505 / 823
12章 人間模様、恋模様
第505話 攻撃①陽だまりの微笑
しおりを挟む
部室でノートに向き合っていると、水色の鳥が飛んできた。
伝達魔法だ。放課後に送られてくるなんて……。
わたしに手紙が来るときは、みんな時間を考慮してくれる。
けれどこの時間っていうことは……急ぎの何か。
急いで手紙を開封する。
ホリーさんからだった。
ウチの商品を作っている工場の従業員が3人辞めた。シュタイン領からも出て、お隣のモロールに移り住んだそうだ。彼女たちの新しい仕事はペネロペ商会の開発部門。契約魔法を交わしていたからウチの商品のあのそのは話せないはずだが、生地を暖かいものにした帽子、ふわふわではないが、かわいいにデフォルメして寄せたぬいぐるみの類似品を作り出しているらしい。
素材は調達できない、それに話せないとしても、手作業はして見せることができるから、コトが早く済むってわけね。その作り方を見て、周りの人に覚えさせればいいんだから……。
商人ギルドから、今まで商品をもっと卸せないかとは打診されてきた。けれど、オーバーワーク、それから物が氾濫してしまうのも良くないと思っていたので、それはお断りしていた。帽子もぬいぐるみも明らかに類似品ではあるけれど、需要があり売れると見込めるだけに、商人ギルドはそれらを〝商品〟と認めて卸すだろうとの見通しだ。
素材が違うってところが、これから競争する焦点となるってことね。
「何かあった?」
タルマ部長に覗き込まれる。
なんでもないと言おうとして失敗する。
「すみません、家の事業のことで問題が発生しまして、今日はあがらせてもらってもいいでしょうか?」
「あ、ああ、もちろん」
「大丈夫?」
ユキ先輩にも覗き込まれる。
「ちょっと、考えたくて」
エッジ先輩に無言で紙に包まれたお菓子をもらった。
わたしはもう一度謝り、お礼を言って、部室を後にした。
『リー、悪いことあったの?』
『リディア、何があった?』
「従業員を引き抜かれたの。誓約魔法を交わしているから作り方自体は広められないはずだけど、似たような素材を渡して作らせることはできる。そうやって誓約魔法さえ掻い潜った方法で、似た商品をぶつけてきた、ペネロペが!」
『おー、リディア、怒ってるな?』
レオが嬉しそうだ。
「怒ってない!」
すれ違う人に不審な目を向けられる。
しまった。わたしは小走りで急ぎ、視線を避けた。
人のいない方いない方へと歩いていくと、池にたどり着いていた。
『なにを真似されたんだ?』
「帽子とぬいぐるみ」
「大変でち。雪くらげの住処が荒らされるでちか? 海の主人さまが怒るでち」
「それは大丈夫。あのふわふわが雪くらげの住処ってわかっても、海ではとても人が行けないような深いところにしかないし。ダンジョン産でしか今は作ってないから」
今作っているぬいぐるみなどを鑑定されても、ダンジョン産と出るはずだ。
最初に雪くらげの住処をもらったとき、どこで手に入れたか、それが何なのか言わないと約束したのだが、後日、はたと気づいた。鑑定人がいたら、それは告げなくても素材がわかってしまう。それでわたしからは言ったりしないけど、鑑定をされたらわかってしまうかもって海の主人さまに相談したんだ。
で、まぁ、結果論なんだけど、実際、雪くらげやシロホウシは、人が絶対に潜れないような深海にしかないことがわかり、乱獲できるようなものではないということで、大目に見てもらったのだ。
その後からは、ミラーダンジョンで海のエリアがあって、そこで雪くらげもシロホウシも住んでもらっていて、そこから調達している。
素材は絶対手にすることはできないはずだが、似通った素材を見つけ出してはくるだろう。
『あいつ、来る』
『来る』
もふさまに誰が? と聞こうとしたけれど、目視できた。
……ロサとメロディー嬢だ。
わたしは仕方なく立ち上がり、ふたりにカーテシーをした。
「具合はもういいのか?」
わたしは頷いた。
そういえばロサからは家の方にもお見舞いをもらったと思い出した。
アルノルトがお礼を返してくれたはずだけど。
わたしがお見舞いのお礼を言うと、メロディー嬢が首を傾げる。
「あら、リディアさまは、また具合が悪かったんですの?」
こいつ、今笑わなかった? またって強調したよね?
わたしは心がケバだっているので、メロディー嬢に感じている不審感をおさめられなかった。本人に言わないぐらいの分別はまだある。
けど、カチンとくるという表現では済まないぐらいに苛立っていた。
「本当にお具合よろしいの、大丈夫ですの?」
そう優しげに微笑む。ヤーガンさまとは正反対といってもいいぐらい、春の陽だまりのような笑顔。
「あ、私も少し前に伏せっていましたの。ひとりで横になっていると淋しくて。その時思い出しましたの。シュタイン領で売っている〝ぬいぐるみ〟あれがあったらとても慰められるのにって。今度、取り寄せようと思いますわ」
……………………………………………………。
「ああ、あれはとても、気持ちいいしな」
「まぁ、ロサさまはぬいぐるみと一緒に眠っていらっしゃいますの?」
「一緒に眠りはしない。コーデリア嬢はなにを言い出すんだ……」
ふたりの会話が通り過ぎていく。
わざとだ。そう感じた。
このタイミングでぬいぐるみを出してくるなんて、それにあの笑み、こいつ絶対知ってた。情報通の可能性もあるけど、ペネロペと何かしら繋がってるんじゃないの?
手をギュッと握りしめていた。爪が食い込んでいた。もふさまに手を舐められて、痛みがあることに気づいた。
たとえどんなことがあっても、打ちひしがれている姿をメロディー嬢だけには見せたくないとなぜか思った。
だから言ってやる。
「ぬいぐるみは、取り寄せるものではありませんわ」
「え?」
見つめていたロサから視線を外し、メロディー嬢は首を傾げた。
「ひとつひとつ表情が違うんです。ぬいぐるみは一生を共にするお友達ですわ。ぜひ、赴いて、手に取って〝違い〟をお確かめくださいませ。それが本当の〝友〟を得るコツですわ」
メロディー嬢が一瞬表情をなくし、それからまた笑みを纏った。
「さすがシュタイン領のお嬢さまですものね、いいことを教えていただきましたわ!」
ヤーガンさまの氷の微笑は、角度を変えると大輪の花を隠していた。
それではメロディー公爵令嬢は?
春の陽だまりのような微笑みは、角度を変えてもそのまま温かいままなのだろうか?
伝達魔法だ。放課後に送られてくるなんて……。
わたしに手紙が来るときは、みんな時間を考慮してくれる。
けれどこの時間っていうことは……急ぎの何か。
急いで手紙を開封する。
ホリーさんからだった。
ウチの商品を作っている工場の従業員が3人辞めた。シュタイン領からも出て、お隣のモロールに移り住んだそうだ。彼女たちの新しい仕事はペネロペ商会の開発部門。契約魔法を交わしていたからウチの商品のあのそのは話せないはずだが、生地を暖かいものにした帽子、ふわふわではないが、かわいいにデフォルメして寄せたぬいぐるみの類似品を作り出しているらしい。
素材は調達できない、それに話せないとしても、手作業はして見せることができるから、コトが早く済むってわけね。その作り方を見て、周りの人に覚えさせればいいんだから……。
商人ギルドから、今まで商品をもっと卸せないかとは打診されてきた。けれど、オーバーワーク、それから物が氾濫してしまうのも良くないと思っていたので、それはお断りしていた。帽子もぬいぐるみも明らかに類似品ではあるけれど、需要があり売れると見込めるだけに、商人ギルドはそれらを〝商品〟と認めて卸すだろうとの見通しだ。
素材が違うってところが、これから競争する焦点となるってことね。
「何かあった?」
タルマ部長に覗き込まれる。
なんでもないと言おうとして失敗する。
「すみません、家の事業のことで問題が発生しまして、今日はあがらせてもらってもいいでしょうか?」
「あ、ああ、もちろん」
「大丈夫?」
ユキ先輩にも覗き込まれる。
「ちょっと、考えたくて」
エッジ先輩に無言で紙に包まれたお菓子をもらった。
わたしはもう一度謝り、お礼を言って、部室を後にした。
『リー、悪いことあったの?』
『リディア、何があった?』
「従業員を引き抜かれたの。誓約魔法を交わしているから作り方自体は広められないはずだけど、似たような素材を渡して作らせることはできる。そうやって誓約魔法さえ掻い潜った方法で、似た商品をぶつけてきた、ペネロペが!」
『おー、リディア、怒ってるな?』
レオが嬉しそうだ。
「怒ってない!」
すれ違う人に不審な目を向けられる。
しまった。わたしは小走りで急ぎ、視線を避けた。
人のいない方いない方へと歩いていくと、池にたどり着いていた。
『なにを真似されたんだ?』
「帽子とぬいぐるみ」
「大変でち。雪くらげの住処が荒らされるでちか? 海の主人さまが怒るでち」
「それは大丈夫。あのふわふわが雪くらげの住処ってわかっても、海ではとても人が行けないような深いところにしかないし。ダンジョン産でしか今は作ってないから」
今作っているぬいぐるみなどを鑑定されても、ダンジョン産と出るはずだ。
最初に雪くらげの住処をもらったとき、どこで手に入れたか、それが何なのか言わないと約束したのだが、後日、はたと気づいた。鑑定人がいたら、それは告げなくても素材がわかってしまう。それでわたしからは言ったりしないけど、鑑定をされたらわかってしまうかもって海の主人さまに相談したんだ。
で、まぁ、結果論なんだけど、実際、雪くらげやシロホウシは、人が絶対に潜れないような深海にしかないことがわかり、乱獲できるようなものではないということで、大目に見てもらったのだ。
その後からは、ミラーダンジョンで海のエリアがあって、そこで雪くらげもシロホウシも住んでもらっていて、そこから調達している。
素材は絶対手にすることはできないはずだが、似通った素材を見つけ出してはくるだろう。
『あいつ、来る』
『来る』
もふさまに誰が? と聞こうとしたけれど、目視できた。
……ロサとメロディー嬢だ。
わたしは仕方なく立ち上がり、ふたりにカーテシーをした。
「具合はもういいのか?」
わたしは頷いた。
そういえばロサからは家の方にもお見舞いをもらったと思い出した。
アルノルトがお礼を返してくれたはずだけど。
わたしがお見舞いのお礼を言うと、メロディー嬢が首を傾げる。
「あら、リディアさまは、また具合が悪かったんですの?」
こいつ、今笑わなかった? またって強調したよね?
わたしは心がケバだっているので、メロディー嬢に感じている不審感をおさめられなかった。本人に言わないぐらいの分別はまだある。
けど、カチンとくるという表現では済まないぐらいに苛立っていた。
「本当にお具合よろしいの、大丈夫ですの?」
そう優しげに微笑む。ヤーガンさまとは正反対といってもいいぐらい、春の陽だまりのような笑顔。
「あ、私も少し前に伏せっていましたの。ひとりで横になっていると淋しくて。その時思い出しましたの。シュタイン領で売っている〝ぬいぐるみ〟あれがあったらとても慰められるのにって。今度、取り寄せようと思いますわ」
……………………………………………………。
「ああ、あれはとても、気持ちいいしな」
「まぁ、ロサさまはぬいぐるみと一緒に眠っていらっしゃいますの?」
「一緒に眠りはしない。コーデリア嬢はなにを言い出すんだ……」
ふたりの会話が通り過ぎていく。
わざとだ。そう感じた。
このタイミングでぬいぐるみを出してくるなんて、それにあの笑み、こいつ絶対知ってた。情報通の可能性もあるけど、ペネロペと何かしら繋がってるんじゃないの?
手をギュッと握りしめていた。爪が食い込んでいた。もふさまに手を舐められて、痛みがあることに気づいた。
たとえどんなことがあっても、打ちひしがれている姿をメロディー嬢だけには見せたくないとなぜか思った。
だから言ってやる。
「ぬいぐるみは、取り寄せるものではありませんわ」
「え?」
見つめていたロサから視線を外し、メロディー嬢は首を傾げた。
「ひとつひとつ表情が違うんです。ぬいぐるみは一生を共にするお友達ですわ。ぜひ、赴いて、手に取って〝違い〟をお確かめくださいませ。それが本当の〝友〟を得るコツですわ」
メロディー嬢が一瞬表情をなくし、それからまた笑みを纏った。
「さすがシュタイン領のお嬢さまですものね、いいことを教えていただきましたわ!」
ヤーガンさまの氷の微笑は、角度を変えると大輪の花を隠していた。
それではメロディー公爵令嬢は?
春の陽だまりのような微笑みは、角度を変えてもそのまま温かいままなのだろうか?
71
お気に入りに追加
1,239
あなたにおすすめの小説
オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!
みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した!
転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!!
前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。
とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。
森で調合師して暮らすこと!
ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが…
無理そうです……
更に隣で笑う幼なじみが気になります…
完結済みです。
なろう様にも掲載しています。
副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。
エピローグで完結です。
番外編になります。
※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。
【完結】婚姻無効になったので新しい人生始めます~前世の記憶を思い出して家を出たら、愛も仕事も手に入れて幸せになりました~
Na20
恋愛
セレーナは嫁いで三年が経ってもいまだに旦那様と使用人達に受け入れられないでいた。
そんな時頭をぶつけたことで前世の記憶を思い出し、家を出ていくことを決意する。
「…そうだ、この結婚はなかったことにしよう」
※ご都合主義、ふんわり設定です
※小説家になろう様にも掲載しています
我儘令嬢なんて無理だったので小心者令嬢になったらみんなに甘やかされました。
たぬきち25番
恋愛
「ここはどこですか?私はだれですか?」目を覚ましたら全く知らない場所にいました。
しかも以前の私は、かなり我儘令嬢だったそうです。
そんなマイナスからのスタートですが、文句はいえません。
ずっと冷たかった周りの目が、なんだか最近優しい気がします。
というか、甘やかされてません?
これって、どういうことでしょう?
※後日談は激甘です。
激甘が苦手な方は後日談以外をお楽しみ下さい。
※小説家になろう様にも公開させて頂いております。
ただあちらは、マルチエンディングではございませんので、その関係でこちらとは、内容が大幅に異なります。ご了承下さい。
タイトルも違います。タイトル:異世界、訳アリ令嬢の恋の行方は?!~あの時、もしあなたを選ばなければ~
モブなので思いっきり場外で暴れてみました
雪那 由多
恋愛
やっと卒業だと言うのに婚約破棄だとかそう言うのはもっと人の目のないところでお三方だけでやってくださいませ。
そしてよろしければ私を巻き来ないようにご注意くださいませ。
一応自衛はさせていただきますが悪しからず?
そんなささやかな防衛をして何か問題ありましょうか?
※衝動的に書いたのであげてみました四話完結です。
実は家事万能な伯爵令嬢、婚約破棄されても全く問題ありません ~追放された先で洗濯した男は、伝説の天使様でした~
空色蜻蛉
恋愛
「令嬢であるお前は、身の周りのことは従者なしに何もできまい」
氷薔薇姫の異名で知られるネーヴェは、王子に婚約破棄され、辺境の地モンタルチーノに追放された。
「私が何も出来ない箱入り娘だと、勘違いしているのね。私から見れば、聖女様の方がよっぽど箱入りだけど」
ネーヴェは自分で屋敷を掃除したり美味しい料理を作ったり、自由な生活を満喫する。
成り行きで、葡萄畑作りで泥だらけになっている男と仲良くなるが、実は彼の正体は伝説の・・であった。
好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】
皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」
「っ――――!!」
「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」
クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。
******
・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。
母の中で私の価値はゼロのまま、家の恥にしかならないと養子に出され、それを鵜呑みにした父に縁を切られたおかげで幸せになれました
珠宮さくら
恋愛
伯爵家に生まれたケイトリン・オールドリッチ。跡継ぎの兄と母に似ている妹。その2人が何をしても母は怒ることをしなかった。
なのに母に似ていないという理由で、ケイトリンは理不尽な目にあい続けていた。そんな日々に嫌気がさしたケイトリンは、兄妹を超えるために頑張るようになっていくのだが……。
異世界から来た娘が、たまらなく可愛いのだが(同感)〜こっちにきてから何故かイケメンに囲まれています〜
京
恋愛
普通の女子高生、朱璃はいつのまにか異世界に迷い込んでいた。
右も左もわからない状態で偶然出会った青年にしがみついた結果、なんとかお世話になることになる。一宿一飯の恩義を返そうと懸命に生きているうちに、国の一大事に巻き込まれたり巻き込んだり。気付くと個性豊かなイケメンたちに大切に大切にされていた。
そんな乙女ゲームのようなお話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる