プラス的 異世界の過ごし方

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15章 あなたとわたし

第711話 役目を終えた君⑦思いつきの役者名

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 個室で余韻に浸っていると、ノックがあった。
 劇団の人で、座長が挨拶をしたいそうだ。
 貴族の方に出向いていただくのはとんでもないことだと百も承知なのですが、どうか来てくださらないかと。
 兄さまが視線でどうする?と聞いてきて、わたしは行こうと言った。
 ベールをついた帽子をかぶれば、あの時の子ってわからないと思うし、素晴らしかったとだけ伝えたかった。

 それで、わたしたちは劇団の人について、役者たちの控室のようなところに通された。
 貴族ばりの衣装で、ホーキンスさんが手を胸に当て、わたしたちに挨拶をする。

「呼びつけるような失礼なことをして申し訳ありません。お時間をとってくださって感謝します」

「いえ、光栄です。人気役者が観客席にきたら大変なことになりますから」

 と兄さまは理解を見せた。ホーキンスさんはにっこりと笑う。

「ありがとうございます。バイエルン侯爵さま、シュタインのお嬢さま」

 貴族ってことで挨拶したいのかなと思ったけど、わたしたちって知ってたんだ。
 彼は言い募る。

「ゴーシュ・エンターさまより、おふたりが観に来てくださっていると、教えていただいておりました」

 アダムが言っていたのか。

「エンター氏と、知り合いですか?」

 兄さまが鷹揚に尋ねる。

「はい。……。リディアお嬢さまとも初めてではありません」

 え、わたしってわかってるの?

「あの時は目隠しをしておりましたから、わからないかもしれません。赤の三つ目でございます」

 ええええええええ?
 あ、声が………。
 赤の三つ目さんは、ホーキンスさんだったんだ!
 それでわたしのことも知っているのね。

「あの時もお世話になりました。そして今回のお芝居もとても素晴らしかったです!」

「それはありがとうございます、幸運の女神」

 そう言ってパチリとウインクを決めた。
 ホーキンスさん、わたしがリディア・シュタインだということだけでなく、あの時の子供ってわかってる?
 あ。赤の三つ目氏とリディア・シュタインは、一度だけ顔を合わせた。ロサの魔力をわたしに移すお芝居をしてもらった後だ。あの時、驚いた様子だったけど、わたしの顔を見て、赤髪ではないけれど、あの時の子供がわたしって気づいたんだろう。

「幸運の……女神、ですか?」

 その言葉に兄さまが反応を見せる。

「はい、リディアお嬢さまは、僕に幸運を運んできてくださいました」

 え、兄さまの前であの話をぶちまけるつもり?
 冷や汗が出る。

「幸運を?」

「はい。お嬢さまによって、姉と会うことができました。僕の家族に会うことができたんです」

 ?
 なんの話?

「僕は孤児で、スラムにいたところを前座長に拾われたと思っていました。
 お嬢さまはリーム領でラーナ・ホーキンスと会われたそうですね。そして、王都に行くことがあったら僕の劇を観るといいと勧めてくださったとか」

 兄さまにもそれは話したから知っている。
 わたしたちは、頷く。

「僕の劇を観て、楽屋を尋ねてきてくれました。そして泣き崩れた。僕は小さい頃、神隠しにあったようにいなくなった弟だと」

 え、えええ?
 ラーナ先生が話してくれた領での辛い出来事は、ラーナ先生自身のことだった。魔力の高い弟が急にいなくなった。人攫いに拐われたと思ったけれど、ひとりでフラフラ歩いていくのを子供が見ていた。
 ラーナ先生は弟であるホーキンスさんを探したけれど、見つからなかった。そのうち辛くなり、領にいられなくなって、領地から出て、転々と拠点を移して暮らした。
 ホーキンスさんは弟だと言われ困惑したけれど、ラーナ先生は足の裏の人差し指の付け根に黒子がありませんか?と聞いた。ホーキンスさんはそこにホクロがあったので驚いた。にわかには信じられないが、血の鑑定をしてもらったところ、ふたりが姉弟であることがわかった。

 ラーナ先生の弟の名はジェームズ・ホーキンスといった。
 幼いホーキンスさんは全てを覚えていなかった。それをいいことに、誰かがジェームズの響きを少しだけ変えて、ジェインズとして植えつけていったのかもしれない。
 ホーキンスさんは記憶はなかったけれど、自分で役者名をつける時に、ホーキンスという名前を使った。

 ラーナ先生はホーキンスさんが父親の若い時の肖像画にそっくりだったので、すぐにわかったという。
 そうして、離れ離れになっていた家族が会うことができた。わたしの一言がきっかけだと、とても感謝された。
 いえ、そんな。全然。わたしは何もしてないんだけど。
 でも家族がまた会えてよかったと思う。
 傷が癒えていなかったラーナ先生も元気になったそうだ。
 ご両親がホーキンスさんに会いに王都まで来て、感動の再開を果たした。そして今ラーナ先生はご両親を領地に送り届けているそうだ。

 ホーキンスさんがわたしの前で跪き、わたしの手を恭しく取った。
 そしてその指先に口を寄せる。

「僕の幸運の女神。僕はあなたの願いのために僕の力をいくらでも使います。なんでもおっしゃってください」

 あの時と同じ台詞。
 あ、やっぱり、ホーキンスさんは、わたしが赤髪の子だって気付いている。
 兄さまが、言いながら離さないホーキンスさんの手を払った。

「未婚の淑女に触れるのに、あまり長くてもいけませんよ」

 にこりと微笑む。
 ホーキンスさんは立ち上がった。

「これは申し訳ありません。貴族になってまだ日が浅いもので、作法なども付け焼き刃なのです」

 窘められても、大人の余裕でゆったり微笑む。

「この芝居はあなたが考えたのですか?」

 兄さまが尋ねる。

「はい」

 とホーキンスさんは頷いた。

「エンター氏からの依頼ではなくて?」

 あ、そっか。わたしの評判を払拭するようなお芝居だから、アダムが依頼した可能性もあるね。

「はい、僕の考えです。こういったものをやりたいと思っているとエンターさまにはお伝えしましたが」

「……お芝居の物語自体、それから年齢が違うことを感じさせない演技も、いいえ、そんなことを考えられずに物語に引き込まれました。笑って、泣いて、胸を打たれました。そして終わってから、……地に落ちたわたしの評判でしたが、角度を変えてみればと……わたしを励ましてくれるような物語でした。とても励まされました。感謝します」

 知らない人に何を思われようが言われようが気にしないと思っていたけれど、否定され続けるのは、結構辛い。それがわたしにも味方がいるって思わせてくれるお芝居は、今までに減り続けた何かを補ってくれた。

「リディアお嬢さま、世論はひっくり返りますよ。楽しみにしていてください。我が劇団の実力を」

 ホーキンスさんは自信ありげに微笑んだ。
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