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15章 あなたとわたし
第650話 vs呪術師②邂逅
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「その猫の姿のお嬢さまをいくら見ても、私には呪いの波動は感じられません。ですから、元々猫になる呪いではなく他の用途の呪術が用いられたか、人の姿には戻っていませんが、もう呪いは解けていると思われます」
これはアダムと考えたこと。わたしに呪術をかけた人にそう思ってもらいたいこと。
「どういうことだ? 詳しく申せ」
「はい。呪術も多岐にわたるものではありますが、自由自在に術を組めるものではございません。はっきり申し上げますと、人から獣へと身体の組織を組み替えるという術式は高度すぎるのです」
「高度だと?」
「はい。組み替える場合、人と猫の身体の組織の詳細が必要となってきます。けれど、医師でも組織の詳細は把握しているかわかりかねます。その知識を用いたとしても、生き物である猫や人となれるのか、私には想像がつきかねます」
アダムは眉根をぐっと寄せる。
「不完全な知識を用いた場合、どうなるのだ?」
「術として成立せずに何も起こらない。それか、変化した途端、生き物として機能しない身体の設計図ですから、息の根が止まるでしょう」
この役者さん、うまいなー。
専門士が淡々と感情はなく、仕事に与している事実を説明している感じ。
わたしは実は呪術師をよく知らないわけだけど、勝手にイメージしている何かがあり、そこをうまく掴み取っているように感じられる。
「……では赤の三つ目は、彼女にどんな呪術が用いられたと思う?」
「呪術は禁じられたものでございます。かくいう私も、基本を知っているだけです。恐らく、その基本の中で一番高度であるものが、用いられたのだと思います」
「それはどんな呪いだ?」
「はい。……それは媒体から接触し、瘴気を増やし続け、瘴気の鎖で心の臓の動きを止めるものでございます」
アダムが軽く瞠目する。口に手をやり、その手で顎を絞るようにした。
「婚約者さまに何かしらのスキルがあり、呪術の真の目的を変化させたのでしょう。その副作用としてお姿が変わられたのではないかと推察します」
赤の三つ目さんは本当の呪術師ではない。わたしたちも、呪術のこと、呪術師のことをよく知っているわけではない。そこを突っ込まれないための予防線を張ることにした。それがこのやりとりだ。
実際どんな呪いがかけられたかはわからない。それをわたしのスキルで、呪術自体も、姿も〝変化〟した。トカゲの姿は呪いにかかっているとはステータスに出なかった。これ変化する前もわたしのステータスに異常は出ていなかったから、微妙ではあるけど。
でもわたしの変化のスキルからいっても、トカゲ化は呪術を乗り切った証拠みたいなものだから、わたしのその状況に合わせて脚本を作ったのだ。
敵の呪術師さんが聞いて、〝は?〟と思われるかもしれないけど、事実なので、そこは強味となるはず。
「……ではその副作用とやらは、いつになったら治るのだ?」
「それはわかりません。ただ私にはひとつ提案できる術がございます。確実に人の姿に戻せるとは言い切ることができません。ですが、ぜひ、婚約者さまのお姿を戻すのに、私の力を使わせてください」
赤の三つ目は、そういって手を胸にあて、頭を下げた。
アダムは重たい息をついた。
「バーデン・カラザース男爵よ、そちらの呪術師を紹介してくれるか?」
「はい、殿下。こちらは……私の領地に流れてきた元呪術師でございます」
バーデン・カラザース男爵が促すと、背中を丸めた呪術師はぎこちなくアダムに頭を下げた。
「殿下の御前であるぞ、その指を動かすのをやめなさい」
メラノ公が注意する。
『リディアよ、この者は……』
「(うん……)きゅっ」
もふさまもチラチラ見ていると思ったけど、やはり気づいたようだ。
「……それはいい。けれど、バーデン・カラザース男爵よ、元呪術師と言ったか?」
アダムが首を傾げる。
「第1王子殿下に、ご挨拶申し上げます。私はトルマリンと申します。私は元呪術師です。今、呪術を使うことはできません。でも私には知識がございます。赤の三つ目氏を手伝わせてください。そしてリディア・シュタインさまを元のお姿に戻すお手伝いがしたいのです」
アダムが目を細める。
「ありがたいが、自分で呪術が使えないのに、どうして手伝いをと望む? 男爵に罪とはならない誓約書を書いたが、名乗り出れば呪術師とのことで危険もあったろう。今、呪術師でないのなら、どうして名乗り出た? 男爵が勝手に名乗り出たのか?」
「いいえ、男爵さまから殿下が呪術師を探しているようだと打診いただき、私がお願いしたのです」
「では、どうしてだ? 報酬をあてにしてか?」
「いえ、私には術をかけることはもうできませんし、報酬はいりません。でも人の姿に戻るお手伝いができたなら、ひとつ願いをかなえていただきたいのです」
アダムは微かに首を傾げる。
「ほうー、それはどんな願いだ?」
「シュタイン伯爵さまと奥さまに、会わせていただきたいのです」
「……会って何を望む?」
「それを申し上げるのは、お許しください。機会を作っていただいても、シュタイン伯爵さまがお会いになってくださらなかったら、それであきらめます」
父さまと母さまに会いたい、それが決め手となる。やっぱり、このトルマリンは〝あの人〟だ。
「(もふさま、アダムに、会うって。会うから、話を進めるように言って。)きゅ、ぴーぴー、きゅ、きゅう。きゅー、ぴっぴきゅうきゅっ」
もふさまはタンとジャンプしてアダムの膝に乗り、アダムに耳打ちする。
あ、距離はある程度とっているといっても、メラノ公たちに聞こえちゃうかもしれないものね。
アダムは、もふさまをひとなでして、わたしに視線をチロリと向ける。
見えてないはずなので、勘でもふさまの背中を見たのだろうけど、ピッタリ賞だ。目があったかと思った。
「では、それは姿を戻せた時の話として、トルマリンの知識を披露してもらおうか。彼女が今どういう状態なのか」
これはアダムと考えたこと。わたしに呪術をかけた人にそう思ってもらいたいこと。
「どういうことだ? 詳しく申せ」
「はい。呪術も多岐にわたるものではありますが、自由自在に術を組めるものではございません。はっきり申し上げますと、人から獣へと身体の組織を組み替えるという術式は高度すぎるのです」
「高度だと?」
「はい。組み替える場合、人と猫の身体の組織の詳細が必要となってきます。けれど、医師でも組織の詳細は把握しているかわかりかねます。その知識を用いたとしても、生き物である猫や人となれるのか、私には想像がつきかねます」
アダムは眉根をぐっと寄せる。
「不完全な知識を用いた場合、どうなるのだ?」
「術として成立せずに何も起こらない。それか、変化した途端、生き物として機能しない身体の設計図ですから、息の根が止まるでしょう」
この役者さん、うまいなー。
専門士が淡々と感情はなく、仕事に与している事実を説明している感じ。
わたしは実は呪術師をよく知らないわけだけど、勝手にイメージしている何かがあり、そこをうまく掴み取っているように感じられる。
「……では赤の三つ目は、彼女にどんな呪術が用いられたと思う?」
「呪術は禁じられたものでございます。かくいう私も、基本を知っているだけです。恐らく、その基本の中で一番高度であるものが、用いられたのだと思います」
「それはどんな呪いだ?」
「はい。……それは媒体から接触し、瘴気を増やし続け、瘴気の鎖で心の臓の動きを止めるものでございます」
アダムが軽く瞠目する。口に手をやり、その手で顎を絞るようにした。
「婚約者さまに何かしらのスキルがあり、呪術の真の目的を変化させたのでしょう。その副作用としてお姿が変わられたのではないかと推察します」
赤の三つ目さんは本当の呪術師ではない。わたしたちも、呪術のこと、呪術師のことをよく知っているわけではない。そこを突っ込まれないための予防線を張ることにした。それがこのやりとりだ。
実際どんな呪いがかけられたかはわからない。それをわたしのスキルで、呪術自体も、姿も〝変化〟した。トカゲの姿は呪いにかかっているとはステータスに出なかった。これ変化する前もわたしのステータスに異常は出ていなかったから、微妙ではあるけど。
でもわたしの変化のスキルからいっても、トカゲ化は呪術を乗り切った証拠みたいなものだから、わたしのその状況に合わせて脚本を作ったのだ。
敵の呪術師さんが聞いて、〝は?〟と思われるかもしれないけど、事実なので、そこは強味となるはず。
「……ではその副作用とやらは、いつになったら治るのだ?」
「それはわかりません。ただ私にはひとつ提案できる術がございます。確実に人の姿に戻せるとは言い切ることができません。ですが、ぜひ、婚約者さまのお姿を戻すのに、私の力を使わせてください」
赤の三つ目は、そういって手を胸にあて、頭を下げた。
アダムは重たい息をついた。
「バーデン・カラザース男爵よ、そちらの呪術師を紹介してくれるか?」
「はい、殿下。こちらは……私の領地に流れてきた元呪術師でございます」
バーデン・カラザース男爵が促すと、背中を丸めた呪術師はぎこちなくアダムに頭を下げた。
「殿下の御前であるぞ、その指を動かすのをやめなさい」
メラノ公が注意する。
『リディアよ、この者は……』
「(うん……)きゅっ」
もふさまもチラチラ見ていると思ったけど、やはり気づいたようだ。
「……それはいい。けれど、バーデン・カラザース男爵よ、元呪術師と言ったか?」
アダムが首を傾げる。
「第1王子殿下に、ご挨拶申し上げます。私はトルマリンと申します。私は元呪術師です。今、呪術を使うことはできません。でも私には知識がございます。赤の三つ目氏を手伝わせてください。そしてリディア・シュタインさまを元のお姿に戻すお手伝いがしたいのです」
アダムが目を細める。
「ありがたいが、自分で呪術が使えないのに、どうして手伝いをと望む? 男爵に罪とはならない誓約書を書いたが、名乗り出れば呪術師とのことで危険もあったろう。今、呪術師でないのなら、どうして名乗り出た? 男爵が勝手に名乗り出たのか?」
「いいえ、男爵さまから殿下が呪術師を探しているようだと打診いただき、私がお願いしたのです」
「では、どうしてだ? 報酬をあてにしてか?」
「いえ、私には術をかけることはもうできませんし、報酬はいりません。でも人の姿に戻るお手伝いができたなら、ひとつ願いをかなえていただきたいのです」
アダムは微かに首を傾げる。
「ほうー、それはどんな願いだ?」
「シュタイン伯爵さまと奥さまに、会わせていただきたいのです」
「……会って何を望む?」
「それを申し上げるのは、お許しください。機会を作っていただいても、シュタイン伯爵さまがお会いになってくださらなかったら、それであきらめます」
父さまと母さまに会いたい、それが決め手となる。やっぱり、このトルマリンは〝あの人〟だ。
「(もふさま、アダムに、会うって。会うから、話を進めるように言って。)きゅ、ぴーぴー、きゅ、きゅう。きゅー、ぴっぴきゅうきゅっ」
もふさまはタンとジャンプしてアダムの膝に乗り、アダムに耳打ちする。
あ、距離はある程度とっているといっても、メラノ公たちに聞こえちゃうかもしれないものね。
アダムは、もふさまをひとなでして、わたしに視線をチロリと向ける。
見えてないはずなので、勘でもふさまの背中を見たのだろうけど、ピッタリ賞だ。目があったかと思った。
「では、それは姿を戻せた時の話として、トルマリンの知識を披露してもらおうか。彼女が今どういう状態なのか」
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