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12章 人間模様、恋模様
第495話 禍根⑥ラッキーカラー
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「しっかり答えが出たみたいだね」
ホーキンスさんに頭を撫でられた。
わたしは心から笑うことができた。
「もう一度、この舞台を見る機会をくださって、ありがとうございました」
「どういたしまして」
コミカルに演じられたマークさんままに、ホーキンスさんは大袈裟に胸に手をやり、頭を下げた。
「なんでわたしに、こんなに良くしてくださったんですか?」
思わず尋ねてしまう。お芝居を心あらずで見た子供に、貴重な千秋楽のチケットを。それもあんないい席。
「君が見事な〝赤毛〟だったからかな」
「赤毛だったから?」
「今、ウチの劇団、ノリに乗っているんだ。それも全部、赤い宝石と関わってからでね。〝赤〟はラッキーカラーで大切にしている。それなのに、客席の真ん中で見ていた赤毛のレディーはちっとも楽しそうでなかった。レディーの記憶に面白くなかった劇として残ってしまったら、ツキも落ちる気がしてねー。
でも、君と話してよく見てみたら、その髪色は君にはちょっとキツすぎる」
「え?」
「君にはもっと明るくて柔らかい髪色が似合う気がする。いや、君はそういうレディーなはずだ」
ホーキンスさんは含み笑いだ。
「ちょっと待ってて、中央通りまで送るから」
「あの、いいです。大丈夫です」
「今日、この街を去るんだ。思い出作りに協力してよ。団長に言ってくるから」
ホーキンスさんが廊下の先に消えたので、鞄の中のもふさまに話しかける。
「もふさま、ロサの気配してた?」
『いや。我はここまで小さくなると、気配がよく辿れぬようだ』
そうか。片手に乗るサイズは相当ちっちゃくなってるもんね。生まれたてぐらいまで時を巻き戻していて、それぐらいでは力をあまり現せられないのかもしれない。
ホーキンスさんが戻ってきた。舞台衣装の上に、青い上着を着込んでいる。
「さ、送るよ」
促されて歩きだすと、前から成人したてぐらいの若い男の子が、ヨタヨタと木の箱を運んでくるところだった。
「ホーキンスさん、お出かけですか?」
「中央通りまでレディーを送ってくるよ」
「許容範囲、広いですね」
「あんなー、冗談でも言うなよ。小さなレディーの心の傷になったらどうするんだ?」
男の子は、顎を突き出した。謝ったつもりなのかも。そして余計な動作をしたからかよろけて、箱を落としそうになった。上にかけられていた布が落ちて、中から赤い石が飛び出した。中には赤い石がぎっしりと入っている。
心臓がドクンとする。その赤さが生々しい。
「何やってるんだ!」
「す、すみません」
ホーキンスさんが怒り、少年は慌てて箱を置いて、転がった石を拾いだした。
「何をしている?」
「団長」
黒い背広の背の低い人だ。シルクハットをかぶっている。
ホーキンスさんが〝団長〟の視線からわたしを遮るように動いた。
「何もしてないですよ。言った通り、レディーを中央通りまで送ってきます」
「ホーキンス、無事、送ってこいよ。お前が帰ってきたらすぐに出立する。急いで帰ってこい」
なんか雰囲気がとげとげしかったので、送っていただかなくて大丈夫ですと言いにくかった。発言をしてその場に留まる時間を長引かせたくないというか……。
劇場から出ると、わたしが辞退申し上げるより前に、ホーキンスさんが一言。
「お嬢ちゃん、走るよ」
手を持って走り出す。
ええっ?
ホーキンスさんはすぐに足を止めて、わたしを抱き上げた。
「少し、失礼する」
そう言ってかなり早く走り出した。
鞄が揺れ動くが、わたしは上からトントンと押さえて、大丈夫だと合図を送る。
中央通りに来ると、走るのをやめてわたしを下ろした。
「さ、急いでまっすぐ家に帰るんだよ。小さなレディー」
「あの、ありがとうございました」
急に抱き上げて走り出したのには驚いたが、いろいろとお世話になったので頭を下げる。
「〝魅了〟が効いてない?」
驚いた顔でホーキンスさんが言う。
「え?」
彼は舌打ちをした。
「レディー、僕を信じて。僕だけを信じて。ぼーっとして魔法にかかったフリをして。話してもいけないよ。会話がわからないんだ、君は、いいね。絶対、家に帰すから」
取り囲まれた。
ホーキンスさんは、またわたしを抱き上げる。
「なんで走った?」
おっかなそうな人が言った。
「つけられてるのかな? って思ったからですよ」
ホーキンスさんは、何でもないことのように言う。
「団長の言いつけを守らない気か? あれを見たものは、始末しろ」
「ただの宝石じゃないですか。それに見ようと思って見たわけじゃない。コモが落とした時に、運悪く居合わせただけだ」
「団長命令だ」
なんかヤバげな会話が繰り広げられている。
「ツキを与えてくれただけじゃなくて、なんかあるんですか、あの宝石に?」
「役者は余計なこと知らなくていいんだよ、団長にだけ従っていれば!」
「おい、そいつを寄越せ」
「この子みたいに、僕に〝魅了〟されたいですか?」
「なんだと?」
掴みかかってこようとした人に、ホーキンスさんは言った。
「大好きな僕のことを傷つけていいの?」
その人はまるで恋してしまったような熱い視線でホーキンスさんを見て、もじもじしだした。仕草が恋する乙女だ。
「君たちもこうなりたい?」
みんな術にかかったような男を見て、顔を引きつらせて、一歩下がった。
用心棒のような人たちの視線が、ホーキンスさんの胸に収まっているわたしに集まる。
「捕まえては、いたんだものな」
いかつい男が愛想笑いを浮かべる。
「小さなレディー、君は体調を崩して、僕が介抱しているんだ」
ホーキンスさんがわたしの目を見て言ったので、わたしは具合が悪そうなフリをして、ホーキンスさんの胸に頭を預けた。
「団長に掛け合うよ。今日、町を去るんだ。コトを大きくすることもないだろう?」
ホーキンスさんに頭を撫でられた。
わたしは心から笑うことができた。
「もう一度、この舞台を見る機会をくださって、ありがとうございました」
「どういたしまして」
コミカルに演じられたマークさんままに、ホーキンスさんは大袈裟に胸に手をやり、頭を下げた。
「なんでわたしに、こんなに良くしてくださったんですか?」
思わず尋ねてしまう。お芝居を心あらずで見た子供に、貴重な千秋楽のチケットを。それもあんないい席。
「君が見事な〝赤毛〟だったからかな」
「赤毛だったから?」
「今、ウチの劇団、ノリに乗っているんだ。それも全部、赤い宝石と関わってからでね。〝赤〟はラッキーカラーで大切にしている。それなのに、客席の真ん中で見ていた赤毛のレディーはちっとも楽しそうでなかった。レディーの記憶に面白くなかった劇として残ってしまったら、ツキも落ちる気がしてねー。
でも、君と話してよく見てみたら、その髪色は君にはちょっとキツすぎる」
「え?」
「君にはもっと明るくて柔らかい髪色が似合う気がする。いや、君はそういうレディーなはずだ」
ホーキンスさんは含み笑いだ。
「ちょっと待ってて、中央通りまで送るから」
「あの、いいです。大丈夫です」
「今日、この街を去るんだ。思い出作りに協力してよ。団長に言ってくるから」
ホーキンスさんが廊下の先に消えたので、鞄の中のもふさまに話しかける。
「もふさま、ロサの気配してた?」
『いや。我はここまで小さくなると、気配がよく辿れぬようだ』
そうか。片手に乗るサイズは相当ちっちゃくなってるもんね。生まれたてぐらいまで時を巻き戻していて、それぐらいでは力をあまり現せられないのかもしれない。
ホーキンスさんが戻ってきた。舞台衣装の上に、青い上着を着込んでいる。
「さ、送るよ」
促されて歩きだすと、前から成人したてぐらいの若い男の子が、ヨタヨタと木の箱を運んでくるところだった。
「ホーキンスさん、お出かけですか?」
「中央通りまでレディーを送ってくるよ」
「許容範囲、広いですね」
「あんなー、冗談でも言うなよ。小さなレディーの心の傷になったらどうするんだ?」
男の子は、顎を突き出した。謝ったつもりなのかも。そして余計な動作をしたからかよろけて、箱を落としそうになった。上にかけられていた布が落ちて、中から赤い石が飛び出した。中には赤い石がぎっしりと入っている。
心臓がドクンとする。その赤さが生々しい。
「何やってるんだ!」
「す、すみません」
ホーキンスさんが怒り、少年は慌てて箱を置いて、転がった石を拾いだした。
「何をしている?」
「団長」
黒い背広の背の低い人だ。シルクハットをかぶっている。
ホーキンスさんが〝団長〟の視線からわたしを遮るように動いた。
「何もしてないですよ。言った通り、レディーを中央通りまで送ってきます」
「ホーキンス、無事、送ってこいよ。お前が帰ってきたらすぐに出立する。急いで帰ってこい」
なんか雰囲気がとげとげしかったので、送っていただかなくて大丈夫ですと言いにくかった。発言をしてその場に留まる時間を長引かせたくないというか……。
劇場から出ると、わたしが辞退申し上げるより前に、ホーキンスさんが一言。
「お嬢ちゃん、走るよ」
手を持って走り出す。
ええっ?
ホーキンスさんはすぐに足を止めて、わたしを抱き上げた。
「少し、失礼する」
そう言ってかなり早く走り出した。
鞄が揺れ動くが、わたしは上からトントンと押さえて、大丈夫だと合図を送る。
中央通りに来ると、走るのをやめてわたしを下ろした。
「さ、急いでまっすぐ家に帰るんだよ。小さなレディー」
「あの、ありがとうございました」
急に抱き上げて走り出したのには驚いたが、いろいろとお世話になったので頭を下げる。
「〝魅了〟が効いてない?」
驚いた顔でホーキンスさんが言う。
「え?」
彼は舌打ちをした。
「レディー、僕を信じて。僕だけを信じて。ぼーっとして魔法にかかったフリをして。話してもいけないよ。会話がわからないんだ、君は、いいね。絶対、家に帰すから」
取り囲まれた。
ホーキンスさんは、またわたしを抱き上げる。
「なんで走った?」
おっかなそうな人が言った。
「つけられてるのかな? って思ったからですよ」
ホーキンスさんは、何でもないことのように言う。
「団長の言いつけを守らない気か? あれを見たものは、始末しろ」
「ただの宝石じゃないですか。それに見ようと思って見たわけじゃない。コモが落とした時に、運悪く居合わせただけだ」
「団長命令だ」
なんかヤバげな会話が繰り広げられている。
「ツキを与えてくれただけじゃなくて、なんかあるんですか、あの宝石に?」
「役者は余計なこと知らなくていいんだよ、団長にだけ従っていれば!」
「おい、そいつを寄越せ」
「この子みたいに、僕に〝魅了〟されたいですか?」
「なんだと?」
掴みかかってこようとした人に、ホーキンスさんは言った。
「大好きな僕のことを傷つけていいの?」
その人はまるで恋してしまったような熱い視線でホーキンスさんを見て、もじもじしだした。仕草が恋する乙女だ。
「君たちもこうなりたい?」
みんな術にかかったような男を見て、顔を引きつらせて、一歩下がった。
用心棒のような人たちの視線が、ホーキンスさんの胸に収まっているわたしに集まる。
「捕まえては、いたんだものな」
いかつい男が愛想笑いを浮かべる。
「小さなレディー、君は体調を崩して、僕が介抱しているんだ」
ホーキンスさんがわたしの目を見て言ったので、わたしは具合が悪そうなフリをして、ホーキンスさんの胸に頭を預けた。
「団長に掛け合うよ。今日、町を去るんだ。コトを大きくすることもないだろう?」
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