プラス的 異世界の過ごし方

seo

文字の大きさ
上 下
576 / 885
14章 君の味方

第576話 追憶

しおりを挟む
 父さまは王都の家にいるのがいいのか、領地にいる方が安全なのか、なかなか判断をくだせないようだった。

 その日の朝、今日は屋敷の壁に泥玉をぶつけられなかったなと思っていたけど、家の前にこんもりとウチの商品が置かれていた。どれも買ったまま、潰されたり落とされたりして汚れたものだ。これは買ったのだろうから、お金のある貴族のやったことだ。
 中にはもちろん食べ物もある。
 ひどい。
 父さまも渋い顔をしている。

「父さま、お願いがあります」

「なんだい?」

「アールの店以外を、すべてひと月凍結してください。そしてひと月後からは信用売買にしたいわ」

「信用売買か……」

 父さまが顎を触って考える。

「姉さま、信用売買って何?」

 ノエルが小首を傾げる。

「信用できる人にしか物を売らないってことよ。今までもずっと買ってくれていたお得意さまとか。見知った人ね。新規さんはお得意さまの推薦がなければ参入できない。買い占めなども禁止。誰がどれをどのくらい買ったかを履歴に残させてもらうの」

「……わかった、そうしよう」

 父さまがわたしの肩を抱いて叩いた。


 証拠もない、兄さまクラウス・バイエルン説は、じんわりと広がっていった。
 平民は貴族に何かをすれば鞭打ちが待っていることを学び、表立ってすることはなくなったが、恐らくウチを気に入ってなかった貴族が悪評を撒き始めた。キリアン伯とバイエルン侯に下された罰を知っている。だからこうやって、誰がやったかはわからないように用心深く。
 兄さまをなんとかしたいわけでなく、ウチを叩けるならなんでもいいんだろう。地味な嫌がらせが続いた。
 はっきりいうと予想外だった。ウチがこんなにうとまれていたとは。
 もうそれは節操なくなんでもござれで、中でも陰口が一番多かったのは笑えた。わたしは狂った魔女だそうだし、その魔女の婚約者は犯罪者で、ロビ兄は破壊王で、下の双子は手のつけられない厄介者になっていた。公共事業で名の立っているアラ兄だけは、貶めてしまうとそれに関わった事業主全員が困ることになるので、別扱いされている。
 その親である父さまと母さまは、若い頃の武勇伝を脚色され、とんでもない一家となっている。全くおもろいわ。

 今更、本気でバイエルン侯の子息を罰したいとは考えられない。
 潰したいのはウチなのだ。ウチを叩きたくて、〝隙〟と思われた兄さまが、前バイエルン侯に似ているという理由で攻撃されている。
 隙があればこうやって攻撃を受けるぐらい、嫌われていると感じることは、わたしを疲弊させた。でもそれは、わたしだけでなく、ウチ中が疲弊した。




 次の日、兄さまに誘われた。

「リディー、デートしてくれる?」

 父さまにも、すでにオッケーをもらったという。

 確かに気持ちが暗くなる日々だった。それで父さまも二人で出かけることを許してくれたんだろう。

 兄さまがスッキリした顔をしている。それが何より嬉しい。一番辛いのは兄さまだから。でも気遣えば気遣うほど、兄さまは余計に辛そうになる。けれど吹っ切れたのかな。それは喜ばしい!


 デートなので、もふさまたちもお留守番だ。
 
 誰もわたしたちを知らないところがいい。
 わたしが外国に行きたいと言ったのを覚えていて、兄さまの別荘のある共和国を探索することになった。
 わたしも兄さまも、平民の着る服を来て。町までは馬に乗った。
 いつの間に馬を飼ったんだろう。飼ったのなら世話をする人も必要になるだろうし。
 馬車には乗るけど、馬で走るのは久しぶりだ。なんて、正しくは兄さまに捕まえてもらった2人乗りだけれど。
 頬にあたる冷たい風が心地よかった。
 この地はユオブリアより随分温かい。真冬でもユオブリアの11月初めぐらいの気温だ。
 町につけば、馬屋に馬を預ける。この地はフォルガード語がメインだ。私たちもフォルガード語で話した。
 やっぱり売っているものも、ユオブリアとは違っていて面白い。
 さんざ冷やかして歩いているうちに、いつの間にか満喫していた。

「やっと、リディーの笑顔が見れた」

 え? わたしは自分の頬を押さえる。
 そんなぶんむくれていたかな?
 
「ごめんなさい。心配をかけていたのね」

 ひどい目に遭ったのは兄さまなのに。

 兄さまはニコッと笑って、ジュースを買ってくれた。
 トトネという酸味の効いたジュース。ほてった体にちょうどよかった。
 路地に資材がおいてあった。そこに兄さまがハンカチを敷いてくれて、その上に座った。そういうところで人々が休んで話をしている姿は、どこででも見かけることができた。

 わたしたちは取り留めのない話をした。
 今この国で見かけた、不思議なもののこととか。
 この町は陽気な人で溢れていて、知らない人同士なのに、目が合えば「やあ、元気かい?」なんて話しかけられたりする。それも不思議なことの一つだった。
 パーティーで聞いた、ブライの騎士の遠征に行った時の話で思ったこととか。ユリアさまの従姉妹が生まれたばかりでとてもかわいいそうだとか。
 グリフィス家の人たちは勘が良くて、もふもふ軍団に気づいていたっぽい話をすると、兄さまは目を丸くした。

「リディーの勘がいいのは、母さまの血筋なんだね、きっと」

 ……ロサは知っていたのかな? そう尋ねようとして、口を噤む。ロサしか答えは出せないものね。言ってもせんないことだ。

 しっかり休んでから、また探索し、家族へのお土産の食べ物をいっぱい買い込んで、馬で別荘まで戻る。
 兄さまと庭を囲う柵に腰掛けた。

「リディー、日が沈む……美しいけど、楽しかった今日が終わってしまうね」

「ほんと。楽しい時間って、なんて過ぎるのが早いのかしら……」

 トンと微かな音を立てて柵から飛び降りて、兄さまはわたしの前に立った。
 わたしの頬に手を添えて、鼻の頭にキスをした。
 くるっと体の向きを替えて、夕日を眺める。

「きっと、夕日を見るたびに、今日のことを思い出す」

「明日も、明後日も、夕日はきれいな景色を見せてくれて、わたしたちは一緒にいつまでも見ることができるわ。わざわざ思い出さなくても」

 兄さまがわたしを振り返る。

「リディーの言う通りだ」

 兄さまは笑うのに、不安がよぎる。

「ねぇ、兄さま」

「ん? なんだい?」

「まさか、兄さま出ていったりしないよね?」

「え?」

「その前の思い出作りに、わたしをデートに誘ったわけじゃないよね?」

 兄さまはくすりと笑った。

「リディーは面白いことを考えるね」

 違かった、とほっとする。

「前の世界かな、本で読んだんだと思う」

「本で?」

「そう。みんな自分が足を引っ張るとか、相手を危険な目に合わせたくないと身を引くのね。その前に一度だけ楽しい思い出をって、ただ楽しいことを詰め込んだ1日を過ごすのよ。その思い出があれば、その後どんな辛いことがあっても、思い出すだけで生きていけるって。セオリーなのよ、いなくなる前のね」

 兄さまは笑みを浮かべたままだ。

「セオリーが何かは知らないけど、そうやって別れてしまうのが定石なの?」

 わたしは首を横に振った。

「それじゃあ物語としては薄いわ。問題を解決したりしなかったりして、また廻りあったり、戻ってきたりするの」

「そうか、ええと、それがリディーがよく言ってる、ハッピーエンドってやつかな?」

「まあ、そうだけど。危険な目にあったりして隻眼になっていたり、辛い生活に面変わりしていたり、どちらかが記憶喪失になったり、いろいろなレパートリーがあるわけよ」

「……なかなか、しんどそうな生き方だね」

 兄さまは苦笑いだ。

「物語だからね。まー、だいたいわたしが読んでいたのはヒロインが主人公だから、ヒーローがガンガン問題点を片付けに行ったり、身を引いていろいろあったり、そして戻ってくるわけ。わたし、思ったわ。よく待ってるって」

「ん?」

「ヒロインは思い出を胸に、ヒーローとまたいつか巡り合えると待っているのよ。わたしそれは嘘くさいと思うの。自分を捨てた人に、いつまでも縋り付くなんてわたしは嫌よ。兄さま覚えておいてね。わたしから離れたら、わたしは決して待たないわ」

 兄さまは、一歩近づいてきた。
 そしてそのままわたしを抱きしめた。

「リディーは、リディーの思うように生きてくれ」

「兄さま?」

「……それが私の大好きなリディーだから」

 ギュッと抱きしめられて、わたしは満足した。
 心のどこかにある不安は、見ぬふりをした。
しおりを挟む
感想 45

あなたにおすすめの小説

追放された悪役令嬢はシングルマザー

ララ
恋愛
神様の手違いで死んでしまった主人公。第二の人生を幸せに生きてほしいと言われ転生するも何と転生先は悪役令嬢。 断罪回避に奮闘するも失敗。 国外追放先で国王の子を孕んでいることに気がつく。 この子は私の子よ!守ってみせるわ。 1人、子を育てる決心をする。 そんな彼女を暖かく見守る人たち。彼女を愛するもの。 さまざまな思惑が蠢く中彼女の掴み取る未来はいかに‥‥ ーーーー 完結確約 9話完結です。 短編のくくりですが10000字ちょっとで少し短いです。

若奥様は緑の手 ~ お世話した花壇が聖域化してました。嫁入り先でめいっぱい役立てます!

古森真朝
恋愛
意地悪な遠縁のおばの邸で暮らすユーフェミアは、ある日いきなり『明後日に輿入れが決まったから荷物をまとめろ』と言い渡される。いろいろ思うところはありつつ、これは邸から出て自立するチャンス!と大急ぎで支度して出立することに。嫁入り道具兼手土産として、唯一の財産でもある裏庭の花壇(四畳サイズ)を『持参』したのだが――実はこのプチ庭園、長年手塩にかけた彼女の魔力によって、神域霊域レベルのレア植物生息地となっていた。 そうとは知らないまま、輿入れ初日にボロボロになって帰ってきた結婚相手・クライヴを救ったのを皮切りに、彼の実家エヴァンス邸、勤め先である王城、さらにお世話になっている賢者様が司る大神殿と、次々に起こる事件を『あ、それならありますよ!』とプチ庭園でしれっと解決していくユーフェミア。果たして嫁ぎ先で平穏を手に入れられるのか。そして根っから世話好きで、何くれとなく構ってくれるクライヴVS自立したい甘えベタの若奥様の勝負の行方は? *カクヨム様で先行掲載しております

我が家に子犬がやって来た!

もも野はち助(旧ハチ助)
ファンタジー
【あらすじ】ラテール伯爵家の令嬢フィリアナは、仕事で帰宅できない父の状況に不満を抱きながら、自身の6歳の誕生日を迎えていた。すると、遅くに帰宅した父が白黒でフワフワな毛をした足の太い子犬を連れ帰る。子犬の飼い主はある高貴な人物らしいが、訳あってラテール家で面倒を見る事になったそうだ。その子犬を自身の誕生日プレゼントだと勘違いしたフィリアナは、兄ロアルドと取り合いながら、可愛がり始める。子犬はすでに名前が決まっており『アルス』といった。 アルスは当初かなり周囲の人間を警戒していたのだが、フィリアナとロアルドが甲斐甲斐しく世話をする事で、すぐに二人と打ち解ける。 だがそんな子犬のアルスには、ある重大な秘密があって……。 この話は、子犬と戯れながら巻き込まれ成長をしていく兄妹の物語。 ※全102話で完結済。 ★『小説家になろう』でも読めます★

転生した愛し子は幸せを知る

ひつ
ファンタジー
【連載再開】  長らくお待たせしました!休載状態でしたが今月より復帰できそうです(手術後でまだリハビリ中のため不定期になります)。これからもどうぞ宜しくお願いします(^^) ♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢  宮月 華(みやつき はな) は死んだ。華は死に間際に「誰でもいいから私を愛して欲しかったな…」と願った。  次の瞬間、華は白い空間に!!すると、目の前に男の人(?)が現れ、「新たな世界で愛される幸せを知って欲しい!」と新たな名を貰い、過保護な神(パパ)にスキルやアイテムを貰って旅立つことに!    転生した女の子が周りから愛され、幸せになるお話です。  結構ご都合主義です。作者は語彙力ないです。  第13回ファンタジー大賞 176位  第14回ファンタジー大賞 76位  第15回ファンタジー大賞 70位 ありがとうございます(●´ω`●)

聖女の娘に転生したのに、色々とハードな人生です。

みちこ
ファンタジー
乙女ゲームのヒロインの娘に転生した主人公、ヒロインの娘なら幸せな暮らしが待ってると思ったけど、実際は親から放置されて孤独な生活が待っていた。

転生貧乏令嬢メイドは見なかった!

seo
恋愛
 血筋だけ特殊なファニー・イエッセル・クリスタラーは、名前や身元を偽りメイド業に勤しんでいた。何もないただ広いだけの領地はそれだけでお金がかかり、古い屋敷も修繕費がいくらあっても足りない。  いつものようにお茶会の給仕に携わった彼女は、令息たちの会話に耳を疑う。ある女性を誰が口説き落とせるかの賭けをしていた。その対象は彼女だった。絶対こいつらに関わらない。そんな決意は虚しく、親しくなれるように手筈を整えろと脅され断りきれなかった。抵抗はしたものの身分の壁は高く、メイドとしても令嬢としても賭けの舞台に上がることに。  これは前世の記憶を持つ貧乏な令嬢が、見なかったことにしたかったのに巻き込まれ、自分の存在を見なかったことにしない人たちと出会った物語。 #逆ハー風なところあり #他サイトさまでも掲載しています(作者名2文字違いもあり)

【完結】天下無敵の公爵令嬢は、おせっかいが大好きです

ノデミチ
ファンタジー
ある女医が、天寿を全うした。 女神に頼まれ、知識のみ持って転生。公爵令嬢として生を受ける。父は王国元帥、母は元宮廷魔術師。 前世の知識と父譲りの剣技体力、母譲りの魔法魔力。権力もあって、好き勝手生きられるのに、おせっかいが大好き。幼馴染の二人を巻き込んで、突っ走る! そんな変わった公爵令嬢の物語。 アルファポリスOnly 2019/4/21 完結しました。 沢山のお気に入り、本当に感謝します。 7月より連載中に戻し、拾異伝スタートします。 2021年9月。 ファンタジー小説大賞投票御礼として外伝スタート。主要キャラから見たリスティア達を描いてます。 10月、再び完結に戻します。 御声援御愛読ありがとうございました。

1人生活なので自由な生き方を謳歌する

さっちさん
ファンタジー
大商会の娘。 出来損ないと家族から追い出された。 唯一の救いは祖父母が家族に内緒で譲ってくれた小さな町のお店だけ。 これからはひとりで生きていかなくては。 そんな少女も実は、、、 1人の方が気楽に出来るしラッキー これ幸いと実家と絶縁。1人生活を満喫する。

処理中です...