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16章 ゴールデン・ロード
第722話 折れるペン
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まずアラ兄が、ドナイ侯爵とのあらましを父さまに話した。
ドナイ侯爵とは去年、ある村の水路工事で一緒に仕事をしたそうだ。そして今はとある国境の村の水路工事を請け負っている。
ドナイ侯爵はアラ兄に自分の親戚との婚約と、水路図作成の特許を取ったらどうだと盛んに持ちかけた。アラ兄はもちろんどちらも断っている。特許を取ると、そこに使う人がお金を払わなくてはならなくなるため、経費が莫大に跳ね上がってしまう。それに時間をかければ誰でもできることなのだから、早くできるというだけで、一人がせしめるものではないと、アラ兄は考えているようだ。
何度も断っているのに、ドナイ侯爵はしつこい。それに、なんとなく、その特許を、技術を、外国に持ち込みたいのでは?と思えて、アラ兄は侯爵を嫌厭してたみたいだ。
次はわたしの番だ。
わたしはモーリッツ・ヴェルナーのことを先に伝えた。
ひとりになった時に寄ってきて、「あなたの夫になる者です」と言ったと言ったら、父さまの持っていたペンが折れた。
父さまは何事もなかったように促す。
「それで?」
ドナイ侯爵が話を通したとか言ったので、兄が断ったと伝えたけど、話を聞かない人だったこと。それで生意気だから教育しなくちゃと手を取られたところで、ロビ兄が助けてくれたんだと。
それでも絡んできて、兄さまも加勢してくれた。でも、わたしのなんなのだと言われてしまって。
そこに出てきたのがガゴチの若君だ。
わたしに婚約を申し込んでいると言ったら、モーリッツ・ヴェルナーがガゴチと交流があるなんてだの、わたしが男をたらし込んでるだの言われて……。
持ち替えた父さまのペンがまた折れた。
アラ兄が父さまの手からペンを外した。
「それで?」
ロビ兄がガインにも兄さまにも、わたしを大切に思うのならと説いてくれて、兄さまがプロポーズしてくれたのだ。
流れを伝えれば、父さまはわたしが昨日馬車で寝てしまったところから話してくれた。
兄さまが父さまと母さまに、正式に婚約の承諾をもらう話をしたことを。
そしてとうとうガインに何を言われたのかを言うことになった。
ガインは新生ガゴチを打ち立てていくと言っていたのに、ガゴチは狙った獲物を必ず手に入れると言った。そしてわたしの意思で国に来て欲しかったけど、と。そして今までの自分とは思わないで欲しいと。絶対わたしを手に入れると。
父さまは痛みを我慢するような顔をした。
「リディー、学園も安全なところでなくなってしまった」
え?
「何を言うの? わたし、学園では無敵だよ?」
聖樹さまと繋がっているから。
「ガゴチの若君は成人していないし、筋を通そうとしているようにも見えた。だから大丈夫だと思っていたが、そう宣言をしてきたのなら、何をするかわからない」
「何をされても、わたしの方が魔力があるだろうし。だよね、もふさま?」
もふさまは頷く。
『それに、我もいる』
ほら、と父さまを見上げたが、父さまは眉を落としたままだ。
「リディー、クラスメイトを盾に取られたらどうする?」
え?
「一緒に来いと。来ないならひとりずつ息の根を止めると言われたらどうする?」
「……そんな」
「ガゴチは目的を果たすために手段は選ばない。そういう国だ」
父さまはため息を落とす。
「後半年ほどで、フランツは当主を退くそうだ。お前が16になるまで結婚はできないが、ふたりで領地か砦で暮らしなさい。それまで、リディーは領地で暮らすんだ。ルームで移動もできるし、ダンジョンも行ける。息苦しくはないだろう?」
「それは学園をやめろってこと?」
「……そうだ」
!
「……父さま、同じ理屈で領地も安全ではないわ」
「領地にはガゴチを入れない!」
「どこにいたって、盾に取ろうと思えば、なんでもできるわ」
「リー、リーの言いたいこともわかるけど、夏休みの間考えることにすれば? あと2日学園を休めば夏休みだ」
アラ兄がとりなすように言った。
考えるための材料が同じなら、結論はいつまでたっても一緒だ。
「……父さま、ガインを領地に呼んで話をしてもいい?」
みんな驚いた顔をした。
「……何を話すんだ?」
「事情を聞きたい。
わたしを必要としているみたいだけど、それは結婚しないとできないことなのか。もし協力でなんとかできることで、わたしが手伝ってもいいと思うようなことなら、協力は藪さかではないわ」
「リディーあの国をよく思いすぎている」
「そうかもしれない。でもわたしは、本当のところガインがどう思っているのかを聞きたいの。
2年前の第1王子、彼も生まれた時から狂う王子と決めつけられた。あんなに頭がよくて、すぐに考えを改めていける人なら、閉じ込められるのではなく、いろいろな人の考えを聞いていたなら、違う人生を歩んだと思う。
決めつけて、ただその人を否定することを選ぶなら、わたしはあの出来事から何も学ばなかったことになる。
確かにガゴチで生まれ、そこで育った人よ。大陸違いでもあるし、気持ちは理解できないままかもしれない。でも知ろうとすることなしに、ただ否定はしたくないの。
だから、お願い、父さま。ガインと話をさせて。ガインが何を考えてあんなことを言ったのか確かめさせて」
「リディー」
父さまはしばらく口を聞かなかった。
じりじりと時が過ぎるのを待つ。やっと父さまは口を開いた。
「わかった。王都の家に呼び、そしてノエルに領地の村はずれの家まで、転移で連れて来させなさい。お付きはひとりまで」
わたしもそう思っていたので、頷く。
「それから協力するかどうかも、その時に決めてはいけないよ。まず、話し合いをするだけだ」
「わかりました、父さま。ありがとう」
わたしは部屋に戻って、早速ガインに宛てて手紙を書いた。
ドナイ侯爵とは去年、ある村の水路工事で一緒に仕事をしたそうだ。そして今はとある国境の村の水路工事を請け負っている。
ドナイ侯爵はアラ兄に自分の親戚との婚約と、水路図作成の特許を取ったらどうだと盛んに持ちかけた。アラ兄はもちろんどちらも断っている。特許を取ると、そこに使う人がお金を払わなくてはならなくなるため、経費が莫大に跳ね上がってしまう。それに時間をかければ誰でもできることなのだから、早くできるというだけで、一人がせしめるものではないと、アラ兄は考えているようだ。
何度も断っているのに、ドナイ侯爵はしつこい。それに、なんとなく、その特許を、技術を、外国に持ち込みたいのでは?と思えて、アラ兄は侯爵を嫌厭してたみたいだ。
次はわたしの番だ。
わたしはモーリッツ・ヴェルナーのことを先に伝えた。
ひとりになった時に寄ってきて、「あなたの夫になる者です」と言ったと言ったら、父さまの持っていたペンが折れた。
父さまは何事もなかったように促す。
「それで?」
ドナイ侯爵が話を通したとか言ったので、兄が断ったと伝えたけど、話を聞かない人だったこと。それで生意気だから教育しなくちゃと手を取られたところで、ロビ兄が助けてくれたんだと。
それでも絡んできて、兄さまも加勢してくれた。でも、わたしのなんなのだと言われてしまって。
そこに出てきたのがガゴチの若君だ。
わたしに婚約を申し込んでいると言ったら、モーリッツ・ヴェルナーがガゴチと交流があるなんてだの、わたしが男をたらし込んでるだの言われて……。
持ち替えた父さまのペンがまた折れた。
アラ兄が父さまの手からペンを外した。
「それで?」
ロビ兄がガインにも兄さまにも、わたしを大切に思うのならと説いてくれて、兄さまがプロポーズしてくれたのだ。
流れを伝えれば、父さまはわたしが昨日馬車で寝てしまったところから話してくれた。
兄さまが父さまと母さまに、正式に婚約の承諾をもらう話をしたことを。
そしてとうとうガインに何を言われたのかを言うことになった。
ガインは新生ガゴチを打ち立てていくと言っていたのに、ガゴチは狙った獲物を必ず手に入れると言った。そしてわたしの意思で国に来て欲しかったけど、と。そして今までの自分とは思わないで欲しいと。絶対わたしを手に入れると。
父さまは痛みを我慢するような顔をした。
「リディー、学園も安全なところでなくなってしまった」
え?
「何を言うの? わたし、学園では無敵だよ?」
聖樹さまと繋がっているから。
「ガゴチの若君は成人していないし、筋を通そうとしているようにも見えた。だから大丈夫だと思っていたが、そう宣言をしてきたのなら、何をするかわからない」
「何をされても、わたしの方が魔力があるだろうし。だよね、もふさま?」
もふさまは頷く。
『それに、我もいる』
ほら、と父さまを見上げたが、父さまは眉を落としたままだ。
「リディー、クラスメイトを盾に取られたらどうする?」
え?
「一緒に来いと。来ないならひとりずつ息の根を止めると言われたらどうする?」
「……そんな」
「ガゴチは目的を果たすために手段は選ばない。そういう国だ」
父さまはため息を落とす。
「後半年ほどで、フランツは当主を退くそうだ。お前が16になるまで結婚はできないが、ふたりで領地か砦で暮らしなさい。それまで、リディーは領地で暮らすんだ。ルームで移動もできるし、ダンジョンも行ける。息苦しくはないだろう?」
「それは学園をやめろってこと?」
「……そうだ」
!
「……父さま、同じ理屈で領地も安全ではないわ」
「領地にはガゴチを入れない!」
「どこにいたって、盾に取ろうと思えば、なんでもできるわ」
「リー、リーの言いたいこともわかるけど、夏休みの間考えることにすれば? あと2日学園を休めば夏休みだ」
アラ兄がとりなすように言った。
考えるための材料が同じなら、結論はいつまでたっても一緒だ。
「……父さま、ガインを領地に呼んで話をしてもいい?」
みんな驚いた顔をした。
「……何を話すんだ?」
「事情を聞きたい。
わたしを必要としているみたいだけど、それは結婚しないとできないことなのか。もし協力でなんとかできることで、わたしが手伝ってもいいと思うようなことなら、協力は藪さかではないわ」
「リディーあの国をよく思いすぎている」
「そうかもしれない。でもわたしは、本当のところガインがどう思っているのかを聞きたいの。
2年前の第1王子、彼も生まれた時から狂う王子と決めつけられた。あんなに頭がよくて、すぐに考えを改めていける人なら、閉じ込められるのではなく、いろいろな人の考えを聞いていたなら、違う人生を歩んだと思う。
決めつけて、ただその人を否定することを選ぶなら、わたしはあの出来事から何も学ばなかったことになる。
確かにガゴチで生まれ、そこで育った人よ。大陸違いでもあるし、気持ちは理解できないままかもしれない。でも知ろうとすることなしに、ただ否定はしたくないの。
だから、お願い、父さま。ガインと話をさせて。ガインが何を考えてあんなことを言ったのか確かめさせて」
「リディー」
父さまはしばらく口を聞かなかった。
じりじりと時が過ぎるのを待つ。やっと父さまは口を開いた。
「わかった。王都の家に呼び、そしてノエルに領地の村はずれの家まで、転移で連れて来させなさい。お付きはひとりまで」
わたしもそう思っていたので、頷く。
「それから協力するかどうかも、その時に決めてはいけないよ。まず、話し合いをするだけだ」
「わかりました、父さま。ありがとう」
わたしは部屋に戻って、早速ガインに宛てて手紙を書いた。
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