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14章 君の味方
第600話 君の中のロマンチック⑩待たない
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わたしが猫ちゃんの入った袋を胸に抱き、兄さまがそんなわたしを抱え、もふさまに乗る。
そして兄さまの別荘のあるタニカ共和国へバビューンだ。それでも1日はかかるので、途中何度か休憩を入れた。
さすがに兄さまも体が辛いようだ。泣き言は決して言わないけど。
わたしは例のごとく、ほぼ眠ってしまった。猫ちゃんもそうだったんじゃないかな。大人しかったから。
休憩といっても、わたしの世話は兄さまにしてもらうことになるし、全然休めない。本当に申し訳ない。
水を飲ませてもらいながら、わたしは尋ねた。
「報酬はどうすればいい?」
お金がいいのかな? でも十分に持っているはずだ。
金塊とか? 宝石とか? 宝石は今は手持ちがないけれど、父さまに用意をしてもらえると思う。
もふさまがピチャピチャと水を飲み、そのお皿へと横から猫ちゃんが顔を突っ込んでいる。猫ちゃんのお皿、用意してもらったのに。
恐れを知らない猫ちゃんだ。もふさまは優しいから、そんなことでは怒りはしないけど、森の主人さまなのに。
「ああ、報酬か……」
「なんでも言って。わたしにできることならなんでもするし、用意する」
兄さまがため息をついた。
「……みんな君に甘くしすぎた。〝なんでもする〟なんていうものではないよ」
わたしはムッとした。
「何を言われるかわからないぞ、君は警戒心を持つべきだ」
わたしだって人をみて発言している。
「兄さまだから、そう言ったの」
兄さまは、意地悪げに目を細めた。
もふさまと猫ちゃんが仲良く並んで水をペチャペチャやりながら、わたしたちのやりとりを見ていた。
「じゃあ……その言葉に責任を持ってもらおうか?」
「どうぞ」
わたしは促す。
「シュタイン家から出て、私と一緒に……」
「いいわ」
間髪入れずに受け入れると、兄さまの顔が歪む。
「どうして、できもしないことに、簡単に返事をする?」
「わたしは〝いい〟と言ったのよ」
「引くに引けなくなって言ってるだけだろ?」
「違うわ」
「本当に家族から離れられるのか?」
「兄さまが、わたしがついていってもいいと言うならね」
『そうか、リディアは最初から……』
兄さまの顔が強張っていた。
わたしを見つめながら、いろんな感情が顔を出す。
わたしも感情が昂っていたけれど、兄さまもそうだった。
その波がやがて鎮まり、兄さまがゆっくりと静かにわたしを抱きしめた。
「ごめん、悪い冗談を言った」
ゆっくりわたしを遠くへやる。でもわたしの肩に手を置いているから、離れても兄さまの腕の長さしか離れていない。
「報酬を決めたよ」
わたしは兄さまを見上げる。
「もう、婚約者でもない者にこんなことはさせちゃだめだよ」
兄さまが近づいてきたと思ったら、口元すれすれの頬にキスをした。
「私を嫌って、私から逃げて。それじゃないとまた君を求めてしまうから」
優しい口づけだった。
兄さまからスッパリ嫌われていなかったんだと感じた。
迷惑……というのもポーズだったのかもしれない。
だけど、わたしたちを取り巻く環境は、何も変わっていない。
兄さまはクラウスとバレるのもまずいし、濡れ衣を着せられてもまずい。
わたしも呪術を使うほど、どこかから憎まれている。
変わってないどころか、状況は悪くなっている気がする。
それに婚約破棄をしたのは事実だし。わたしの存在は兄さまにとって〝重たい〟だろう。情は持ったままでいてくれたとしても。
だから、心に決めて言ってみる。兄さまの気持ちを軽くするために。きっとその先の気持ちには気づかないだろうから、軽いままでいられるだろう。
「兄さま、言ったでしょ。わたし、待たないから。だから大丈夫よ」
兄さまは形のいい口を少し開けたまま固まったけど、ぎこちなく笑った。
「……わかった」
わたしは待ったりしない。兄さまが再び愛情を向けてくれる、希望的観測をして待つことはしない。
わたしに向けられた悪意を振り切って、そして兄さまを覆う暗雲を取り除き、状況を変えて、兄さまが安全になったら……。
わたしは待ったりしない。わたしから訪ねていく。それで玉砕したら……その時は……その時だ。
それから兄さまは言葉が少なかった。
『それにしても魔力が戻ったわけでないのに、どうして人に戻れたんだろうな? リディアにはわかったのか? 何か特別なことをしたのか?』
「え、何も……」
と、もふさまに答えながら、わたしには呪いが解けた、心当たりがあった。
わたしも驚いていた。わたしの無意識はずいぶんロマンチストだと。
わたしが解呪されたと無理なく思えた時、呪いが解けるとハウスさんたちは言った。
7年前、呪術というのは媒体を壊せば返せるものだと知った。だからきっとその媒体だと思うものを壊せたら、呪術は解けるかもしれないと思っていた。それでも解けなかったら、永遠にトカゲのままかとも思ったけど。
でもその知識より前に、わたしに浸透していた〝思い〟があった。
そう、りんごを齧って死んでしまったようにみえたお姫さまも、眠り続ける呪いにかかったお姫さまも……。
愛ある王子さまの口づけは、いつだってお姫さまを救う。
どんな凶悪な呪いも、愛あるキスには敵わない。解呪されるのだ。
そして兄さまの別荘のあるタニカ共和国へバビューンだ。それでも1日はかかるので、途中何度か休憩を入れた。
さすがに兄さまも体が辛いようだ。泣き言は決して言わないけど。
わたしは例のごとく、ほぼ眠ってしまった。猫ちゃんもそうだったんじゃないかな。大人しかったから。
休憩といっても、わたしの世話は兄さまにしてもらうことになるし、全然休めない。本当に申し訳ない。
水を飲ませてもらいながら、わたしは尋ねた。
「報酬はどうすればいい?」
お金がいいのかな? でも十分に持っているはずだ。
金塊とか? 宝石とか? 宝石は今は手持ちがないけれど、父さまに用意をしてもらえると思う。
もふさまがピチャピチャと水を飲み、そのお皿へと横から猫ちゃんが顔を突っ込んでいる。猫ちゃんのお皿、用意してもらったのに。
恐れを知らない猫ちゃんだ。もふさまは優しいから、そんなことでは怒りはしないけど、森の主人さまなのに。
「ああ、報酬か……」
「なんでも言って。わたしにできることならなんでもするし、用意する」
兄さまがため息をついた。
「……みんな君に甘くしすぎた。〝なんでもする〟なんていうものではないよ」
わたしはムッとした。
「何を言われるかわからないぞ、君は警戒心を持つべきだ」
わたしだって人をみて発言している。
「兄さまだから、そう言ったの」
兄さまは、意地悪げに目を細めた。
もふさまと猫ちゃんが仲良く並んで水をペチャペチャやりながら、わたしたちのやりとりを見ていた。
「じゃあ……その言葉に責任を持ってもらおうか?」
「どうぞ」
わたしは促す。
「シュタイン家から出て、私と一緒に……」
「いいわ」
間髪入れずに受け入れると、兄さまの顔が歪む。
「どうして、できもしないことに、簡単に返事をする?」
「わたしは〝いい〟と言ったのよ」
「引くに引けなくなって言ってるだけだろ?」
「違うわ」
「本当に家族から離れられるのか?」
「兄さまが、わたしがついていってもいいと言うならね」
『そうか、リディアは最初から……』
兄さまの顔が強張っていた。
わたしを見つめながら、いろんな感情が顔を出す。
わたしも感情が昂っていたけれど、兄さまもそうだった。
その波がやがて鎮まり、兄さまがゆっくりと静かにわたしを抱きしめた。
「ごめん、悪い冗談を言った」
ゆっくりわたしを遠くへやる。でもわたしの肩に手を置いているから、離れても兄さまの腕の長さしか離れていない。
「報酬を決めたよ」
わたしは兄さまを見上げる。
「もう、婚約者でもない者にこんなことはさせちゃだめだよ」
兄さまが近づいてきたと思ったら、口元すれすれの頬にキスをした。
「私を嫌って、私から逃げて。それじゃないとまた君を求めてしまうから」
優しい口づけだった。
兄さまからスッパリ嫌われていなかったんだと感じた。
迷惑……というのもポーズだったのかもしれない。
だけど、わたしたちを取り巻く環境は、何も変わっていない。
兄さまはクラウスとバレるのもまずいし、濡れ衣を着せられてもまずい。
わたしも呪術を使うほど、どこかから憎まれている。
変わってないどころか、状況は悪くなっている気がする。
それに婚約破棄をしたのは事実だし。わたしの存在は兄さまにとって〝重たい〟だろう。情は持ったままでいてくれたとしても。
だから、心に決めて言ってみる。兄さまの気持ちを軽くするために。きっとその先の気持ちには気づかないだろうから、軽いままでいられるだろう。
「兄さま、言ったでしょ。わたし、待たないから。だから大丈夫よ」
兄さまは形のいい口を少し開けたまま固まったけど、ぎこちなく笑った。
「……わかった」
わたしは待ったりしない。兄さまが再び愛情を向けてくれる、希望的観測をして待つことはしない。
わたしに向けられた悪意を振り切って、そして兄さまを覆う暗雲を取り除き、状況を変えて、兄さまが安全になったら……。
わたしは待ったりしない。わたしから訪ねていく。それで玉砕したら……その時は……その時だ。
それから兄さまは言葉が少なかった。
『それにしても魔力が戻ったわけでないのに、どうして人に戻れたんだろうな? リディアにはわかったのか? 何か特別なことをしたのか?』
「え、何も……」
と、もふさまに答えながら、わたしには呪いが解けた、心当たりがあった。
わたしも驚いていた。わたしの無意識はずいぶんロマンチストだと。
わたしが解呪されたと無理なく思えた時、呪いが解けるとハウスさんたちは言った。
7年前、呪術というのは媒体を壊せば返せるものだと知った。だからきっとその媒体だと思うものを壊せたら、呪術は解けるかもしれないと思っていた。それでも解けなかったら、永遠にトカゲのままかとも思ったけど。
でもその知識より前に、わたしに浸透していた〝思い〟があった。
そう、りんごを齧って死んでしまったようにみえたお姫さまも、眠り続ける呪いにかかったお姫さまも……。
愛ある王子さまの口づけは、いつだってお姫さまを救う。
どんな凶悪な呪いも、愛あるキスには敵わない。解呪されるのだ。
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