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15章 あなたとわたし
第666話 彼女のはかりごと①術
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む・か・つ・く!!
冷静に、冷静になれ、自分。挑発に乗るべきではない。いや、挑発もしているつもりはないだろう。こいつは素でやってるんだから、イライラした方が負け。
だからわたしはにっこりと笑う。
「あら。アイラは身体は大きくなったようだけど、中身は7年前からちっとも成長していない昔のままね」
とやり過ごした。
アイラは解呪をしに、この部屋を訪れ、人型のわたしを見たとたん言ったのだ。
「リディアさまは大きくなられても、おばさまに似なかったんですのね。他のご家族はみんな美しいのに」
と。
わたしはそのまま続けた。
「アイラ、あなたは誤解しているようだけど、あなたとわたしは身分が違うの。昔なじみと許すのもここまでよ。次は容赦しないわ。なんでも殿下に解呪をさせてくれと強請ったのですって? あなたがそんな態度なら、赤の三つ目氏に解呪をしてもらうから、帰って結構よ」
アイラは唇を噛みしめた。
「つい、昔を思い出して、気さくに話しかけてしまいました。申し訳ありません。ご無礼をお許しください」
と頭を下げる。
「……いいわ。では、さっさと解呪をしてちょうだい」
高飛車に言いつける。
「おかしなことをしてみろ、ただでは済まさないからな?」
ロサも威嚇する。
「赤の三つ目が術をかけた後、トルマリンに術を見せた。同じようにアイリーンが術をかけた後、それを赤の三つ目に診てもらう、良いな?」
アイラは慎重に頷いた。
アイラはわたしの方に体の向きを合わせて、空中に何かを書きつけている。短い時間だったはずだけど、やけに長く感じた。
書き終えたのか、親指と人差し指で窓を作り、儀式めいた動きをさせ、最後にそれをわたしに送るような動作をした。
わたし的には何も感じなかった。
「術を送りました。1時間前後で、解呪できると思います」
アダムがアイラに隣の部屋で待機しろと言えば、ここで見守るみたいなことを言った。けれど、わたしが睨みつけると彼女は出て行った。
ロサが奥の調度品に隠れるようにしていた、トルマリンを連れてくる。
トルマリン氏はベッドのカーテン越しに、わたしをじろじろと見た。
「彼女は口だけでなく腕もあるようです。解呪に見せかけ、お嬢さまがおっしゃったように中に何か仕掛けています。……より確かに診るために、手に触れるお許しをいただけますでしょうか?」
わたしはベッドの中から手を差し出した。
冷たい指先にビクッとしてしまったけれど、トルマリン氏はわたしの手を握りしめる。目を瞑ったまま。
トルマリン氏の手があったかくなってきて、手からわたしの中に何かが入り込んできているような錯覚に陥る。
トルマリン氏がいきなり目を見開く。
「こ、これは!」
「なんだ?」
アダムが鋭く尋ねる。
「お嬢さま、意識がぼんやりされてませんね?」
「ええ、大丈夫よ」
「一刻も早い解呪が望まれます。説明は後でもよろしいですか?」
トルマリン氏がアダムに訴えかける。
アダムがチラッとわたしを見たので頷いた。
「解呪を先に」
トルマリン氏はわたしの手を離し、肘を外側に突き出し、自分の胸の前で掌を合わせた。
言葉とはまた違う音を聞いた。たとえるなら、魔物の寝息のような。低音と高音が組み合わさり、なんだかはわからないけど、でもどこか不安になる音の組み合わせ。
いつの間にか人差し指だけ立てて、後の指は組まれている。
その2つ合わせた人差し指をわたしに向け、しっかりとした発音で「解呪」と言った。
わたしの中に風が吹く。風が巡る。
もふさまが心配げに鳴いた。
それからしばらくの間、誰も何も話さなかった。
10分ぐらい経ったかな。
わたしはいきなり脱力した。
『リディア!』
『リー』
もふさまとアリが声を上げるのと同時に、トルマリン氏が
「解呪できたようです」
と言った。
「リディア嬢、大丈夫か? 気分は?」
ロサに確められる。
「なぜか、体が疲れているというか、怠いけど大丈夫」
「トルマリンよ、説明を」
彼はアダムに軽く頭を下げる。
「解呪は成功です。お嬢さまの中の、呪術の残滓である瘴気は、全て取り去りました」
あ、よかった。これで瘴気からわたしは解き放たれたんだ。
「解呪とは瘴気を活性化させ、全てを引き連れて外に出すものです。活性化レベルを下げた術にしましたが、瘴気の少ないお嬢さまにはそれでも負担だったのだと思います。ですが瘴気は身体から出ていきましたので、体もだんだん回復すると思います」
お医者さまみたい。説明してもらって、安心感に包まれる。
「トルマリンさん、ありがとうございます」
「い、いいえ。ええと、それでは続いて、アイリーンさんの術について話させていただきます」
わたしたちは、前のめりになった。
「解呪の中に他の術が組み込まれていました。お嬢さまから前もって聞いていなければ、見逃していたでしょう。それほど精巧なものですし、……解呪された後に、恐らく言葉により時間差で始まる呪術でした」
時間差にキーワード設定か。
「ですから、今は解呪された状態。種の術が発動されるまでは、赤の三つ目さんが見てもお嬢さまに術の残滓はないように見えたでしょう」
「時間差で始まる術は、どんなものだったんだ?」
待ちきれないというように、ロサが尋ねる。
「それが大きく言って〝依存〟の術のようでした」
「依存?」
「はい、対象は恐らくアイリーンさん自身。お嬢さまがアイリーンさんだけを頼り、他の者を信じられなくなるようなことだと思います」
わたしがアイラだけを信じ、アイラに依存する?
そ、そんな人生だったらトカゲ生の方がよっぽどマシ!
「か、解呪できたんですよね? わたしがアイラに依存することにはならないですよね?」
思わず尋ねてしまう。
「意識もはっきりされてましたから、依存の種も撒かれる前に解呪いたしました。発動される前の術の瘴気も、お身体のどこにも見当たりません。大丈夫です。解呪されています」
「あ……りがとうございます」
なんか、今のですっごく気力を使った。
冷静に、冷静になれ、自分。挑発に乗るべきではない。いや、挑発もしているつもりはないだろう。こいつは素でやってるんだから、イライラした方が負け。
だからわたしはにっこりと笑う。
「あら。アイラは身体は大きくなったようだけど、中身は7年前からちっとも成長していない昔のままね」
とやり過ごした。
アイラは解呪をしに、この部屋を訪れ、人型のわたしを見たとたん言ったのだ。
「リディアさまは大きくなられても、おばさまに似なかったんですのね。他のご家族はみんな美しいのに」
と。
わたしはそのまま続けた。
「アイラ、あなたは誤解しているようだけど、あなたとわたしは身分が違うの。昔なじみと許すのもここまでよ。次は容赦しないわ。なんでも殿下に解呪をさせてくれと強請ったのですって? あなたがそんな態度なら、赤の三つ目氏に解呪をしてもらうから、帰って結構よ」
アイラは唇を噛みしめた。
「つい、昔を思い出して、気さくに話しかけてしまいました。申し訳ありません。ご無礼をお許しください」
と頭を下げる。
「……いいわ。では、さっさと解呪をしてちょうだい」
高飛車に言いつける。
「おかしなことをしてみろ、ただでは済まさないからな?」
ロサも威嚇する。
「赤の三つ目が術をかけた後、トルマリンに術を見せた。同じようにアイリーンが術をかけた後、それを赤の三つ目に診てもらう、良いな?」
アイラは慎重に頷いた。
アイラはわたしの方に体の向きを合わせて、空中に何かを書きつけている。短い時間だったはずだけど、やけに長く感じた。
書き終えたのか、親指と人差し指で窓を作り、儀式めいた動きをさせ、最後にそれをわたしに送るような動作をした。
わたし的には何も感じなかった。
「術を送りました。1時間前後で、解呪できると思います」
アダムがアイラに隣の部屋で待機しろと言えば、ここで見守るみたいなことを言った。けれど、わたしが睨みつけると彼女は出て行った。
ロサが奥の調度品に隠れるようにしていた、トルマリンを連れてくる。
トルマリン氏はベッドのカーテン越しに、わたしをじろじろと見た。
「彼女は口だけでなく腕もあるようです。解呪に見せかけ、お嬢さまがおっしゃったように中に何か仕掛けています。……より確かに診るために、手に触れるお許しをいただけますでしょうか?」
わたしはベッドの中から手を差し出した。
冷たい指先にビクッとしてしまったけれど、トルマリン氏はわたしの手を握りしめる。目を瞑ったまま。
トルマリン氏の手があったかくなってきて、手からわたしの中に何かが入り込んできているような錯覚に陥る。
トルマリン氏がいきなり目を見開く。
「こ、これは!」
「なんだ?」
アダムが鋭く尋ねる。
「お嬢さま、意識がぼんやりされてませんね?」
「ええ、大丈夫よ」
「一刻も早い解呪が望まれます。説明は後でもよろしいですか?」
トルマリン氏がアダムに訴えかける。
アダムがチラッとわたしを見たので頷いた。
「解呪を先に」
トルマリン氏はわたしの手を離し、肘を外側に突き出し、自分の胸の前で掌を合わせた。
言葉とはまた違う音を聞いた。たとえるなら、魔物の寝息のような。低音と高音が組み合わさり、なんだかはわからないけど、でもどこか不安になる音の組み合わせ。
いつの間にか人差し指だけ立てて、後の指は組まれている。
その2つ合わせた人差し指をわたしに向け、しっかりとした発音で「解呪」と言った。
わたしの中に風が吹く。風が巡る。
もふさまが心配げに鳴いた。
それからしばらくの間、誰も何も話さなかった。
10分ぐらい経ったかな。
わたしはいきなり脱力した。
『リディア!』
『リー』
もふさまとアリが声を上げるのと同時に、トルマリン氏が
「解呪できたようです」
と言った。
「リディア嬢、大丈夫か? 気分は?」
ロサに確められる。
「なぜか、体が疲れているというか、怠いけど大丈夫」
「トルマリンよ、説明を」
彼はアダムに軽く頭を下げる。
「解呪は成功です。お嬢さまの中の、呪術の残滓である瘴気は、全て取り去りました」
あ、よかった。これで瘴気からわたしは解き放たれたんだ。
「解呪とは瘴気を活性化させ、全てを引き連れて外に出すものです。活性化レベルを下げた術にしましたが、瘴気の少ないお嬢さまにはそれでも負担だったのだと思います。ですが瘴気は身体から出ていきましたので、体もだんだん回復すると思います」
お医者さまみたい。説明してもらって、安心感に包まれる。
「トルマリンさん、ありがとうございます」
「い、いいえ。ええと、それでは続いて、アイリーンさんの術について話させていただきます」
わたしたちは、前のめりになった。
「解呪の中に他の術が組み込まれていました。お嬢さまから前もって聞いていなければ、見逃していたでしょう。それほど精巧なものですし、……解呪された後に、恐らく言葉により時間差で始まる呪術でした」
時間差にキーワード設定か。
「ですから、今は解呪された状態。種の術が発動されるまでは、赤の三つ目さんが見てもお嬢さまに術の残滓はないように見えたでしょう」
「時間差で始まる術は、どんなものだったんだ?」
待ちきれないというように、ロサが尋ねる。
「それが大きく言って〝依存〟の術のようでした」
「依存?」
「はい、対象は恐らくアイリーンさん自身。お嬢さまがアイリーンさんだけを頼り、他の者を信じられなくなるようなことだと思います」
わたしがアイラだけを信じ、アイラに依存する?
そ、そんな人生だったらトカゲ生の方がよっぽどマシ!
「か、解呪できたんですよね? わたしがアイラに依存することにはならないですよね?」
思わず尋ねてしまう。
「意識もはっきりされてましたから、依存の種も撒かれる前に解呪いたしました。発動される前の術の瘴気も、お身体のどこにも見当たりません。大丈夫です。解呪されています」
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