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12章 人間模様、恋模様
第499話 禍根⑩ジェインズ・ホーキンスの覚悟
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「わたしを利用したんですね?」
そう切り出すと、ホーキンスさんは表情を引き締めた。
「……誓って、君を巻き込む気はなかったんだ」
思い詰めた声音で言う。
うーむ、まあね。
確かに、最初は魅了を使って、わたしを帰そうとしていたから。
「ホーキンスさんが衛兵を呼んだんですか? そう仕組んだ?」
「慧眼、恐れ入るね」
衛兵も見ただろう、団長がホーキンスさんを塔から落とすところを。
それを見せるつもりだったから、塔で神官に助けを求めなかったのだ。
わたしは気づいた。
「あ……、最初に送ってくれるって言ったのは、衛兵の取締りにわたしが巻き込まれるといけないから、表通りにわざわざ誘導したんですね?」
ホーキンスさんは驚いた表情だ。
送ってくれるって言った時、おかしいと思ったんだ。
まだ明るいし。トイレに籠もっていたから、お客さんたちが帰る波には乗り遅れてしまったけれど。日中の王都で、貴族の子供って感じじゃなければ、そう目をつけられたりしない。それなのに送るというから……。
もしわたしが裏通りに出て、万が一教会の方に行ってしまい、衛兵と団長たちのゴタゴタに巻き込まれないよう、表通りへと送ってくれたんだ。
ホーキンスさんは息を吐き出す。
「いつ、気づいた?」
「塔のところで、衛兵が用心棒たちを取り囲んだのを見た時。
でも、あなたがわたしを幸運の女神というから変だと思ってました」
ホーキンスさんは後ろに手をついて、体勢を直す。
顔をまたしかめる。立ち上がらないところをみると、足をどうかしているのかもしれない。
「足、傷めたんですか?」
足を見ようとすると止められる。
「大したことはない。それより、なぜ、幸運の女神が〝変〟なんだ?」
「赤い宝石が劇団にツキを呼んだって言いましたよね? だから赤髪のわたしを気にかけたと。でも、あなたは同時にあの魔石で何か悪いことをしていることを知っていた。魔石が落ちた時、大切な魔石を落としたことより、わたしに見せてしまったことを憤っているようでした。ツキを呼ぶ大切なもののはずなのに、変だと思いました。
その後、アレを見たものを始末する事は劇団の決まりごとなんだと知りました。だから、あなたは落としたことより人に見られたことを怒った。ということは、あなたは見てしまった人を始末することをよく思っていない。それなら、最初はどうだったであれ、今はツキを呼ぶ〝宝石〟だなんて思えてないはずです。
それなのに、赤髪のわたしを幸運の女神なんていうから、変だと思ったんです」
「なんとまぁ、賢いレディーだ」
ふっとホーキンスさんは笑う。
「ある日、団長が赤い宝石を大切そうに持ち帰ってきた。お守りのようなもので、ご利益があるらしいって、高かったって言ってた。それから、本当にいく先々で仕事が決まって、公演すればお客さんがいっぱい来てくれて。本当に幸運の宝石だと思った。僕の名前も知られていって、劇団員も増やすことができた。その辺りだったか団長が用心棒を雇ったんだ。
それからお守りの宝石を見せてくれなくなり、宝石のことは口にするなと徹底された。ご利益あるものだから、話したり見せたりしたら盗まれるってな。そのうち、似ている赤い宝石がたくさん持ち込まれて。けれど、劇団員以外に見せるなって怖い顔をするんだ。見た奴がいたら、始末するよう命令が出た。大袈裟に言っているだけだと思ったのに、用心棒に本当に始末させた。お守りだと思っていたのに、とんだ悪しきものだったようだ……。
よくわからないけど、団長はあの魔石を運ばされていた。小道具だといえば調べられないから。興行で移動していたんじゃなくて、ていのいい運び屋だったんだよ、僕たちは」
ホーキンスさんは深く息をついた。
「団長はいい話を書くんだ。最初はよくわからないと思えても、何度も読み返すうちに、いい話だとわかる。言葉は悪いし、酒癖は悪いけど。心根は優しいんだ。実際スラムで死にそうになってるガキに、手を差し伸べてくれたのは団長だけだった。だから、団長には感謝している。だけど、ていのいい金儲けなんてあるはずないのに。悪いことはしちゃダメだと言っても聞いてくれなくて、もうダメだと思った。
でもさ、この劇団で何かが起これば、悪評がつくのは役者なんだ。役者は表の顔だ。悪い評判が立ったらお終いだ。どこにも雇ってもらえなくなるし、お客さんに見てもらえなくなる。団員のみんながもう役者で食っていけなくなる。
だからあの魔石を持ってるってたれ込んで、捕まえてもらおうと思った。見る人が見れば、あの魔石は悪いものってわかるみたいだから。
でも劇団に魔石があったんだ、一緒に捕まっちまうだろ。役者も全員同罪だって。だけど、そうじゃないって、僕たち役者は、赤い宝石が悪いもので、その運び屋をやっていることを知らないことにしたかったんだ。僕たちはあの宝石は幸運のお守りだと思っているんだと印象づけたかった。
君を巻き込むつもりはなかったけど、魅了が効かなくて巻き込んでしまったから。レディーには、それなら、僕たちが何も知らないで従っているっていう証人になってもらおうと思ったんだ」
なるほど。意味が通ったのでスッキリした。でも……。
「ホーキンスさんは、わたしに嘘をつきましたね?」
「え?」
「魅了をできるのはあと5回、そう言ったけど。ホーキンスさんは魔力量も多い方で、しかも魅了は魔力がなくなるまで使えるんじゃありませんか? 神官もやってきたから、いい証人になると思った。元々、鐘つきの塔に衛兵を呼んでいたんですね? だから団長に自分を始末することを思い出させる魅了をかけた」
5回と言っていたけれど、あれから何度もためらいなく、魅了をかけていた。
ホーキンスさんは頷いた。
「少し前に劇団が訳ありの赤い宝石を運んでいるようだって、噂を流した。もちろん、そう言ったわけじゃないし、変装してさ。劇団で大事そうにしているでっかい赤い宝石を見たって、酔っ払ってるフリしてさ」
役者だもの、お手のものだろう。
「衛兵が動き出してたみたいで、団長がそれに気づき、王都から急遽去ることになった。だから、今日この街を去ると衛兵に垂れ込んだ。鐘つきの塔でその宝石の取引があるらしいってね」
訳ありの赤い宝石……衛兵の上の人たちが優秀だったら、ピンとくるものがあったのだろう。
「……あの用心棒たちが団長をけしかけているだけだって思いたかったけど、聞いちゃったんだ。衛兵たちに見張られているような気がするって団長が異変に気づいて、僕を始末して、死人に口無しと、僕ひとりがやったこととするように算段を立てていることをね」
ホーキンスさんは傷ついてはいない顔をしている。役者だから、本心かはわからない。
「僕が、魔石について知らなかったことは、君が聞いている。僕が団長に塔から落とされるところは衛兵が目撃する。そうすれば、劇団は解散となるけれど、役者たちは悪事には加担していなかったと証明されるだろう」
そのために〝よっぽど運が悪くなければ死なない〟ダイブを決行した。
わたしはどうするか、少し考える。そして結論を出す。
そう切り出すと、ホーキンスさんは表情を引き締めた。
「……誓って、君を巻き込む気はなかったんだ」
思い詰めた声音で言う。
うーむ、まあね。
確かに、最初は魅了を使って、わたしを帰そうとしていたから。
「ホーキンスさんが衛兵を呼んだんですか? そう仕組んだ?」
「慧眼、恐れ入るね」
衛兵も見ただろう、団長がホーキンスさんを塔から落とすところを。
それを見せるつもりだったから、塔で神官に助けを求めなかったのだ。
わたしは気づいた。
「あ……、最初に送ってくれるって言ったのは、衛兵の取締りにわたしが巻き込まれるといけないから、表通りにわざわざ誘導したんですね?」
ホーキンスさんは驚いた表情だ。
送ってくれるって言った時、おかしいと思ったんだ。
まだ明るいし。トイレに籠もっていたから、お客さんたちが帰る波には乗り遅れてしまったけれど。日中の王都で、貴族の子供って感じじゃなければ、そう目をつけられたりしない。それなのに送るというから……。
もしわたしが裏通りに出て、万が一教会の方に行ってしまい、衛兵と団長たちのゴタゴタに巻き込まれないよう、表通りへと送ってくれたんだ。
ホーキンスさんは息を吐き出す。
「いつ、気づいた?」
「塔のところで、衛兵が用心棒たちを取り囲んだのを見た時。
でも、あなたがわたしを幸運の女神というから変だと思ってました」
ホーキンスさんは後ろに手をついて、体勢を直す。
顔をまたしかめる。立ち上がらないところをみると、足をどうかしているのかもしれない。
「足、傷めたんですか?」
足を見ようとすると止められる。
「大したことはない。それより、なぜ、幸運の女神が〝変〟なんだ?」
「赤い宝石が劇団にツキを呼んだって言いましたよね? だから赤髪のわたしを気にかけたと。でも、あなたは同時にあの魔石で何か悪いことをしていることを知っていた。魔石が落ちた時、大切な魔石を落としたことより、わたしに見せてしまったことを憤っているようでした。ツキを呼ぶ大切なもののはずなのに、変だと思いました。
その後、アレを見たものを始末する事は劇団の決まりごとなんだと知りました。だから、あなたは落としたことより人に見られたことを怒った。ということは、あなたは見てしまった人を始末することをよく思っていない。それなら、最初はどうだったであれ、今はツキを呼ぶ〝宝石〟だなんて思えてないはずです。
それなのに、赤髪のわたしを幸運の女神なんていうから、変だと思ったんです」
「なんとまぁ、賢いレディーだ」
ふっとホーキンスさんは笑う。
「ある日、団長が赤い宝石を大切そうに持ち帰ってきた。お守りのようなもので、ご利益があるらしいって、高かったって言ってた。それから、本当にいく先々で仕事が決まって、公演すればお客さんがいっぱい来てくれて。本当に幸運の宝石だと思った。僕の名前も知られていって、劇団員も増やすことができた。その辺りだったか団長が用心棒を雇ったんだ。
それからお守りの宝石を見せてくれなくなり、宝石のことは口にするなと徹底された。ご利益あるものだから、話したり見せたりしたら盗まれるってな。そのうち、似ている赤い宝石がたくさん持ち込まれて。けれど、劇団員以外に見せるなって怖い顔をするんだ。見た奴がいたら、始末するよう命令が出た。大袈裟に言っているだけだと思ったのに、用心棒に本当に始末させた。お守りだと思っていたのに、とんだ悪しきものだったようだ……。
よくわからないけど、団長はあの魔石を運ばされていた。小道具だといえば調べられないから。興行で移動していたんじゃなくて、ていのいい運び屋だったんだよ、僕たちは」
ホーキンスさんは深く息をついた。
「団長はいい話を書くんだ。最初はよくわからないと思えても、何度も読み返すうちに、いい話だとわかる。言葉は悪いし、酒癖は悪いけど。心根は優しいんだ。実際スラムで死にそうになってるガキに、手を差し伸べてくれたのは団長だけだった。だから、団長には感謝している。だけど、ていのいい金儲けなんてあるはずないのに。悪いことはしちゃダメだと言っても聞いてくれなくて、もうダメだと思った。
でもさ、この劇団で何かが起これば、悪評がつくのは役者なんだ。役者は表の顔だ。悪い評判が立ったらお終いだ。どこにも雇ってもらえなくなるし、お客さんに見てもらえなくなる。団員のみんながもう役者で食っていけなくなる。
だからあの魔石を持ってるってたれ込んで、捕まえてもらおうと思った。見る人が見れば、あの魔石は悪いものってわかるみたいだから。
でも劇団に魔石があったんだ、一緒に捕まっちまうだろ。役者も全員同罪だって。だけど、そうじゃないって、僕たち役者は、赤い宝石が悪いもので、その運び屋をやっていることを知らないことにしたかったんだ。僕たちはあの宝石は幸運のお守りだと思っているんだと印象づけたかった。
君を巻き込むつもりはなかったけど、魅了が効かなくて巻き込んでしまったから。レディーには、それなら、僕たちが何も知らないで従っているっていう証人になってもらおうと思ったんだ」
なるほど。意味が通ったのでスッキリした。でも……。
「ホーキンスさんは、わたしに嘘をつきましたね?」
「え?」
「魅了をできるのはあと5回、そう言ったけど。ホーキンスさんは魔力量も多い方で、しかも魅了は魔力がなくなるまで使えるんじゃありませんか? 神官もやってきたから、いい証人になると思った。元々、鐘つきの塔に衛兵を呼んでいたんですね? だから団長に自分を始末することを思い出させる魅了をかけた」
5回と言っていたけれど、あれから何度もためらいなく、魅了をかけていた。
ホーキンスさんは頷いた。
「少し前に劇団が訳ありの赤い宝石を運んでいるようだって、噂を流した。もちろん、そう言ったわけじゃないし、変装してさ。劇団で大事そうにしているでっかい赤い宝石を見たって、酔っ払ってるフリしてさ」
役者だもの、お手のものだろう。
「衛兵が動き出してたみたいで、団長がそれに気づき、王都から急遽去ることになった。だから、今日この街を去ると衛兵に垂れ込んだ。鐘つきの塔でその宝石の取引があるらしいってね」
訳ありの赤い宝石……衛兵の上の人たちが優秀だったら、ピンとくるものがあったのだろう。
「……あの用心棒たちが団長をけしかけているだけだって思いたかったけど、聞いちゃったんだ。衛兵たちに見張られているような気がするって団長が異変に気づいて、僕を始末して、死人に口無しと、僕ひとりがやったこととするように算段を立てていることをね」
ホーキンスさんは傷ついてはいない顔をしている。役者だから、本心かはわからない。
「僕が、魔石について知らなかったことは、君が聞いている。僕が団長に塔から落とされるところは衛兵が目撃する。そうすれば、劇団は解散となるけれど、役者たちは悪事には加担していなかったと証明されるだろう」
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