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14章 君の味方
第575話 記念パーティー⑨続・災難
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『リディア』
もふさまの声が聞こえた気がする。
薄く目を開ける。カーテンの隙間は微かに明るい。
朝が近いのかもしれない。
「どうしたの、もふさま?」
わたしはもふさまを抱きしめて、ふわんふわんの毛に顔を埋め、もふさまの匂いを嗅ぐ。
ベチャッと音がした。
微かな振動。ベチャ、ベチャっと続けて音。
外だ。わたしは目を頑張って開けて、目を擦りながら窓に近づく。
「どうしたでち?」
アオを起こしちゃったみたい。他の子は、まだ眠ったままだ。
カーテンを少しだけずらして、外を見ようとすると窓に何かがあたり、外が見えなくなる。泥玉のようなものを当てられたのだと思う。
ドアの開く音がした。家から誰かが出ていく。多分、アルノルト。
声を張り上げている、バタバタと逃げていく足音。
昨日馬車を襲ってきた人たちと、同じような輩だろう。昨夜はあまりにも眠くて、大して考えずに眠ってしまったのだけど、情報が流れるのが早すぎる。
昨日、馬車を襲ってきた人たちも、今日の泥玉をウチに投げていった人たちも、昨日のパーティーで兄さまがクラウス・バイエルンと同一人物だと証拠が出たと思っているんだろう。
昨日のパーティーにいた人たちは、王子殿下が〝証拠不十分〟としたことを誰かに告げると思わない。その前から親戚の皆さまと親しい方たちだから、そんなことを噂にするとは思えないし。
キリアン伯やバイエルン侯は全く証拠にならなかったと思い知っているはず。だから彼らが噂を撒くのも、腑に落ちない。
では一体誰が、情報を撒いたのか? 兄さまが砦に来たときに黒髪だったと情報をもたらした人物?
これ以上、騒ぎが大きくならないといいんだけど。
まだ起きるには早かったのでベッドに戻ったけれど、熟睡することはできなかった。
中途半端な時間に起こされたからだろう、どの顔も眠たげだった。
「詰所に行ってくる」
朝食の席で父さまが言えば、兄さまも一緒に行くと言った。
が、何があるかわからないから、家にいるよう言われている。
兄さまの顔が辛そうに歪んだ。
子供だけになるとノエルが言った。
「誰から聞いたんだろう?」
誰も答えを持っていない。
父さまが帰ってきたら、少しは詳しいことがわかるだろう。
兄さまをどう励ましていいかわからなくて、みんなおし黙る。
兄さまは、自分は大丈夫だと、気を使わせるから部屋にいると言った。
その空気をどうすることもできなくて、各自部屋に籠もった。
もふもふ軍団はパーティーで探検した話をしてくれた。
そしてグリフィス家の人々は、きっと自分たちに気づいていると言う。
「どういうこと?」
『全員が光の使い手ではなくても魔力の感度はいい。だから魔物が紛れ込んでいるってわかっていたよ。それでいて楽しそうにしてた』
え?
「あなたたちのことをご存知な、おじいさまやおばあさまたちだけでなく?」
『ああ。わかったけど、みんな何も言わないから悪いものでないとほうっておいているんだろう。でもお菓子を取ってくれたぞ』
ええっ?
「どういうこと?」
『隠れていたら、その前に皿をおいてくれたぞ。菓子をのせたやつを』
「まさか、それ食べちゃったの?」
『ちゃんと、いなくなってから食べたよー』
クイが膨れる。
けど、それ、きっと後からお皿を確めにきて、〝なくなってるわ〟って思うだろうねー。
でも、そっか他の魔法の属性より、光の使い手は魔力に敏感なのか……。
夕方になり父さまが詰所から帰ってきた。
わたしたちは父さまを取り囲んで、あの人たちは何だったのか、それがわかったのかを尋ねた。
彼らは解雇された、ペネロペ商会やその下請けで働いていた労働者だった。次の働き口を探したが見つからず、多少の貯えがなくなった今、ウワサを聞いた。
ペネロペを追い込んだシュタイン家は犯罪者を匿い、貴族であるからそんな隠蔽ができるのだと聞きかじったと言う。
やはり、キリアン伯たちを唆したのもペネロペ……メロディー嬢の置き土産っぽいな。
父さまは兄さまを見て、にこっと笑った。
「フラン、辛い思いをさせたな。けれど今は情報に踊らされているだけだ。確たるものは何もなく、フランツをというより、シュタイン家を貶めたいだけに、お前を標的にしているんだ。少しの間はうるさいかもしれないが、いずれおさまる。堪えてくれ」
「私は大丈夫です」
兄さまは少しも大丈夫ではない顔でそう言った。
ハウスさん、そしてドロシーからも連絡がくる。領地の外れの家、それから領地の町の家にも嫌がらせ部隊は現れた。どちらも仮想補佐たちが捕らえて、見回りのおじいちゃんたちが詰所に突き出している。
どんどん捕らえて詰所に放り込んでいるけれど、そういう輩は湧いてくる。
シュタイン家からも、パーティーの主宰であるライラック家からもロサ殿下を通して、キリアン家とバイエルン家に正式な抗議をした。
罰金と、それから重鎮やロサ殿下が追加した罰則で、キリアン伯もバイエルン侯も今年、社交界の参加不可。
社交界へ強制的に出禁になるのは結構重たい罰だ。わたしは個人的に商会において、手を取らない嫌がらせをしようと思っている。シュタイン領の商会からの締め出しはそうでもないだろうけど、ウッド商会も同じ処置をしているだろうから、あの2家は今年は財を減らすだけだと思う。
1日は籠もっていたけど、だからって怯えるのはおかしい。
わたしはノエルとエリンを誘って、市場に行くことにした。
フォンタナ家のガーシたち5人が護衛についてくれて、申し訳なかった。冬だから期待はできないけど、少しでも新鮮な旬の食材で何か作って兄さまを励ましたかったのだ。
けれど、想像以上に悪い噂は広まっていた。わたしたちがシュタインだと知ると売ってくれない店もあったし、見知った人たちに目を逸らされたりした。
態度が変わらなかったのは、端の方でやっているおばあちゃんだけだった。
おばあちゃんの店でジャムをいくつか買えたので、それでわたしたちはご機嫌になる。
おばあちゃんにお礼を言って、市場を歩いている時にそれは起こった。
市場にいた子供たちに泥玉を投げられた。
「ガーシ、全員捕まえて」
「はい、お嬢さま」
ガーシは驚いたようだったけど、あっという間にみんなを捕まえた。
その親たちが青くなっている。
地面に頭をつけるようにして謝ってくる。
「お許しください」
「犯罪者を匿っている家なんだろう?」
子供が粋がって言っている。
「誰がそう言ったの? あなたのお父さん? お母さん?」
「みんな言ってらー」
「そう。では全員の名前を言って。うちが犯罪者を匿っている証拠があるなら出しなさい。出せないなら、あなたたちは貴族を貶めたのよ。相応の罰を受けてもらうわ」
「お、お嬢さま、お許しください。子供がしたことではないですか」
そうね、わたしもいつだって、そういう考えだった。
けれど、それを許したことによって、またノエルやエリンが危険な目に遭うことがあったら、わたしは自分が許せないだろう。
わたしもまた最低な貴族をカサに着ている。
わたしの大切な人が危ない目にあいそうだから、そのために貴族の権利を通そうとしている。公平に、すべての人へではなく。わたしの大切な人に向けられた悪意だから、そういう時だけ、わたしの意を曲げているのだから。
「さ、全員の名前を言いなさい。すべての者に罰を受けさせます」
わたしの本気がやっと伝わったのか、子供が涙を浮かべた。
「詰所に連れて行きなさい。子供だからって容赦することはありません。誰がそんな噂をしていたのかを聞き、全員を引っ張り出して、貴族を貶めた罰を受けさせなさい。王都の法に則ってね」
お慈悲をと泣いてすがられたけど、わたしは覆さなかった。
わたしは自分のズルさに泣きそうになりながら、歯をくいしばった。
もふさまの声が聞こえた気がする。
薄く目を開ける。カーテンの隙間は微かに明るい。
朝が近いのかもしれない。
「どうしたの、もふさま?」
わたしはもふさまを抱きしめて、ふわんふわんの毛に顔を埋め、もふさまの匂いを嗅ぐ。
ベチャッと音がした。
微かな振動。ベチャ、ベチャっと続けて音。
外だ。わたしは目を頑張って開けて、目を擦りながら窓に近づく。
「どうしたでち?」
アオを起こしちゃったみたい。他の子は、まだ眠ったままだ。
カーテンを少しだけずらして、外を見ようとすると窓に何かがあたり、外が見えなくなる。泥玉のようなものを当てられたのだと思う。
ドアの開く音がした。家から誰かが出ていく。多分、アルノルト。
声を張り上げている、バタバタと逃げていく足音。
昨日馬車を襲ってきた人たちと、同じような輩だろう。昨夜はあまりにも眠くて、大して考えずに眠ってしまったのだけど、情報が流れるのが早すぎる。
昨日、馬車を襲ってきた人たちも、今日の泥玉をウチに投げていった人たちも、昨日のパーティーで兄さまがクラウス・バイエルンと同一人物だと証拠が出たと思っているんだろう。
昨日のパーティーにいた人たちは、王子殿下が〝証拠不十分〟としたことを誰かに告げると思わない。その前から親戚の皆さまと親しい方たちだから、そんなことを噂にするとは思えないし。
キリアン伯やバイエルン侯は全く証拠にならなかったと思い知っているはず。だから彼らが噂を撒くのも、腑に落ちない。
では一体誰が、情報を撒いたのか? 兄さまが砦に来たときに黒髪だったと情報をもたらした人物?
これ以上、騒ぎが大きくならないといいんだけど。
まだ起きるには早かったのでベッドに戻ったけれど、熟睡することはできなかった。
中途半端な時間に起こされたからだろう、どの顔も眠たげだった。
「詰所に行ってくる」
朝食の席で父さまが言えば、兄さまも一緒に行くと言った。
が、何があるかわからないから、家にいるよう言われている。
兄さまの顔が辛そうに歪んだ。
子供だけになるとノエルが言った。
「誰から聞いたんだろう?」
誰も答えを持っていない。
父さまが帰ってきたら、少しは詳しいことがわかるだろう。
兄さまをどう励ましていいかわからなくて、みんなおし黙る。
兄さまは、自分は大丈夫だと、気を使わせるから部屋にいると言った。
その空気をどうすることもできなくて、各自部屋に籠もった。
もふもふ軍団はパーティーで探検した話をしてくれた。
そしてグリフィス家の人々は、きっと自分たちに気づいていると言う。
「どういうこと?」
『全員が光の使い手ではなくても魔力の感度はいい。だから魔物が紛れ込んでいるってわかっていたよ。それでいて楽しそうにしてた』
え?
「あなたたちのことをご存知な、おじいさまやおばあさまたちだけでなく?」
『ああ。わかったけど、みんな何も言わないから悪いものでないとほうっておいているんだろう。でもお菓子を取ってくれたぞ』
ええっ?
「どういうこと?」
『隠れていたら、その前に皿をおいてくれたぞ。菓子をのせたやつを』
「まさか、それ食べちゃったの?」
『ちゃんと、いなくなってから食べたよー』
クイが膨れる。
けど、それ、きっと後からお皿を確めにきて、〝なくなってるわ〟って思うだろうねー。
でも、そっか他の魔法の属性より、光の使い手は魔力に敏感なのか……。
夕方になり父さまが詰所から帰ってきた。
わたしたちは父さまを取り囲んで、あの人たちは何だったのか、それがわかったのかを尋ねた。
彼らは解雇された、ペネロペ商会やその下請けで働いていた労働者だった。次の働き口を探したが見つからず、多少の貯えがなくなった今、ウワサを聞いた。
ペネロペを追い込んだシュタイン家は犯罪者を匿い、貴族であるからそんな隠蔽ができるのだと聞きかじったと言う。
やはり、キリアン伯たちを唆したのもペネロペ……メロディー嬢の置き土産っぽいな。
父さまは兄さまを見て、にこっと笑った。
「フラン、辛い思いをさせたな。けれど今は情報に踊らされているだけだ。確たるものは何もなく、フランツをというより、シュタイン家を貶めたいだけに、お前を標的にしているんだ。少しの間はうるさいかもしれないが、いずれおさまる。堪えてくれ」
「私は大丈夫です」
兄さまは少しも大丈夫ではない顔でそう言った。
ハウスさん、そしてドロシーからも連絡がくる。領地の外れの家、それから領地の町の家にも嫌がらせ部隊は現れた。どちらも仮想補佐たちが捕らえて、見回りのおじいちゃんたちが詰所に突き出している。
どんどん捕らえて詰所に放り込んでいるけれど、そういう輩は湧いてくる。
シュタイン家からも、パーティーの主宰であるライラック家からもロサ殿下を通して、キリアン家とバイエルン家に正式な抗議をした。
罰金と、それから重鎮やロサ殿下が追加した罰則で、キリアン伯もバイエルン侯も今年、社交界の参加不可。
社交界へ強制的に出禁になるのは結構重たい罰だ。わたしは個人的に商会において、手を取らない嫌がらせをしようと思っている。シュタイン領の商会からの締め出しはそうでもないだろうけど、ウッド商会も同じ処置をしているだろうから、あの2家は今年は財を減らすだけだと思う。
1日は籠もっていたけど、だからって怯えるのはおかしい。
わたしはノエルとエリンを誘って、市場に行くことにした。
フォンタナ家のガーシたち5人が護衛についてくれて、申し訳なかった。冬だから期待はできないけど、少しでも新鮮な旬の食材で何か作って兄さまを励ましたかったのだ。
けれど、想像以上に悪い噂は広まっていた。わたしたちがシュタインだと知ると売ってくれない店もあったし、見知った人たちに目を逸らされたりした。
態度が変わらなかったのは、端の方でやっているおばあちゃんだけだった。
おばあちゃんの店でジャムをいくつか買えたので、それでわたしたちはご機嫌になる。
おばあちゃんにお礼を言って、市場を歩いている時にそれは起こった。
市場にいた子供たちに泥玉を投げられた。
「ガーシ、全員捕まえて」
「はい、お嬢さま」
ガーシは驚いたようだったけど、あっという間にみんなを捕まえた。
その親たちが青くなっている。
地面に頭をつけるようにして謝ってくる。
「お許しください」
「犯罪者を匿っている家なんだろう?」
子供が粋がって言っている。
「誰がそう言ったの? あなたのお父さん? お母さん?」
「みんな言ってらー」
「そう。では全員の名前を言って。うちが犯罪者を匿っている証拠があるなら出しなさい。出せないなら、あなたたちは貴族を貶めたのよ。相応の罰を受けてもらうわ」
「お、お嬢さま、お許しください。子供がしたことではないですか」
そうね、わたしもいつだって、そういう考えだった。
けれど、それを許したことによって、またノエルやエリンが危険な目に遭うことがあったら、わたしは自分が許せないだろう。
わたしもまた最低な貴族をカサに着ている。
わたしの大切な人が危ない目にあいそうだから、そのために貴族の権利を通そうとしている。公平に、すべての人へではなく。わたしの大切な人に向けられた悪意だから、そういう時だけ、わたしの意を曲げているのだから。
「さ、全員の名前を言いなさい。すべての者に罰を受けさせます」
わたしの本気がやっと伝わったのか、子供が涙を浮かべた。
「詰所に連れて行きなさい。子供だからって容赦することはありません。誰がそんな噂をしていたのかを聞き、全員を引っ張り出して、貴族を貶めた罰を受けさせなさい。王都の法に則ってね」
お慈悲をと泣いてすがられたけど、わたしは覆さなかった。
わたしは自分のズルさに泣きそうになりながら、歯をくいしばった。
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