プラス的 異世界の過ごし方

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16章 ゴールデン・ロード

第719話 デビュタント⑦お呼びでない

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 誰?
 見たことないんだけど。知らない人だよね?
 立たなきゃダメかな? 疲れたからもうちょっと休んでいたいところなのに。
 仕方なく立ち上がる。

「確かにわたしはリディア・シュタインですが、お会いしたことがありましたでしょうか?」

「これは失礼した。私がモーリッツ・ヴェルナーです」

 胸に手を当て、白い歯でニカっと笑ってくるけど。
 モーリッツ・ヴェルナー、誰?
 知らない人だよね?
 言葉を繋げないでいると、ヴェルナー氏は頭をかく。

「あなたの夫になる者です」

「は?」

 やべ、声に出してた。咳払いをしてごまかす。

「何かの間違いではないでしょうか?」

「ドナイ侯爵さまから話を通しているって言われましたよ?」

 ドナイ? あ、昨日の馬車の人!

「昨日偶然お会いした時に、そんな戯言ざれごとをおっしゃっていましたが、兄がきちんとお断りしました」

 事情を伝えたが、わたしの言葉に被せるように言ってくる。

「王子殿下とも伝手があるのですね。いろんな噂はあったし、婚約は破棄されているし、お顔も……でも聞いていたのとは全然違いますね、とても愛らしい。あなたのことは私が面倒をみましょう」

 わたしの話、聞いてない。
 わたしの目を見てくるから、一拍置いて突っぱねる。

「結構です」

 わたしは成人してない、今日がデビュタントのひよっこよ。婚約を破棄されたことがあるといっても、父さまほどの年上の人(相手がシヴァならともかく!)、しかも離縁したみたいなことを昨日言っていた気がする、そんな人に面倒みてもらう必要がどこにあるっていうのよ?
 たとえ結婚できなくても、わたしは面倒なんかみてもらわなくて結構!
 自分の力で生きていくわ。

「おやおや、意地をはらなくても。シュタイン家でも真ん中の落ちこぼれの君を、みんな心配しているとか。婚約をすれば、ご家族も安心されると思うよ?」

「たとえ結婚できなくても、自分の力で道を切り開いて行きますので、お気遣いなく」

「あー、そういうところねぇー」

 と天を仰ぎ、何やら納得した声を出す。
 そしてわたしに向き直る。

「女の子に何ができるっていうんだ? まぁ、君は何もできなくていい。家にいて好きにしていればいいよ。金はあるからな。シュタイン家の親戚や、王族と仲がいいなら、こうしてパーティーに出席して顔を繋いでくれれば、君の責務は終わり。あとは何をしていてもいい。悪くない提案だろ?」

 そりゃ父さまの年齢ぐらいの人から見れば、年端もいかない女の子なんて、なんの役にも立たないって思うのもわかるけど。でもそれだけじゃないよね。女を完全に見下しているところがカチンときた。

「女で加護持ちなんて、とんだ宝の持ち腐れだ。男ならそれだけで、さぞ出世できただろうに。私は優しいから奥方を閉じ込めたりしない。公式行事だけ参加してくれれば恋愛だって好きにしていい。私たちは年齢が離れすぎているからな。もちろん私に愛して欲しいというなら、思ったより君は可愛いから問題ない」

 カッと全身が熱くなる。
 わたし、貶められているのよね?
 でも、きっとこの人の頭の中で凝り固まっている思考なんだ。
 大切な人ならともかく、知らないどうでもいい人に、わたしの時間を使うことはない。
 だからわたしはにっこりと笑った。

「お断り、しましたので」

 もう話しかけてくれるなと移動しようとすると、手を取られる。

「これはちょっと教育が必要かなー。私は寛大だけど、生意気な態度を取られるのが一番嫌いなんだ」

「離してください」

「リー」

 やってきたロビ兄がおじさんの手を払ってくれた。そしてわたしを庇うようにする。

「妹に軽々しく触れないでください」

 ズバッと言ってくれた。

「初めまして、お兄さん。未来の妻に触れることが悪いですか?」

 ロビ兄は顔をしかめた。

「虚言癖でもあるんですか?」

 ロビ兄、面白い。わたしは一瞬状況を忘れて、笑いそうになってしまった。

「妹が妹なら、兄も失礼だな。出来損ないをもらってやるって言っているんだ。感謝されることだと思うが?」

「訂正しろ」

「は?」

「出来損ないってなんだ? 妹を知らないくせに、適当なことを言うな!」

 ロビ兄……。

「出来損ないを出来損ないって言って何が悪い?」

 モーリッツ・ヴェルナー氏が鼻で笑う。
 ロビ兄が殴りかかろうとした。

「ろ、ロビ兄!」

 ロビ兄の拳を捕らえ、止めたのは兄さまだった。

「……今日はリディア嬢の栄えあるデビュタント。めでたい席です、おさめてください」

 ロビ兄は兄さまの言葉を受けて、歯軋りしたけど、微かに頷く。

「リディア嬢を侮辱したことに対して、謝罪を要求します」

 兄さまは一歩も引かずにそう言った。

「あ? 何者だ? 私はヴェルナー。ドナイ侯爵さまより令嬢を頼まれた者だぞ?」

「ドナイ侯爵?」

 ロビ兄が口の中で呟いてわたしを見るから、わたしは迷惑顔で頷いて見せた。あの、昨日のやつよと心の中で言いながら。

「私はクラウス・バイエルン。侯爵の地位を賜っています」

 モーリッツ・ヴェルナーは少し怯む。

「そのバイエルン侯爵は、シュタイン嬢となんのかかわりがあるっていうんだ?」

 柄も悪くモーリッツ・ヴェルナーはほざいた。
 ムカつくやつ。

 約束の2年まであと半年ほどある。というのは、兄さまはヨハネスさんにバイエルン侯当主を引き継いで、フランツ・シュタイン・ランディラカに戻るつもりでいる。当主って一度退いたら2年は間を開けなくちゃいけないんだって。簡単にやめたり戻ったりができないための処置らしい。
 今、わたしと婚約話を進めると、バイエルン侯との婚約になってしまうので、時期を待っているのだ。
 だから、わたしたちの中ではいずれ婚約するのはしれていることだけど、まだ公けには出せない。

「では、俺が謝罪を要求しようか」

 そうニヤリと笑ったのは、青髪と赤髪のお付きを控えてやってきた、ガインだった。
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