565 / 799
14章 君の味方
第565話 リーム領回想(中編)
しおりを挟む
それからホーキンス先生は、少し長めの話をしてくれた。
生まれたのはユオブリアの南。南は時々、魔力のすっごく多い人や珍しいスキルを持つ人が生まれることがあるんだって。
気候に由来してか、おおらかで温厚で穏やか、陽気な人が多い。
けれど、ある出来事があり、そこで暮らすことが辛くなり、中央に近いところに出てきた。そして転々としていたそうだ。
西を拠点にしているのは成人してから。
3、4年前、家庭教師の仕事をしていて、そのときにやはり魔法を〝編む〟と教えていたのを聞いた人に、同じ反応されたという。
フードを被った痩せ細った男の人で、背中を丸めているというか姿勢が悪かった。絶えず指を動かしていて、そこが気味悪かったという。
そう思ってしまったが、少し話をしてみると、悪い人でないのはわかった。
子供たちが魔法を編むといったのを聞いて、教えた人が古代魔法の使い手ではないかと思ったそうだ。古代魔法なら治してもらえるかと思ってと。
自分もそう習っただけで、古代魔法は全く知らないというと、男性はしょげかえった。
男性はポツリポツリと話し始めた。
彼は呪いをかけられたのだと。
ホーキンス先生は、丸まった背中や、指を絶えず動かしているのはそれが原因かと思った。
「仕事をしようとすると、身体中が痒くて何もできなくなってしまうんだ」
失礼ながら、何だそのふざけた呪いはと彼女は思った。
けれど男性は、至極、真面目に、自分はどこで道を踏み外したのだろうと嘆くのだった。
男性が自分をからかうために作り話をしたのかと思って、彼女はちょっとムッとした。
先生は嘘をつかれたと席を立とうとすると、男性は慌てた。嘘なんかついてないと。
そんな呪いはあるわけないし、そもそもそれがなぜ呪いと思うのか。
仕事をしようとして痒くて手につかないのは病気だろうから、神殿に訪れたら?と言ったそうだ。
そうしたらそれはできない。自分は実は呪術師なのだと声を潜めた。そして簡単な〝呪術〟をこれからやってみせるといった。
男性は手を独特な形に組んでから、その中に何かを編み込んでいくような仕草をした。その途中で、身をよじり、ケラケラと笑い出した。
それは異様な光景だった。
ゼーゼーと笑いをやっとおさめてから、男性は消耗したような声で言った。
「一番基本である、火で燃やす。それさえもできません。私は職を失いました」
「じゅ、呪術は禁じられたものです。扱えなくなったのも、きっと神の思し召しでしょう。きっぱり足を洗って、他の仕事につけばいいではありませんか?」
と彼女は促す。
けれど、男性は首を横に振った。
もちろん、他の仕事をしていると。けれど、身を守る手段として、呪術をできるようにしておきたいと。
なぜかと尋ねると、これは呪い返しを受けたのと同じこと。恐怖を植え付けるためと、目印にこんなふざけたことをしたのかもしれない。相手は絶対自分を完全な呪い返しにくるはずだと。それに備えて、呪術をできるようにしておかなければと。
そのために古代魔法や呪術師を探している。
編むと言葉を使うのはその使い手だから、尋ねたのだと。
君が古代魔法の使い手で、うまくこの目印をとく方法を知っていたらと思ったんだと、肩を落とし、去っていった。
その時はたちの悪い冗談だと疑わなかったものの、友達に魔法とはどういうものかを尋ねると誰も〝編む〟とは言わなかった。それで彼女は自分の知っていた魔法の定義が古代魔法からの流れだったのだと推測した。
自分なりに古代魔法を調べたけれど、300年前の規制により本なども全くなくて、わかることはほぼなかった。では誰に魔法は編むものだと教わったのだろうと思い出してみたが、転々としていた時の家庭教師の誰かに教わったもので、魔法をやってみせるということはあるものの、魔法の定義を問われることなんかほとんどないので、いつ、どこで、誰にそう教わったという記憶がはっきりしなかった。
呪術は禁止されたものだけれど、呪術師は細く長く存在している。それでわたしの年齢から呪術師ってことはないだろう。ということは、呪いを受けた……と推測したという。それで、そんな経緯なので、自分には力になれることは全くないし、呪いは犯罪に関わることだから、関与したくないとはっきりと言われた。だから、これ以上、私に何も話してくれるな、とも。
わたしは謝ってから、その元呪術師の覚えていることをできる限り教えてもらえないかと訴え、彼女はもう一度繰り返し話してくれた。
わたしはお礼をいう。カスダフの町で会ったということだけで、その人の名前はわからない。風貌だけだ。探せるとは思えなかった。でもその人しか手掛かりはない。
「ありがとうございました」
「冷たいと思うでしょうね。でも、我が家は呪いによって壊れたから、もう絶対に関わりたくないの」
「呪いに?」
自重気味にホーキンス先生は笑った。
「話すつもりはなかったのに……なぜかしら、あなたを見ていると居なくなった子のことを思い出したの」
居なくなった子?
「領地で魔力の高い子が、次々と神隠しにあいましたの」
「神隠し?」
「それまでそこに、存在した人が、ある日突然姿を消す。人攫いじゃないかって言われていたけど、ひとりでフラフラと歩いていくのを子供が見たと言って、自発的に去ったのではないかと言われました。そしてそれが続くほどひどい領だとも」
気持ちホーキンス先生の顔が青ざめた。
わたしはその、フラフラと歩いていくというのを聞いて、既視感を覚える。
「あの、それが呪いと言われたんですか?」
「え? ああ、勝手に呪われていると言っていた方もいるし、鑑定士から呪われた痕跡があると言われましたの」
鑑定で呪いがわかるの? わたしは驚いた。
おじいさまや前宰相、一流の鑑定士にも多分わたしは鑑定された。
でも呪いの欠片があるのを感じ取ったのはオババさまだけだ。
高位の魔物も見つけられなかったから、わたしに残る痕跡が特殊なのかもしれないけど……。
生まれたのはユオブリアの南。南は時々、魔力のすっごく多い人や珍しいスキルを持つ人が生まれることがあるんだって。
気候に由来してか、おおらかで温厚で穏やか、陽気な人が多い。
けれど、ある出来事があり、そこで暮らすことが辛くなり、中央に近いところに出てきた。そして転々としていたそうだ。
西を拠点にしているのは成人してから。
3、4年前、家庭教師の仕事をしていて、そのときにやはり魔法を〝編む〟と教えていたのを聞いた人に、同じ反応されたという。
フードを被った痩せ細った男の人で、背中を丸めているというか姿勢が悪かった。絶えず指を動かしていて、そこが気味悪かったという。
そう思ってしまったが、少し話をしてみると、悪い人でないのはわかった。
子供たちが魔法を編むといったのを聞いて、教えた人が古代魔法の使い手ではないかと思ったそうだ。古代魔法なら治してもらえるかと思ってと。
自分もそう習っただけで、古代魔法は全く知らないというと、男性はしょげかえった。
男性はポツリポツリと話し始めた。
彼は呪いをかけられたのだと。
ホーキンス先生は、丸まった背中や、指を絶えず動かしているのはそれが原因かと思った。
「仕事をしようとすると、身体中が痒くて何もできなくなってしまうんだ」
失礼ながら、何だそのふざけた呪いはと彼女は思った。
けれど男性は、至極、真面目に、自分はどこで道を踏み外したのだろうと嘆くのだった。
男性が自分をからかうために作り話をしたのかと思って、彼女はちょっとムッとした。
先生は嘘をつかれたと席を立とうとすると、男性は慌てた。嘘なんかついてないと。
そんな呪いはあるわけないし、そもそもそれがなぜ呪いと思うのか。
仕事をしようとして痒くて手につかないのは病気だろうから、神殿に訪れたら?と言ったそうだ。
そうしたらそれはできない。自分は実は呪術師なのだと声を潜めた。そして簡単な〝呪術〟をこれからやってみせるといった。
男性は手を独特な形に組んでから、その中に何かを編み込んでいくような仕草をした。その途中で、身をよじり、ケラケラと笑い出した。
それは異様な光景だった。
ゼーゼーと笑いをやっとおさめてから、男性は消耗したような声で言った。
「一番基本である、火で燃やす。それさえもできません。私は職を失いました」
「じゅ、呪術は禁じられたものです。扱えなくなったのも、きっと神の思し召しでしょう。きっぱり足を洗って、他の仕事につけばいいではありませんか?」
と彼女は促す。
けれど、男性は首を横に振った。
もちろん、他の仕事をしていると。けれど、身を守る手段として、呪術をできるようにしておきたいと。
なぜかと尋ねると、これは呪い返しを受けたのと同じこと。恐怖を植え付けるためと、目印にこんなふざけたことをしたのかもしれない。相手は絶対自分を完全な呪い返しにくるはずだと。それに備えて、呪術をできるようにしておかなければと。
そのために古代魔法や呪術師を探している。
編むと言葉を使うのはその使い手だから、尋ねたのだと。
君が古代魔法の使い手で、うまくこの目印をとく方法を知っていたらと思ったんだと、肩を落とし、去っていった。
その時はたちの悪い冗談だと疑わなかったものの、友達に魔法とはどういうものかを尋ねると誰も〝編む〟とは言わなかった。それで彼女は自分の知っていた魔法の定義が古代魔法からの流れだったのだと推測した。
自分なりに古代魔法を調べたけれど、300年前の規制により本なども全くなくて、わかることはほぼなかった。では誰に魔法は編むものだと教わったのだろうと思い出してみたが、転々としていた時の家庭教師の誰かに教わったもので、魔法をやってみせるということはあるものの、魔法の定義を問われることなんかほとんどないので、いつ、どこで、誰にそう教わったという記憶がはっきりしなかった。
呪術は禁止されたものだけれど、呪術師は細く長く存在している。それでわたしの年齢から呪術師ってことはないだろう。ということは、呪いを受けた……と推測したという。それで、そんな経緯なので、自分には力になれることは全くないし、呪いは犯罪に関わることだから、関与したくないとはっきりと言われた。だから、これ以上、私に何も話してくれるな、とも。
わたしは謝ってから、その元呪術師の覚えていることをできる限り教えてもらえないかと訴え、彼女はもう一度繰り返し話してくれた。
わたしはお礼をいう。カスダフの町で会ったということだけで、その人の名前はわからない。風貌だけだ。探せるとは思えなかった。でもその人しか手掛かりはない。
「ありがとうございました」
「冷たいと思うでしょうね。でも、我が家は呪いによって壊れたから、もう絶対に関わりたくないの」
「呪いに?」
自重気味にホーキンス先生は笑った。
「話すつもりはなかったのに……なぜかしら、あなたを見ていると居なくなった子のことを思い出したの」
居なくなった子?
「領地で魔力の高い子が、次々と神隠しにあいましたの」
「神隠し?」
「それまでそこに、存在した人が、ある日突然姿を消す。人攫いじゃないかって言われていたけど、ひとりでフラフラと歩いていくのを子供が見たと言って、自発的に去ったのではないかと言われました。そしてそれが続くほどひどい領だとも」
気持ちホーキンス先生の顔が青ざめた。
わたしはその、フラフラと歩いていくというのを聞いて、既視感を覚える。
「あの、それが呪いと言われたんですか?」
「え? ああ、勝手に呪われていると言っていた方もいるし、鑑定士から呪われた痕跡があると言われましたの」
鑑定で呪いがわかるの? わたしは驚いた。
おじいさまや前宰相、一流の鑑定士にも多分わたしは鑑定された。
でも呪いの欠片があるのを感じ取ったのはオババさまだけだ。
高位の魔物も見つけられなかったから、わたしに残る痕跡が特殊なのかもしれないけど……。
60
お気に入りに追加
1,228
あなたにおすすめの小説
私が死んだあとの世界で
もちもち太郎
恋愛
婚約破棄をされ断罪された公爵令嬢のマリーが死んだ。
初めはみんな喜んでいたが、時が経つにつれマリーの重要さに気づいて後悔する。
だが、もう遅い。なんてったって、私を断罪したのはあなた達なのですから。
私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?
新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。
※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!
婚約破棄されたら魔法が解けました
かな
恋愛
「クロエ・ベネット。お前との婚約は破棄する。」
それは学園の卒業パーティーでの出来事だった。……やっぱり、ダメだったんだ。周りがザワザワと騒ぎ出す中、ただ1人『クロエ・ベネット』だけは冷静に事実を受け止めていた。乙女ゲームの世界に転生してから10年。国外追放を回避する為に、そして后妃となる為に努力し続けて来たその時間が無駄になった瞬間だった。そんな彼女に追い打ちをかけるかのように、王太子であるエドワード・ホワイトは聖女を新たな婚約者とすることを発表した。その後はトントン拍子にことが運び、冤罪をかけられ、ゲームのシナリオ通り国外追放になった。そして、魔物に襲われて死ぬ。……そんな運命を辿るはずだった。
「こんなことなら、転生なんてしたくなかった。元の世界に戻りたい……」
あろうことか、最後の願いとしてそう思った瞬間に、全身が光り出したのだ。そして気がつくと、なんと前世の姿に戻っていた!しかもそれを第二王子であるアルベルトに見られていて……。
「……まさかこんなことになるなんてね。……それでどうする?あの2人復讐でもしちゃう?今の君なら、それができるよ。」
死を覚悟した絶望から転生特典を得た主人公の大逆転溺愛ラブストーリー!
※最初の5話は毎日18時に投稿、それ以降は毎週土曜日の18時に投稿する予定です
【完結】婚約破棄されたので、引き継ぎをいたしましょうか?
碧桜 汐香
恋愛
第一王子に婚約破棄された公爵令嬢は、事前に引き継ぎの準備を進めていた。
まっすぐ領地に帰るために、その場で引き継ぎを始めることに。
様々な調査結果を暴露され、婚約破棄に関わった人たちは阿鼻叫喚へ。
第二王子?いりませんわ。
第一王子?もっといりませんわ。
第一王子を慕っていたのに婚約破棄された少女を演じる、彼女の本音は?
彼女の存在意義とは?
別サイト様にも掲載しております
【完結】復讐は計画的に~不貞の子を身籠った彼女と殿下の子を身籠った私
紅位碧子 kurenaiaoko
恋愛
公爵令嬢であるミリアは、スイッチ国王太子であるウィリアムズ殿下と婚約していた。
10年に及ぶ王太子妃教育も終え、学園卒業と同時に結婚予定であったが、卒業パーティーで婚約破棄を言い渡されてしまう。
婚約者の彼の隣にいたのは、同じ公爵令嬢であるマーガレット様。
その場で、マーガレット様との婚約と、マーガレット様が懐妊したことが公表される。
それだけでも驚くミリアだったが、追い討ちをかけるように不貞の疑いまでかけられてしまいーーーー?
【作者よりみなさまへ】
*誤字脱字多数あるかと思います。
*初心者につき表現稚拙ですので温かく見守ってくださいませ
*ゆるふわ設定です
どーでもいいからさっさと勘当して
水
恋愛
とある侯爵貴族、三兄妹の真ん中長女のヒルディア。優秀な兄、可憐な妹に囲まれた彼女の人生はある日をきっかけに転機を迎える。
妹に婚約者?あたしの婚約者だった人?
姉だから妹の幸せを祈って身を引け?普通逆じゃないっけ。
うん、まあどーでもいいし、それならこっちも好き勝手にするわ。
※ザマアに期待しないでください
私は既にフラれましたので。
椎茸
恋愛
子爵令嬢ルフェルニア・シラーは、国一番の美貌を持つ幼馴染の公爵令息ユリウス・ミネルウァへの想いを断ち切るため、告白をする。ルフェルニアは、予想どおりフラれると、元来の深く悩まない性格ゆえか、気持ちを切り替えて、仕事と婚活に邁進しようとする。一方、仕事一筋で自身の感情にも恋愛事情にも疎かったユリウスは、ずっと一緒に居てくれたルフェルニアに距離を置かれたことで、感情の蓋が外れてルフェルニアの言動に一喜一憂するように…?
※小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しております。
【書籍化決定】断罪後の悪役令嬢に転生したので家事に精を出します。え、野獣に嫁がされたのに魔法が解けるんですか?
氷雨そら
恋愛
皆さまの応援のおかげで、書籍化決定しました!
気がつくと怪しげな洋館の前にいた。後ろから私を乱暴に押してくるのは、攻略対象キャラクターの兄だった。そこで私は理解する。ここは乙女ゲームの世界で、私は断罪後の悪役令嬢なのだと、
「お前との婚約は破棄する!」というお約束台詞が聞けなかったのは残念だったけれど、このゲームを私がプレイしていた理由は多彩な悪役令嬢エンディングに惚れ込んだから。
しかも、この洋館はたぶんまだ見ぬプレミアム裏ルートのものだ。
なぜか、新たな婚約相手は現れないが、汚れた洋館をカリスマ家政婦として働いていた経験を生かしてぴかぴかにしていく。
そして、数日後私の目の前に現れたのはモフモフの野獣。そこは「野獣公爵断罪エンド!」だった。理想のモフモフとともに、断罪後の悪役令嬢は幸せになります!
✳︎ 小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる