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15章 あなたとわたし

第659話 vs呪術師⑪強気の理由

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「本当に幼なじみなのか?」

 地下の基地へと送ってくれたロサに聞かれて、わたしは頷いた。
 明日、術が解かれるということは、人型に戻っておく必要がある。その後眠ることになるし。

「お嬢さま、どうかなさいましたか? 顔色が……」

『新しい呪術師は、砦を追放されたアイラだった』

 その事実をもふさまから聞くと、兄さまは息を呑む。

「わたし、人型になっておいた方がいいよね?」

 アイラのことをロサやアダムに話すべきなのはわかっていたけれど、口にするのは憚られ、わたしは人型に戻って眠ることを選んだ。
 ロサも明日の午前中にまたこちらに来ると告げ、帰っていく。

 今だけ、乗っ取りとか、敵が何を考えているとか考えずに、ただ眠りたかった。好きなものに囲まれて。
 兄さまはわたしをベッドの中に入れて、近づいてきて、優しく口づけをした。
 何回やっても変化は慣れそうにないけれど、わたしは人型に戻る。
 そして心配そうな顔をしている兄さまやもふさま、もふもふ軍団に見守られながら眠りについた。




 朝だ。まぶたの向こうが明るい。
 目を開けるのが億劫だけど、力を入れてまぶたを押し上げる。

「おはよう」

 もふさまは、だいたいわたしより前に起きている。目を覚ますと、温かい眼差しに見守られていることが多い。
 もふさまに挨拶すれば、レオ以外のみんながわたしの顔に落ちてきた。
 く、苦しいから。息できないから、マジで!
 みんなを強めに抱きしめる。
 最後にもふさまに顔を埋めて、匂いを嗅ぐ。

 たっぷり眠った!
 アイラとのことはもう踏ん切りがついていたはずなのに。
 時が7年も経っているのに、わたしは未だ彼女が怖かった。
 最初にあんな取り乱した自分に驚いた。
 彼女は乗っ取りの一派なのかなと思う。
 新しい環境で、穏やかに暮らしていて欲しかったけど、この一連のことと無関係ではないだろう。それが悔しかった。

 着替えてから食堂へ行くと、兄さまに心配された。
 魔力はやっぱり満タンではないが、問題ないと伝える。
 起きてきたアダムの顔色が悪い。言葉をかけると、大丈夫だと気丈に言った。
 朝ごはんを食べてから、アダムは居間にわたしたちを呼ぶ。

「彼女とは幼なじみなのか?」

 尋ねられ、うん、と頷く。

「彼女はどんな人間だ?」

 と聞かれ、少し困る。
 7年前までの彼女しか知らないといえば、それでいいという。
 生い立ちを本人のいないところで話すのは気がひけるが、そんなことを言っている場合でないので、知っていることを話した。

「君が、そんな攻撃されるままになっていたの?」

「わたしにも小さい頃はあったのよ」

 恐らくわたしが出会った、一番初めの、わたしに悪意を持った人。
 小さすぎるわたしには、それはひたすら恐ろしいことだった。哀しいことだった。でも恐ろしいことも哀しいことも、わたしには初めての感情で、どう対応していいかわからなかった。その感情をうまく言葉にできなくて、わたしは心に蓋をして、ただあきらめて、内にこもるしかなかった。

 あれから7年過ぎた。
 アイラはアイラで、年少期に辛い目にあっていた。それがアイラを形作るのに深く影を落としていたと思う。だから余計に、穏やかに幸せでいて欲しいと思っていたけれど、彼女がこの一連のことに無関係ということはあり得ないだろう。
 モヤモヤした思いは残るが、わたしは、わたしとわたしの大切なものを守るために戦う。それがたとえ、どんな相手だとしても。

『リーの天敵ってこと?』

 アリがうまいことを言う。

「そうね、7年前ならそうだったかもしれないけど、今はもう天敵ではないよ」

『リー負けない?』

『退治してやる!』

「クイ 、もう自分でできるから大丈夫よ、ありがとう」


「呪術師からどんな話があったのですか?」

 兄さまが尋ねる。

 アダムは一瞬だけ視線を下に落とした。

「本物の第1王子殿下はどこです?と尋ねられた」

 え?

「お前は目が見えていないのかと問えば、自分が本物だという術はかけられていませんよね? 自分は呪術師だから、そういうことはわかると言った。僕は取り合わなかったけど、脅してきた。陛下との血の鑑定をすれば一発でわかる、と。
 実際そこまでしなくても、疑問を投げかけるだけで、議会は動くと。
 自分は呪術師として選ばれた証拠が欲しい。だから魔力を移す術は赤の三つ目氏に任せてもいいが、解呪は自分にやらせて欲しい、と。
 叶えてくれれば火種になるような発言は自分は絶対にしないし、今後も何かを要求したりしない、ってね」

 アダムは出ていけと言ったが、解呪だけさせて欲しい、そうしたらあとは何もしないと言い募るばかり。衛兵を呼び摘み出すこともできたが、それがメラノ公も知っていることなのか、はかることができず、アダムは立ち上がり、自分がくだらないことに付き合っていられないと部屋を出ることにした。
 その背中にアイラは言った。

「気が変わったら、解呪をさせてください。他は望みません。……もしリディアさまが人型に戻る前に、そんな疑惑が出たら、どこからはかりごとかという話になって、一生猫のままになってしまうかもしれませんわね?」

 完全な脅しだ。
 たとえアダムが本物の王子殿下だとしても、そういった疑惑が囁かれたが最後、とりあえずわたしが人型に戻る儀式は止められるだろう。

 調べてアダムが本物だと証拠が出たら、アイラは極刑となるだろう。あの子は自分が犠牲になればいいというような、殊勝な心根はないはずだ。
 ということは、自信がある? 何か感じ取ってるの?
 それにしても、アイラがその場で斬られなかったのは運がいい。王族に偽物かなんて突きつけるなんて、自殺志願者としか思えない。
 呪術師の実態がわからないから、本当にアダムを王子殿下ではないと感じ取れた意味がわからない。どうしてわかったのかがわからない! 呪術師ならみんなわかるのかな?

「心配するな。彼女に解呪などさせないから……。問題は術を施す前にそんな話を持ち出されることだ。ここで排除すればメラノ公が黙っていないだろうし。……メラノ公が示唆したり、知っていたら厄介だ」

 メラノ公はアダムと話すと言ってたアイラに、本気で驚いていたように見えたけど……演技かもしれないしね。
 それにもし調べることになって、アダムが本物ではないとバレたら……。それこそ、アダムに王家乗っ取りの嫌疑が、謀反、反逆って話にされてしまうんじゃ? 陛下や王妃さまのご実家が守ってくれればいいけど、もしアダムひとりのしたことだと押し付けられたら?

 ……待って。その流れ、そうそそのかしたのわたしって話も出てこない?

「どうなさいますか?」

「……とりあえず、術師にそう言われたってことは、陛下に報告する」

「報告はもちろんだけど。いいわ、アイラに解呪してもらいましょう」

 わたしが言うと、アダムや兄さまだけでなく、もふさまやもふもふ軍団からの視線が刺さった。
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