プラス的 異世界の過ごし方

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14章 君の味方

第604話 聖なる闇夜の祝い唄③聖酒

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 もふさまが帰ってきた。白いはずの毛先が少し生成色に見える。くたびれた印象だ。

「もふさま、疲れてる? 大丈夫?」

『我はなんでもない。リディアよ、これを飲め』

 え?
 瓢箪? 先っちょを枝で栓している。

『聖酒だ』

「聖酒?」

『聖なる力を注いだ酒。聖なる力が聖水より密だ。リディアは聖なる者寄りだから、きっと効く』

 キラキラした目で勧められ、ヨレヨレになって取ってきてくれたんだと思うと、〝酒〟というところでためらいがあるけれど、そうとは言えず。
 わたしは瓢箪を受け取り、栓をキュポッと開けた。

『魔のかかった入れ物だ、そのまま飲むが良い』

 魔法の水筒か。きっと口をつけて飲んでも、問題ないような浄化システムがついているのだろう。
 わたしは目を瞑って、瓢箪を煽った。ひと口、コクンと飲む。
 アッツイ。
 喉が焼けるようだ。熱いものがわたしの中に伝わりながら、落ちていく。
 いけない! 瓢箪がわたしの腕から転がった。タプタプと入っていたはずなのに中身は溢れなかい。あ、魔法がかかっているからか、なんて思っているうちに、わたしはバタンキューとブラックアウトした。



 起きたときの爽快さは、どんな言葉を使っても言い表せない。
 目がぱちっと開いた。鳥のさえずりが聞こえる。
 体が軽い。頭は冴え渡り、今ならなんでもできそうな気がした。
 体も動く! ボードを見れば、魔力が戻ってる!
 635で停滞していた魔力が!
 もふさまも目を開けていた。

「もふさま、魔力が満タン!」

 横のもふさまを抱きしめれば、どこにいたのかソックスが間に入ってきて、なーごなごと頬擦りしてくる。

「おはよう、ソックス」

『聖酒の力は凄まじいな。やはりリディアは聖なる者寄り、ということだ』

「聖なる者寄り?」

『聖女候補とは神属性のスキルを持つことが条件だとしたら、リディアにはそれがないのだと思ってな。それにシュシュ族はお前が聖なる方を降ろせるというし、リディアが聖なる者寄りなら、聖酒を飲めば効果があると思ったんだ』

「聖酒ってどこで手に入れたの?」

『我の前の森の護り手の物だ。奴が引退してから、何度か会った』

 護り手は代替わりするんだね。

「やっぱり、スノーウルフなの?」

『いや、黒狼だ』

 黒い狼か!

『我が護り手になってからはなかったが、奴の時は神獣と諍いが絶えなかったらしい。神獣と戦うのに、聖酒を撒いてやったと聞いたのを思い出した。神属性の者には毒となるが、聖なる者たちには何にでも効く万能薬となる』

「……遠かったんだよね? もらいに行ってくれたんだ?」

『とっくに奴はくたばった。奴のことだから、きっと残していると思ってな』

 もふさまは少し照れたように横を向いた。
 フルっと身をふるわせれば、もふさまの毛は真っ白、艶やかになる。それが戻らないということは……。こんな毛を汚してまで、大変な道のりと距離を、全速力で取ってきてくれたんだと思う。

「もふさま、ありがとう。わたし、すっごく元気になった!」

『よかったな』

「うん。これで、いつ敵がきても大丈夫」

 これでいつでも向かい打てる! 戦ってやる!
 かかってきやがれ。
 一生来ないなら、その方がいいけど……。




 朝ごはんまでには、まだ時間があった。
 ミラーハウスの庭先で日向ぼっこをしていると、空が急に暗くなる。
 驚いて立ち上がった。もふさまも険しい目をして大きくなる。
 ソックスがにゃご?と 不安そうにひと鳴きした。
 雷鳴と共に、庭に光が舞い降りた。
 ここはミラーハウス。この領域にやってこれるということは、人ではないね。

 ハレーションを起こしていたような光が、やがて落ち着いてゆき……光じゃなくて火?
 火を纏っている?
 シカ? とても立派な角が、枝分かれした木のように頭の上で主張している。
 ソックスがわたしの肩へと登ってきた。
 もふさまがのそりとわたしの前に立つ。
 あちらものそりのそりと距離を詰めてくる。

『お前、森の守護者か?』

 火を纏ったシカが喋った。

『いかにも。尋ねるときは、己《おの》がまず名乗れ』

 シカは少し口を閉ざした。

『……これは失礼した。我は神より大地の守護を任された神獣・ノックス』

 ソックスが、にゃあと鳴く。

「ソックスが呼ばれたんじゃないよ、あちらはノックスさまだって」

「にゃ?」

『なんだお前は? ……人族?……人族の幼子よ、お前は我の言葉を理解するのか?』

「はい、わかります。わたしはリディア・シュタインと申します。神獣・ノックスさま。この子はソックスといいます」

『神獣よ、ここに何をしに来た?』

 もふさまが吠える。冷静そうだけど、苛立っている。もふさまが纏う気がピリピリしている。

『眷属から、前森の守護者の〝聖酒〟を持ち去った者がいると報告があった。〝聖酒〟で何をするつもりなのか尋ねるために追ってきた』

『その理由を話す謂れはない。だが、神に属する者への、〝手段〟として使うつもりはないとだけ、言っておこう』

 もふさまは、フンと鼻を鳴らす。
 お互い名前を聞いたぐらいだから初めて会ったのだと思う。でもふたりとも肌が合わない感じだ。

 ノックスさまが一歩一歩と近寄ってくる。もふさまには構わず、わたしに歩み寄る。火を纏って見えるけれど、それは幻影なのか、熱くもなんともなかった。
 ノックスさまはわたしの肩に鼻を寄せて、わたしの匂いを嗅ぐ。
 何? わたし、臭いの??
 昨日まで動けなかったから、体を拭いてやり過ごしていた。

『上質な魔だ……』

 あ、魔力か……。

『淀みのほとんどない。神力にも劣らない……なんて心地の良い』

 わたしの顔に鼻を寄せようとしたとき、もふさまが割って入ってきた。

『神獣よ、リディアにそれ以上近くな!』

『なぜお前が怒るのだ? お前はこの娘のなんなのだ?』

『我はリディアの友達だ!』

『なんだと? 娘、それはまことか?』

「はい、わたしはもふさまの友達です」

『もふさま? それがお前の名か?』

『これは友達のリディアがつけてくれた名だ』

 もふさまが誇らしそうに言う。
 ノックスさまは、黒曜石のような真っ黒の瞳でわたしを見た。

『聖なる守護者が、人族と友達だと?』

 なんかガビーンと効果音が聞こえてきそうだ。

『ずるいぞ、羨ましい!』

 羨ましいんだ……。

『羨ましいなら、お前も友を作れば良かろう』

 鼻高々にもふさまは言った。

『話せる人族とは初めて会った』

 ノックスさまは寂しそうに下を向く。

『娘、いや、リディアと言ったな? 我と友達になってくれまいか?』

 もふさまが、鋭くわたしを見る。
 え。なんかものすごい難題きたーーーっ。
 短い毛だけど、もふもふの括りではあるのよね。
 うーーん。でも、簡単に友達になったら、もふさまが拗ねそう。
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