持つ国だったんだ」
聖域を知ってる? ガゴチの情報網は、他種族でしか知り得ないことも、網羅するレベルまで到達しているの?
「聖域って?」
何食わぬ顔で聞いてみる。
「ユオブリアに住んでいるとわからないだろうけど、ツワイシプ大陸は大地の力が溢れているんだ。それは、聖域が、何ヶ所もあるからだと言われている」
「聖域は力がある場所ってこと?」
「聖域は聖なる力が溢れる、神を倒せるほどの力のある場所だ」
わたしの喉が鳴る。
「神話を知ってる?」
「少しだけ」
「じゃあ知ってるのと重複するかな。でも、そこから話す。始まりはそこだと思うから」
そうして、ガインによる神話の話が始まった。
客間には、わたしともふさま、それからガインとお付きの人だけにしてもらう。
ハンナがお茶を持ってきてくれて、ドアから出ていくと、ガインがあたりに目をやりながら言った。
「ここは凄いところだ。普通の家に見えるけれど、何重にも見張られている気がする。あんなことを伝えた後で、話し合いの場を持たれるとはと訝しんだけど、これなら納得だ。ここで君は安全なわけだね」
わたしはそれには答えなかった。
「……話し合いを承諾くださり、感謝します」
「本当に君は面白い。予想してなかった展開だよ」
お付きのひとりは赤髪の方だった。若君の後ろで立ったままだ。一応座るようには勧めたんだけど。
「それで? 俺と婚約する気になった?」
「いえ、それはあり得ません」
「酷いな」
「すみません。でも、嘘は言いたくありませんので」
「……じゃあ、なぜ?」
「新生ガゴチにわたしが必要とは、わたしに何ができるんですか?」
ガインは目をパチクリとした。
「なぜ、知りたがる? 知ってどうする?」
「婚姻を結ぶのは無理ですが、納得できて手伝ってもいいと思えるようなことなら、協力もやぶさかではないです」
ガインがわたしを見つめる。
「本気で言ってるのか?」
「冗談を言うために、呼び出したとでも?」
「あんたは怖くないのか? 俺はガゴチの直系だぞ? あの非道なことをして国を広げていった、蔑められる国だ。君にだって以前の俺とは思うなと進言したのに」
「……聞いただけですが、わたしもガゴチの行いをいいとは思えていません。けれど、国が成り立つまでに、どこでも大なり小なり非道なことが行われていることも知っています。ユオブリアもそうでした。初めて知った時は愕然としましたが」
「リディア嬢は決めつけないんだな」
「以前、過去からの戒めがある人を縛り、とても哀しい思いをしたのを見てきました」
みんな見知ったことは子孫に残そうとする。それは自分の子供たちに、少しでも佳く生きて欲しいから。
シュタイン領でも村を助けてくれた戒めがあった。土地神さまが怒ったら森の土を撒けと後世に伝えてくれていた。そのおかげで、領地の土地はとても早く生き返らせることができた。
いつだって発端はそんな優しい思いだったのではないかと思う。同じことで困らないように。でもそれは、いつどこで、どんなふうに刻まれていくかは誰にも予想ができない。
アイラのお父さんのマルティンおじさんが、アイラに幸せの量が決まっていると言ったのも、今ある幸せを受け入れろと言いたかったんだと思う。それがアイラには違う意味になって浸透していった。
王になった者の第一子は狂う。多分、魔力量が桁違いに生まれてくる人が多かったんじゃないかとわたしは思う。器と魔力量が合わないのだと。それで精神か身体が病むのだと。その統計結果は、人々に恐怖を植え付けるだけだった。
第一子は狂うのだと、それだけが心に残っていった。
狂うのなら初めから対処を。みんな自分と大切な人を守るために、誰かを糾弾した。それがこの場合、第1王子殿下だった。
彼は恐れられ、同時に見下され、生きていても、死んでいる者のように扱われた。
あんなことを企てたのが、それだけが理由ではないだろうけど、その環境が、人々の思い込みが、そしてそれを許してきた人たち、逆にそのことに見ぬふりをしてかかわろうとしなかった人たち、それから全く無関心な人たち。
そのすべての影響を受け、形作られて、あんなことが起こったのだと思う。
過去にあったこと。それを踏まえて自分がどこに属したいのか、それぞれの人が選ぶべきだ。
わたしは向き合いたい。向き合って、自分がどうするかは自分で決めたい。それによって何が起こったとしても、自分で決めたことなら納得できるから。
だからガインの真意を知りたい。わたしに何を求めているのかを知りたい。
「ガゴチは傭兵が集まってできた国。だから、強さが全て。親父やジジイが未だ幅をきかせている理由だ。ジジイは、神聖国にとりつかれている。神聖国としてガゴチを生まれ変わらせる気でいる。腹の中でどう思ってるのかわからないけど、7割の人がそれに賛同してる」
わたしは次に続く言葉を待った。
「神聖国には聖なる女王が必要だ。君はその条件に当てはまる。だから婚姻を結び、俺の代の国としたいんだ」
ガインがなぜ女王なんたらを知ってるの? シュシュ族しか知らないことのはずなのに。驚きを隠して尋ねてみる。
「神聖国にはどうして女王が必要なの?」
「君は、聖女候補と間違われて神聖国跡地に誘拐されたんだったね?」
わたしは頷く。
「その時、聖女の力が必要で、聖女に証を輝かせるって言ってたわ。聖女と女王は違うの?」
すっとぼけて情報を引き出そうと試みる。
「神聖国ってなんだか知ってる?」
「聖女さまの末裔が作った国だっけ?」
「まぁ、そうなんだけど。神聖国はエレイブ大陸の中で唯一、聖域を持つ国だったんだ」
聖域を知ってる? ガゴチの情報網は、他種族でしか知り得ないことも、網羅するレベルまで到達しているの?
「聖域って?」
何食わぬ顔で聞いてみる。
「ユオブリアに住んでいるとわからないだろうけど、ツワイシプ大陸は大地の力が溢れているんだ。それは、聖域が、何ヶ所もあるからだと言われている」
「聖域は力がある場所ってこと?」
「聖域は聖なる力が溢れる、神を倒せるほどの力のある場所だ」
わたしの喉が鳴る。
「神話を知ってる?」
「少しだけ」
「じゃあ知ってるのと重複するかな。でも、そこから話す。始まりはそこだと思うから」
そうして、ガインによる神話の話が始まった。
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